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【唐伯虎(唐寅)】
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好き放題やらかされる唐伯虎と「江南四大才子」
この話はコメディ向きのせいか、色々やらかされます。
唐伯虎は主役のため当然として、「江南四大才子」仲間である他の三人も含めて、お笑いユニット扱いをされます。
「江南四大才子」は、コスプレ衣装の定番です。
日本ならば量販店にあるペラペラしたバカ殿衣装系ですね。
日本語版もあり、知名度が高いのが1993年の香港映画『詩人の大冒険』でしょう。
この映画は蘇州文人になじみのない日本人向けに、「詩人」とタイトルに入れられています。
そんな唐伯虎への理解が『水都百景録』で深まるのであれば、素晴らしいことといえます。
日本でも『少林サッカー』や『カンフーハッスル』で知られている周星馳(チャウ・シンチー)。
最近では『ムーラン』にも出演した中国の大女優コン・リー(鞏俐)がヒロイン・秋香を演じています。
そこはもう、喜劇王のチャウ・シンチーだけに無茶苦茶。
彼の趣味で武侠要素をぶち込んだ結果、謎の武術を駆使して戦うアクション要素もあります。
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唐伯虎の設定にせよ、家族の死や不正試験に巻き込まれた過程をすっ飛ばし、たただたゲスでしょうもない男だったという導入です。
妻妾が8人いたという設定は、唐伯虎がのちに沈九娘という女性を妻にしたから生じたもの。
沈九娘は“沈家の九番目の娘”という意味。誤解されて生じた無責任な伝説ですので。そこは真面目な文人生活を期待してもいけません。
文徴明は女遊びはしなかったはずなのですが、こうした作品では大抵しょうもないナンパ騒動に巻き込まれております。
ちなみに、中国語圏では『詩人の大冒険』の吹き替え版に注目が集まったとか。唐伯虎の吹き替えが平田広明さんです。
「へー、『ONE PIECE』のサンジの声なんだ。ハマり役だな!」
こうなったと。サンジとイメージが重なる文人、それが唐伯虎なのでしょう。
『水都百景録』での等伯虎は、「天賦」(特殊能力)として「迫真」があります。女性と作業すると、お小遣いがもらえるというもの。プレイボーイ中国代表ですね。
この作品以外でも唐伯虎は何度も映像化もされていますが、コメディ向きのためか、見る人を選ぶものが多い。
なんでこんなにふざけているのか。どうして文人が空を飛び、謎の技で戦うのか?
※雑に武侠要素を混ぜただけでしょう、気にしたら負けです
これはいくらなんでもあんまりじゃないか!
その疑念を吹っ切れば楽しい時間が待っています。あまりのアホらしさを乗り切れるかどうかがポイントです。
その恋は実在したのか?
この唐伯虎の恋は、あくまで物語でのこと。
項元汴(こうげんべん)の『蕉窗雜錄』(しょうそうざつろく)に、短いエピソードが収録されたことが原型とされています。
変遷を経て、馮夢龍の短編小説『警世通言』の一編『唐解元、一姻緣に一笑すること』として収録されたのです。
この話は幾人もの手を経て、演劇や映画にもなっています。そのため作者を特定せず、「三笑」と呼ばれているのです。
さて、物語はさておき。唐伯虎は史実ではどんな人生を送ったのでしょうか。
彼はいくつも武勇伝を残しました。祝允明ら仲間と乞食に化けて稼いだ金で豪遊する。ニセ道士のふりをしてお布施を集めてパーティを開く。
そんな奇人変人ぶりが大人気で、蘇州の人は「あのマジパネェ唐伯虎パイセン!」と誇張しながら話題にしていました。
とはいえ、家庭生活は複雑。唐伯虎は何氏という女性と再婚するもうまくいかず離縁してしまいます。
その後、名妓であった沈九娘を三番目の妻に迎えました。彼女は夫の創作活動をよく支える素晴らしい女性でした。一人娘も授かります。
そんな沈九娘ですが、正徳7年(1512年)に亡くなってしまうのです。唐伯虎はこのあと再婚はしませんでした。
このころには落ち着き、仏教を信じる清貧の生活を送っていたとされます。
ちなみに京都国立博物館には、この歳に唐伯虎が残した「贈彦九郎詩」が所蔵されています(→link)。
そんな妻の死から2年後の正德9年(1514年)――またしても唐伯虎は事件に巻き込まれます。
彼は寧王・朱宸濠(しゅしんごう、明朝の宗室)の招きを受けたのです。
しかしこの野心家は【寧王の乱】を起こし敗北、処刑されました。彼を討伐した人物が、陽明学の祖である王守仁(字・陽明)です。
寧王に誘われて幕下に加わった唐伯虎は、反乱の兆しを察知すると、正真正銘狂ったフリをしました。
大酒を飲み、あたり構わずいやらしいことをし、全裸になる。そこまでやらかして、やっと蘇州へ戻ることができたのです。
『水都百景録』での唐伯虎は、この寧王の元から逃げ出し、落ちぶれた設定で登場しています。
それから十年後の嘉靖2年(1524年)末、唐伯虎は没しました。
享年54。弟の子が唐家を継ぎました。
【臨終詩】
生在陽間有散場
生きて陽間に在りても 散場有り
死歸地府也何妨
