双寿丸

画像はイメージです/wikipediaより引用

光る君へ感想あらすじ

双寿丸が『光る君へ』のラストに欠かせない理由 オリキャラが果たす重要な役割

2024/10/30

大河ドラマ『光る君へ』で伊藤健太郎さんが演じる双寿丸。

彼が、まひろの娘・賢子を賊から救ったとき、視聴者の間であるざわめきが起きました。

「彼は直秀なのか?」

かつてまひろが都の中で知り合い、三郎時代の道長との仲も取り持ってくれながら、最終的には検非違使に殺されてしまった直秀。

己の運動能力を活かして毎日を生き抜き、身分が低くても貴族の姫様とざっくばらんに会話ができる――確かに両者は、非常に似通った存在であり、とても偶然とは思えないキャラクターです。

ならばなぜ、本ドラマの制作陣は、彼らを登場させたのか。

二人にもう一つ共通しているのが「オリジナルキャラクター」、つまり「オリキャラ」ということでしょう。

架空の人物ゆえ、好きなように描くことができる以上、何らかの狙いがあって登場している。絶対的な役割があるからこそ画面の中にいる。

それは一体なんなのか?

最終盤に来て双寿丸にスポットが当たる理由を、これまで登場した重要なオリキャラと共に考察して参りましょう。

 


大河ドラマに登場する架空人物とは?

双寿丸に限った話ではなく、歴史書に記録が残っていない人物が大河ドラマに出ると「オリキャラ」「ファンタジー」といった批判が飛び交います。

「大河ドラマなんだから史実の人物だけが出てくるのが当然だろ!」

そう思われるでしょうか?

実は、それもおかしな理屈で、過去の大河ドラマには何度も「オリキャラ」が登場し、主役を務めた作品すらあります。

要は“定番技法”なのです。

海外の歴史ドラマを見渡してみても、似たような状況が広がっています。

例えば、2024年秋からNHK BSで放映された『三国志 秘密の皇帝』は、主役が後漢の最終皇帝である献帝本人ではなく、入れ替わった弟・劉平となります。

生まれたときから皇帝ではなく、司馬家で生きてきた劉平には「等身大の民を思う心がある」という設定のためです。

では、なぜ、こうした人物が出てくるのか?

一般的に歴史の授業などで扱われる「史書」には、権力に近い人物の記録しか残らないという宿命的な欠点があります。

歴史は彼ら権力者だけで作られるものではありません。

為政者も民衆なくして存在できない。

そこでオリキャラにより、歴史の中に埋没した人物の声や目線を描くことで、より深く血の通ったものとして見せるため活用されてきたのです。

2024年の大河ドラマ『光る君へ』では、そうした流れの中、極めて意欲的に双寿丸を登場させたと言えるでしょう。

 


為政者に届けたいかれらの願い

双寿丸に限らず、『光る君へ』に登場する架空の人物は、実にバラエティに富み、魅力的。

そこで彼らから注目しておきたいのですが、本記事では、あくまで貴族と接点が薄い民衆にスポットを当て、藤原為時の家人である乙丸たちや、下級貴族の姫・さわは除外します。

浮かんでくるのは3名の印象的なオリキャラです。

◆直秀(なおひで)

まだ若いまひろと道長と出会う、散楽一座の一員。盗賊としての裏の顔を持ち、逮捕されたあと、検非違使に殺害される。

◆たね

まひろが文字を教えようとした少女。疫病で両親を失い、自身も幼くして亡くなる。

◆周明

対馬の漁民の子だったが、幼くして父に海に捨てられたところを宋人に拾われ、医師見習いとなる。宋商人の朱仁聡と共に越前へ来る。

彼らには、それぞれ重要な問題提起がありました。

◆直秀→法治

検非違使により不当に殺害され、道長はまひろに「直秀のような被害者は出ないようにする」と誓った。

◆たね→民衆救済

まひろがたねを救おうとし、そのせいで倒れたまひろを道長が看病する。

道長は兄・道兼と共に疫病で苦しむ民を救済しようとするが、道兼自身が病で亡くなってしまう。

道長は兄の遺志を継ぐと誓う。

◆周明→日宋貿易と国防

越前守に任命された父・藤原為時とともに、まひろも越前に来た。

そこで周明と接近。

道長は宋人の目的を訝しみ、彼らの思惑を見極めようとする。

序盤から中盤まで、この時代の政治にはいくつも課題があることを、彼らのストーリーは訴えてきました。

主人公まひろの「ソウルメイト」である道長は、その課題に向き合うことができます。

いくつもの幸運が重なり、彼は為政者となったのです。

『紫式部日記絵巻』の藤原道長/wikipediaより引用

では、道長は課題に取り組んだのでしょうか?

