永禄12年(1569年)、夏――。
左馬助が8日分の荷物をまとめています。
なんでも美濃から彼を呼び寄せた途端、入れ違いのように光秀が美濃へ戻ることになり、留守中のことを「よろしく頼むぞ」と声を掛けています。
堅物な光秀ですから、おだてたりはしないけれども、明智左馬助という右腕に留守を任せられるからこその旅とも思えます。
左馬助は父に似て、縁の下の力持ちな性格なのでしょう。明智家を支えていく決意が感じられます。
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演じられる間宮祥太朗さん、時代物だと際立つのが、美形っぷりですよね。
それも昭和の美男のような雰囲気があり、若い頃の北大路欣也さんを思い出します。江戸の将軍様あたりも見てみたいものです。
愛妻弁当片手にアイツがやってきた
そこへあいつがやって来ました。藤吉郎です。
そろそろお発ちになるなる頃と思い、お弁当を持参しております。
【ねねの手作りお弁当】
・強飯
・牛蒡と蛸の煮物
ひとこと:明智様は京都を取り仕切る同僚、出かけるからにはぜひ道中お食べいただきたい♪
光秀が礼を言いつつ受け取ると、藤吉郎の眼の底がギラっと光ります。こ、こいつ……。
本当に嫌な奴ですなぁ。光秀の前に来ると、いつも「使えるかどうか」人を値踏みしていやがる。
『ったく、チョロい相手なら、ねねのお弁当でイチコロなのによ。こいつは守りが固くて、めんどくせえな……』と、そんな思いが滲んでいるというか……。
名前だけ出てくるねねは、どういう性格なんでしょうね。
夫を愛している素直な妻?
それとも夫に疑念の目を向ける妻? 夫の共犯者となる狡猾な妻?
さあどうでしょう。
そうそう、秀吉の妻である彼女ですが。「ねね」なのか「おね」なのか。名前については諸説あります。
大河はじめ各種フィクションの制作年代で、そのときどの名前が優勢なのか傾向が出てなかなか興味深いものがあります。今年は「ねね」でしたね。
歴史は終わったことで不変だと思われますが、新発見でどんどん変わります。そこを踏まえて、今年の光秀たちがどう生きるか考えるのも楽しいことです。
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秀吉の残虐性
さて、そんな愛妻弁当をダシにして、藤吉郎が知りたいことは?
岐阜城に松永久秀、三淵藤英らも集まっており、次の戦のことが気になる。笑いながらそう尋ねてきます。
光秀は妻子に会うためでその儀はしかと……と困惑しますが、おとぼけは通じない。藤吉郎は、スタスタと入り口に戻り、当然のように戸を閉め「密談をする」と示します。
幕府の中には、越前の朝倉義景とつながりがある者が多い。成り上がりの織田信長よりも、由緒ある朝倉に替わるべきだとする連中もいる。
そういう幕府を糺すためには、朝倉を倒すのが一番だ――と光秀に同意を求めるのです。
誰かを血祭りにあげることで、天下に示すことのできる何かがある……って、嫌だわぁ。後の豊臣秀吉が持ちそうな、冷酷で計算高い発想が怖い。
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こういった思考は、信長の影響で身につけていくものなのか。
それとも先天的な残虐性なのか?
秀吉は戦国時代ですら特殊な考えがある。
例えば秀次事件で、何も秀次の妻子まで殺すことはないと当時からさんざん言われてきた。
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見せしめ、パフォーマンスとしての流血が彼の特技であるとするならば、そういう発想を示しているとするならば……やはり、この秀吉、恐ろしい。佐々木蔵之介さんがこんな底しれぬ怖さを持つ人物を演じるとは思いませんでした。
光秀はそんな相手を牽制し、十年間越前にいたことを明かします。
朝倉と戦うには銭がいる。そう聞いて、目を光らせつつ「銭ですか……」と言い、藤吉郎はおとなしく下がっていきます。
今年は、戦争と経済のことをきっちり描くようです。
稼げる女になっていた
さて、このあと光秀は意外な人物とすれ違います。
駒です。
彼女は光秀を認めると「お久しうございます」と一言。駒のそばにいる若侍が公方様がお待ちだと声をかけます。
しかも、侍たちは重たそうな箱を持っている。
『公方様がお待ちかね???』
光秀は驚く。いや、こちらだって仰天ですってば!
