青天を衝け感想あらすじ

青天を衝け第29回 感想あらすじレビュー「栄一、改正する」

2021/10/04

今回もまた徳川家康が登場。

彼の役目は何かというと、明治政府をディスることでした。

確かに明治政府のスタートは順風満帆ではないし、計画性もなかった。

しかし家康の言葉は引っかかります。

というのも新政府をけなすことによって、幕臣を褒める手法のような気がしてなりません。

 


明治だったら叱られそうな所作ばかり

大隈の元に、玉乃がやってきました。

玉乃は栄一が気に入らず、幕臣百姓だのなんだの文句をつけますが、私が大隈ならこう言うかな。

「小栗忠順を殺してしまったのがつくづく悔やまれるんだよー。その下位互換かもしれない渋沢でも、使えるものは使おうよ」

ただし、本作の小栗は、筋肉で問題解決しそうなネジ好きモブ扱いで残念でした。

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栄一もドヤ顔で颯爽とやってきます。

福沢諭吉や栗本鋤雲なら

「いよっ、弍臣どもが雁首揃えて何様のつもりでぇ」

とでも呼びそうな人々が登場だ。

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幕臣から新政府へ。そこに大きな葛藤があればまだしも、明るくハキハキ、さして悩まずに「新政府でがんばる!」とアピールされると萎えるばかりです。

精神性が明治人でなくて平成の感じがするし、所作も妙です。

洋服にも靴にも慣れていないはずなのに、足音を響かせる。コートを颯爽と羽織る。

今時のビジネスパーソンがやるような「ろくろ回し」ポーズをとる。三白眼になる。

さらには早口で怒鳴り散らす。

いずれも明治だったら「下品だ」と叱られそうな所作ばかりです。時代劇特有の味わいがまるでない……。

玉乃の不満も当然でしょう。トップが鶴の一声でホイホイと人事を決めてしまっては、現場に混乱を招き、上がる成果も上がらなくなってしまうでしょう。

明治維新の礼賛ではそういうワンマン組織をやたらと褒めますが、良いことばかりではないはずです。

 


歴史は英雄だけのものではない

栄一はここでガーッと知識を披露します。

本作は、この手の説明セリフをもう少しわかりやすくして欲しい。なにより主人公だからって栄一が全てを語りすぎのように感じます。

個人に依存しすぎる組織はいざというとき危うい。もし渋沢栄一に何かあってもいいように、頭脳は分散させておくのがリスクヘッジでしょう。

これは何も言いがかりをつけたいのではなく、発想として危険だと思うのです。

よくあるじゃないですか。

「もしもあの戦国武将なら、この大問題をどうする?」みたいな問いかけ。

実際、渋沢栄一ならどうSDGsに立ち向かうか?みたいなことすらメディアで語られたりしている。

この手の英雄史観は、たしかに大河と相性がよろしいのですが、世界的に見ると“オワコン”です。

アメリカ独立戦争やナポレオン戦争、第一次世界大戦の絵を比較するとわかりやすい。

前者はワシントンやナポレオンが大きく描かれている一方、後者は名もなき兵士の群像が描かれています。

市民による革命、徴兵制を経て、人間は悟りました。えらい英雄が現れ、歴史をズバッ!と変えるわけじゃない。民衆一人一人が変えてゆくのだと。

昨年の『麒麟がくる』は、そうした世界基準の歴史観を備えていました。

それが駒、東庵、伊呂波太夫、菊丸たち。彼らのような歴史に名を残さずとも活躍した人間がいるからこそ時代は動きます。

しかし今年は逆行している……。

渋沢栄一は万能の天才ではありません。

彼の優れている範囲は限定的で、小栗とは違い工学系に対する興味や知識はありません。ゆえにペラペラ話されると妙だし、脚本を書いてる側が理解しているようにも思えない詰めの甘いセリフになっています。

実際、渋沢は足尾銅山やハンセン病隔離政策に権限を駆使し、惨劇を引き起こしています。

にもかかわらず本作では「栄一さえいれば何でもできる!」という圧が凄まじいことになってきました。

 

明治のコネ社会が

千代とうたが大きな屋敷へやってきます。

これを手放しで喜んでもよいのかどうか。出世を喜び、威光を自慢するようにも見えます。

脚本が渋沢栄一の伝記に依っているので、こうした論調になるのは仕方ないとは思います。

けれども繰り返します。

明治時代は、上級国民気取りの連中がヘラヘラしている一方、奥羽越列藩同盟の諸藩は塗炭の苦しみを味わい、北海道では政府の杜撰な開拓計画のせいで屯田兵が命を落とし、アイヌには疫病が蔓延していました。

もしも現在、コロナワクチンが権力者のコネを中心に回り、庶民が無視されていたらどう思われます?

