光る君へ感想あらすじレビュー

光る君へ感想あらすじ

『光る君へ』感想あらすじレビュー第45回「はばたき」なぜアナタの子だと打ち明けた?

2024/11/26

前回放送の最後で藤原道長が詠んだ「望月の歌」。

あの真意は一体なんだったのか――藤原公任藤原斉信、源俊貴、藤原行成の四納言がそれぞれ解釈を始めます。

 


「望月の歌」を解釈する

まずは俊賢の解釈から。

「栄華を極めた今を、歌い上げておられるのでございましょう。何もかも、思いのままであると」

公任はこうだ。

「今宵はまことによい夜であるなぁ、くらいの軽い気持ちではないのか」

そう分析しつつ、道長が皆の前で奢った歌を披露するような人となりではないと付け加えます。

藤原行成はこれに賛同します。

「月は后を表しますゆえ、3人の后は望月のように欠けていない、よい夜だ、ということだと思いました」

斉信は「そうかなぁ」とつぶやくばかりです。

冒頭このシーンは、歌の解釈を説明するものとして機能します。

道長は驕り昂って詠んだのか、それともささやかな満足感なのか。

結局は人の解釈による――そう示されているのでしょう。個々人の性格や、捉え方があります。

父が失脚し、再起を図りたい俊賢は、自分が全てを賭けた道長が成功してもらわねば困る。己の見る目は確かだったのだという思いが出ています。

一方で公任は、そういう見方は単純だ、穿ち過ぎだと牽制しているように思える。道長に全てを賭けているとまでの思い入れはないのでしょう。

行成はどうか?

彼は道長の善性を信じたい。

斉信は特に意見なし。

こうした解釈は歴史を踏まえるうえで大変重要です。

例えば『三国志』を記した陳寿の場合、後世、諸葛亮の評価が低いと疑念の目で見られました。陳寿の父が諸葛亮に罰せられたせいではないのか?と邪推されたのです。

日本史ですと、幕末から明治にかけての『徳川慶喜公伝』がわかりやすい例です。

徳川慶喜は、実は幕臣からすら「幕府を潰した張本人」と責められかねない状況でした。

大抵の幕臣は累代の奉公であり、別に慶喜を選んでいるわけではない。しかし渋沢栄一は自ら進んで一橋家に仕えたゆえ、自分には審美眼があったと主張したい。自らの目にかなった慶喜は賢明でなければ困る。

『徳川慶喜公伝』には、そういう解釈の背後にある動機も見ていかねばならないでしょう。

そしてこのドラマで登場した『枕草子』と、今後登場するであろう『栄花物語』もまさしくそう。顕彰目的の書物です。

光ばかりでなく、影まで見なければならないというのが、書くことをテーマとした本作にある価値観。歴史や文学を学ぶうえでとても重要な視点ですね。

 


全てを奪い尽くされた敦康親王の生涯

敦康親王が藤原頼通の元へやってきて、「もう摂政として、政に慣れたのか?」と尋ねています。

まだ父の指示を仰いでいなければ不安だと苦笑する頼通。太閤に叱られるのかと問われると、毎日怒鳴られてばかりだと返します。

「自分も父に怒鳴られたかったなぁ」

そう、しみじみとする敦康親王に、彰子が「嫄子(もとこ)様には父らしい父とお接しくださるように」と言います。

敦康親王としても「叱りたい」とは言いますが、果たしてどこまで本心やら。嫄子を抱く母の祇子(のりこ)女王から「それは難しいのではないか」と突っ込まれています。

娘を愛している様子が伝わってきますね。しかし……。

敦康親王が嫄子を抱いて廊下を歩いていくと、突然苦しみ、娘をおろし、ひざをついてしまいます。

そして、この歳の暮れ「敦康親王は亡くなった」とナレーションが語る。

享年21。さらにこう続きました。

道長によって、奪い尽くされた生涯であった――。

この語り口が『源氏物語』と通じるものがあると思います。

あの物語は、光源氏や薫の言動について、語り手が突き放すような口ぶりになることがよくあります。

決して称賛しきっているわけではない、そんな苦さがあるのです。

本作の視聴者の多くは、道長に感情移入していると思います。そうした視聴者を時に突き放すように、道長が誰を犠牲にしてきたのか、このドラマは見逃しはしません。

 

