橋本(楊洲)周延画大奥/Wikipediaより引用

江戸時代

大奥ってどんなシステムだったの? 側室候補の「御中臈」は家柄が第一

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衣装化粧代の他に薪・炭・油に家政婦代も

「江戸幕府が傾いたのは、大奥に金がかかりすぎたからだ」なんて言われることもありますよね。

実際にはどのくらいの給料が支払われていたのか。

実は、基本給はそれほど高くはありません。

大奥の人件費がかさんだ一番の理由は、あまりにも手当が厚かったからです。

大奥の女性には、衣装・化粧代や、個人的な使用人を雇う費用、薪・炭・油といった生活必需品も支給されました。

現物支給もあったので換算は難しいところです。

が、現代にムリヤリ置き換えるとすると、

・基本給
・服代
・化粧代
・水道光熱費
・家政婦を何人か雇えるお金

と言ったお金が支払われたという感じでしょうか。ずいぶんリッチな暮らしができそうですよね。

また、将軍や御台所によっては下賜金を与えたり、御台所のお古の着物をもらったりすることもあったようです。これは不定期のボーナスですかね。

当然、身分が上がるほど基本給も手当も増えていきます。

 

どんぶり勘定の退職金が大きかったが……

さらに大奥の費用がかさんでいった理由は、退職後の女性にも「給料が一生」支払われていたからです。

退職金を一度にポンと渡すのではなく、一生定期的に給料・手当を出していれば、そりゃ経費がかさんでいきますよね。

しかも、現代のように後から経費として精算するのではなく、予め「この役職ならこれくらい必要だろう」という大雑把な見積もりで支払われていたので、元々の設定がかなりの高額でした。

こういった理由で、大奥の費用は莫大なものとなっていったのです。

乱暴に言えば「どんぶり勘定過ぎて経営が危なくなった」ことになります。

さすがに幕末は見直しが図られ、老中・阿部正弘が「ごめん年金払えなくなった」(超訳)として、退職後の給料はとりやめています。

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こんな感じで、大奥は「生活上の制限はありながら、能力に長けた女性なら良い暮らしができる」場所でもありました。

御台所や側室になるのは無理にしても、「よく知らない相手と結婚させられるよりは、大奥でお勤めして良い暮らしができるほうがいいわ」と思っていた人も結構いたんじゃないか……という気がしてきますね。

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長月 七紀・記

【参考】
『面白いほどわかる大奥のすべて―江戸城の女性たちは、どのような人生を送っていたのか』(→amazon
『大奥学事始め―女のネットワークと力』(→amazon

 

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