金子みすゞ/wikipediaより引用

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詩人・金子みすゞご生誕~なぜ彼女は26歳の若さで死を選んだか

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さすがにこれほどまでの仕打ちを受けてはおとなしいみすゞも黙っておらず、離婚を願い出ます。

このとき二人の間には娘がいました。

もちろんみすゞは手元で育てたいと思い、娘の親権をくれるよう交渉するも、夫ははねつけてきます。

一度了承したくせに後から「やっぱやーめた! 娘の親権は俺のもの!!」と言い出したそうなので、クズの見本みたいな奴ですね。

この頃の法律(旧民法)では「親権者は子と家を同じくする父」というのが原則でしたので、この辺が理由なのかもしれません。

 

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26歳という若さで毒を飲み……

小さい頃からあまり恵まれた環境とはいえず、子供まで産んだ相手からのこの仕打ち。

みすゞが生きることへの希望を完全に失ったことは想像に難くありません。

そして、26歳という若さで毒を飲んでしまいます。

娘については、母親宛の遺書の中で「お母さんの手元で育ててください」と書かれていました。

元夫へ宛てた遺書もあり、あの優しい詩を書いた人にしてはかなり辛辣な言葉が書かれています。

本当は面と向かって言ってやりたかったのでしょう。

もしくは、口頭ではなく書面に残すことで、もう言いなりにはならないという意思をわからせたかったのでしょうか。いずれにせよ無念ですね。

娘さんはその後無事成長され、2012年にみすゞの生涯がドラマ化された際、試写会に招かれていたそうです。

わずか3歳だったので、当時の記憶はないとのことですが、ドラマ化がお母さんの気持ちを知るきっかけになったとか。

切なイイ話……でいいんですかね。

みすゞの詩については著作権がちょっと複雑なことになっているようなので、残念ながらここでご紹介できません。

でも「大漁」などのタイトルをうっすら覚えているという方もおられるのではないでしょうか。

お手元に小学校の教科書がある方は、そのあたりを手がかりにめくってみるとみすゞが見ていた優しい世界に再び出会えるかもしれません。

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長月 七紀・記

【参考】
『わたしと小鳥とすずと―金子みすゞ童謡集』(→amazon
『別冊太陽122 金子みすゞ (別冊太陽―日本のこころ)』(→amazon

金子みすゞ/wikipedia

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