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【樺太の歴史】
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樺太には古船一艘の価値もない
こうした樺太への無関心を、ついに日本政府はイギリスにつけこまれてしまいます。
明治3年(1870年)、政府はロシアと国境を定めるため、談判を行うことを決定。
外務大丞(だいじょう)・丸山作楽は、こう考えていました。
・樺太を日本の国土として維持すべきである
・樺太と北海道を合併し、経済発展の道を探る
・31万石以上の大名を移住させる
ここで割り込んできたのが、イギリス公使パークスです。
「樺太なんて、古船一艘の価値もない土地です。ロシアにくれてやればいい」
幕末明治の英国外交官ハリー・パークス~手腕鮮やかに薩長を手玉に取る
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西郷隆盛が渋い顔を浮かべると、コップを手にしたパークスは、それを太政大臣・三条実美の足下へ投げつけ、さらに言葉をつなげます。
「樺太問題でロシアと揉めたら、日本の運命は、このコップのようになりますよ」
こうして談判は紛糾。
丸山の意見は受け入れられず、彼は失脚どころか「征韓論」でも問題があったとれ、投獄されてしまいます。
あれほど「日本を外国の手から守る」と言い、明治維新が推し進められたにもかかわらず、この体たらくはいかがなものでしょう。
イギリス公使によってあっさりと領土問題を紛糾させられてしまうというのも、なんとも哀しい話ですし、こういった話は現代の日本人にはあまり知られておりません。
それ以上に哀しいのは「古船一艘」と言われた土地に住む先住民たちの生活です。
日本とロシアのはざまで、彼らは政策に翻弄されることになります。
明治8年(1875年)、日本政府とロシア帝国の間で「樺太・千島交換条約」が成立。
樺太は、ロシア領となりました。
翻弄され虐殺された樺太の人々
明治38年(1905年)。
日露戦争勝利後に「ポーツマス条約」が締結され、北緯50度以南の樺太島(南樺太)がロシアより日本領に復帰しました。
漫画『ゴールデンカムイ』で杉元たちが旅をしているのは、こうした情勢下の樺太です。
そして迎えた昭和20年(1945年)。
太平洋戦争における日本の敗色が濃くなっていた8月9日、ソ連側により「日ソ中立条約」が破棄され、樺太への侵攻が始まります。
当時、樺太の住民は本土の人々よりも安定した暮らしを送っており、食料もさほど不足しておりませんでした。
しかし、その暮らしは、ソ連軍侵攻により一変。
北海道を目指して逃げ惑う人々の上に、容赦なく爆弾や砲弾が降り注ぎます。
捕縛され、シベリアの抑留所まで連行されて行く男性もいました。
混乱の最中、真岡郵便局(現ホルムスク)では、9人の電信係の女性たちが、必死で業務を継続。
「皆さん、これが最後です。さようなら、さようなら」
彼女らは最後となる通信を終えると、青酸カリを口に含み、自決しました。
真岡郵便電信局事件で散った乙女たちの覚悟~ソ連軍の侵攻前に集団自決へ
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8月22日には、引き揚げ者を乗せた船(小笠原丸、第二号新興丸、泰東丸)が、ソ連の潜水艦により撃沈されてもおります。
こうして流血の中、日本からもぎ取られた樺太。
第七師団から再編成された第77師団は、ソ連軍の侵攻に備え警戒を怠りませんでした。
しかし、ついにその日は訪れないまま、最後の師団長・鯉登行一のもとで、終焉の日を迎えたのでした。
無関心を愛に変える物語
「日ソ中立条約」の侵犯についてだけ捉えると、樺太問題はどうしてもソ連(ロシア)が悪い、という気持ちになるでしょう。
ただし、事はそう単純でもない要素を含んでおります。
領土問題に介入してきたイギリス。
そして、丸山作楽の意見を退け、介入を受けて手放してしまった明治政府の“無関心”。
さらに遡れば、ロシアの干渉を許してしまった内戦(戊辰戦争)。
こうした根深い歴史が、樺太にはあります。
『ゴールデンカムイ』にも「中央・政府」への無関心に怒りを抱く人物が登場します。
函館戦争での敗北後、怒りの炎をたぎらせている土方歳三。
日露戦争の戦後処理で割を食った屈辱を晴らすべく戦う、鶴見中尉とその配下たち。
そして、アイヌへの目を向けさせるため、非情とも思える決断をしていたことがわかる、とある人物。
彼らは、冷たく無関心な「中央」へ怒りを炸裂させます。
そして読者は自然と、北海道や樺太の歴史と人々に関心を抱くようになるでしょう。
“無関心”とは正反対の、愛情のようなものすら、そこにはある。
★
明治維新から約150年の時が過ぎました。
今もって北海道(だけでなく沖縄)に深く関わった大河ドラマは無く、ようやく漫画『ゴールデンカムイ』がこの地に注目。
熱く、真摯で、しかも実写版映画まで興行的に大ヒットというのですから最高です。
明治以来の冷たい“無関心”にさらされてきた地の果てに、もう一度熱いまなざしを向けさせてくれる――そんな希有な作品を皆さま一度はご賞味あれ。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
野田サトル『ゴールデンカムイ 14』(→amazon)
小野寺満『北辺警備と明治維新―岡本監輔の慟哭』(→amazon)
下斗米伸夫『ロシアの歴史を知るための50章 (エリア・スタディーズ152)』(→amazon)
野口信一『会津藩 (シリーズ藩物語)』(→amazon)