その重い箱が、公方様こと義昭の前に運ばれます。箱の中は銅銭でぎっちり。
「おお! 先日100貫も持参してくれたのに、今日もまた!」
なんとまあ、駒は稼げる女になっていました。
義昭が戸惑っていると、駒は貧しい人や病に苦しむ人を助ける館を作ることに共感していると笑顔で語ります。お力になれたらよい、ということです。
これも問題提起ですな。
稼いで福祉に使うこの志。美しきエンターティナーである伊呂波太夫よりも、地道な製薬でお金儲けとは、いいヒロイン像ですね。斬新だ。
八の字眉毛で犬のように愛くるしい、滝藤賢一さんも全開です。この役によくぞ彼を!
駒は自信を見せつつ【芳仁丸】は寺社が買う――堺の商人も目をつけていて、てんてこ舞いだと言います。
このネーミングセンスが義昭のツボを突いたようです。
「芳仁丸と名付けたのか……よい薬じゃな」
芳しき仁――そういう優しくて、気高くて、教養のある駒に、義昭はグッとつかまれてしまうのでしょう。胸のあたりを抑えつつ、飲むとこのあたりがスッキリすると義昭は言います。
そして義昭は、ここから本音を語り出すのです。
駒とホタルと攝津晴門
仏門から戻り何年目なのか。
今もやまぬ諸国の戦のこと。幕府のこと。そのことを常日頃考えていて気が休まらないと訴えます。
駒は痛ましそうな顔で、相手をじっと見つめている。
「そなたとこうして会うておると、一時清々しうなるのが不思議じゃ。そなた、蛍は好きか?」
それから不思議がる駒を、蛍を見に行こうと言い出すのです。
皆に気付かれぬよう、時折抜け出す忍び口があるようで。
おおっ、義昭……ここは色気はなく、むしろ純情であるとは思いますが、恋に似た何かが芽生えたのでしょう。
松永久秀や近衛前久の前にいる伊呂波太夫と比べると全然違いますよね。
人間にとって理想の相手とは、自分のしたいこと、欲求、気持ちを反射してくれる鏡のような人かもしれない。
伊呂波太夫の場合、前久相手には堕落へ誘う、妖婦めいた動きをしてしまっていたわけです。
義昭の場合、伊呂波太夫だったらこうはならないと思うのです。
義昭にとって駒は、芳しい仁という理想像を見せてくれるからこそ、一緒にいると清々しくなれるのでしょう。
義昭と駒。この二人が生きる時代が太平の世であったならば……。
虫の声を聞きつつ、笠をあげて、「へへっ!」と少年のように笑い、蛍を待つ義昭。なんともまあ、あまりに無邪気です。
こんな純愛に胸を焦がす義昭の姿は、駒という鏡あってのもの。
駒はやはり大事な存在です。
とはいえ攝津晴門からすれば、そんな公方様はポンコツでしかない。蛍を見ている報告を受けて、困ったお方だと言います。
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そのうえで奉行を集めて、岐阜城での話し合いを急ぎ探らせるのです。
「織田の動き次第では、手を打たねばならぬ……」
そう腹黒そうに吐き捨てる晴門。透き通った義昭の笑顔と、この濁りきった晴門の対比よ。
義昭の純情を誰も理解しない。
だから幕府は壊れていく。
義昭がいつから濁るのか。そのとき、駒はどうするのか? おもしろくなってきました。同時に悲しいですが……。
久秀の値踏み
松永久秀は、岐阜城で茶器を前に値段をつけておりました。
そこへ光秀がやって来ます。
なんでも信長が上洛した折、豪商たちが献上した逸品ばかりだそうです。そういえば、信長が茶器を見るようになっていましたっけ。
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合計8000貫にはなると久秀は言います。この価格をつけて見る目がある限り、彼は役立つことでしょう。
そういえば、東京国立博物館で開催中の『桃山―天下人の100年』を見てきました。
それこそ天下人たちが愛用した茶器があるわけです。見ようによっては地味な茶碗でしかないけれども、解説がついて、ガラスケースの向こうにあると、すごいもののような気がしてくる。
帰り道に茶器を売る店で見た茶碗と同じようで、何かが違う。
いったいモノの価値とは何なのか。『麒麟がくる』を見ていても、考えてしまいます。
久秀は価値や金の勢いを見る男。金など、戦に勝てばいくらでも転がり込んで来ると言います。
権威が上がれば上がるほど、金だって動く。今の信長様相手なら、負けることはない。
そう断言した上で、朝倉が上洛した信長を嫉妬している、隙あらばとって替わるつもりだとも分析するのです。
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そこへ三淵藤英がやってきます。
信長と何を話たのか? というと、朝倉と一戦交えたいと言い切ったようです。
「それでよいのじゃ!」と張り切る久秀。しかし、浮かない顔の藤英。
朝倉討伐は信長一人で?
