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【『光る君へ』感想あらすじレビュー第42回「川辺の誓い」】
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宇治の川辺で二人は
そのころ道長は宇治で療養中でした。
しかし、百舌彦が差し出す薬湯すら口にしようとしません。みるからにやつれていて、精気がありません。
そんな主人の姿を見かねたのでしょう。百舌彦がまひろの家にやってきました。
宇治から都まで遠いのに、よくぞやってきました。百舌彦が道長の様子を伝えます。
そして、まひろが宇治へ向かうと、枯れた花のような風情で、道長が柱にもたれていました。これぞまさに『源氏物語』の不健康な世界観そのものに見えます。
まひろが近づき「道長様」と声をかけると、ゆっくりと目を開き、相手を認める道長。
虚な目に光が点ります。
「宇治はよい所でございますね」
「川風が心地よい」
「川辺を二人で歩きとうございます」
そう語りあう二人です。
道長の病は心因性なのでしょう。病で出歩くのはむしろ体に悪いと思えますが、恋を思い出せば回復に向かうようです。
川縁を歩く二人。ここでやっと、道長は弱音を吐きます。
「早めに終わってしまった方が楽だというお前の言葉がわかった」
「今は死ねぬと仰せでしたのに」
「誰のことも信じられぬ。己のことも」
「もうよろしいのです。私との約束はお忘れくださいませ」
「お前との約束を忘れれば、俺の命は終わる。それで帝も皆も、喜べばそれでもよいが……」
「ならば私も一緒に参ります」
「戯れを申すな」
「私ももう終えてもよいと思っておりました。物語も終わりましたし。皇太后様も御強く、たくましくなりました。この世に私の役目はもうありません。この川で二人流されてみません?」
「お前は……俺より先に死んではならん。死ぬな」
「ならば……道長様も生きてくださいませ。道長様が生きておられれば、私も生きられます」
泣き出す道長に対し、まひろは静かに怖い顔をしている、般若面を連想しました。怒りを秘めているように思えます。
この場面は実におそろしい。
やはりここは、『源氏物語』の光源氏と紫の上を意識していると思えました。
実は光源氏と紫の上は、ここでの会話のようなやりとりを重ねています。
疲れ果てて何度も出家を願う紫の上に対し、引き留め続ける光源氏。
出家すれば妻として扱えない。そんなことは嫌だし、世間にどう思われることか。そう自分のエゴ剥き出しで止め続けるのです。
「俺より先に死んではならん」は、それを踏まえると自分勝手に思えます。この時代の出家も実質的に死を選ぶようなことです。
つまり道長はまひろに甘えきっている。
道長もまひろも、光源氏と紫の上も、若い頃に出会いました。
互いに二人の世界にいれば、若々しい気分でいられるようにも思える。
しかし男君はそんな世界から逸脱し、女君を嘆かせている。女君はそのことが辛いのに、男君は常に自己憐憫ばかりに浸っている。
隣にいる一番大事な相手のことを果たして思いやっているのかどうか?
まひろの顔に浮かぶ怒りはおそろしい。
このドラマは『源氏物語』の場面再現はないものの、読んでいるかどうか、見る側を試してきます。
騙し絵のように浮かぶ何かがおそろしい。私はこの場面を一度目に見た時は感動しました。
しかし見返すと、なんともおそろしくてならなかったのです。
光る君はもういないが、物語は続く――。
そのあと、まひろは紙に「匂宮」を書き出します。
光る君がお隠れになった後、あの光り輝くお姿を受け継ぎなさることのできる方は、たくさんのご子孫の中にもいらっしゃらないのでした。
そう書き付けるまひろの唇には、かすかな笑みが浮かんでいるように思えます。
MVP:紫式部となったまひろ
作中ではまだ「藤式部」と呼ばれていますが、私の中では今回で「紫式部」として完成したと思えました。
最晩年の紫の上は、光源氏の無神経ぶりに心をすり減らしています。
自分のおかげであなたは苦労などしていないと決めつけられるわ。
何度出家したいと願っても止められるわ。
彼女の人生がおかしくなってゆくのは、女三宮の降嫁が契機です。
そのせいか、彼女は悪役やラスボス扱いすらされることがあります。
どこかぼんやりしていて幼く、気が利かないと再三言及される女三宮。
けれども、本当の悪は光源氏その人ではないか?
