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【松前廣年(蠣崎波響)】
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夷絵とは何か?
前述の通り『夷酋列像』しか描いていない。
しかし、あまりに卓越しているゆえにそう分類される。
かつては【夷絵】と呼ばれ、蠣崎波響が生まれた宝暦年間には、ちょっとしたブームが到来しておりました。
小玉貞良がその祖とされます。

小玉貞良『古代蝦夷風俗之図』/wikipediaより引用
松前藩は禁令を出したこともありますが、往々にしてこうした法はすり抜けられてしまうものです。
アイヌのイオマンテ(熊送り)や狩猟の様子が題材として選ばれることが多いものでした。

イオマンテを描いたアイヌ絵『蝦夷島奇観』村上島之允(秦檍麿)画を平沢屏山が模写/wikipediaより引用
蠣崎波響のあとも、平沢屏山らが描き続けました。
江戸っ子が異国情緒需要が、アイヌを苦しめてきた
蝦夷地は、江戸時代後期に向けて、ますます広く知られるようになっています。
現地を探検し、見聞を記す者も増えてゆきました。
その影響か、遠く江戸でも、蝦夷の物産品が親しまれてゆきます。
『べらぼう』でも一橋治済と三浦庄司がムックリを鳴らす場面がありましたね。
好奇心旺盛な者からすれば、アイヌ由来の品は独特の魅力があるのでしょう。
江戸時代前期における蝦夷地の特産品は、食材としての昆布や、材料となる鷹の羽でした。
時代が降ると【山丹交易】を経由した異国情緒漂う品も人気が及ぶようになり、交易は樺太を経由してアムール川下流域に暮らすツングース系のニヴフ族等と取引するまでなりました。

ニヴフ族/wikipediaより引用
人気商品は、蝦夷錦と青玉です。
蝦夷錦は山丹に暮らす人々の衣類を指し、『べらぼう』でも松前藩を示すシンボルとして背景に飾られていましたね。

蝦夷錦/wikipediaより引用
青玉はガラス製の玉です。
アイヌ女性が用いるタマサイ(首飾り)に使われています。

アイヌの首飾り・タマサイ/wikipediaより引用
江戸っ子にとって、蝦夷地は異国情緒にあふれており、そのモチーフのファッションを身につけることが“オシャレ”になったことがわかります。
歌舞伎の『博多小女郎波枕』では、海賊の毛剃九右衛門が着用する衣装に蝦夷錦が用いられることが定番となりました。
蝦夷錦は煙草入れといった小物にも用いられています。
青玉も装飾品を飾るものとして喜ばれました。
浮世絵にも、蝦夷地は取り入れられてゆきます。
歌川国芳は各地の名産品と美女を組み合わせた『山海愛度図会』を売り出します。
「松前おつとせい」では、美女がオットセイから作った精力剤を手にしています。
その背後では、アイヌがオットセイを狩る様子を描いた絵があります。同じく「松前鮭」の背後にも、鮭漁を行うアイヌたちの姿が描かれています。
江戸っ子は異国情緒を享受しつつも、それを担うアイヌが背景でどんな目に遭っていたか、理解していなかったと思われます。
廣年が生きた同時代、蝦夷地を探索した最上徳内は、『蝦夷草紙』をまとめました。
そこにはアイヌが蝦夷錦や青玉を山丹商人から買い取るものの、その代金を支払うことができず、奴隷として売り払われてゆく惨状が記されています。
妻子や老親を残し、働き盛りの夫や父が海を超えてゆく。こんな悪どいことがあるか――そう憤りを込めて記しています。
本来、蝦夷錦も、青玉も、儀式の際に酋長らが用いる限られたものでした。
それを松前藩が大量に買い取らせ、自分たちの特産品のように江戸へ売り飛ばしたため、アイヌは苦境に立たされていたのです。
先住民搾取の歴史まで続けなくてもよい
かつては【夷絵】と呼ばれ、今は【アイヌ絵】と称される作品は魅力的です。
史料としての価値もあります。
しかし、そこにある搾取の構図を無視することはできません。現在の社会においてもつながってくる問題なのです。
人気漫画『ゴールデンカムイ』が実写化される際、アイヌの役にルーツが一致する役者が起用されないことが問題視されました。
賛否両論あったものの、歴史を紐解けば見えてくるものもあります。
和人はアイヌのものを用い、愛でてきた長い歴史があります。
それは搾取と表裏一体のものでした。
世界各地でこうした先住民の搾取は問題視されています。
マジョリティ側が一方的に利益を享受することがないよう、ルーツの一致する役者を起用することが定着してきているのです。
マジョリティが許可なく先住民モチーフの品を販売、配布することも問題があります。
アイヌの意匠を手に取る際は、認定されたものかどうか確認しましょう。そうしなければ、最上徳内が憤りを覚えていた構図に加担する一人となってしまいます。
そんな歴史は終わりにすべきでしょう。
『べらぼう』は、江戸中期の華やかな文化を描くとともに、その背景にあった搾取も描いています。
浮世絵の中で煌びやかに描かれてきた女郎たちが、どれほど血と涙を流してきたのか。その様が描かれてきました。
そしてそのあとの展開では、アイヌの搾取も見えてきます。
田沼意次と松前道廣が暗闘を繰り広げる影で、どれだけのアイヌが苦しめられてきたか。劇中に登場する蝦夷錦やムックリを見ながら、そのことにも思いを馳せたいものです。
ドラマの後の紀行で紹介された松前廣年の人生とは、近世から近代へ向かい経済が発展する中、先住民が搾取されていく流れの中にあったものでした。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
渡辺京二『黒船前夜』
五十嵐聡美『アイヌ絵巻探訪』
高橋博己『画家の旅、詩人の夢』
岩崎奈緒子『ロシアが変えた江戸時代』
『蝦夷地と北方世界(日本の時代史19)』
濱口裕介『松前藩 (シリーズ藩物語)』
岩下哲典『江戸将軍が見た地球』
岩下哲典『予告されていたペリー来航と幕末情報戦争』
『高田屋嘉兵衛のすべて』
他