言ってみれば当時の明治新政府とはそういう性質がありました。

そして明治3年、タップゲーのように改革が次々と進みます。

戸籍法案、度量衝国際基準化、東京横浜間測量、蚕卵紙鑑札交付など。

会話がポンポン飛ぶので、そのいずれも詳細はわかりません。慶喜の幕政改革も似たような描写でしたし、スタッフ出演者が重なる『あさが来た』でも同様でしたね。

本作は事業の5W1Hは明確でない。いちいち比較するのも何ですが、『麒麟がくる』での明智光秀の場合、松永久秀と筒井順慶の仲裁等、そのへんがクリアでした。

栄一は、前島密から飛脚便と鉄道の件で予算を聞いて驚きます。

「ともかくカネがない!」

金融を回すことに全力を尽くした小栗忠順の薫陶を少しでも受けていたら、特に驚くことなく「やはりか」と受け止めていたでしょう。

そうしたリアクションの方が経済通に見えると思うのですが。

 


生糸の重要性は常識なのに

栄一は、大隈から養蚕を任されました。

実はその重要性は幕末の時点でわかっていたことです。

ペリー以来続々と来日した外国商人にとって、一番の目玉はなんといっても生糸。

政治とも少なからず関係があり、幕府と交流を深めたフランスは、生糸利権を独占できるようになりました。

600万ドルの借款の背景にも、条件として生糸優先貿易が裏にはあった。

もちろん本作では全く描かれていないので繋がりも出せません。せっかくの栄一得意ジャンルなのに伏線を張っていないことが不思議でなりません。

話を進めますと、フランスの動きに対し、反発したのがイギリスとアメリカの商人です。

そんな商人の動きもあったからこそ、イギリスが薩長の倒幕を支援したともいえる。

ハリー・パークスあたりからすれば、

「お前ら、わかってんだろうな? 生糸権益ありきで支援したんだぞ、あぁ?」

と、ねじ込んできそうな話です。

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ドラマでもせっかくの見せ場になりそうな話のに、なぜ蚕ダンスとかやってた……。

これまた現代で例えると、霞が関や政府のトップが、今頃こんなことを言っているようなものだと思ってください。

「スマホって知ってます? こうサクサクと指で撫でると動くんです! スマホのなんたるかを知らねえでよくもデジタルと言えたもんだ!」

いや……何こいつ……ってなりますよね。そのくらい無茶苦茶で、見ていて恥ずかしさのあまり気絶しそうになります。

それに現代でも、技術者と営業、マネジメントは別の話でしょう。

栄一は技術者としてのスキルばかりをアピールしますが、説得力がなく、やはり本作が近代史の理解に有害にすらなりかねないと感じます。

・幕府とフランスとの関係性

・明治政府の背後で目を光らせるイギリス

この辺がほとんど描かれていないんですね。

 

やっぱり大久保は単純な悪役か

そんな栄一に大隈は満足。

しかし大久保利通は怒り、ねじ込んできてガンつけ合戦になります。

前回のレビューで懸念だと申し上げていましたが、早速、大久保が悪役として描かれています。ことあるごとに栄一と対立する嫌なやつになりそうで辛い。

「旧幕臣のくせに感じ悪いよね〜」みたいなお局発言をする大久保になりつつあり、維新三傑の一人をどういう扱いなのでしょう。

大久保は素晴らしい。しかし栄一にも素晴らしいところがある。両者に一長一短あると描けないものでしょうか。

ドラマではなく、史実の大久保の言い分を整理してみましょう。

・幕臣が活躍することにムカついていた?