このドラマはそこまできちんと落とし前をつけてきたように思えます。
それはまひろと光源氏の関係が、女三宮に該当するもの抜きで壊れていくから。
道長はまひろと己の間に割り込むものに冷淡です。
倒れた明子の看病をするのは俊賢。
倒れた道長の看病をしたのは倫子であるにもかかわらず、その倫子を置いて宇治へ向かい、まひろと川辺を歩く。
それでこれですからね。
「誰のことも信じられぬ」
いや、信頼関係を壊しているのはあなた自身ではありませんか?
川辺の道長の言動は『源氏物語』の男君たちのもついやらしさを凝縮したようで圧倒されました。
女三宮に対する柏木にせよ、女二宮に対する夕霧にせよ。そして紫の上に対する光源氏にせよ。女が思い通りにならないと、こういうことを言い出します。
「あなたへの想いが叶わぬ私を哀れと思ってください」
場合によっては勝手に側に近づいて、こう言いながらにじり寄ってきます。
情緒豊かだろうが、美男で身分が高かろうが、相手の気持ちを無視していて一方的です。ストーカーそのものではないかと思えてきます。
その結果、相手が嫌がって苦しみ抜こうが、己の運命の儚さを思うだけ。どこまでも自己憐憫ばかりで、おおよそ反省というものがみられません。
そして「宇治十帖」を書き出す恐ろしさ
そこを踏まえたうえで、唇にかすかな企みの笑みをうかべ「宇治十帖」を書き出すまひろのおそろしいことよ。
「宇治十帖」は、そもそもが光源氏の後継者は子孫の中にあらわれないと言い切るところから始まります。
光源氏を道長だとすれば、彼の子孫は光を失ってゆくという不吉な予言と思えなくもないのです。
そしてそのプロットもおそろしい。
「宇治十帖」の主役をつとめる薫も、そのライバルである匂宮も、光源氏と頭中将、夕霧と柏木以上に身勝手で自己憐憫に浸りがちな性格をしています。
こんな二人に挟まれてしまった浮舟は、川に身を投げて出家を遂げるという終わりを迎えます。
それはまるで、自己憐憫が大好きな男たちに絶縁状をつきつけるような、強烈な拒否のあらわれに思えます。
しかも、浮舟の出家を知った薫がどうしようもない。他に男がいるのだろうと邪推するのです。浮舟の絶望すら読み解けません。
『光る君へ』のこの展開は、まひろが道長を生かすために「宇治十帖」を書くと見せかけて、そうとも言い切れないと思います。
まだまだ世の男にも、道長にも、ダメ出ししたい気持ちが止まらない――そう筆を走らせているように思えます。
このドラマは、『源氏物語』の女君たちが流した涙を供養するために作られたのかもしれない。そう思えてきました。それほどまでに毒が強く、痛快です。
次回予告を見るに、今回はまだ前編に思えます。
次回、道長は帝を徹底的に追い詰めてゆきます。
相思相愛の妻がいる相手に、強引に自分の娘を押し付けてくる。
『源氏物語』でそれを行ったのは朱雀帝であり、そのせいで光源氏と紫の上たちは不幸に陥ります。道長はその過ちをたどるのです。
さらに実資は、道長は民の顔が見えていないようだと諫言するようです。
確かに道長の政治は権力掌握ばかりをみていて、民のことなど考えていないように思えます。
今回、まひろは昔の約束を忘れていいと道長に言いました。彼を救うためというよりも、諦めて突き放したように思えたものです。
まひろはどうするのか?
そもそもまひろは、道長のソウルメイトなのか?
それとも腐れ縁なのか。あるいは死神なのか。
まひろが書いた「雲隠」をみた瞬間、道長は頭痛は苦しみ出しました。
自分に死をもたらしかねない相手にすがっているのだとすれば、道長はなんと哀れなのでしょうか。
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【参考】
光る君へ/公式サイト