2023年1月3日に続き、2025年1月1日にも再放送された正月時代劇『いちげき』をご覧になられました?
公式サイトでは「宮藤官九郎が脚本を手掛ける本格青春エンターテインメント時代劇」と宣伝され、エネルギーをもらうドラマだと誘導されていました。
これがなかなかの劇薬で、新年早々、頭をガツーン!とやられてしまいまして……。
時代劇だって熱量と工夫次第でいくらでも面白くなる!
やってやる!
そんな作り手の闘志が劇中の人物と合致して、私の魂も揺さぶられてしまったのです。
衰退の一途をたどる時代劇は、現代に合わせて変わらなくてはならない――それが上手くいかないように見え、このままでは消えてしまうんではないか?と歯痒かった。
しかし、本作『いちげき』のように革新的なものを作れるのなら、まだまだなんとかなるかもしれない。
歴史作品ファンとしては、そんな希望が持てるドラマです。
というわけで早速レビューをお送りしましょう!
なお、本作は漫画と小説の原作がありますが、私はいずれも未読です。
【TOP画像】漫画『いちげき』(→amazon)
異色の正月時代劇
そもそも正月になぜ時代劇を流すのだろう?と疑問を抱いたことはありませんか。
実はこの風習、古くから「豪華な娯楽」としての意味合いがありました。
例えば江戸時代なら、歌舞伎で【曽我兄弟の仇討ち】を楽しんだ。

富士野における仇討ちの場面『曽我物語図会』/wikipediaより引用
新年早々から主人公が死ぬ仇討ちなど誰が見るのか?というと、江戸からも見える富士山を背景にしているところが華やかで客受けが良かったのです。
それがテレビの時代に移り変わっても伝統が残り、めでたい正月はとにかくド派手に時代劇だ!というお約束がありました。
しかし、そうした傾向と比べると2023年『いちげき』は明らかに異色です。
箇条書きにしてみましょう。
・漫画原作で確かに人気はあるけれど、国民的な作品とまではいかない渋い内容
・誰もが知っている有名人は勝海舟ぐらいしか出てこない(西郷隆盛は後ろ姿だけ)
・メインビジュアルの時点で土臭く、衣装も地味
・キャストは王道というより個性的
・そもそも主役が農民だべした
華やかな正月時代劇といえば、美男美女が豪華な衣装を着て並んでこそ。
そんな定番を敢えて外してきています。
キャッチーなところは、脚本家として著名な宮藤官九郎氏が、初めてテレビ時代劇に挑んだという一点ぐらいでしょうか。
それだけで突破していく様と、主人公の一撃必殺隊が重なる、実に高度な出来となっています。
コスパがよいのではないか?
この作品の革新的なところは、コスパがいいと思われる点です。
正月時代劇ならではの豪華さは無いものの、コストも相当クレバーに抑制しているのではないかと思える。
これまた箇条書きにさせていただきますと……。
・城や合戦場を作らなくてもよい
・銃器も少なく、実際に撃つのは短銃程度
・衣装が地味である
・大量のエキストラを必要としない
・既存の映画村で撮影が間に合う
・一方でロケ地は丁寧に選ばれているようで、風情ある鎮守の森が活かされている
・講談師の語りで色々と面倒な展開を省いている
作品の世界観を演出することとコストを抑制することが見事にマッチしていると申しましょうか。
これだけ正月時代劇のお約束を破り、低コストでありながら成功したとみなされれば、今後の時代劇にも大きく作用しましょう。
新しい時代への期待も膨らみます。
意欲的で野心的で、個人的には成功だと認識されて欲しい。そんな革新の一作です。
どこが革新的なのか?
『いちげき』は不可解なドラマでした。
冷静に考えれば地味としか言いようがありません。
歴史に残る大事件もなければ、ロマンチックな美男美女の恋もない。
教科書に出ているような人物も勝海舟ぐらいで、正月時代劇としては規格外といえるほど華がない。

勝海舟/wikipediaより引用
それなのに、鑑賞後は満足感があって魂を揺さぶられ、レビューを書くことも忘れそうになるほど興奮してしまいました。
一体なぜそこまで革新的で熱量が凄まじかったのか?