いいえ、忘却していると思われます。

まひろは越前から戻ると、藤原宣孝の妻となりました。

この宣孝に先立たれたあと、道長はまひろを娘にあたる中宮彰子に出仕させます。

その目的は、亡くなった皇后定子を忘れられず、中宮彰子を寵愛しない一条天皇の心を変えることでした。

そのプロットは面白いとはいえ、気になりませんか。

道長は政治的課題を棚上げし、自らの血を引く天皇を即位させることばかりに尽力しているように見えるのです。

 

積み残した課題を突きつける双寿丸

道長は、かつて向き合った課題から逃げきるのか。

歴史的に見ればそうなるのでしょう。

史実にしても劇中にしても、鈍感で視界が狭いと思える道長のこと。自分の周囲の人間が幸せになったと満足し、あの有名な望月の歌を詠むのかもしれません。

しかし、まひろは同じように振る舞えるのか?

劇中の彼女は、民衆の目線を見逃せない人物であり、架空の人物にも心をかける、当時の貴族としては変わった性質の持ち主です。

直秀から「都を出て付いてこないか?」と問われれば本気で迷い、たねに文字を教えていたときは、ききょうから「ありえない」と訝しげな顔で見返されていました。

越前においては宋の言葉を習い覚え、周明から「一緒に宋へ行かないか」と誘われると気になるそぶりを見せていました。

周明(光る君へ)

五代南唐『 文苑図』周文矩作/wikipediaより引用

執念深さと慈悲深さ、猜疑心と好奇心――複雑な感性と観察眼を持つまひろは、道長よりもずっと敏感です。

物語の執筆や女房としての業務、家族関係に忙殺されつつも、彼らのことを忘れきってしまうことはないでしょう。

そして現れたのが双寿丸です。

彼こそ、かつての課題を再燃させる人物でしょう。

双寿丸が本格的に登場すると、少なからぬ視聴者が「直秀の再来、あるいは生まれ変わりではないか?」とざわつきました。

なんせ本格的な登場シーンが、散楽一座の横を賢子が通りかかった後のことですから、連想するのも無理がない。

この、賢子やまひろと出会った時が双寿丸の「現在」です。

では「過去」はどうか?

顔みせ程度の初登場時、彼は夜の京都の辻を彷徨い歩く謎めいた人物でした。

このシーンでは、内裏の藤壺に盗賊が侵入。双寿丸自身が何者なのか、ハッキリとは判別できないものの、階層としてはそれに近いことがわかります。

当時の都は、浮浪児が多くさまよっていました。

面倒を見る親が大人がいなくなってしまえば、野犬の襲撃や寒さに怯え、物乞いでもするしかなかったのであり、疫病で両親を亡くした少女たねは孤児となりました。

彼女がもしも生き延びていたとすれば、双寿丸のように都をさまようものになっていてもおかしくありません。

双寿丸も親を亡くした孤児という「過去」があるのかもしれません。

あえて「寿」という字を入れた名前からは、せめて幸運に恵まれて欲しいという願いが感じられ、かつ命名者の教養がうかがえます。苦労を重ねたからこそ、そう祈りをこめて名付けられたように思えます。

そんな双寿丸は文字の読み書きができません。

まひろはたねに読み書きを教えようとしました。双寿丸には、まひろの娘である賢子が文字を教えようかと尋ねています。彼にはたねとの共通点も見出せるのです。

では「未来」はどうか?

