天正5年(1577年)10月、松永久秀自刃――。
光秀は久秀の形見である平蜘蛛を受け取ります。
いかなる折にも、誇りを失わぬ者。志高き者、心美しき者。持つだけの覚悟がいる、そう伝えられた平蜘蛛でした。
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丹波の国衆ではなく義昭
備後の鞆には、足利義昭がおります。
信長が勢力を安定させられぬ中、義昭は「信長倒すべし」と文を送り続けているのでした。
丹波の亀山城では、反信長の国衆が引き立てられて来ます。
藤田伝吾に縛(いましめ)を解けと命じる光秀。青い桔梗色の幕が美しく映えております。
光秀は敵の無念の情に理解を示します。戦に正義はなく、勝敗の時の運、明日は私がそこに座るやも知れぬ。そう語る光秀。そうそう、勝負は兵家の常ですね。
荒木という国衆は、首を刎ねるつもりならそうしろと言う。光秀はそのつもりなら昨日しているといいます。その上で「ご一同への頼み」を伝えます。
焼けた城跡に二度と城を築かぬこと。
戦で焼けた橋を架けること。
踏みならした田畑を耕すこと。
「我らを斬らぬのか?」
そう驚く荒木たち国衆。光秀は彼らに家へ帰るよう促し、しばらくは年貢を取らぬとまでいい出します。
そして国衆の力を借りたいという。今申すのはそれだけだと。
伝吾に見送らせつつ、ひとつ尋ねるのです。
何故、戦を続けるのか?
光秀は戦を続く世の中を変えたい。天下を一つにまとめ、よき世を作りたい。それなのに、国衆は耳を傾けてくれぬ。なぜ抗うのか?
すると荒木は答えます。足利将軍より授かり、恩顧を受けてきた。その将軍が西におり、助けを求めている。その恩に報いるために、戦うしかないのだと。
光秀は、控える斎藤利三にこう言うのでした。
「我らが戦うておるのは国衆ではない……備後の国におられる足利将軍だ」
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情けは人の為ならず
明智光秀の人生とは、なんと皮肉なのか……。
幼い頃、木に登った。そこから景色を見たかった。そして見えてきたのは、自分の原点です。
侍の頂点に立つ公方様こそ、倒さねばならぬことをまた見出してしまったのです。
光秀は大変な境地に入りつつある。
三淵藤英にせよ、松永久秀にせよ。生存本能よりも心を選んだ。
どうすればいい? そういうことなのか? 混沌が尽きません。
ここでの光秀を見て、ええかっこしいだの言うのは少し違うでしょう。
敵を追い詰めるにせよ、逃げ道をあえて用意することは戦術の基礎。というのも、四方をみっちりと塞ぎ降伏の手段を断つと、かえって死に物狂いになって向かってくるため危険です。
光秀のように寛大さを示し、心を気にかけることが基本。
用兵の道は心を攻むるを上となし、城を攻むるを下となす。心戦を上となし、兵戦を下となす――。
そういうことです。
現に、そういう綺麗事でスウェーデン王になった人もいるんですね。
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寛大さは、自身の生存のためにも必須です。
情けは人の為ならずとは、誰もが一度は耳にしたことがありましょう。
菊丸を一瞥する秀吉
京都の館に戻り、光秀は平蜘蛛を取り出します。
行方を知らぬと信長に言ったことを思い出しつつ、取り憑かれたように見つめるのです。
この光秀の顔には、何か変わった何かが見える。透き通った水のような表情に、何かがポタリと垂れたような……。
そこへ伝吾がやってきて、羽柴秀吉の使いが来ていると告げます。
要件は、明後日播磨に出陣するので、挨拶に伺いたいとのこと。
「お待ちすると伝えよ」
そう光秀は返します。
菊丸は、庭で腹痛に効くカワミドリを、光秀の娘・たまにさしあげたいと下女に差し出しています。
種も持参した、芽が出たらまた持ってくる、と。何気ない場面のようで「十兵衛様の腹痛」に効く漢方生薬を調べているために、手間がかかっていると思います。