『源氏物語』完

彰子もまひろも喪服となりました。道長も喪服姿で月を見ています。

ここには出てこないききょうは、どれほど嘆いたことでしょう。

ただし、道長から罪悪感は読み取りにくい。

敦康親王の死により、荷が軽くなったと思えるところもあります。道長は人の苦難に対しても鈍感なのかもしれません。

そしてまひろは「夢浮橋」の最後の場面を執筆します。

浮舟が生きていると知った薫が再会しようとするも、相手に拒まれてしまい、誰か他の男にでも隠されているのかと思う場面です。

できた――として筆を置くまひろ。

吉高由里子さんの筆をもつ手もこれで見納めかもしれないと思うと、実に寂しいものがあります。

利き手を持ち替えて圧巻の所作。

根本先生ともども、本当によく努力されたと思います。小道具も細やかで、牛車を模した筆置きが素晴らしい。

物語は、これまで――まひろはそう心のうちで呟き、さっぱりした顔になり、月を見上げます。

これもなかなか興味深い描き方ではあります。

この終わり方は未完成ではないかと長らく思われ、続編も書かれています。道長の援助打ち切りによる唐突な終結という解釈すらある。

しかしこのドラマでは、作者の意思で終わらせたと示されています。

 


親子、それぞれの道

寛仁3年(1019年)、歳があけ、叙位の儀の日となります。

ところが左大臣と右大臣がおりません。頼通が慌てて「どうしたのか!」と問いかけます。この儀式は左右の大臣がいないと成立しないのだとか。

頼通は、左大臣のもとへ参内しないわけを聞かせに行きます。

すると左大臣は蔵人頭を通して「格別の仰せがなければ参内せぬ」と、なんともアヤフヤな回答を返してきました。

頼通は父の元へ向かい、あてつけなのかと苛立ちをぶつけます。

「うろたえるでない!」

突如として頼通に凄む道長。左大臣と右大臣が来ないなら内大臣のお前が代わりを務めればよいと返し、嫌がらせに屈するな、叙位の儀も止めてはいかんと指示を出します。

一体何を言っているのか……。

これは史実における道長の言動を知るとさらに苛立ってきます。

道長はあまり真面目ではありません。

夢見が悪い、嫌な予感がする。そういった程度で参内をやめてしまう傾向があります。またその程度で休んだのではないかと思わず邪推したくもなるのです。

それにそういうことは、事前に言っておくべきことでは?