→幕臣抜きで国が回らないことを大久保が把握できなかったとは思えません。

・大久保が栄一に対する不信感を抱いた理由が天狗党の可能性はあります

→大久保は天狗党の顛末を見て「幕府はもうダメだ」と判断しました。

栄一は天狗党の別働隊じみた動きをしながら、天狗党・薄井龍之の嘆願を握り潰し、天狗党を見捨てた慶喜に仕えています。

その経緯を大久保が知ったら「こげなもん信頼できるかっ!」となっても不思議ではない。

・大久保の性格

→確かに性格面において、栄一と大久保は相性が悪そうです。

儒教で分類すれば栄一たちがパッション型の陽明学であるのに対し、大久保はクール型朱子学タイプ。根本的に相性が悪いのでしょう。

・大久保にはビジョンがある

→明治政府の上層部はビジョンがなく、ノリで倒幕したものが多い。そんな中、大久保は「国家をどうするか」というグランドデザインがあったと評されます。

そんな大久保に対し、ドラマの栄一は「綺麗事」を言い出します。

まとめると「粉骨砕身しているのになによぉ!」という頑張ってますアピール。

根性論というか感情論というか。

欲しいのは具体的なデータと対応策でしょう。

がんばっているかどうか、そんなことどうでもいい。

さすがに史実の渋沢栄一だってここまで間抜けなことを言わないと思うのです。

 

明治の家族団らんは当たり前ではなく

明治新政府で働く栄一。

そのもとへ両親が訪ねてきました。

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家族団らんとなるのですが、これも現代の感覚で、明治初期は一家離散もあちこちで起きていました。

決して順風満帆な時代ではありません。

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そしてお蚕トークです。

当時ならではの会話を盛り込ませても良さそうな場面ですが、他に具体性のある描写ができないのかもしれません。

演出やBGMの入れ方も雑になってきて、大河というより歴史バラエティのようです。

テンポもおかしくなってきました。

仕事の場面は早口で叫び何かと忙しない。一方で家族団欒の場面は間延びしているように遅く、スローモーションまで使う。時間稼ぎに見えてきて……。

場面変わって新政府へ。郵便事業のことが描かれるのですが、いきなり

「我がことなれり!」

というシャウトが入ってしまう。

せっかくの経済大河ですのでデータや検証が見たいのに、それは高望みなのでしょうか。

ドヤ顔で押し切るのではなく、もっと冷静に知的な話をして欲しい。

説得というのは相手が噛み締めて納得しないとできませんよね。ゆえに怒鳴ったり叫んだりすることはいけないはずなのに、本作はパワーで押し切ってしまう。

こんな職場にリアリティを感じますか?

このあと、本作が好む無能公家の典型・三条実美と、不満があると顔で目一杯に見せている大久保利通がいます。大久保ほどの策士がこんな幼稚な感情表現をするでしょうか。

「郵便」の名前を決める場面では、「時間がない中、Illustratorで作りました」感のある文字。

本格的に郵便事業開始!というところで前島密は渡英することになり、後任の杉浦に託されます。ここでも顔芸です。

そしてまた大久保のせいで妨害が入ったと言われます。なぜ渋沢と対立しただけで、大河主役経験者がコケにされるような描き方なのでしょうか。

 

「異人を焼き殺そうとしたじゃねえか」

栄一は尾高惇忠との再会を果たします。

そして兄ぃをスカウト。

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平九郎に申し訳ないと断られますが、そりゃそうだ。

しかし栄一は過去の恥ずかしいやらかしを引き合いに出してきます。

「俺たちだって異人を焼き殺そうとしたじゃねえか」

うーん、それ、言いますか……。

侍には色々な人がいます。

栄一たちが「異人を焼き殺そう!」とテロを声高に叫んでいたころ、幕府の面々は交易を考えた国づくりを考えていました。

それをリードしていたのが小栗忠順。その小栗の才智を見抜いて抜擢したのが井伊直弼。その井伊直弼を殺してはしゃいでいたのが、水戸藩の連中です。

栄一はそんな水戸学フレンズとウェイウェイ活動をしていました。

そんなテロリスト栄一が新政府に採用されたのも、小栗ら幕臣がパリ使節派遣のお膳立てをした「欧州帰りの経験があった」からです。

それなのに栄一は徳川慶喜だけに感謝していて、もう心の底から「お前がいうな」でしかありません。

恩義を忘れる人物を大河の主役にして良いのでしょうか?