こういう評価されにくいところで手を抜かないところが、本作の持ち味でしょう。
するとそこへ羽柴秀吉が案内されてくる。
いや、案内をふっきって勝手に広間に向かっているらしい。そして菊丸を見て、文字通り目の色を変えます。
「おう、その方。ふむ……」
そう言いつつ、奥へ向かう秀吉。
そしてお聞きおよびのことだとは思うが、播磨表の総大将を任されたと浮かれた様子で言います。
自慢ともとられかねないところを、これも明智様のお引きたてのおかげだと持ち上げます。そのお礼と出陣の挨拶だそうです。
光秀は、大した出世だと言う。
本願寺を支える毛利の出城のような土地であり、信長からよほどのご信任を得たと褒めると、秀吉は平伏しながら「光秀の足元にも及ばない」と言い出します。
光秀がその「足元」をとらえます。
「申し上げれば不義理、申しあげねば不忠の極み!」
「足元を掬われた」と問い詰める光秀。
秀吉がシラを切ろうとすると、掬われた方は呆れ果てるばかりだと光秀が問い詰める。
ここで平蜘蛛の一件だと明かすのです。
秀吉も茶には詳しくなった。茶釜のことは存じている。松永久秀が譲ったらしいと信長にご注進した。それで信長の寵愛を得た。そう問い詰めてゆく。
戯言だ、誰がそのようなことを!
秀吉はそうやって怒りを見せる。詰めが甘い相手ならば、これで通じるのでしょう。
しかし相手は光秀。秀吉には弟が大勢いて、忍びまがいのことをしている者もいると指摘します。
その中で口が軽い弟がいる。久秀と光秀の密会を言いふらしていると問い詰めるのです。
辰吾郎――そう名前を告げながら、引き立ててきてもよいと脅すように迫る。
もはや観念したのでしょう。言い訳に走り始める秀吉は、松永の動きを見張るよう信長に命じられ、まさかあんなことを目撃するとは思いもよらなかった、信長に申し上げるか迷ったと言います。
「迷うたが、出世の道を選んだ」
光秀は容赦がないし、秀吉の狡猾さも見えてくる。
彼特有の明るさ、陽気なパーソナリティでごまかそうという意図は感じますし、現にそういうことが通じる人生を歩んできたのでしょう。
理詰めで証拠をつけつける光秀に対し、感情を刺激して言い抜けしようとする秀吉。その対比がわかります。
そしてこうだ。
「申し上げれば不義理、申しあげねば不忠の極み!」
板挟みだったとアピールする。そのうえで光秀の心を操るようなことを言う。
戦に勝ちに勝って、敵を倒し、乱世を終わらせれば光秀のためになるとアピールするのです。乱世を平らかにしたあとで謝れば、許してもらえると思ったと。
なんて狡猾極まりないんだ……。
自己弁護のくせにいちいち「光秀のためを思っているんだってば」と、おしつけがましい一言を付け加えてくるのです。
何をするにも自己アピールをしてくる……なんなんだこいつは、本当にこいつは、一体なんなんだ。
世渡りで生きてきた感がすごい!
何事もスラスラと口先で生き抜いてきた――そんな巨悪を演じる佐々木蔵之介さんは今回も圧巻で絶好調だ! 止まらない!
何の迷いもなく、むしろ自信満々で、彼にオファーをするNHKの気持ちがわかります。
それに、この理屈をあてはまれば、秀吉は絶対許すことのできない巨悪、宿敵だとわかります。
海を超えて、朝鮮でも麒麟を駆逐し、明にも打撃を与える。その後始末にどれほど徳川は苦労することか?
朝鮮から持ち帰った耳を埋めた「耳塚」では、韓国の方と日本人有志が慰霊祭を現在でも続けています。
このあたりの事情は、金文吉(著)・ 天木直人(編集)『麒麟よこい』(→amazon)がおすすめできます。『麒麟がくる』の便乗本でもなく、ドラマの理解を深めるためにも読んでおきたいところです。
◆【書評】金文吉・天木直人編『麒麟よこい』(→note)
このように秀吉は、光秀の論理からすれば絶対に許せない存在――そして光秀の意思を受け継ぐ人物が徳川家康だと、ここでも見えてきましたね。
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