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週刊武春 豊臣家

謎多き天下人のルーツに迫る!『豊臣秀吉の系図学 近江、鉄、渡来人をめぐって』(宝賀寿男+桃山堂)

更新日:

 

編集部より

独自の視点と取材で精力的な出版活動を行っている桃山堂さん。

その代表作の一つである書籍『黒田官兵衛目薬伝説』を先日紹介させていただいたところ、各方面から反響があり、本日もう一作、担当編集の蒲池さんに緊急執筆していただきました。

【11/13掲載】 黒田家ルーツの謎に迫る意欲作『黒田官兵衛目薬伝説』(桃山堂) 目薬とクロガネをめぐる意外な関係
黒田家目薬伝説3-640

今回、ご紹介させていただくのは『豊臣秀吉の系図学』です。

どんな内容だったのかと申しますと、【秀吉の先祖が渡来系の鍛冶だった!?】とまぁ、戦国ファンには何とも心臓バクバクさせてくれるものでして。

何を根拠に申されているのかしら? と、当然の興味を抱かれると思われたので、書籍のあらすじに触れていただいた、という次第です。朝鮮から明へと勢力を拡大させようとした豊臣秀吉の背景には、我々の想像もつかない因縁があったのでしょうか・・・。


豊臣秀吉の系図学 近江、鉄、渡来人をめぐって

 

大和国にいた刀鍛冶の一族がその後・・・ 

【本文】 豊臣秀吉の母方の先祖は、応神天皇が国を治めていた五世紀ごろ、日本列島に移住した渡来系で、代々、刀鍛冶であった──という内容の系図があります。

旧家の蔵から発見されたとか、豊臣の子孫を自称する人が秘蔵する門外不出の史料というような面倒な事情はまったくなく、国会議事堂のそばにある国立国会図書館の古典籍資料室という古文書、古文献の担当部署に所蔵されています。誰でも閲覧できるオープンな史料です。

細かい説明は後回しとして、まずは、秀吉の母方を渡来人とする系図を見ていただきましょう。

豊臣秀吉の系図学1

この系図は、幕末生まれの国学者鈴木真年、中田憲信らが編纂した『諸系譜』という大部の系図集に掲載され、「太閤母公系」という表題がついています。大和国(奈良県)にいた刀鍛冶の一族がその後、美濃国(岐阜県南部)に拠点を移し、秀吉の祖父の代になって尾張国の御器所村(名古屋市昭和区)に住むようになったという内容です。

どうして、秀吉の先祖が渡来人という話になるか。

というと、この系図で始祖とされている人物が、「佐波多(さはた)村主」の子孫であると注記されているからです。

 

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坂上田村麻呂と同じ渡来人グループだって!?

村主(すぐり)とは、渡来系の氏族が称していた姓(かばね)。すなわち社会的な地位を示す古代の称号です。物部連の連(むらじ)、藤原朝臣の朝臣(あそん)の類で日本史の教科書には「八色の姓」と出てたのをご存知かもしれません。

平安時代にまとめられた古代の氏族の系譜資料である『新撰姓氏録』によると、応神天皇のときですから、五世紀ごろ、朝鮮半島の混乱を避けて、阿智王という中国系(自称)の王族ともに日本に渡ってきた七つの氏族のなかに、佐波多村主の先祖がいます。

ほんとうに中国系かどうかは不確かですが、この一族は漢(あや)氏と呼ばれる古代氏族。朝廷における文書作成や財政管理の業務に重きをなし、のちには軍事的にも台頭、征夷大将軍となる坂上田村麻呂など有能な武人を輩出しています。

田村麻呂将軍と天下人秀吉が、同じ渡来人グループというのは気になる情報でしょう。

もっとも、秀吉の先祖かもしれない佐波多村主は、漢氏に仕える技術者集団のようですから、身分はずっと下。『諸系譜』は、明治時代に編纂された系図集であり、史実である保証はまったくないのですが、この系図においては、秀吉の母方は代々の刀鍛冶の一族となっています。

 

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鍛冶や製鉄など「鉄」にかかわる所伝が多い 

歴史上のビッグネームのなかで豊臣秀吉ほど謎の多い人はいないかもしれません。その出身階層については、農民、武士、職人、商人、さらには眉唾ですが天皇の御落胤説とかサンカや被差別民説というものまであって諸説紛々です。

NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』をはじめ、テレビや小説では「尾張の貧しい百姓の子」という設定が多いながら、それを裏付ける史料があるわけではないので、秀吉の出自については謎のまま、今日に至っています。

『豊臣秀吉の系図学』は、タイトルどおり、系図を手掛かりとして、謎多き天下人のルーツを探ろうという企画です。

成り上がりの武家の系図は信用できない、というのが通り相場なのに、「貧しい百姓あがりの秀吉の系図なんて、ニセ系図にきまっているじゃないか」という声が聞こえそうです。