藤英によると、公方様は、朝倉様にお世話になったゆえ、共に戦うわけにはいかないとのこと。
たしかに、保護して元服させましたね。
このままですと、やるなら信長一人でとなります。
なんだか怖くなってきましたね。信長からすれば、義昭がふらふらしたせいで最悪の結果になりかねない、そういう解釈はできる。
そんなもの義昭からすればたまったものでもないだろうし、理不尽でしょうが、信長が恨み怒ったらきっと止まらない。
危険な兆候がいくつも出て来ています。
ここで光秀が信長に呼ばれました。
間合いがあり、演じる側の所作を見せ、BGMも照明も、風格のある場面となります。ジョン・グラムさんのサントラの使い方が、どんどんよくなってきていますね。
光秀がそこへ入ると、奇妙丸がちょこんと座っています。
「奇妙丸、そこはそなたの座ではあるまい。こちらへおいで」
「帰蝶様!」
「十兵衛、懐かしいのう」
「長らく、ご無沙汰しておいでました」
久々に帰蝶が出て来ました。
貫禄が出てきているようで、昔のままのようでもある。視聴者も大注目ですね。
信長嫡男・奇妙丸と帰蝶
奇妙丸は無邪気にこう聞いています。
「母上、この者が泣き虫十兵衛か?」
「ふふっ、そうじゃ。幼き頃、高い木に登って降りられなくなり、声をあげて泣いておった十兵衛じゃ」
「またそのような……」
光秀が困惑しています。
帰蝶は相変わらずでした。奇妙丸は自分も木に登って泣いたことがあると慰めつつ、母上から聞いていて会えて嬉しいと返答します。
「信長様に似て愛想悪き子ゆえ」と詫びる帰蝶。
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いやいや、悪いのは信長じゃなくて、光秀の恥ずかしい話をしたあなたでしょ。
帰蝶は天から降ってきた大事な預かり物といい、奇妙丸を膝に乗せていました。清須で9年間育て、もはや実の我が子のように思えると自信の表情を浮かべます。
9年ぶりか……としみじみしている光秀。
帰蝶は信長から光秀の様子を聞いており、何かと相談するとよいといつも申し上げていたとか。
畏れ多き言葉と謙遜する光秀。帰蝶は此度も随分お悩みの様子、戦をしてよいのか、集まった人々の話を聞いて悩んでいると語ります。
そのうえで庭にいるから何卒よしなに、と光秀を促すのでした。
光秀はここで、帰蝶が朝倉との戦をどう思っているか問いかけます。
帰蝶は、朝倉をそそのかし、兄・斎藤義龍の子(斎藤龍興)が美濃を取り返そうと企んでいると告げます。いくら京が穏やかになったといえども、足元の美濃に火がつけば危うい――状況をそう分析するのです。
「それゆえ私は言いました。朝倉を、お討ちなされと」
光秀はそれを聞き、一礼して去ります。
乱世だからこそ能力を問われ
ここもなかなか帰蝶がおもしろいことになっています。
光秀の妻である煕子、あるいは駒あたりと比較すると顕著ですが、帰蝶には戦の流血に対する嫌悪感がない。それどころか、甥だろうと討ち果たしてもよいと思っている。
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きっぱりと【情】を切り捨て、【理】で生きている。だからこそ堺から戦道具を買い付けられる。信長という【理】で詰める夫が、自分の意見を反映する鏡として彼女を愛する。
実家である斎藤家がああなった。しかも子も産んでいない。若いわけでもない。
いわば、帰蝶は”政治力“としても、”女“としての価値も盛りが過ぎていて、尼寺送りにするなり、構わないでいてもよい存在なのです。
それでも彼女が有能だからこそ、信長は側に置いている。自分の役に立つから使う。
往年の大河では「女が口を挟むでない!」と叫ぶ大名や武将が定番でした。それがどうにも変化しつつあるようです。
帰蝶にせよ、駒にせよ、使い物になる。
そしてそれは彼女ら自身だけの有能さでもない。
信長なり、義昭なり、東庵なり、そして光秀なり。女だからと見下さず、人間としての能力を見据えているからこそ、意見を尊重できるのですね。
乱世らしさと言えばそう。女性の地位は、時代が下れば下るほど高くなるという単純なものでもありません。
世が乱れ、男だの女だのいう前に、実力主義が徹底したら、女性が力を持つことはあります。
江戸時代よりも戦国時代の女性の方が発言力があったのではないか?
