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やっぱり天才!? 織田信長の生涯とは

まんが戦国ブギウギ 豊臣家

天下人・豊臣秀吉が一晩にして白髪の老いらくに 痛撃だった捨(鶴松)の死 【戦国boogie-woogie123】

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諸国を放浪する浪人から織田信長に取り上げられて、あれよあれよと位人臣を極めた、稀代の天下人――。豊臣秀吉最大の弱点は、子宝に恵まれなかったことだろう。
幾人もの側室を持ちながら、誰も跡継ぎを授かることはできず、気がつけば齢53。信長が光秀の凶刃に斃れた歳ともさほど変わらず、まさに「人間五十年」の最終節を迎えようとしたとき、ミラクルが起きた。
茶々が鶴松を産んだのである。
現代医学からすれば「秀吉の子ではない」とするのがこの通説。おそらく当の本人もその辺は重々承知していたであろう。
それでも我が子の可愛さたるや、孤独な天下人の心を充足させるには十分であり、ようやく秀吉も人並みの幸せを手に入れることができたのである。
これ以上なき不幸に見舞われたのは、その直後のことであった――。

 

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殉死者を付けるべきだよね?そうだよね?

戦国ブギウギ20160722-1
◆1589年に生を受けた鶴松こと捨は、「捨て子は育つ」という迷信からその名を授けられました。
しかし……早くも翌1590年には病気を患ったと言い、何かしら先天性の疾病を持って生まれたか、もともと身体の弱い子供であったことを感じさせます。
さすがに「殉死者を募る」というのは親心の域を凌駕しちゃっておりますが、さほどに混乱されていたのでしょう。

 

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顔も知らない奴らは死んでOK 捨さえ生きてくれれば

戦国ブギウギ20160722-2
◆正妻の寧々さんもさぞかし困ったことでしょう。
この夫婦は、前田利家から豪姫という養女を貰い受け、大切に育てておりましたから、子供は大好きだったに違いない。
そう考えると、秀吉さんの切なさも重々わかるんすけどね……ただ、血の繋がった親族も後に……と考えるとワケわからんのですが。

 

頭髪は一晩にして白化す

戦国ブギウギ20160722-3
◆結局、捨丸は数え3つで夭逝。
さすがにコレは可哀想だ><; と同情したところで、やっぱりヘコたれないのが農民から下剋上した男の強さなんすかね。
太閤、ふっかーーーーーーーつ! なんか腹が立ってきましたよっと。

 

「国内は秀次に任せて世界征服じゃ!」に一同ボーゼン

戦国ブギウギ20160722-4
◆溺愛していた息子が死んで、何か集中できる目標が欲しい――。
そうだ世界征服しよう!
って、そりゃ子飼いの三成や清正、正則でもつっこめなかったことでしょう。
ともかく、その一歩目は朝鮮、さらにその先の明へ。
白髪の天下人に、もはや怖いものはありませんでした。

 

(来週へ続く)

漫画・アニィたかはし
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