こういう試し行動って本当に嫌なものです。

自宅で執筆を終えたまひろがふと目をやると、空っぽの鳥籠が目に入ってきました。

思えばこの籠から逃げた鳥を追いかけ、まひろは三郎、後の道長と出会っています。

まひろが出仕すると、道長はその日の場面を檜扇に描かせ、まひろに贈ったものです。

そんな風に思いを巡らせているまひろのもとに、賢子がやってきました。

「宮仕えがしたい」

なんでも彼女は、夫を持ちたいとは思わずとも、21にもなって母に頼り切りという状況が情けないようです。

それは頼もしいことだと返すまひろ。

賢子は、太皇太后様にも覚えがめでたい母のツテを頼り、内裏か土御門の女房になりたいとのこと。まひろは承諾し、頼んでみることにします。

祖父の為時が、食事の席で、その話を聞いています。

孫の決意を聞いて喜んでいると、賢子から「じじ様は寂しくないのか?」と問われます。

寂しいことは寂しいと認めながら、案ずることはないと返す為時。亡き妻と子の菩提を弔い、静かに生きていくつもりだそうです。

するとまひろが、口を開きます。

「賢子がこの家を支えるのならば、私は旅に出たい」

長い間働いてきたのだから、好きにすればよいと答える為時。

なんでもまひろは物語に出てきた須磨や明石を見たいそうで、近場だから大丈夫だなと為時も認めます。

しかしそれでは終わらない。まひろは、宣孝が赴任した太宰府や、さわが亡くなった松浦にも行きたいと言い出すのです。

九州はさすがに遠い……為時もそう困惑し、若くもないのに大事ないのかと心配しています。

すると、きぬがやってきました。

「乙丸をお供につけます!」

彼女は乙丸の帰りを待っているとのことですが、乙丸も今やそう若くはないですよね……。大丈夫かな。

為時も呆れ果て、思い立ったら親の言うことなど聞かぬ娘だ、好きにするように、と答えるのでした。

「女房の仕事は楽ではない」とまひろが賢子に囁きかけると、「母上ででもできたのだから大丈夫」と返す娘。

確かに隠キャ女王のまひろより、賢子の方が適性ありそうですよね。

いずれにせよ、旅というまひろの選択は、唐突なようで、普遍的な日本女性ともいえるかもしれません。

昔の女性が遊ぶ名目で旅をすることは憚られます。何かそれらしい理由がいる。

便利なのは信仰です。

女性同士が集まって寺社を参る行事が、日本各地に残されています。あれは信心深さだけでなく、息抜きレジャー感覚でもあったのです。

旅行のみならず、女性が中高年になってから、何か始めることは往々にしてあります。

「ババアが何してんだよw」などと言わないでください。

彼女らはよき女性としてだけではない生き方を見出せる余裕ができたからこそ、趣味を堂々と始めることもあります。

確かに移動は危険なので、そこは心配ですが……乙丸だけでなく双寿丸もいればより安心なんですが。

獣、悪天候、疫病……生きて戻ってこられますように。

 

まひろ、倫子の依頼を断る

まひろは、彰子のもとに賢子を連れて行きました。

「世にも人にも慣れぬふつつかな娘なれど、どうかよしなにお導きくださいませ」

「確かに娘を預かった」

そう答えた彰子は「必ず生きて帰って参れ」とも付け加えます。

旅から戻ったら土産話を聞かせて欲しいと微笑み、餞別の品を渡す。彰子の気遣いに感謝するまひろです。

彰子は賢子を見つめ「母に似て賢そうな顔だ」と言うと、「私の良き話相手となりそうだ」と微笑みます。

どうやら賢子の女房生活は順調に始まりそうです。

まひろは道長と倫子夫妻のもとにも挨拶に来ました。

倫子から今後の身の振り方と心持ちを聞かれ、もはや主人である太皇太后は立派になり、役に立てることはないと返答。

そして、物語に出てきた須磨と明石、さらには太宰府まで見たいと続けます。

倫子も、道長に二人で旅に行きたいと語り合っていた話で応じますが、夫の反応が鈍い。

道長はどうにも、まひろのことが気になるらしく「太宰府に使いの船が出るから、それに乗っていけばよい」と言います。

するとこの後、まひろは廊下で倫子に呼び止められます。

「あのこと」を考えてくれたか?と迫ってくる。道長を礼賛する物語の執筆ですね。

心の闇に惹かれる自分には、『枕草子』のように太閤について書くことは難しいと返すまひろ。

「あらま」

そう返す倫子。

道長の依頼は聞けて私は聞けないのか! そう苛立ちそうになるかもしれませんが、作風を理由に断られるのは筋が通っているとも言える。

頭を下げるまひろに理解を示し、旅に出るし仕方ないと納得しています。

これまで世話になった礼を言ってまひろが去ろうとすると、くれぐれも気をつけて旅をするようにと告げる倫子。

彼女は、まひろと道長の関係をうすうす知っています。

それでもそのことでまひろに対して怒りを見せない器の大きさがあります。どこかギスギスしていた明子とは異なり、身分が違うという意識もあるのかもしれません。

 