双寿丸が仕えている平為賢は【刀伊の入寇】で活躍し、名を馳せます。

刀伊の入寇

馬に乗る女真族を描いた一枚/wikipediaより引用

【刀伊の入寇】は外交への警戒不足があり、朝廷が武者の力を借りねば解決できなかった問題です。

周明に警戒していた道長が、あらかじめ太宰府の防衛強化に取り組んでいれば、違った展開となったでしょう。

双寿丸は、こうして積み残されていた政治的課題を突きつけるために登場したようにも思えてくる。

まさしく運命の人物ではないでしょうか。

 


直秀の課題「法治」

直秀、たね、周明が突きつけた課題を、物語の中で、再度燃え上がらせるのが双寿丸だとします。

では、その課題を道長は解決することができるのか?

結論から言うと、無理であることが歴史からわかります。

かつての日本は、律令国家としてスタートを切りましたが、だんだんと崩れてゆき『光る君へ』の平安時代中期の頃にはすでに弛緩しきっていました。

『光る君へ』では、罪を犯した際の判定がかなり曖昧です。だからこそ「追放も死刑も、都から消える末路は同じだ」と直秀は思われ、殺されてしまったともいえます。

道長の政敵といえる伊周と隆家兄弟は、誤って花山院を襲撃する【長徳の変】という大事件を起こしましたが、公卿たちが【陣定】(じんのさだめ)で話し合って決めていました。

明確な法の裁きは確立していない。

曖昧な【人治主義】国家のように思えます。

毎回、徳のある人物が裁くのであれば理想的かもしれませんが、結局は曖昧でしこりが残り易い裁断になっている。

政治の頂点に立つ道長の匙加減一つで裁定が変わってしまうため、伊周ら政敵が処断に納得できていない局面も見られたものでした。

時代がくだり、『鎌倉殿の13人』の舞台でも、この【人治主義】の弊害が出ています。

坂東武者として権力を持った初代執権・北条時政が、土地の裁定を行う場面があり、ここでの時政は、自分に贈賄してきた相手に有利な裁定を下しました。

北条時政

北条時政(画:歌川芳虎)/wikipediaより引用

毎回人の判断で結果が変わるとなると、平安貴族であればせいぜい呪詛をするか、恨みを日記に残す程度で済んだかもしれません。

しかし、鎌倉ではいちいち殺し合いが発生しかねない。

そこで時政の孫である三代執権・北条泰時が『御成敗式目』を制定したことが、ドラマ最終回でも見られた解決策です。

【法治主義】への大きな歩みでした。

平安時代中期、隣国である宋には定番の時代劇ヒーローがいます。

「包青天」とも称される包拯(ほうじょう)です。

道長と同時代を生きた彼は、なぜ有名なのか?というと、清廉潔白な官僚として、悪を裁いたことが顕彰されたため。

性格的には藤原実資タイプと思われます。

彼の名声は後世高まり、世界最古級のリーガルドラマが作られてゆきます。

包青天のお裁きがフィクションで取り上げられるとはどういうことか。中国では【法治主義】が強く、江湖の民衆までもそれに喝采を送ってきたことがわかります。

こうした「包青天もの」が日本で翻案された作品が、江戸時代も半ばを過ぎてからの「大岡越前もの」とされます。

民衆目線で公平公正な裁きをする官僚を褒め称えるようになるまでには、そこまで時間がかかったと言えるのです。

 

たねの課題「民衆の救済」

『光る君へ』に登場するたねは、疫病で一家揃って全滅という悲惨な境遇の持ち主です。

平安京は水害に弱く、台風でもあればすぐさま鴨川が氾濫。

あふれた水は汚物や死体を押し流し、疫病の蔓延を招きました。

医療が未熟な時代であっても、治水整備で疫病は抑制できますし、いざ発生した場合でも救護施設を作ることで少なからず蔓延は防げます。

では道長はそうしたものを作り上げたか?

息子の藤原頼通は、平等院鳳凰堂を建立し、文化史に名を刻む人物です。

しかし彼らが仏の慈悲で民衆を救いたかったかというと、そうではないでしょう。

道長にせよ、頼通にせよ、仏に願うことは一族の繁栄、自身の栄達、来世も恵まれた環境に生まれ変わることでした。

残された日記を読むと、道長は晩年熱心に仏道修行に励んでいたことがわかりますが、その目的は己自身の極楽往生止まりに思えるのです。

結局、たねは不幸にして亡くなりました。

しかし、生き延びたとしても身寄りのない人物となります。

たねの腕っぷしが強ければ、京都郊外まで落ちてゆき、そこで山賊と合流するという可能性も排除できません。

当時は【女騎】(じょき)という言葉があります。

馬に乗った女という意味であり、性別を問わず、武装し馬にまたがり盗賊となる者は存在しました。

道長は孤児を放置する治安上の危険性を考慮していたのでしょうか?