歴史知識としても大間違いです。

言うなれば明治時代とは、むしろ平民を徴兵し、武士の生き方を叩き込む――そういう時代です。

栄一は矛盾だらけ。服でも着替えるように「幕臣だ!」「侍はいやだ!」「俺は商人だ!」と言い出して、本当に信用ができない人物像に見えてきます。

 

悪役の密談で雷鳴が轟き!って

このあと井上馨と出会う渋沢栄一。

伊藤博文、井上馨、渋沢栄一と下半身に人格がないトリオが揃ってしまいました。

そして郵便事業が始まるのですが、『タイムスクープハンター』が惜しまれます。

あの番組のように事業運営の苦労が描かれたらさぞかし面白かったことでしょう。

しかし、そうした場面は描かれず、逆に惇忠のお悩みシーンで時間稼ぎ。平九郎が吐血して亡くなる場面、長七郎との回想が出てきます。

結局、惇忠は心を折れて出仕し、フランス人とも握手しました。

大仰なBGMで盛り上げ感動的なシーンになっていますが、これって美談でしょうか。

養蚕業に長けた人なら他にも大勢いるはず。その中から優秀な人材を探るセレクションもせず、親戚だからって雇っていればコネ人事でしかありえません。

そして玉乃も栄一に謝ります。

突然どうした?とキョトンとしていたら、慶喜に報告する栄一です。

今後は家康と慶喜がナビゲーターとなるんですかね。

ラストは、わかりやすい陰謀でした。

下劣な口調の岩倉具視が説明セリフで心境を全て話し、大久保が何やら企んでいる。

悪役の場面で照明を暗くして、当て方をおかしくして、雷鳴を鳴らす……って、一体いつの時代の演出センスなんだってばー!

 

総評

段々とわかってきたことがあります。

栄一はしつこく「みんなを幸せにする!」だのなんだの言います。

でも、その「みんな」とはどの範囲を指すのでしょう?

今週、美談扱いされていた惇忠。

問題としているのは惇忠の納得感であって、世間体やら平等については一切考えていません。

自分の身内で、ちょっと養蚕に詳しい人を国の責任者に登用とは、完全に公私混同、ただのコネです。普通に考えれば「みんなのため」ではなく「身内のため」であって、感動的に描けるはずがない。

玉乃にせよ、大久保にせよ、栄一に不信感を抱く側の方がまともに見えてきます。

これが渋沢栄一なのでしょうか?

まぁ、史実の渋沢栄一も、同世代の人間と比べて、意識が低かったところがある気がします。

福沢諭吉は渡米した折、アメリカ人が誰もワシントンの子孫がどうしているか知らないことに感激しました。

これがデモクラシーだ! 世襲の日本とは違うぞ、と。

そして西郷隆盛は遺訓でこう言いました。

児孫の為に美田を買わず――。

苦労してこそ、人は磨かれる。だからこそ子孫のため楽なルートを残すようなことはしない。

明治の人には、こういう身内贔屓を嫌う人も多かったものです。人間は血筋やコネでなく、磨き上げてこそだという主張ですね。

そんな歴史人たちと比較して、首を傾げたくなる価値観の持ち主が渋沢栄一。

朽ちた木を彫ったところで、何になるというのでしょう。

 

藩閥政治を学園ドラマにする

本作は、明治の藩閥政治を、平成学園ドラマのノリにしている――そんな古臭い構図が見えてきました。

大正義だ! 栄一チーム

・大隈重信

・伊藤博文

井上馨

陰険だ! 大久保チーム

・大久保利通

・五代友厚

・岩倉具視

こんな構図で描かれていますよね。

教科書で読むだけでもうんざりしてくる、黒い人間関係ロンダリングが続きます。

そのためにヤンキー漫画テイストを入れてきたのかもしれません。

ただ、悲しい哉、学園ドラマのノリって、本物の若い世代には通じないんですよね。

では、本作には登場させて貰えない声も取り上げておきましょう。

板垣退助「藩閥政治じゃき! 薩長がいばり腐って土佐はじめ、大勢の人を無視しちょる! 気に食わなか! 自由民権運動じゃ!」

山川浩「んだんだんだ……食ってくだけで精一杯なのに権力闘争がよ」

福沢諭吉「勝海舟のせいで慶喜が幕府を投げ出し、最悪の結果に……」

 

渋沢栄一のコネ人脈とは?