確かにその通りだと思います。しかし、火のない所に煙は立たずという金言もあります。そのため、今回は各地に伝わる秀吉のルーツにかかわる伝承や、加藤清正、正妻おね(杉原氏)の系図など、関係しそうなデータを徹底的に集めたところ、ひとつの傾向が見つかりました。

秀吉やその一族の先祖は、鍛冶や製鉄など「鉄」にかかわる所伝が多い――。母方先祖を渡来系鍛冶とする『諸系譜』の系図は種々にある類似の伝承のひとつということです。

 

清正の父親はもともと武士で鍛冶の娘と結婚 

たとえば、秀吉の母方の親類とされる加藤清正です。

宮内庁書陵部に唯一の写本がある『中興武家諸系図』(郵送で申し込めば閲覧可。申し込み方法は宮内庁ホームページにあります)の加藤清正の系図は、父親の清忠について「初め鍛冶を業とす」、祖父の清信については、二十五歳のとき眼病で亡くなると記しています。

現代においてもそうですが、鉄工にかかわる職人は火に目をさらすことが多く、眼病は深刻な職業病です。祖父も鍛冶であったことをうかがわせる間接的な情報ですが、かえって説得力があります。

鍛冶の始祖神として信仰されている天目一箇神は、一つ目の姿だとされていますが、どうしてかというと、一種の職業病として片目を失った人が多かったからとも、片目で火を見て鍛冶作業をするからともいわれます(こちらは『軍師官兵衛目薬伝説』のところでも触れた内容です)。

『系図纂要』は国学者の飯田忠彦が編纂者と言われており、その中で清正の父親はもともと武士で、鍛冶の娘と結婚したと書かれています。このように清正の系譜が鍛冶にかかわるという系図や所伝は枚挙に暇がないほどですが、さりとて、これが史実と断定できる史料はなく、ここにも「鉄」をめぐる系譜の謎が存在しています。

 

おねのルーツ大垣市には金生山という鉄鉱石鉱山がある 

国立国会図書館所蔵の『諸系譜』には、秀吉の正妻おね(杉原氏)の系図もあり、尾張に移住するまえ、美濃国の市橋、現代の地図のうえでは、岐阜県大垣市と池田町の市(町)境あたりに住んでいたと記されています。

大垣市には古墳時代にはじまると考えられている有名な鉄鉱石鉱山があり、金生山という山の名前がついています。金生山の「金」はゴールドではなく、金属・鉄を示すカネのことです。おねの先祖がいたとされる市橋は、鉄鉱石鉱山の北のふもと。黒田官兵衛と並んで、「秀吉の軍師」と俗称される竹中半兵衛の先祖も、このあたりに住んでいたという系譜伝承があります。

この地で採れるのは赤鉄鉱という赤色の鉄ですが、その色によって、赤坂の地名を生じ、現在の地名に残っています。

豊臣秀吉の系図学2

金生山は古代からの歴史を伝える鉄鉱石の山。今なお石灰石の鉱山として採掘が続いている

 

金生山は古代の製鉄文化の中心のひとつと目されています。しかし、日本列島における鉄原料が次第に砂鉄に移行したことによって、戦国時代、江戸時代には鉄産地としては廃れています。それが第二次世界大戦の前後、国内に鉄鉱石資源が求められた時期に再開発され、近代製鉄の原料として利用されていました。

福岡県北九州市の八幡製鐵所(新日本製鐵を経て現在は新日鐵住金が運営)に輸送されていたのですから、世界の中で見れば小規模とはいえ立派な鉄鉱石鉱山です。さすがに鉄鉱石は枯渇してしまいましたが、現在も石灰石を採取する現役の鉱山。露頭の土はオレンジ色で、かつて鉄の山であった名残がうかがえます。

秀吉とのかかわりで注目されるのは、おねの先祖をはじめとして、金生山の近辺に豊臣一族の先祖がいたという伝承が散見されることです。関が刀工の集住地となるまえ、美濃鍛冶の多くはここ赤坂に集まっていました。秀吉の母方が先に紹介した『諸系譜』の系図のとおり、美濃の刀鍛冶であったならば、この地にいた可能性があります。その系図で秀吉のイトコとされている青木一矩(秀以)の名字の地は、金生山のすぐ南側にある青木であるともいわれています。

もうひとつ、付け加えるならば、金生山の近くの長松には、少年期の秀吉が陶工の修行をしていたという伝承があり、『絵本太閤記』などに書かれています。やきもの産地ではないのでほとんど相手にされていない伝承ですが、陶工と刀工の誤伝だとすれば、注目すべき情報となります。

豊臣秀吉の系図学3

 

 

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