そういう問題提起もなされていて、本作はこういうところまで色々と反映させてくるから興味深いのです。
帰蝶はただのかわいらしい女性じゃない。
側にいたら「なんだこいつ、生意気だぞ!」「いちいち言うことがキツイ!」となる方も多いと思うのです。
口調がハキハキとして理詰め、ドライ、クール。伊呂波太夫のウェットであたたかい、セクシーな言動と比べると際立っているでしょう。
そうそう、こんな微笑ましいやり取りをする奇妙丸を、後に光秀が殺すことになるんですよね……。
御所の塀を直していた
信長は庭で鷹と向き合っています。
そして背中を向けたまま、朝倉相手に一人では勝てぬ、良い手はないか?と光秀に問いかけます。
信長さぁ……。そんなに悩んでいるのであれば、くるっと振り向いて笑顔になってもよいでしょうに。秀吉ならできるはずなんだよなぁ。そういう言動だから仲間ができないんですよ!
光秀はめげない性格であるがゆえに、話を始めます。
帰蝶といい、光秀といい、信長のぶっ飛んだ言動にめげないから貴重なのですね。
光秀はこちらへ参る日、京の御所の前を通りました。
崩れていた塀が、いつの間にか見事に修繕されている。聞けば信長が命じて、塀と南門を直したのだとか。
ここで信長は、思うところがあったのでしょうか。
父・織田信秀が御所の塀を直した。その塀が見る影もないと公家たちが嘆くのを聞き、父上の供養と思って直したのだそうです。
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そうゆっくりと振り返りつつ、語るわけですが、信長の面倒臭さが出ちゃってる。
すねた信長は、心の琴線に触れる話題を持ち込まないと、これなんですよ。
信長を上司にできる勇気があるかどうか?
そういう問題提起も感じてしまいます。
叩けば門を開くかもしれませぬ――
光秀は昔読んだ書物のことを持ち出します。
8歳の子が、父に尊い仏は誰から道を聞いたのかと尋ねる。
一番尊い仏から。ではその一番尊い仏は誰から教わったのか?
父は答えられず、空から降ってきたと答えたのだと。
何かに迷うと、光秀はいつもその書物のことを思い出すのです。空から降ってきた者から道を聞いてみたいと――。
信長は、以前話した父の話と似ていると嬉しそうな顔をします。帰蝶には母、光秀には父を見出しているのでしょうか。
一番偉いのはお天道様。次は帝。将軍はその帝の門を守るもの。その将軍が帝の門を守る役目を放り出したから、世は乱れた。
その帝がこの戦をどう思うのかお聞きしたい!と、興味津々になります。
こういう好奇心が燃える信長は、本当に幼い子どものように見える。それをこなす染谷将太さんがよいのです。
無邪気な子どもらしさあっての、この信長です。
光秀は、帝が認めれば大名が納得すると言います。そうでできなければ、大名は納得しないのだと。
「賭けだな。帝は拝謁を許されると思うか?」
そう問われ、光秀はこう言います。南の御門を直した、叩けば門を開くかもしれませぬ――。
信長は納得しているようです。ここで誰か来客があり、あとの話は酒の席で話すことになったのでした。
そしてこうだ。
「まずは裏門へ行け。そなたの妻子が来ておるぞ」
光秀は驚きます。
この場面も、みどころぎっしりではある。帝の権威で大名を納得させるということは、幕末でもありました。
当時の幕閣が、開国をめぐり揉めに揉めていた折、帝の決裁を仰ぐことにしたのです。