まひろの役目は終わった

まひろは完成した『源氏物語』を見せ、「母のしてきたことよ」と賢子に託します。

「形見みたいに言わないで」と賢子に言われ、「どう思ったか帰ってきたら聞かせて欲しい」とすかさずフォローしています。

つまり、この完成原稿を道長はまだ読んでいません。作者一人しか知らない。

まひろが旅立った後にこれを読む道長の顔を私も見てみたいものです。

そこへ道長がやってきました。

賢子は母の作品の重みを感じつつ、去ってゆきます。

道長が、御簾をおろし、綺麗な所作で腰を下ろす。そこまではよいとして、じっとりした目線をまひろに投げかけます。

「何があったのだ」

「私の役目は終わったと申しました」

「行かないでくれ」

そう懇願する道長に、まひろは「船に乗っていけと仰せになった」と返します。

これ以上手に入らぬお方の側にいるのは何なのか。

私は十分にやった。

その見返りも十分にいただいた。

道長様には感謝してもしきれない。

ここらで違う人生も歩みたくなった。

そうしみじみと説明します。

さらに私は去るけれど、賢子がいると言います。そしてまひろは、ようやく明かすのです。

「賢子はあなたの子です」

道長の目が泳ぐのがなんとも言えませんね。

頭を下げつつ「賢子をよろしく頼みます」と託すまひろ。道長はここでまひろの袖を掴み、すがりつくように言います。

「お前とはもう会えぬのか?」

「会えたとしても……これで終わりでございます」

伸ばされた道長の手をふりほどき、まひろはそう言い切り、決然と去ってゆくのでした。

取り残され、愕然とする道長。

さて、ここで、このタイミングでやっと賢子の父親について、まひろが道長に打ち明けました。

これには重大深刻な理由があると思えます。

もしも実の親子だと知らなければ、道長がまひろの形代として、賢子を召人(めしうど)にする可能性があります。

『源氏物語』では、光源氏が藤壺中宮の面影を求め、その近親者を求めています。

「宇治十帖」では、薫が八の宮の大君を恋い慕い、その妹である中の君や浮舟を恋い慕います。

そうはいっても、所詮は本命の面影を求めているだけで、嫌な割り切りがあるのが光源氏と薫です。光源氏はそれでも紫の上を真摯に愛するからよいのですが、薫はそうとも思えません。

まひろが道長に手が届かなかったのはなぜか?

それは身分でしょう。『源氏物語』では、高貴な男君が女君を血筋で値踏みしています。

どんなに愛くるしく、素晴らしく、美しかろうが、浮舟くらいの身分の女君は「正妻にはできないけど、かわいい愛人としてちょうどいい」と思われてしまう。

このドラマは『源氏物語』の展開解説があまりありませんが、知っているのと知らないのでは、全く別の世界が見えてきます。

「宇治十帖」の展開を知れば、そりゃまひろもこうなるだろうと腑に落ちます。

浮舟が宇治川に身投げして解放されたように、まひろもそうしたいのでしょう。

かくしてまひろは、旅に出ます。

浮舟は入水したけれど、まひろは地面を踏み締めて歩き出します。

牛車が通る都の街並みが、まひろ目線で描かれるのが実に興味深いのでした。

 

倫子は赤染衛門に依頼する

倫子は新しい猫を飼い始めたようです。これまた実に興味深い。

トランプ次期大統領が「子どものいない猫好きおばさん」という罵倒語を用いていました。西洋では魔女は猫を連れているとされました。

要するに、本来夫や我が子に注ぐ愛情を、猫相手に発散している惨めな女というニュアンスがあるのです。

倫子と猫の関係も、そうしたジェンダー観から読み解けるかもしれません。

『枕草子』をこれだけ扱いつつ、一条帝の愛猫は出てこなかった本作。

一方で倫子の猫好きは印象的です。

恋にさして興味がなく、猫を愛でていた倫子。彼女が道長に恋をしてからは小麻呂は見えなくなります。

彰子も、一条帝の寵愛を受ける前、猫の小鞠を抱いていました。

異性との愛がない間に、この母と娘は猫を抱いています。

倫子がまたも猫を可愛がりだしたことは、夫との関係性の象徴のように思えなくもありません。

そんな猫を抱いた倫子は、赤染衛門に依頼をしています。

『枕草子』のようにキラキラと描かれる、輝かしき道長物語を書いて欲しいというのです。

困惑する赤染衛門。倫子は「衛門の筆でこそ」と念押しします。

他にもっとふさわしい者がいるのでは?と赤染衛門が戸惑っていると、倫子はきっぱり「衛門がいいのよ」と言い切ります。

「衛門の筆で、殿の栄華を」

感極まった様子の赤染衛門。彼女なりに、藤式部や清少納言に対する引け目があったのでしょうか。

それにしても、日本には「史書」が欠落したのだと思わされます。

中国史だと正史があり、さらにそこに注釈もつけられてゆきます。

それと比較すると日本にはちゃんとした史書がなくて嘆かわしい……なんて書くと「反日」だと思われますでしょうか。

実は日本人自身が江戸時代までこう考えていました。

「歴史を学ぶために『史記』や『漢書』読んだ」というような言い回しが出てくるのです。

ただし、女性の筆による歴史物語も、日記も、日本史独自のものととらえればユニークですよね。

これも興味深い点ですが、江戸時代、国学を学ぶとなると女性比率が高まります。

和心が織りなす傑作が『源氏物語』であるとされたため、国学は女性も担うものとされたのです。

来年の『べらぼう』にも、そんな学ぶ女性が出てくるかもしれませんね。

 