死んであの世に行っても、そういうこと
陽間地府倶相似
この世もあの世も、似たようなもんよ
只當漂流在異鄕
旅していて見知らぬ場所に行っちゃうようなものだな
愛される蘇州の桃花仙として永遠に生きる
唐伯虎と同年齢で、親友であった文徴明。彼は対照的な人生を送りました。
商人家庭の唐伯虎と、官僚の息子である文徴明では、出身階層からして異なります。
性格も正反対であるとされました。
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唐伯虎は気さくな人柄といえばよいものの、脇が甘いのか。寧王に招かれてトラブルに巻き込まれたのも、その性格が災いしたように思えます。
文徴明は慎重でした。
宦官、宗主皇族、外国人からは関わりを持たぬよう、作品の依頼を断っていたのです。寧王からの招聘も、唐伯虎よりも前に断っていました。
こうした性格は科挙の結果にも反映されています。
唐伯虎が科挙で解元になると、文徴明は悩みました。
自分の方が遊び歩きもしないで地道に勉強しているのに、どうして合格できないのだろうと。
唐伯虎は器用であけっぴろげ。文徴明は不器用で慎重なのです。
家庭生活にもそんな気質は反映されています。
文徴明は文人家庭である呉家から妻を娶り、仲睦まじく過ごしました。73歳の時に同年齢の妻に先立たれたとはいえ、この年齢ならば天寿を全うしたといえます。
そして本人は驚異的な長寿でした。満90歳まで生き、亡くなる直前まで立派な字を書き続けていました。子と多くの弟子に囲まれ、蘇州文人の頂点に立つ、充実した人生でした。
彼の後の文一族は才知溢れる人物を多く輩出しました。
長男・文彭は近代文人篆刻の祖とされ、二男の文嘉も書画に才能を発揮しています。
孫・文震孟は硬骨の名官僚。
玄孫の画家である文俶は『水都百景録』でも実装されています。
夫婦円満。立派な子孫を残し、後進を指導する。生真面目な努力家。文徴明は科挙に落ち続けたことが欠点となるだけの、理想的な人物に思えます。
伝統的な倫理観からすれば、文徴明こそがロールモデルであり、唐伯虎は反面教師かもしれません。
遊び好きで、大口を叩くせいで反発もかう。慎重さにも欠けている。人生の落伍者かもしれない。
しかし、人々はそんな唐伯虎を愛しました。
科挙に失敗したことも。無茶苦茶な遊びぶりも。才能を金に換えて恥じないところも。こんなかっこいい先輩いるか?
あの唐伯虎ならきっと、恋に“狂”っていてもおかしくない――そんな思いが「三笑」を生み出し、世に伝えられてきました。
彼の詩に出てくる地名、蘇州・桃花塢(とうかう)。
年画(旧正月に飾られる縁起のよい絵)の産地として有名です。
『水都百景録』の蘇州の地名は、この桃花塢を元につけられています。
春をもたらす桃花と縁が深い唐伯虎。彼は蘇州の桃花仙になったようです。
「桃花庵歌」
桃花塢里桃花庵 桃花庵下桃花仙
桃花塢には桃花庵がある 桃花庵には桃花仙がいる
桃花仙人種桃樹 又摘桃花換酒錢
桃花仙人は桃の木の種を蒔き、桃の花を摘んで酒代に換える
酒醒只在花前坐 酒醉還來花下眠
酒から醒めるとただ桃の花の前に座って 酒に醉えばまた桃の花の下で眠る
半醉半醒日復日 花落花開年復年
半分酔って半分醒めてまた一日を過ごす 花が落ちて花が開いてまた歳がめぐる
但願老死花酒間 不願鞠躬車馬前
ただ願うことは花と酒の間で老いて死ぬことだけ 権力者の馬前で媚びるなんてごめんだ
車塵馬足顯者事 酒盞花枝隱士緣
車馬を勢いよく走らせてどうする? 酒盃と花のもとで隠者同士縁を大切にする方がいい
若將顯者比隱士 一在平地一在天
成功者と隠者の差なんてどうでもいいね 天にいるか地にいるかだけの違いだろ
若將花酒比車馬 彼何碌碌我何閒
花と酒、車と馬を比べてどっちがいいかなんて、そんなの聞いてどうするんだ
別人笑我太瘋癲 我笑他人看不穿
誰かに笑い物にされようがバカにされようが構わないよ 俺を理解できない奴らの方を笑ってやる
不見五陵豪傑墓 無花無酒鋤作田
五陵の豪傑の墓なんて見ないね 花もなければ酒もなく田んぼになって耕されてるんだから
実際にあったことかどうかはどうでもいい。
彼の痛快な生き方、“狂”った恋愛こそ、見習いたいじゃないか!
そう人々が思い続け、笑って楽しみ、彼の名前は残ったのです。
そんな彼の恋をスマホアプリで楽しむ。『水都百景録』は、2020年代ならではの形で、桃花のような恋を私たちに届けてくれるのです。
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文:小檜山青
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【参考文献】
井波律子『中国のグロテスク・リアリズム』(→amazon)
井波律子『中国の隠者』(→amazon)
井波律子『奇人と異才の中国史』(→amazon)
大木康『明末のはぐれ知識人』(→amazon)
岡本隆司『明代とは何か』(→amazon)
檀上寛『陸海の交錯 明朝の興亡』(→amazon)
上田信『中国の歴史9 海と帝国 明清時代(講談社学術文庫)』(→amazon)
他