これがとんでもない痛恨事となり、幕末の政局は無茶苦茶になってゆくのですが……帝という賭けは、そう簡単に使ってよいものではないのです。
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そしてもうひとつ、信長がよりにもよって最後に光秀妻子のことを出すあたり、藤吉郎のねね弁当と比べたくなります。
藤吉郎は話の枕として、愛妻弁当を持ち出している。
こういう【情】に訴えることをされると、人間は心の壁が崩れて、相手の要求に屈してしまいやすくなるものです。お試しキャンペーン、営業のトーク、奢り飯には注意が必要ですな。
信長はそれを使わず、最後に持ってくる。“人たらし”こと営業部の秀吉さんとは真逆です。
いきなり本音トークをする。
大抵の人は、秀吉タイプに参ると思う。けれども、信長と光秀はタイプが異なる。ゆえに一致するところがあるのでしょう。
危険に巻き込んでもよいものか
光秀はいそいそと裏門へ向かいます。
そこには煕子、お岸、たまがおりました。
光秀は娘たちの名前を呼び、感極まった様子で我が子の成長を喜んでおります。
煕子の背後には伝吾もいました。
このあと、大人たちが話す隣で独楽を回す子供たち。光秀は明日早朝へは京へ戻ると告げます。
また戦、だが案ずるなというヤリトリのあと、煕子が意を決したように言います。
お岸やたまの願いでもござますし、私の願いでもある。
そう前おきして言います。
「私どもを京へお呼びいただけませぬか。お岸が申しました。お父上のご苦労をしのぶのではなく、目の当たりにしたいと。戦へおいでになるのなら、お見送りしたいと。それが美濃ではかなわぬと。私も十兵衛様のご出陣をお見送りしとうございます」
光秀は考え、迷う顔になります。
妻子を愛すればこそ、危険に巻き込みたくない。とはいえ無下にもできない。
そんな感情を長谷川博己さんが表情で見せるのです。
「京へ……騒がしき都へ……伝吾を守りにつければ、来られるか。来るか京へ!」
「はい!」
かくして妻子が再会できることとなりました。
これも伝吾あってこそ。伝吾、ここでほぼ見守るだけなのに、存在感があります。煕子の意思の強さもお見事でした。
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囲碁をうつ東庵と……
このあと、碁盤が映し出されます。
誰かがこう言います。
「織田信長が上洛の折、参内したいと申しておる。会うべきか、どうであろうか?」
囲碁の相手は、なんと東庵でした。
先生は囲碁がお上手なのでしょう。松平元康にも連戦連勝していましたっけ。
「お会いになってみればよろしいかと」
「どのような武将であろうか?」
ここで東庵がまた只者でもないことを言い出す。
越後の上杉輝虎は、上洛して天下に平安と静謐をもたらして見せると胸を張りながら、今日まで音沙汰なし。信長は曲がりなりにもそれを果たした。
「う〜ん、うん、見るべきところはあるかと……」
囲碁を打つ誰かの口元だけが見える……何がすごいって、この口の動きだけで、何かすごいものが伝わってくるあたりでしょう。
昔、この帝を演じる坂東玉三郎丈の舞踏公演を見たことがあります。
チケットを買ったわけではなく、学校の芸術鑑賞教室。歌舞伎? よく知らねえし。親や先生は名前を聞いてびっくりしていたけど、眠くなるかもね。
そう舐め腐ったことを思いつつ、見始めたわけですが。
あれは一体何だったのか?