渋沢栄一は新政府に知り合いがいなかったのか?

史実での栄一は伊藤博文の尊王攘夷暗殺真相をバラせるほど、深く関わっております。

他の幕臣ならともかく

「お、京都でテロしてたアイツか〜」

となってもおかしくない。そんなテロサー(テロリストサークル)人脈が水戸学信者・栄一のセールスポイントでもありました。

本作では、なぜそこにフォーカスしないのか?

尊王攘夷暴力殺人なんて、明治時代はやんちゃ自慢の範囲でしょうし、先週の28話でも、伊藤博文が英国公使館焼き討ちという犯罪を自慢していました。

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渋沢栄一と伊藤博文は危険なテロ仲間だった?大河でも笑いながら焼討武勇伝

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栄一は雑なテロ計画で犯罪者認定され、平岡円四郎に庇われました。その成り行きで幕臣になっただけで、ステルス倒幕派と言える。

本作だってその辺を隠したいからこそ、明治時代入りを10月まで粘ったのではありませんか。

飛脚をどうする?
戸籍は?
殖産は?
電信は?
鉄道は?

こうした事業も、彼らの意見で一から生み出していったように思えますが、実は小栗忠順が立案済みのものも含まれます。

以前にも書きましたが、大隈重信はこう言い切りました。

「明治政府の近代化政策は、小栗忠順の模倣にすぎない」

栄一って本当に世渡り上手だと思うのです。

人脈はテロリスト時代、技術は幕臣時代をフル活用。

だからこそ「人間は信念や誠意を捨てれば成功できる」と見えるドラマになりかねません。

 

大阪経済のマッチポンプ

最近出て来なくなった五代様をフォローしましょう。

五代友厚は大阪経済の恩人――とはいえますが、これも薩摩藩のマッチポンプと言えなくもありません。

薩摩藩は財政が破綻しました。

その立て直しを迫られたのが、島津斉興とその家老・調所広郷です。

調所広郷
ボロボロの財政を立て直したのに一家離散|調所広郷が薩摩で味わった苦渋

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調所広郷は財政を立て直したにも関わらず汚名を着せられた悲運の人物といえますが、立場を替え、大阪から見るとエゲツない人でした。

薩摩藩が借りていた大阪商人の借金を強引に踏み倒したのです。

「薩摩芋に貸すくらいならドブに捨てたほうがマシやな……」と嘆かれたほど強引な手法でした。

そして迎えた明治維新。

ノリで倒幕した政府は、関東が金本位制、関西が銀本位制であったものを、金本位制にして統一します。

これが、えらいこっちゃ!

統一計画があまりに雑だったため、大阪の人々が蓄えていた銀が暴落するというおそろしい事態を招いたのです。

そうして無茶苦茶にした大阪経済を立て直したのが、薩摩閥政商・五代友厚でした。

言ってみれば薩摩が壊し、薩摩が立て直す、マッチポンプとも言えましょう。

大阪人が徳川家康を嫌い、真田幸村が倒した墓まで作ったことは有名です。家康には当たりがきつい割に、薩摩藩には優しいように思える。

そんな五代を悪役にする宣言をした本作は、今後彼をどう描くのか。楽しみだったりします。

 

むしろ『鬼滅の刃』「遊郭編」の方が教育にいい

『鬼滅の刃』「遊郭編」は子どもにどう説明したらいいの?

12月5日に放送が決まりましたが、舞台が遊郭ということに関し、大きな議論が起こりました。

遊郭
吉原遊郭のリアル|鬼滅の刃でも話題になった“苦海”はどんな場所だった?

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注目の作品だけに、以下の青天を衝け関連ニュースでも言及されていました。

◆ 『青天を衝け』明治編で新たな面白さ 栄一と大隈重信の舌戦で視聴者魅了(→link

該当の箇所を引用させていただきますと……。

今で言ったら「~今度は君たちが鬼殺隊を支える柱となるのだ」by煉獄さん(『鬼滅の刃』より)みたいなものであろうか。「柱」と聞くとつい『鬼滅の刃』を思い浮かべてしまう。

「柱」は神様を数える助数詞ですので、そこが重なった程度で言われても……とは思いつつ、私も共通点を見出しました!

ネタバレありますのでご注意を!