そうした動きは見えてきません。

この限界にも『鎌倉殿の13人』での最終盤に答えが用意されています。

暮らしの苦しい民衆に心を痛めた北条政子は、大江広元にどうしたらよいのかと尋ねました。

すると広元が「施餓鬼」(せがき)という仏教の行事を名目とし、施しができると献策。

この施餓鬼の場面では、泰時も政子の背後で品を配っていました。

泰時が『御成敗式目』制定に至るまでに、仏教への帰依があったとされます。

平安時代を経て、鎌倉時代の仏教は民衆救済にまで広まっていたことが、ドラマの描写からもわかります。

北条義時の妻である八重は、孤児救済を行なっていました。この事業を政子が引き継いだのです。

戦乱の世の中で暗殺者となってしまったトウは、この孤児たちの指導にあたった。

救済の上でも、治安のためにも、進化しているとわかる描き方です。

政権を担う上での正統性が薄いとされた執権北条氏。

その特徴として【撫民仁政】があげられます。

政権奪取での過程は悪どいところも確かにあったけれど、その結果として民衆の暮らしが向上するというメリットがあった。それが正統性の根拠とされたのです。

こうして振り返ってみると、浮かんでくることがあります。

摂関政治の時代では、まるで政治改革が実現できず、武士の時代になってからようやく進んだことです。

それを踏まえつつ、周明の課題も考えてみましょう。

 

周明の課題その1「日宋貿易」

『光る君へ』では、藤原為時とまひろの父と娘が越前に赴く「越前編」がありました。

このとき藤原道長は深刻な態度で「宋人に対応せねばなるまい」と語っていたものです。

道長の期待に応えるため、為時とまひろは宋語を駆使して努力を重ねるも、「越前編」は藤原宣孝と結婚するためまひろが京へ戻ることで終わりを告げます。

さて、それでは宋人対応はどうなったのか?

ドラマではまひろの短い結婚生活、道長とのすれちがい、そして道長の朝廷での政治工作が描かれ、すっかり忘れられたように思えます。

そんなドラマの背景で、宋人との問題は片付いていたのか?

結論からいえば、進展がない。

史料を見ますと、その後も「宋人来着」について陣定で協議されたとあります。しかし具体的な対策は何も取られていない。

こうなってくると、道長は越前にまひろがいて、しかも周明という美男の宋人がいたとそれとなく察知したからこそヤキモキしたのかと邪推したくもなります。

しかも、このことが決定的なセキュリティホールとなります。

1126年に【靖康の変】が起き、宋の北部が女真族の金に支配されました。これから先は「南宋」の時代とされます。

領土の北半分を失った南宋にとって、日本から輸入されてくる砂金は欠かせぬものでした。

【日宋貿易】の重要性はかつてないほど高まり、砂金を産出する地域の支配者・奥州藤原氏が栄華の時代を迎えます。

中央で、貿易に目をつけたのは平清盛でした。

月岡芳年が描いた平清盛/wikipediaより引用

神戸に港を築き、貿易を担い、みるみるうちに財貨を蓄え、経済力で勝利を掴んだ過程は『平清盛』や『鎌倉殿の13人』でも描かれています。

それよりもっと前に、道長なり、藤原摂関家の誰かが着目していたら、歴史は変わっていたかもしれません。

しかし結局はそうならなかった。

 

周明の課題その2「国防」

周明の突きつけた課題として「国防」もあります。

彼のように国境を超えて生きる人は【マージナルマン】と呼ばれます。日本史では村井章介先生がこの概念から歴史を見直しています。

前述の通り「越前編」では道長が疑心暗鬼気味に、宋人による侵攻の可能性を危惧していました。

これは認識に齟齬があります。

中華王朝は【朝貢貿易】を目指しており、他国への侵攻はあまりしません。ましてや日本を攻めようということはまずありません。

日本側が大敗し、国家整備の必要性を痛感させられた【白村江の戦い】にせよ、戦場となったのは朝鮮半島です。日本は朝鮮半島の政治に軍事介入し、返り討ちにされたのでした。