道長の決意

かくしてまひろの娘・賢子は、太皇太后の女房たちに迎えられました。

呼び名は「越後弁」だと宮の宣旨から伝えられます。

祖父である為時が越後守であり、かつ左少弁(さしょうのべん)を務めた経歴からだとか。

賢子は心して仕えるとして優しい微笑を見せています。母親よりも人当たりがよさそうですね。

道長はそんな賢子を見つめつつ、苦しげな顔となりました。体調が悪いようだ。

道長は強引な手段でライバルを蹴落としてきた自覚がないわけでもなく、怨霊に怯えていたそうです。

栄養バランスも悪い生活ですから、ここまで病気をしなかっただけでも幸運の持ち主だったのでしょう。

ただし、ここ数回は疲労を隠せなくもなっており、宇治での療養あたりから生気が薄れたことも確か。

まひろが旅をする一方、道長は気だるげに何か書きつけています。

根本先生に指導されながら、字が上達しなかったという柄本佑さん。彼本人のせいでなく、道長が悪筆なので仕方ないところです。そんな道長でも日記は汚くとも、写経となると綺麗な字になります。

そこへ倫子がきて、体調を尋ねてきます。

すると道長が、唐突に切り出します。

「出家いたす」

唖然としている倫子。

「頼通が独り立ちするためにもその方がよいと思う」

「頼通のために出家するのですか?」

これはどういうことなのやら。父が子の後ろ盾となる方がよいことは、道隆と伊周父子をみればわかります。

いや、そもそも、倫子の立場になってみましょう。

広い土御門つきで婿となった夫。その三男三女を産み、育て、娘たちを入内させてきた。

長男がやっと軌道に乗るも、まだ危なっかしい。とはいえ精神的な余裕もできた。

倫子は夫との旅について考えているとも語りました。

そんな小春日和めいた人生の曲がり角で、夫が出家とは何事か。しかもあのまひろの旅立ちのあとに言い出すとはどういうことなのか?

これが北条政子相手ならどうなっていたことか……着衣に火をつけるくらいはしそうです。

体も疲れたから休みたいと語る夫に、休むなら現世の私のもとでそうして欲しいと懇願し、今際の際でもないのに出家などありえないと嘆く倫子。

これも『源氏物語』と重ねると怒りが増してきます。

光源氏は、紫の上の出家を止めるんですよね。しかし、男女逆の立場になると出家が強行できるようです。

「気持ちは変わらぬ」

優美な仕草で倫子に近寄り、そう語る道長。

「藤式部がいなくなったからですか?」

「何をいうておる」

「出家はおやめください」

「ゆるせ」

「お待ちくださいませ」

「太皇太后様に申し上げてくる」

ここで倫子は、道長がまひろにそうしたように、夫の袖に手をやります。

それを払い立ち上がって去る道長。まひろがしたことを、倫子にやり返しているように思えます。

 

まひろははばたき、道長は現世を捨てる

そのころ、まひろは須磨の浜辺にいました。

すべてから解き放たれたように走るまひろ。光源氏が悄然と歩いた浜辺を、まひろは羽ばたく鳥のように駆け抜けます。

幼い紫の上が雀の子を追いかけていたように、思い切り駆け抜けるまひろ。

本当の幸せとはこういうことではないか?

そう感じさせる解放の場面です。

一方の道長は、重々しい読経の中、剃髪に挑みます。

暗い顔をしてうつむく倫子があまりに不憫。彼女は、愛という鳥籠にとらえられているように思えます。

圧巻のシーンでした。

俳優が髪を伸ばし、実際に剃刀を入れるとはなかなかないこと。今はウイッグも進歩しておりますので、そちらを選ぶ方が当然のことながら多いでしょう。

厳粛で身が引き締まるような気持ちがする一方、静かに涙を流す倫子があまりに哀れに思えてなりません。

かくして道長は出家を遂げ、厳かな僧形となりました。

 