「遊郭編」で戦う鬼の兄妹は、妹が遊女としてはじめて客をとらされた際に悲劇が起こります。

13歳の少女を客として取った憎たらしいあの男! そんなロリコン許せねえ! 一体どういうことだ!

そうなったとき、こう説明できるんですね。

「大河ドラマに出ていて、主人公と仲良くしている伊藤博文っているでしょ? 彼は“水揚げ”というのが趣味で、当時から気持ち悪がられてたんだよ」

大河でそんな人物を好意的に取り扱うのはいかがなものか――そう疑問を抱くことでも学習意欲は生まれます。

フィクションを歴史教育に活用できるかもしれません。

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梅を望んで渇きを止む

今週の漢籍コーナーの時間です。

現在放映中でクライマックスを迎えた朝ドラ『おかえりモネ』が秀逸で、同じNHKですからどうしたって本作と比較してしまいます。

モネでは主人公はじめ【仮説形成(アブダクション)】を支える人物が多いので安心です。

データを集める。そして想像し、仮説を形成する。

『青天を衝け』は、制作の第一段階からして、おそらく実行していません。作り手が資料を読み込んでいないように見え、必然的に登場人物たちもそうなってしまいます。

『鬼滅の刃』呼吸で学ぶマインドフルネス~現代社会にも応用できる?

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モネは、心を動かす術を知っています。

例えば先週の放送。強風が吹くからと秋祭りの延期をモネは市民のみなさんに提案します。けれどもなかなか話が通じない。モネには主人公補正によるゴリ押しはありません。

そこでモネは、その祭りの日はデータから察するに、アワビの開口(月に一度限定・アワビ漁解禁日)に最適だと言います。

命令はしない。ただ「アワビを獲りたくないですか?」と誘導することで、祭りの延期を成功させます。

『世説新語』を引用したいと思います。

梅を望んで渇きを止む。

梅を想像して喉の渇きを癒す。

あるとき、曹操は自軍が進まないことに苛立ちました。喉が渇いていて歩く気力が起きないのです。

そこで怒鳴りつけたりせず、彼はこう言います。

「ここを登り切れば梅がたっぷり実った林があるぞ!」

兵士は梅のことを想像して唾が湧いてきます。よーし、梅を思い出してがんばろう! そう進軍を再開したのです。

曹操がセコいテクニックで騙したため悪い意味で用いられることが多いものの、システムとしてはよい。

今だって、

「ワクチン接種したら割引します!」

「選挙に行った人にデザートをサービスします!」

こういうやり方システムはありますよね。

動機を刺激する心理戦はむしろよいことです。モネの場合は、アワビ漁に適している情報は真実なので、問題は全くありません。無理矢理延期させるより、禍根を残さぬ心理戦を展開できました。

それが大河ではなぜ……。

栄一こそ、そういう機転に長じた人物ではなかったのですか?

今や三白眼で睨んで「がんばってるんだもん!」アピールばかり。朝ドラと大河は並び称されますが、脚本の精密性ではもう下剋上達成じゃないかと思った次第です。

 