まずキャストに注目しますと、逸材ばかりでした。
染谷翔太さんの実力は『麒麟がくる』の織田 信長で証明済みでしょう。彼は時代劇のヒーローが持つお約束を何もかも破っている。
まず、日焼けメイク。
百姓という身分を考えれば当然ですが、日本の時代劇は長らく男女共に色白が美形かつ主役の条件とされてきました。
それが、癖毛で色黒、小柄に丸顔とすべて逆を突いているのに魅力に溢れていた。
どこかで見覚えあるな……と思ったら幕末の写真に似ている気がしてならない。
こういう奴は幕末日本のどこかにいた――そんな存在感と生命力が感じられました。
市造役の町田啓太さんもまた魅力的です。
なんとしても、のしあがりたい。そんな野心が市造という人物だけでなく、町田さんそのものにも溢れている印象を受けました。
大河『青天を衝け』で土方歳三を演じた時は、綺麗に作り込みすぎていて、芯が細く感じたものです。
それが今回は野心そのものがキラキラと輝くように溢れていて、実に見事でした。
他にも、とぼけたキャラクターの塚地武雅さん。
『鎌倉殿の13人』に続いて、体格を活かした役を演じた高岸宏行さん。
上川周作さん。
岡山天音さん。
細田善彦さん。
彼ら全員から、泥臭く汚れていても、視聴者にも力をくれる生命力がありました。
決して格好いい武士ではない。力強い農民だからこそ出せる味であり、訛った言葉も愛おしいほど。
そんな一撃必殺隊を率いる武士も非常に凛としていた。
顔の傷がかえって男前をあげている松田龍平さん。
任務を冷徹にこなそうとしつつも、時折、動揺がでてしまう工藤阿須加さん。
歴史に名を残さなかったら何なの?
これだけ熱い者どもがいただけで十分じゃないか!
そんな生命力が迸(ほとばし)っていて、ともかく熱いのです。
登場人物たちの熱量は役者さんたちにも伝わったのでしょう。
アクションや殺陣も抜群でした。
泥臭い動きで、掛け声は「うんこらしょ!」と来た。
鈍いからこそかえって痛そうで生々しい。
狭い場所を利用しているからこそ迫力満点。
走りながら抜刀し、飛び上がって刀を振り下ろす――そんなウシの動きなんて、そうそう見られるものではありません。
くたびれた着付けも再現
ヘアメイクや着付けも野心的です。
綺麗に月代を剃ったわけではなく、粗っぽさが個性になっている百姓たち。
水商売の女性は真っ白にメイクしています。当時の暗い照明なら、あれぐらい白い方が映えた事情を反映しています。
このメイクが光の量で細かく調整されていて、幕末らしさと魅力がどちらも発揮される工夫が行き届いています。
武士の着付けも良かった。
一言で言えばルーズです。ゆるい。着物がくたっとしていて着慣れているとわかります。
実は着物の着付けは、明治以降、堅苦しくなりすぎています。
テレビも見栄え重視でそれが抜けなかったのですが、本作は、幕末の写真に見えるくたびれた着付けが再現されていた。
百姓たちの、動きやすく各人個性ある着こなしも幕末の写真から抜け出してきたみたい。
基本ができた上で崩し、工夫している。そんな配慮が行き届いていて見飽きません。
となれば当然、所作指導も抜かりがないもので。
武士がちょっとリラックスして立っている。
百姓がだらしなくあぐらをかいている。
楽なようで、コツがいるし、目立つわけでもない。そういう細かい場面でも常に自然でした。
全体的に軽いようで芯が一本いつでも通っているのは、このドラマの各要素のレベルが高いところで維持されているからでしょう。
ヒロイン像が2023年ならでは
他にも革新的な要素はいくつもあります。
例えばヒロイン像もそうでした。
犠牲者として位置付けられるウシの妹。そんな妹に瓜二つの女郎・園。
この二人は割と古典的で、時代劇によくある造型といえます。
西野七瀬さんの女郎姿が哀れで可憐でした。
もう一人の注目は、原作にはいなかったキクです。
伊藤沙莉さん演じる女性で、当初は一撃必殺隊メンバーの飯炊き女をしていました。
しかし彼女には隠していた目的があった。