不健全な摂関政治

土御門の道長のもとに、公任、斉信、行成がやって来ました。

寂しいことこの上ないとぼやく斉信。

一方で公任は、50過ぎまで一人も欠けずにやってこられたことは感慨深いと言います。

道長が人生の儚さを語ると、行成がたまらず袖で涙を拭います。

行成は出家で道長の心が楽になればよいと思っていたけれども、こみあげてきてしまったそうです。

昔も今も行成は道長一筋だと斉信。

行成は何のお役にも立てていないと言います。いやいや、能筆ですし、活躍していたじゃないですか。

「何をいうか。お前には随分と助けられた。いくら礼を言っても足らぬ。いろいろとすまなかった」

道長は行成を真っ直ぐに見てそう言います。

公任も俺まで泣けてくると言い出しました。

道長は人たらしですね。倫子や明子にもそれを発揮して欲しいものですが……。

すると道長は、頼みがあると言い出しました。

頼通への力添えを頼むのです。

左大臣も右大臣も脚を引っ張るばかり。頼通は心優しく、肝が据わっていないと評しています。

公任はその言いようでは、心は全く出家していない、頼通の政を後ろから操るためかと納得しています。

道長は否定するものの、それでよいと答えます。むしろ力が湧く、もう一踏ん張りできると公任は言うのです。

かくしてこの三人は、廊下で頼通とすれ違いそうになり、頭を下げます。

頼通は道長に左大臣顕光のことを相談しています。

老齢で能力が衰えているのに余計なことをして、陣定を長引かせるとか。皆うんざりしているので、左大臣を辞めさせたいとのこと。

しかし大臣は本人が言い出すか、身罷るしかない。このままではまずいと不満げな頼通。

坂東武者なら宴に誘い出して命を奪うこともできますが、平安貴族はそうはいきません。呪詛もリスクがある割にはノーリターンです。

そこで道長は、わからないのかと頼通に促す。

失態のたびに皆の前で左大臣を厳しく注意すればいたたまれなくなってやめるかもしれないと言い出します。さすがに躊躇する頼通。

「それが政だ! そのくらいできねば何もできぬ」

そう叱り飛ばす道長。

そんなパワハラ伝授が政治ですか。ハラスメント気質になることが肝を据えることですか。

そんなことだから政治が行き詰まるのでは?

 

太宰府での再会

まひろはついに太宰府へ到達しました。

宋人も行き来するこのセットは、なんと『清明上河図』をもとにしているとか。確かに平安京とは異なります。

宋の都・開封を描いた『清明上河図』/wikipediaより引用

このまひろの太宰府行きですが、『源氏物語』とも関係はあります。

メインプロットから外れた「玉鬘十帖」では、ヒロインである玉鬘が乳母について太宰府にまでやってきているのです。

そこでオラついたストーカー豪族・大夫監につきまとわれます。

作者の耳にも遠国の武士について噂は届いていたのでしょう。

双寿丸のこともあり、まひろは武者への興味があったのかもしれません。

宋人は実資が喜びそうな薬剤や、化粧品を売り捌いています。

そこでまひろは、見覚えのある顔に目を奪われます。

周明でした。

 

MVP:まひろ

道長は「ソウルメイト」という不思議な言葉で言い表されていたこの作品。

それがこういう結末を持ってきました。

道長に対し、ああも残酷な態度を見せるまひろは、一体どういうことかと困惑させられるかもしれません。

しかし「宇治十帖」とあわせて読めば理解できるように思えます。

男女の関係は浅ましいという『源氏物語』に通底する価値観が今回叩きつけらてきます。

彰子は賢子をみて「よき話し相手になりそうだ」と期待を見せました。

女同士はシスターフッドを発揮し、性的に関係しようがなかろうが、人間関係を構築できます。

それがなまじ男女間となると、男性側が女性側を「モノにできるか」「自慢できるか」という判断基準が入り込む。

道長が賢子を見る目線は娘を見るというよりも、まひろの形代として新しい恋を展開できないことへの失望感があるようにも思えてしまったのです。

会話して気が合うかどうか。

相手を理解できるか。

そうした要素は二の次となり、まず性的な魅力があるかどうか、ステータスが自分に釣り合うかどうか、そんな値踏みするまなざしで女性を見ます。

相手の嫌がる気持ちなど無視だ。

この状態をイメージさせる秀逸な絵がありますので、どうぞ。

『草上の昼食』エドゥアール・マネ/wikipediaより引用

マネの『草上の食卓』です。

男二人が着衣なのに、女は全裸で座っています。

そして男たちは「この女どう?」と値踏みしているように思える。

マネは意図していたとは思えませんが、これぞ女体を通貨にして盛り上がる、ホモソーシャルそのものと思えるのです。

 

ホモソーシャルを生き抜き、自由を掴め

薫と匂宮は、こんな調子で浮舟をさんざん値踏みするんですよ。

浮舟本人の感情など無視して、ステータスシンボルとしてどうか、そこばかり気にして奪いあう。

そんな男同士のステータスシンボル扱いされて、女が幸せになれるかどうか?