事は密なるを以って成り、語は泄るるを以って敗る

このドラマは『韓非子』からこう突っ込みたくなります。

事は密なるを以って成り、語は泄るるを以って敗る。

成功は情報漏洩阻止から! 軽い気持ちで流すと失敗する。

以下の記事では面白いとされている大隈との舌戦。

◆『青天を衝け』28話。渋沢栄一、大隈重信と伊藤博文に言いくるめられる。(→link

そもそもが史実として怪しい渋沢栄一の自伝が準拠で、本作の考証の危うさがにじみ出ていると感じてしまいます。

だいたい舌戦としてもレベルが低いんですよね。

創作で構いませんので、なにか具体性があり、しかも時代に即した説得力があれば良かったのに、それがない。朝ドラよりもレベルが数段落ちます。

最も気になるのは、やはり時代考証のミスです。

大隈はやたらと「である!」と連呼していますが、ああいう口調はこの時期は成立していない。

西洋の影響を受け、演説が流行するようになってからの語り口です。

大隈重信は悪筆を気にしており、演説に新機軸を見出したのはたしかにそうですが、もう少し後のことです。

この辺はどうにも渋沢栄一本人がゴマカシているんではないか?と思えます。

散々指摘していますが、幕臣が新政府に仕えることは「弍臣」のふるまい、恥辱の極みでした。

渋沢はその恥辱を誤魔化すため色々と自伝で小細工した。それをベースにドラマが肉付けされているのでしょう。明治になって嘘臭さが増してきたと呆れるばかりです。

渋沢栄一は商業の才能はあった。

しかし、ストーリーテラーとしてはそうでもない気がします。

しかも、このあたりの時代考証のミスは、親切丁寧にこのドラマ関係者がSNSで解説していました。

時代考証としては「である!」はよろしくないけれど、脚本の先生は「ちょっとだけなら」と使ったとのこと。

ダメ大河でよくある「ちょっとだけなら」現象です。

以前、戦国大河の考証をした某先生がぼやいていました。

「落城シーンで城を燃やしたいんですよね」

「いや、この合戦で城は燃えていないのでそれはちょっと……」

「でもどうしても燃やしたくて!」

「まあ、ボヤくらいならいいかな」

そう許可を出して放送を見たところ、そこにあったのは大炎上する天守閣だった……これだと私が時代考証しなかったみたいじゃないか!と、嘆いていたとか。思わず同情したくなる話です。

今回もそうなのでしょう。

ドラマは水物だから、脚本の時点で考証の先生が釘を刺したって、演出スタッフが言い出したら制御できません。

「うーん、インパクト弱いなぁ。であーる、であーる、であーる! と、リピートで叫んじゃえ」

そんな経緯でもあったのではないでしょうか。

かつて、そういう舞台裏のぼやきは、講演会で漏れるものでした。

それが今はSNSがあるから、ダイレクトに漏洩してしまう。

困ったものです。

この漏洩のせいで、本作の脚本家の先生はやはり時代劇適性があやしいのではないかとまた首を捻ってしまった。

確かに、朝ドラから大河へ脚本家がステップアップすることはお約束です。

近年の成功例は『ごちそうさん』からの『おんな城主 直虎』でしょう。

逆に問題があるのが『花子とアン』と『あさが来た』。朝ドラの時点で、歴史劇ではやってはならないほど重大深刻な問題点があると指摘されてきました。

『あさが来た』については、私だけでなく書籍でも問題を指摘しているものがあります。

要は、脚本家はじめ製作陣まで統制が取れていない。そういうお粗末な采配がSNSで見えてくるというのは、どうにもいただけません。

既に『鎌倉殿の13人』は、SNS舌禍による降板騒動が発生しています。

NHK大河チームは、SNS利用に関するコンプライアンスも見直していただきたいと願うばかりです。

これはもう、企業や組織の常識ではないでしょうか。

 