ありきたりで陳腐な表現で申し訳ないのですが、鶴か白鷺か何かが人間に化けて舞い降りたような……細かいことは覚えていない。されど、人間ではない何かが目の前で動いていたことは思い出せる。
そういうトンデモナイものを見て、目を離せなくなった記憶があります。思い出すと今でも不思議な気持ちになります。
そういう不思議な何かを見た気持ちが、受信料で蘇るのだから、払った甲斐があるなぁ。
居るだけで尊く、存在そのものがとらえかねる光のような……帝だ……そこに帝がいました。
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義昭の拙い恋
そのころ、駒と義昭は――。
蛍のことで盛り上がっていました。
かすかな蛍の光を惜しむように、暗闇を待ち侘びるようにみる二人。駒が一座にいたころに蛍を見たことを振り返ると、義昭はこう言います。
「そなたのことを知りたい」
先日お話ししたと駒が困惑しつつも、義昭はこう来ました。
「何度聞いてもそなたの話はおもしろい」
そして今日はお手玉も用意したと言い、昔の技を見せてもらいたがるのです。接近する義昭に駒が戸惑うと、こう言いました。
「引くな。このまま昔の歌を聞かせてくれ。さすれば時が過ぎ、日が暮れて蛍が光る。そのままでよい」
義昭がまるで初恋を味わった少年のように、駒にアプローチをしています。なんて不器用なのやら。
ここで強引にどうこうするとか。欲望の赴くまま、権力者として振る舞ったら、こんな清らかな思いは砕け散ってしまう。
だからこそ丁寧に近寄るしかない。義昭のピュアさには視聴者もそりゃ釘付けですよ。
駒はここで歌います。
思えば 蛍は我が身より 出し思いのはかなさや
暗くなる室内に、駒の歌声が響きます。
駒は声が透き通っている。こういうことを踏まえての門脇麦さんなのか。彼女の美声を生かすための場面なのか。
将軍義昭の切なく甘い恋愛という、大河でありそうでなかった何かが展開されています。毎回毎回、すごい球を投げてくるドラマだ……。
帝に拝謁
永禄13年(1570年)2月――。
上洛した信長は、ただちに参内し、帝に拝謁しました。
昇殿をゆるされる身分ではなかったものの、特別に許可されたのです。
かくして拝謁の場面。帝は御簾越しに袴が見えるくらいであり、あとは帝の目線となって御簾の向こうを見るようになっています。
顔すらハッキリ映らないというのに、光が衣を通して差すようではある。
演出も凝っています。
音が止まり、御簾越しの帝の顔がぼんやりと見える。そして空が映されます。
光秀は信長の拝謁が終わるところを待っていますした。
すると信長がどすどすと足音も荒く戻ってきます。ここが染谷さん、一体どういう演技なのかと言いたくなります。
すごいんだ。信長は真面目にやると決めていると所作がきっちりとしている。折目正しい。
けれども崩れると雑になる。拝謁が終わったあとで、ちょっと雑になってきています。
光秀はおずおずと尋ねます。
信長は気性が激しく、今はかなりの上機嫌。また子どものように無邪気に笑っています。わざと顔を作るというより、心の底から喜びが湧き上がって、表情にも出ているような。
信長が語り始めます。
帝は信長をよく知っていた。
今川義元との戦、美濃との戦。将軍を擁しての上洛。いずれも見事と仰せになったそうです。
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武勇の誉を天下に示した、当代随一の武将なり――そう褒められ、信長は喜びを隠せません。光秀も安堵して喜びがうつるかのよう。
信長は光秀の前に座り、御所の修復もありがたしと言われたと告げます。
「さらにこう仰せになられた。天下静謐のため、一層励むようにと。この都、この畿内を平らかにすべし、そのための戦ならばやむなしと。勅命をいただいたのじゃ。戦の勅命を……」
そううわずってかすれた声で言う信長。感極まってちょっとおかしくなっているよう。
染谷さんはいつでもどの要素でも得点が高いので、笑顔も、かすれた声も、これまた素晴らしいのでした。
ただ……この感動がいつまで続くのか?
帝も試すようで試されていた?
本作における信長は、義輝相手にせよ、義昭相手にせよ、それに光秀にだって、値踏みをしています。
戦の仲裁を頼んだ義輝。それなのに官位を寄越すだの、そういうことしか言えない。
決定的な解決策を思いつけない義輝に、冷たい強張った顔を見せて、さっさと自国へ帰りました。
武家の棟梁として迎えた義昭。がんばって用意した関の刀すら嫌がる。失望し、軽蔑すら滲ませた。
光秀だって、初対面で鉄砲問答を乗り越えなければ、どうなっていたことか。
今回の拝謁は、帝が信長を吟味するようで、実は逆でもある。帝がお日様の次に偉いわけでもなく、力もないと信長が知ったとき――何が待ち受けているのでしょうか?
