永禄12年(1569年)、夏――。
左馬助が8日分の荷物をまとめています。
なんでも美濃から彼を呼び寄せた途端、入れ違いのように光秀が美濃へ戻ることになり、留守中のことを「よろしく頼むぞ」と声を掛けています。
堅物な光秀ですから、おだてたりはしないけれども、明智左馬助という右腕に留守を任せられるからこその旅とも思えます。
左馬助は父に似て、縁の下の力持ちな性格なのでしょう。明智家を支えていく決意が感じられます。
光秀の娘を娶り城代を任された明智左馬助(秀満)最期は光秀の妻子を殺して自害?
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演じられる間宮祥太朗さん、時代物だと際立つのが、美形っぷりですよね。
それも昭和の美男のような雰囲気があり、若い頃の北大路欣也さんを思い出します。江戸の将軍様あたりも見てみたいものです。
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愛妻弁当片手にアイツがやってきた
そこへあいつがやって来ました。藤吉郎です。
そろそろお発ちになるなる頃と思い、お弁当を持参しております。
光秀が礼を言いつつ受け取ると、藤吉郎の眼の底がギラっと光ります。こ、こいつ……。
本当に嫌な奴ですなぁ。光秀の前に来ると、いつも「使えるかどうか」人を値踏みしていやがる。
『ったく、チョロい相手なら、ねねのお弁当でイチコロなのによ。こいつは守りが固くて、めんどくせえな……』と、そんな思いが滲んでいるというか……。
名前だけ出てくるねねは、どういう性格なんでしょうね。
夫を愛している素直な妻?
それとも夫に疑念の目を向ける妻? 夫の共犯者となる狡猾な妻?
さあどうでしょう。
そうそう、秀吉の妻である彼女ですが。「ねね」なのか「おね」なのか。名前については諸説あります。
大河はじめ各種フィクションの制作年代で、そのときどの名前が優勢なのか傾向が出てなかなか興味深いものがあります。今年は「ねね」でしたね。
歴史は終わったことで不変だと思われますが、新発見でどんどん変わります。そこを踏まえて、今年の光秀たちがどう生きるか考えるのも楽しいことです。
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秀吉の残虐性
さて、そんな愛妻弁当をダシにして、藤吉郎が知りたいことは?
岐阜城に松永久秀、三淵藤英らも集まっており、次の戦のことが気になる。笑いながらそう尋ねてきます。
光秀は妻子に会うためでその儀はしかと……と困惑しますが、おとぼけは通じない。藤吉郎は、スタスタと入り口に戻り、当然のように戸を閉め「密談をする」と示します。
幕府の中には、越前の朝倉義景とつながりがある者が多い。成り上がりの織田信長よりも、由緒ある朝倉に替わるべきだとする連中もいる。
そういう幕府を糺すためには、朝倉を倒すのが一番だ――と光秀に同意を求めるのです。
誰かを血祭りにあげることで、天下に示すことのできる何かがある……って、嫌だわぁ。後の豊臣秀吉が持ちそうな、冷酷で計算高い発想が怖い。
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こういった思考は、信長の影響で身につけていくものなのか。
それとも先天的な残虐性なのか?
秀吉は戦国時代ですら特殊な考えがある。
例えば秀次事件で、何も秀次の妻子まで殺すことはないと当時からさんざん言われてきた。
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見せしめ、パフォーマンスとしての流血が彼の特技であるとするならば、そういう発想を示しているとするならば……やはり、この秀吉、恐ろしい。佐々木蔵之介さんがこんな底しれぬ怖さを持つ人物を演じるとは思いませんでした。
光秀はそんな相手を牽制し、十年間越前にいたことを明かします。
朝倉と戦うには銭がいる。そう聞いて、目を光らせつつ「銭ですか……」と言い、藤吉郎はおとなしく下がっていきます。
今年は、戦争と経済のことをきっちり描くようです。
稼げる女になっていた
さて、このあと光秀は意外な人物とすれ違います。
駒です。
彼女は光秀を認めると「お久しうございます」と一言。駒のそばにいる若侍が公方様がお待ちだと声をかけます。
しかも、侍たちは重たそうな箱を持っている。
『公方様がお待ちかね???』
光秀は驚く。いや、こちらだって仰天ですってば!
その重い箱が、公方様こと義昭の前に運ばれます。箱の中は銅銭でぎっちり。
「おお! 先日100貫も持参してくれたのに、今日もまた!」
なんとまあ、駒は稼げる女になっていました。
義昭が戸惑っていると、駒は貧しい人や病に苦しむ人を助ける館を作ることに共感していると笑顔で語ります。お力になれたらよい、ということです。
これも問題提起ですな。
稼いで福祉に使うこの志。美しきエンターティナーである伊呂波太夫よりも、地道な製薬でお金儲けとは、いいヒロイン像ですね。斬新だ。
八の字眉毛で犬のように愛くるしい、滝藤賢一さんも全開です。この役によくぞ彼を!
駒は自信を見せつつ【芳仁丸】は寺社が買う――堺の商人も目をつけていて、てんてこ舞いだと言います。
このネーミングセンスが義昭のツボを突いたようです。
「芳仁丸と名付けたのか……よい薬じゃな」
芳しき仁――そういう優しくて、気高くて、教養のある駒に、義昭はグッとつかまれてしまうのでしょう。胸のあたりを抑えつつ、飲むとこのあたりがスッキリすると義昭は言います。
そして義昭は、ここから本音を語り出すのです。
駒とホタルと攝津晴門
仏門から戻り何年目なのか。
今もやまぬ諸国の戦のこと。幕府のこと。そのことを常日頃考えていて気が休まらないと訴えます。
駒は痛ましそうな顔で、相手をじっと見つめている。
「そなたとこうして会うておると、一時清々しうなるのが不思議じゃ。そなた、蛍は好きか?」
それから不思議がる駒を、蛍を見に行こうと言い出すのです。
皆に気付かれぬよう、時折抜け出す忍び口があるようで。
おおっ、義昭……ここは色気はなく、むしろ純情であるとは思いますが、恋に似た何かが芽生えたのでしょう。
松永久秀や近衛前久の前にいる伊呂波太夫と比べると全然違いますよね。
人間にとって理想の相手とは、自分のしたいこと、欲求、気持ちを反射してくれる鏡のような人かもしれない。
伊呂波太夫の場合、前久相手には堕落へ誘う、妖婦めいた動きをしてしまっていたわけです。
義昭の場合、伊呂波太夫だったらこうはならないと思うのです。
義昭にとって駒は、芳しい仁という理想像を見せてくれるからこそ、一緒にいると清々しくなれるのでしょう。
義昭と駒。この二人が生きる時代が太平の世であったならば……。
虫の声を聞きつつ、笠をあげて、「へへっ!」と少年のように笑い、蛍を待つ義昭。なんともまあ、あまりに無邪気です。
こんな純愛に胸を焦がす義昭の姿は、駒という鏡あってのもの。
駒はやはり大事な存在です。
とはいえ攝津晴門からすれば、そんな公方様はポンコツでしかない。蛍を見ている報告を受けて、困ったお方だと言います。
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そのうえで奉行を集めて、岐阜城での話し合いを急ぎ探らせるのです。
「織田の動き次第では、手を打たねばならぬ……」
そう腹黒そうに吐き捨てる晴門。透き通った義昭の笑顔と、この濁りきった晴門の対比よ。
義昭の純情を誰も理解しない。
だから幕府は壊れていく。
義昭がいつから濁るのか。そのとき、駒はどうするのか? おもしろくなってきました。同時に悲しいですが……。
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