遠慮無ければ近憂あり

お次は、栄一も大好き!という設定になっている『論語』の「衛霊公」から。

遠慮無ければ近憂あり。

遠い将来まで見ていかなければ、必ず目の前で不祥事が発生しますよ。

これを踏まえまして。引用したい深い記事はこちらです。

◆吉沢亮『青天を衝け』、成功のカギは大河ドラマの「朝ドラ化」にあった(→link

要するに、大河を朝ドラに寄せてきたからヒットしたという論旨です。

名作枠の『あさが来た』の露骨な二番煎じをしておりますから、成功要因としてあげることは自然でしょう。

スタッフも意識して寄せているので「関係萌え〜史実どうでもいい〜」という反応のまとまった記事になっています。

◆「青天を衝け」徳川慶喜と渋沢栄一の「別れ」に視聴者感涙 「エモい脚本」の声あがったわけ(→link

◆草なぎ&川栄が作り上げた“夫婦の絆” 慶喜&美賀君の再会に感動の声!<青天を衝け>(→link

栄一と慶喜は、史実を無視して同性同士のバディ関係にされました。

これで連想させられるのが『あさが来た』のヒロイン姉妹。あのモデル姉妹も姉は亡くなっていました。

『青天を衝け』の夫婦の絆描写も『あさが来た』と同様ですね。

あのドラマのモデル夫妻はかなりそっけない仲でしたが、劇中では散々盛り上げてられていた。

こうした“美点”を露骨に踏襲し、モデル夫妻が仲が良いわけでもなくその時代らしい冷たい関係であったにも関わらず、NHK大阪はその後も連続して作っています。

『わろてんか』と『まんぷく』です。

この2作品は史実のモデル夫妻を知っていたら失笑ものでしょう。

『わろてんか』のヒロインモデル・吉本せいがフィクションで扱われる際は、夫の女遊びや金へのだらしなさを描くことが定番。

『まんぷく』のヒロイン夫妻に至っては、夫が重婚しており、法律上婚姻関係が無効なのだからシャレになっていません。

しかも、企業を露骨に宣伝する内容で平然と歴史修正が行われ、その点で叩かれてもいました。

『わろてんか』の場合は放送終了後に吉本のスキャンダルが発覚し、『まんぷく』の場合は放送時から「こんなモデルを美化してよいのか?」と雑誌記事にまでなった。

まさに「遠慮無ければ近憂あり」の典型例でしょう。

放映中にモデルの黒さまで暴かれるなんて、そうそうありません。今年の大河はそうなってしまうのでは?と思ってしまいますが。

しかし、こうした苦い経験からなのか。

NHK朝ドラ班は改心し、かつジェンダー描写を一気にアップデートさせています。

特にNHK大阪の近年二作品はスゴイ。

・『スカーレット』:陶芸家夫妻の妻の才能が夫を凌駕し、敗北感を覚えた夫が姿を消してしまう

・『おちょやん』:劇団の座長を務める夫が、若い劇団員に手をつけ妊娠。ヒロインが失踪し離婚してしまう

どちらも視聴者阿鼻叫喚。夫妻は魅力的であったにも関わらず、粉砕された。

カップル萌えと引き換えに、21世紀らしいからこそジェンダー観を手にしました。

男と愛し合うだけでのうて、才能発揮した方がええやんか!

せやせや、女同士で団結して生きていけばええんやで!

そう叩きつけたのです。

そんな奮闘を見たあとに『あさが来た』を見ると、悲しいぐらいに古くさい。

イケメン王子様に頼りきりで、いい歳こいてもへらへら笑って「びっくりぽん!」と叫ぶ。そんなヒロインが痛々しくて仕方ないのです。

放送中の『おかえりモネ』も進歩しています。

このドラマの菅波というヒロインの相手役は、大河のイケメン集団よりはるかに話題を集めております。ただ顔がいいのではなく、個性が豊かなのですね。

そんな菅波がヒロインにプロポーズしたのに、彼女は仕事を重視してしまう。斬新です。

朝ドラがそんな疾走を続けているのに、大河は何事でしょう。古臭い朝ドラの二番煎じって……。放送時はともあれ、放送が終わったら消えゆくだけかと思います。

むしろ本作はジェンダー観からすれば極めて有害です。

差別や抑圧があったにも関わらず、それがなかったかのように描き、「夫婦の絆があるよね〜」と甘い嘘を振り撒くことはゴマカシを是認してしまうことにつながる。

リアリティのある明治女性ならば、山田風太郎『エドの舞踏会』(→amazon)でもお勧めします。

伊藤博文の妻・梅子が実に気の毒だとわかるでしょう。

大河も、本気で朝ドラに倣ってもらいたい。

一昔前のハラスメントが横行するものでなく、現代にふさわしい朝ドラに倣ってください。

もう2015年のまぐれあたりの朝ドラなんて、古びていて“オワコン”。二番煎じで、視聴率も落ちつつある。

ここで大河で失敗したらどうなるか? 井上真央さんのことを思い出してみましょう。

◆「 久しぶりに見てもやっぱりキレイ」井上真央(34)を支える先輩女優と実母との“女の絆” 松潤とは…《秋ドラマ「二月の勝者」出演》(→link

この記事にはこうあります。

2015年には、NHK大河ドラマ「花燃ゆ」の主演をゲット。ところがこの視聴率が伸び悩んだ。

「当時“歴代最低”の視聴率を記録してしまった。大河をやると、その後に民放で主役オファーがバンバンくるというパターンが多いのですが、そうとはならなかった。あのあたりから元の事務所との関係が怪しくなってきたんです」(同前)

大河のおそろしさとは、複合的要因があるにも関わらず、主演のキャリアに傷がつきかねないところでしょう。

近年は『平清盛』、そして『花燃ゆ』が典型例。本作はそうならないことを祈るばかりです。

短期的なウケ狙いで、役者のキャリアが停滞するなんてもう見たくはない。


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【参考】
青天を衝け/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

-青天を衝け感想あらすじ
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