それについては、こんな興味深い記事があります。
◆織田信長と〈正親町天皇・朝廷〉は敵対していたのか、 それとも協調関係だったのか? 戦国史の謎に迫る(→link)
貴重なお話です。
ただ!『麒麟がくる』に関して言えば、もう答えは見えていると私は思います。
おっしゃる通り、歴史研究にも新たな要素が増えていく。時代が降れば、そうなります。
そこをふまえての新解釈人物像が本作の特徴です。
信長なり、光秀なり……彼らの【心】がどう動くか、考えてみましょう。
序盤から、彼らの幼少期から、パターンはあります。
信長は、愛する母の信仰心を踏みつけることを気にせず、仏間で騒ぐ子どもだった。彼は権威をものともせず、気が赴くままに破壊する性格です。
帝の権威が虚だとわかれば、仏間で暴れたようなことを、京都でもするのでしょう。気がつけば周りを破壊し、おそろしいものを見るような目線に取り囲まれていると。
このドラマの信長は、そんな“哀しき覇王”なのです。
もうひとつ、世界史の流れです。グローバル・ヒストリーです。
帝というのは、祭祀を司る宗教権威ともみなせます。為政者ではなく、あくまで宗教なり民族のシンボルということ。
信長は時代の子なので、世界史的な宗教権威に疑念を持つ流れを取り入れつつある。宗教改革が起こり、キリスト教圏に大激動をもたらします。
イングランドのヘンリー8世は、国王が宗教の頂点にも立つように改革を進めてゆきます。
信長も出会うカトリックの宣教師たちは、宗教改革によるプロテスタントに脅威を感じて、はるか日本までたどり着くわけです。
経済、宗教、権力――何もかもが動く時代生まれた信長。彼一人が時代を変えるわけではなく、変わる時代に生まれた一人の人間だからこそ、大波に飲まれてゆきます。
越前一乗谷では戦支度を
越前・一乗谷では――。
山崎吉家が主君である朝倉義景に、摂津晴門の文を持ってきています。
信長が上洛し、諸国の大名と戦支度を始めた。紛れもなく越前を攻撃するものなのです。幕府はあくまで、由緒正しき上杉や朝倉に支えて欲しい。そう語られます。
義景にとって、摂津殿は古き友。織田ごとき成り上がりに何ができるか!
そう待ち望んでいる手紙だと義景は語ります。
「幕府は望んでいる……これはわしに立てという文ぞ!」
朝倉景鏡に織田を討つようにと伝えよ、戦の備えじゃ! 義景はそう言います。
その備えは手薄だとかつて光秀は喝破していましたが、果たしてどこまで備えができるのでしょうか。
成り上がりへの反発と片付けるだけではなく、この件はさまざまな要素があるとみます。
幕府としては、幕府が重んている大名を重視しないとパワーバランスが崩れる。信長のやり方は強引で、潜在的な不満を溜められている。
さあ、どうなるのでしょうか。
合戦に消極的な義昭
京の二条城では、義昭、三淵藤英、摂津晴門、そして光秀がいます。光秀は幕府と、妙覚寺にいる信長の間を取り持っています。
議題は若狭出陣のこと。義昭が聞いていると促します。
なんでも信長は体調不良で伺えないのだとか。
それは本当かもしれないけれど、話し合いは光秀の方が得意そうでもある。
晴門が嫌味たらしい中、義昭は代理の屋根まで直し、自ら点検した信長に理解を示します。その甲斐あって、若狭の武藤某なる非道の者の成敗勅命を受けたそうです。
帝の勅命は天からのご命令であり、幕府も若狭の武藤を討つべきだと光秀は進言。
義景本人ではなく、その家臣討伐を名目とするわけです。
将を射んとする者はまず馬を射よ――というような話ですね。
けれども、ここで義昭の仁愛ある性格が悪い方面に出る。
義昭は消極的なのです。
恩義ある他ならぬ信長のことなのに、戦があれば和議をすることが将軍の役割、都に留まり吉報を待つと、現実逃避のようなことを言い出しました。そして「後は任せる」と言い放ち、光秀は呆然とします。
晴門も、若狭・武藤某討伐のからくりくらい知っている。白々しい口実だと言い、はっきりと申せばよいと煽ります。
越前の朝倉を討つつもりだと。
そして藤英は、以前も申した通り公方様は朝倉と戦うつもりはないと言い切ります。多くの大名に支えられることが望みであり、朝倉も存続させたいのです。
光秀は動揺しつつ、朝倉様には京畿内を抑える気がないと返します。義昭が信長を頼りに脱出しようとしたとき、国境を封鎖したような器の小ささを言い募るのです。
阿君丸毒殺に手を染めていたのは
ここで晴門が、三淵の英断がなければ義昭が信長のもとまで辿り着けなかったと毒をたっぷりふくませて言います。
英断とは――義景の嫡男・阿君丸毒殺のこと。
晴門は、自分の家臣が京から毒を運んだと言います。
汚い……。古き友と言い、期待していると頼りにしつつ、義景があんなに愛していた嫡子毒殺をしているとは……。
愕然とする光秀。表情が冷え切っている藤英。
晴門はぬけぬけと言います。
「明智様もよくよくお考えいただきたい。大事は皆の力で為すのじゃ」
一人の力で天下を成すと思うのは、思いあがりというもの。幕府は都を守らねばならない。
信長が戦をしようと、我らは京の外へ一歩たりとも出るつもりはないと。
「そのように織田様にお伝えくださりませ」
そうぬけぬけと言う。
藤英は、あの折越前を出たことは正しかったと今でも思っている、悔いはないと言います。
それでも今回の戦は気が進まない。己の弱さゆえかもしれないと言います。そして京に残り、御武運を祈るしかないのだと。
「許されよ」
そう語る藤英の声音はあくまで穏やかで、透き通っていて、悪事からほど遠く……感動のあまり掠れる信長とは正反対でもある。
こんなにも醜いこと、悔いはないという嘘かもしれないことを言いつつ、どこまでも澄んだ声です。
どちらが厄介なのだろう?