当時の朝廷が警戒すべき勢力は、宋ではなく、その宋を南遷に追い込むことになる女真族です。

実際、女真族が【刀伊の入寇】を引き起こしています。

しかしこの【刀伊の入寇】対応をみていると、朝廷は国防意識が極めて低かった。

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【女真族】が何者なのか――その把握も曖昧で戦略も明確といえず、祈祷に頼りきるという有り様。軍事的な備えはまるでできていません。

「さがな者」(乱暴者)の異名を持つ、異色の貴族・藤原隆家が太宰府にいたことは、かなりの幸運でした。

もしも藤原行成が太宰府に着任していたときに、同様の襲撃があったら、果たしてどうなっていたか。

隆家がこのとき太宰府にいたのは、眼病治療を宋人の医者に頼むためであり、朝廷が彼の潜在的な武力を見抜いていたわけではありません。

道長が隆家の武力を見込んだわけでもなく、単なる偶然だったわけです。

そんな隆家の指揮下のもとで戦うのが、双寿丸の殿である平為賢。

画像はイメージです/wikipediaより引用

外敵の侵攻に対抗し、見事な武勇を見せたにもかかわらず、平為賢は不明点が多い人物です。

彼が謎めいているというより、それほど武功のある人物を重要視しなかった朝廷の姿勢に問題があるのでしょう。

平為賢のルーツは常陸国にあります。武装して襲撃を退けることができれば、彼のような武士は移動が自由にできたということ。

双寿丸のような武者が大勢付き従っており、食事の場は争奪が起きるほどだということもドラマで説明されていました。

そんな武装集団、危険じゃありませんか?

行政側はほとんど認識していない様子であり、外敵の侵入を防ぐどころか、都においていつ危険な集団に変わるかわかったものではない。

つまり双寿丸という武士は、将来爆発する内憂外患があることを示す存在といえます。

 

最終盤、答え合わせを担う人物

大河ドラマは一年を通し、歴史を生きた人物の軌跡を追う独自性の強いコンテンツです。

一国一城の主人となるような、ハッピーエンド型のパターンもあります。『どうする家康』が典型例でしょう。

その一方で、バッドエンド型のパターンもあります。

しかし、そこで主人公の生きた軌跡が新しい時代の扉を開いたことを示すのであれば、苦さの中に甘さも残る終幕となります。

たとえば『平清盛』の場合、平家が滅亡する【壇ノ浦の戦い】で物語は終わります。

しかし清盛の始めた武士の世、日宋貿易はのちの世にも続きます。平氏を倒し、武士の世を盤石とした源頼朝がナレーションを務めることで、こうした終わり方を迎えているといえます。

架空人物がその役割を果たしたのが『麒麟がくる』の駒でした。

物語初回に登場した駒は、主人公の光秀に「戦のない世になれば、麒麟がくる」と語ります。

麒麟とは泰平の世の象徴であり、戦災孤児である駒が到来を願うものそのものといえる。

史実の明智光秀は【本能寺の変】のあと、あえなく敗死を遂げます。しかし『麒麟がくる』のラストでは晴れやかに微笑む光秀の姿を、駒が目にしているのです。

あれは光秀が生存していたというよりも、麒麟という泰平の世を示す象徴として現れたように思えました。

最終盤、光秀は主人である織田信長ではなく、徳川家康の中に泰平を守る精神性を見出すようになります。

実際、家康は林羅山を重用し、劇中で光秀が信奉していた朱子学を日本に浸透させました。

泰平の世をもたらす思想として朱子学を掲げ、その象徴である「麒麟」をタイトルに入れたドラマとして、ハッピーエンドといえる終わり方。

『麒麟がくる』の駒は、朱子学の理念を「麒麟」の概念で語る、いわば目的の擬人化でした。

『光る君へ』の直秀、たね、周明たちも、課題を擬人化してきたことはここまで書いてきた通りです。

 

望月にかかる暗雲

『麒麟がくる』の駒は、主人公の願いが叶うであろう未来を示しています。

では『光る君へ』での双寿丸はどうか?