無理に決まっているんですね。

ただ、女性側もその価値観に乗ってしまうこともありまして。

浮舟がもしも入水時に亡くなっていたら、そこまで踏み込めません。

救出されて尼に匿われることで、この嫌な価値観が見えてきます。

浮舟は男性が嫌で仕方ないのに、尼にせよ、僧都にせよ、周りは「まだ魅力があるのだから男とくっつけ」と促してくる。

拒む浮舟を「もののけに取り憑かれている」と決めつける始末。

「宇治十帖」の世界観は、まさしくこの男目線の世界観がいかにくだらないか、描き尽くしているのです。

浮舟は、そんな男の獲物にされることを拒んだからこそ入水し、出家するのに、それが理解されない。

それでも浮舟は嫌われる勇気を貫き、薫との再会を断固拒むところで物語は終わります。

「宇治十帖」を重ねると、今回のまひろと浮舟の姿がピッタリ。

浮舟が薫と匂宮に対していかに絶望し、男に頼る人生とキッパリ決別するのか、細やかに描かれています。

そして薫や匂宮、浮舟に寄りつく男どもの身勝手さも容赦なく暴かれている。口では綺麗事をウダウダいうけど、お前らのゲスな本音はわかっている!

そう突きつけるのが「宇治十帖」です。

私は真剣に「宇治十帖」は啓発教材になるのではないかと思います。

恋愛のために命すら捨てようかと迷う方は是非とも読んでいただきたい。

浮舟入水後、薫と匂宮がひとしきり悲しんだ後、「愛人にするにはちょうどよかったのにな」と割り切る下劣な心情が描かれています。

こんな連中のために命を落としてたまるか! そう思えることでしょう。

そして「宇治十帖」の最終巻の手前は「手習」。初歩的な学習の初めという意味です。

恋愛に没入するより「手習」をしてみたらどうか。そう紫式部は自己表現の勧めをしているようにも思えます。

浮舟はその名の通り、流される意志の弱い女君だったけれども、「手習」のあたりから自己主張に開眼し、自らの人生を生き直してゆきます。

思えば『源氏物語』は、愛ゆえに短い生涯を終える桐壺更衣の悲劇から幕を開けました。冒頭で男の愛に命を奪われる女を描いたのです。

それが「夢浮橋」では、男の愛をキッパリ拒んで生き直す、そんな女の姿を描いて終わります。

これが『アナと雪の女王』の千年以上前に書かれていたとは、凄まじいことだと改めて思います。

ありのままに生きる喜びを、紫式部はとっくに見出していました。

今回、ある老婦人のことを思い出しました。

若くして結婚し、大勢の子を産み育てた彼女は子とも孫とも同居せず、一人で暮らしていました。日々、庭の花の手入れをすることが楽しみのようです。

そんな彼女に息子は語りかけました。

「母さんがこんなに花が好きなんて知らなかったな」

すると彼女はしみじみとこう返しました。

私はずっと花が好きだった。

こうして育てるのが夢だった。

でも夫と子どもの世話でそんなことすらできない。

こうして長生きして一人で暮らすようになって、やっと私は花を愛でる人生を取り戻した。

今が一番楽しいのだと。

ずっとそばにいて見てきて母のことを何も知らなかったと、息子は愕然としたのでした。

そしてこうして長生きして、一人で趣味に生きる時間を取り戻したことこそ、母の勝利だと感じ入ったそうです。

しかし、歴史は、社会は、そんな老女の勝利宣言に耳を傾けることはありません。

老女に幸せを規定するにせよ、夫がいるから、子がいるからだと思いたがる。

良妻賢母こそ女の幸せだと決めつけたがる。

しかし果たしてそうなのか?

須磨の浜辺を駆け抜けるまひろと、涙を落とす倫子の姿からは、そのことへの問いかけを感じます。

社会的なステータスでいえば、三人の后と、摂政の母である倫子の方が上です。

しかし、幸福度ではどうでしょうか?

来週の「刀伊の入寇」はなかなかぶっ飛んでいます。

とはいえ、今回で『源氏物語』に通底する価値観を叩きつけたからには、自由な描き方をする余裕もあるということでしょう。

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異国の賊を撃退した平為賢|平安時代に台頭する武士の成り立ちと共に振り返る

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『愛国物語』に描かれた藤原隆家
藤原隆家の生涯|天下のさがな者と呼ばれた貴族が政争に敗れて異国の賊を撃退

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【参考】
光る君へ/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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