澄んだ声で嘘を言う人と、感動のあまり声を掠れさせ素直に気持ちを出す人では。
かくして、妙覚寺では信長が家臣にこう告げます。
「出陣じゃ!」
「おー!」
永禄13年(1570年)、4月――。
諸国の兵を従え、織田信長とその将兵は、朝倉義景を目指す越前へ出陣するのでした。
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MVP:【帝】
なんとも奥深いことをしてきました。
正親町天皇と具体名を書かない意義もあるのです。
尊く、美しく、はっきりとご尊顔すら拝せないのに、圧倒的な存在感がある。そりゃ信長も興奮しますよね!
でも……その帝の言葉で何か好転しましたっけ?
別にしていない。信長は朝倉義景と単独で戦う羽目になっている。
信長も、光秀も、視聴者も、大きな疑問符がふっと心に浮かんだのではないかと思います。
帝は尊いという。ずっと日本の歴史で大事にされてきたという。
でも、その影響力って限定的だし、皆そこまで尊んでいるわけでもないし、いったいどういう存在だっけ?
そういう日本史に残る巨大な疑問符として本作は表現していると思いました。
維新側幕末もの大河ドラマではそのあたり、ポリティカル・コレクトネスってやつか、御所を燃やそうが適当に綺麗な話に丸められますが。
幕末・孝明天皇の場合はもっとえげつないものがあります。
維新を起こした側は、相手を朝敵と貶めつつ、天皇を”玉“と呼んでいたわけです。
令和の女子高生による「めっちゃ天皇!」という言葉が話題をさらいましたが、昭和史ですと”天ちゃん“……なんて言葉もありますし。
でも、そんなことをETVあたりで問いかけられるかというと、このご時世厳しいとは思うわけですし。
このドラマは、一体何と戦っているのか……。
総評
おそろしいことになってきました。
光秀も信長も、どんどん哀しくなってくる。
あれほど幕府再興を願っていた光秀が、そのどす黒い内情を知ってしまい、嫌悪感が募るようになってゆく。
先週、摂津晴門から持ちかけられた土地をめぐった汚職から、キッパリと手を引いた光秀。
三淵藤英による義景嫡男毒殺がなければ、そもそも信長との上洛も叶わなかった。
気がつかぬうちに共犯関係になっていたと知らされ、唖然とするしかない。くやしいけれども、摂津晴門の言葉には真理があります。
義昭は、駒とのやりとりで微笑ましいほど無邪気な姿を見せる。けれども、その理想主義は信長相手には全く意味がない。優柔不断すぎて厄介である。
帝だって、結局、勅命の効果はどこまであるのか……。
光秀はどうか知りませんが。私の脳内には、かつて光秀の主君であった斎藤道三の言葉が蘇ります。
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お守り札に頼らず生きてゆけと。
血筋とか、地位じゃない。自分自身の力を信じて生きるよう、彼は促していたものです。
信長は狙ってか、そうでないのか、皮肉にもありとあらゆるお守り札を捨てるように決戦へ向かわなければならない。
確かにこれは哀しい。
本作の新解釈信長は、かっこよさも、天才性も、よくわからない。それよりも、不器用さと哀しさが先立ってしまう。
誰にも理解されない哀しさを持つ信長を、理想を実現できない哀しさを持つ光秀が討つ。
おそろしいことをやるものだと、毎週うなりながら見るしかありません。
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【参考】
麒麟がくる/公式サイト






