彼は積み残した課題を突きつけ、さらには「時代は変わる」と示す可能性のある挑発的な人物といえます。

そして彼の場合、主役のまひろではなく、まひろのソウルメイトである道長の政治に対してそうするといえる。

『光る君へ』の序盤で、まひろは道長に課題を突きつけました。

直秀のような存在を生み出さない、理想的な為政者になり、政治改革をすべきだと迫ったのです。

その答えは、双寿丸が暗示しているといえる。

直秀の生まれかわりのような彼が、国家防衛を担い成し遂げたとき、道長は何を思うのか?

鈍感さを発揮して望月の歌を詠むにせよ、それを知ったまひろは素直に受け止められるのか?

こう考えてくると、双寿丸とは、まるで望月にかかる暗雲のようにも思えてきます。

これほど重大で難易度の高い人物をどう描ききるのか?

『光る君へ』は、最終回まで目が離せない作品になりそうです。

 

「歴史総合」時代の歴史ドラマに向けて

双寿丸たちは、2024年の大河ドラマらしい人物といえました。

2024年秋には、映画『11人の賊軍』が公開。江戸から明治へ時代が変わる中、歴史の狭間に消えていった人物の目線から描いた歴史劇です。

この前の年である2023年に話題を攫った歴史劇は、織田信長という日本史上最も有名な人物がモチーフとなった『レジェンド&バタフライ』と『首』でした。

織田信長から「オリキャラ」視点の映画へ、時代劇も変わりつつあると思えます。

為政者や英雄だけではなく、民衆目線での歴史の解読は、19世紀の思想界であるカール・マルクスにより提唱された【唯物史観】が有名です。

マルクスの思想と結び付けられた結果、どうしてもイデオロギーとして解読されてしまう弊害があります。そのため、社会主義の衰退とともに時代錯誤的なものであるという批判もつきまといます。

しかし、歴史を見る目とはそう単純なことではありません。

民衆目線での歴史の読み解きは、マルクスのような西洋だけの見方ではなく、東洋にもあります。

中国に由来するものとして【江湖】(こうこ)という言葉があります。

エンタメのジャンルである【武侠】と結び付けられ、超人的パワーのある侠客が暴れるワールド設定のように誤認されます。

そうではなく、「官によらない民衆が生きる世界」という意味です。【江湖】からの歴史の読み解きとは、民衆の目線に立って為政者を判断するという意味になります。

そして2020年代ともなると、【ブラック・ライヴズ・マター運動】による歴史の見直しも加速してゆきます。

世界各地で、奴隷貿易等、黒人を搾取していた人物の顕彰が見直されてゆきます。これは人種間の見方にとどまらず、権力と搾取の関係性を踏まえた上で歴史を見直すことにもつながってゆきます。

為政者だけでない。かれらが使役した民衆の目線から、地べたから見上げるように歴史を見直す必要性が論じられるようになったのです。

2022年から高校の教科となった「歴史総合」は、近現代を中心に展開する歴史科目です。

近現代とは、民衆が力を得ていく過程でもありました。この科目を学ぶうえでも民衆目線での歴史の問い直しは重要な課題なのです。

日本の冠たる歴史ドラマである大河ドラマも、民衆目線からの歴史見直しは重要な課題となります。

2020年代、「オリキャラ」はますます重要となります。

「オリキャラ」が出てくるだけで大河ドラマを「ファンタジー」呼ばわりすることも、もはや時代遅れだと言えます。

それが大河ドラマでも映画でも証明されたのが2024年といえるのでしょう。

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【参考文献】
野口実『増補改訂 中世東国武士団の研究』(→amazon

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小檜山青

東洋史専攻。歴史系のドラマ、映画は昔から好きで鑑賞本数が多い方と自認。最近は華流ドラマが気になっており、武侠ものが特に好き。 コーエーテクモゲース『信長の野望 大志』カレンダー、『三国志14』アートブック、2024年度版『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『覆流年』紹介記事執筆等。

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