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朝ドラ『カーネーション』のモデル・小篠綾子~パワフル人生92年!

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小篠綾子(コシノアヤコ)
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ミシンが家にやって来た!!

クビになってしまい、自宅でしょんぼりするばかりの綾子。

そんな様子を見た甚一は、娘の作ったアッパッパを着て近所を歩き出します。

「どうですやろ? うちの娘が縫ったんやで」

唖然としていた綾子ですが、ハッと気がつきます。

『うちが縫いたかったのは、パッチやのうてドレスや……うち、婦人服の勉強する!』

にわかに自分の進む道を見つけた綾子。

数日後、外出先から戻るろ、目の前に驚きの光景が広がっておりました。

なんと、ミシンがあるではないですか!

「これ、誰のや?」

「わからへん。せやけど、誰のかわからんのなら、誰が使ってもええんちゃう?」

関西人らしく、愛らしいおとぼけをする甚一。

当時は高嶺の花であったシンガー社製ミシンを月賦(ローン)で購入したのでした。

シンガー社ミシン(1922年モデル)/photo by Panjigally wikipediaより引用

愛娘の尋常ならざるミシン愛に対し、自身も呉服屋である甚一は、相応の覚悟を持ち得たのでしょう。

昭和初期、大卒初任給が65円の時代に、ミシンは165円以上するものでした。

かなりの高級品です。

それなのに自ら買ったとは照れて言い出せなかった甚一は、綾子にこう持ちかけました。

「和歌山の先生がミシンの使い方教えてくれるらしいで」

しかし、これは特定の製品購入者用の講習会でして、綾子には受けることができません。

再び、落ち込んでしまう綾子。

そんなある日、彼女が帰宅すると、甚一が女性に謡(うたい)の稽古をつけているのを見ました。

実はこの女性、和歌山のミシンの先生でした。

得意の謡の稽古をつけるのと引き換えに、娘にミシンを教えるよう頼んでいたのです。

かくして綾子はミシンの使い方を覚え、父の呉服屋の隅っこでオーダーメイドの注文を受け付けるようになりました。

 

苦し紛れにトライした立体裁断、実は……

あまりに嬉しかったのでしょう。

浮かれてしまった綾子は「ええよ、お代はええから」と、当初はタダで洋服を作っておりました。

怒ったのが甚一。

遊びじゃない、ちゃんと商売としてやれ。

かくして綾子は、紳士服店に修行に出されます。

しかし、パッチ屋同様、女は雑用係にされてしまうばかり。

綾子は来客の身体的特徴に似合う服を想像しながら、退屈をまぎらわせるほかありません。

それから半年後。

岸和田の店に女性がやって来てドレスを注文するではありませんか。

周囲の人は、誰も作ることはできません。

綾子は大急ぎ本で調べ、布地も見繕い、型紙も作りました……が、裁断の仕方がわかりません。

そこで思いついたのが苦肉の策。

客の体に布を巻き付け、裁断したのです。

この手法、実は立体裁断と呼ばれるもので、オートクチュールの本場パリから日本に伝わるまで、実に四半世紀も前のことでした。

後に娘からこのことを聞いた綾子は、得意げに自慢していたとか。

綾子が作ったイブニングドレスは、大層な評判を呼びました。

ひっきりなしに女性客が訪れ、ドレスを注文するようになったのです。

あまりに評判が良かったのでしょう。

ダンスホールのダンサー全員が注文しに来たほどで。

しかし、このタイミングで甚一は綾子を別の店に転職させます。

セーラー服店でした。

ここで綾子は裁断の技術や、セーラー服の縫製技術を磨き、めきめきと腕前を伸ばしたのです。

「コシノ洋装店」

しかしこの店も甚一によって辞めさせられ、綾子は実家に戻されます。

甚一は、自分の母親と綾子だけを店に残し、残りの家族と引っ越してしまいます。

ここで綾子はハッとしました。

おそらくや、甚一は娘のありあまる才能を見抜いていたのでしょう。

そもそもパッチ屋の主人と甚一は知り合いでした。

ミシンに興味を抱かせ、技術を教え、修行を積ませ、赤字だった呉服屋を洋装店にリニューアルすることで、生き残りをはかったわけです。

娘を理解していた父は、実は策士でもあったのです。

とはいえ、これは綾子にとっては望むところ。

昭和9年(1934年)暮れ、「コシノ洋装店」の看板が掲げられました。

綾子は営業の才能もありました。

あるとき紡績工場専属の看護婦が着物姿で働くのを見た綾子は、生地見本を持って工場に押しかけます。

一週間粘りに粘り、ついに注文を取ります。

「見ててや! いまに町じゅうの服を全部うちの服にしちゃる!」

そう意気込む綾子でした。

 

結婚、三姉妹誕生

洋装店が一周年を迎えようというとき、甚一がふらりと店にやって来ました。

用件は縁談です。

綾子は22才で、当時としては結婚適齢期後半に入りつつありました。

「お前を気に入った人なんや。一緒になれるなら、婿入りしええと言うとる。こないにええ話、そうそうないで」

婿にまで入る、しかもお見合いが当然の時代に、綾子に惚れているというのだから、これはなかなかの話です。

相手は、紳士服テーラーの川崎武一でした。

仕事が面白くて仕方ない綾子は渋ったものの、結局、押し切られ綾子は武一と結婚。

夫妻の間には三人の娘が産まれることになります。

・長女の弘子 昭和12年(1937年)

・二女の順子 昭和14年(1939年)

・三女の美智子 昭和18年(1943年)

仕事の鬼・綾子。

さしもの彼女も、泣きわめく我が子の前ではセーブをするかな、と思ったらそんなことはなく……。

泣きわめく娘をあやすのは、父である武一でした。

綾子は我が子を人に預け、ひたすら布を裁断し、ミシンを踏み続けたのです。

三姉妹の記憶にある母は、やさしく抱きしめて微笑む姿ではなく、自分たちに背を向け、洋服をつくるひたむきな姿でした。

母というより洋裁の先生、それが綾子。

娘たちは母の気を引きたくていたずらをしますが、そんな時も綾子は振り返るだけで、またすぐ仕事に戻ってしまうのです。

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