新徴組にいた兄の仇討ちです。
幕末の女性は強い。安政の大獄に連座した女性もいるほどで、キクは男装の女性剣士・中沢琴と似た境遇でした。
こうした戦う女性は、明治以降、歴史の陰に埋もれています。
例えば渋沢栄一は、女性は従軍できないから男女同権はありえないという主張を持っていましたが、これは幕末の女性戦闘員を無視した認識でしょう。
政府に近い渋沢の認識は、明治以降の日本に大きく影響したのではないでしょうか。
伊藤沙莉さんはウシたちを叱り飛ばす姿も、刀を挿した姿も素晴らしかった。
実は勉強にもなる『いちげき』
正月時代劇といえば、それこそマツケンサンバがリバイバルしている松平健さん辺りの出番でしょう。
あるいは「けん」ちがいで渡辺謙さん辺りもその候補でしょうか。
それを本作は外してきましたが、とにかく隙がない。
尾美としのりさんの勝海舟も素晴らしかったですね。
ご本人も「勝海舟を好きな人には怒られそう」と語っておられましたが、むしろここ数年でも屈指の像だと思いました。
画面に出てくるだけでイライラする。
新年早々カーッと怒りを掻き立てられる。
もう少し、べらんめぇ口調が強くてもよかったとは思いますが、ともかく今回の勝海舟は実によかった。
『瘠我慢の説』で勝海舟を全力罵倒していた福沢諭吉の気持ちがわかる――そういう意味で、考証的にも素晴らしいと思えました。

若き日の福沢諭吉/wikipediaより引用
勝が「ゲリラ」と思いつくところも、ナポレオン戦争を参照していた史実をふまえれば納得できます。
勝は新門辰五郎ら火消しに焦土戦術をやらせる計画もありましたから、十分ありえます。
『るろうに剣心』以来、世間に同情的なイメージが浸透していた相楽総三も、本作では外してきましたね。
相楽は、西郷らに騙されて斬首された、悲運の人物ですが、別の見方もできる。
元々は、関東の豪農出身でインテリで、薩摩御用盗を指揮していた。
これは渋沢栄一にもあてはまることですが、なまじインテリ豪農はたちが悪いところがあります。
主人公たちのような本物の「どん百姓」をコケにし、大義のためなら犠牲にすることもやむなしとする。
そうした無茶は薩摩御用盗だけでなく、渋沢栄一と懇意にしていた天狗党でも起きました。
そんな関東豪農の闇を体現していて素晴らしい。
シソンヌじろうさんの演技が素晴らしいだけじゃなく、眼鏡もいい味を出していましたね。
相楽の背後には、西郷隆盛がいます。
勝海舟と西郷隆盛が会談して、無血開城になって、めでたしめでたし――教科書でもそう教えられ、二人の会談を描いた絵画も有名になっている。

西郷隆盛と勝海舟の会談を描いた『江戸開城談判』作:結城素明/wikipediaより引用
しかし、本当にそれが良かったのか?
本作は新年早々、そんな問題提起をぶん投げてきます。
無血開城っていうけど、結構死んでっぺや! 慶喜が死なねがったからいいのが? そんなわけねえべ。
討つもまた、討たれるもまた
一撃必殺隊が集められて、訓練を受ける。そこは笑えて面白い。
とはいえ、いきなり酷いことをやらされていることもわかります。
訓練期間は短縮され、防御もろくに習わない。
武器だって、当時の関東農兵でもゲベール銃程度はあったのにそれすらなく、訓練の時点で捨て駒にする気に満ちています。
対する薩摩はどうか? というと彼らも中々酷い。
薩摩藩士らが情誼に篤いというのは美化も往々にあるもので、むしろ幕末は冷徹な処断を繰り返すことが強みだったと思います。
ゆえに主人公たちと敵対する伊牟田尚平(杉本哲太さん)もまた哀れの極み。
伊牟田の熱気と対照的な益満休之助の冷たさが、実に薩摩らしいと思えました。
主人公を雇う幕府も。
敵対する薩摩も。
百姓のことなんかさして考えていない。平気で殺す。使い捨てにする。
そんな連中同士が戦って一体何なのか?
武田耕雲斎の辞世を思い出す、そんな虚しい世界観です。
討つもはた 討たるるもはた 憐れなり 同じ日本の 乱れと思へば
救いのない世界を救うものは?
本作は、愉快でテンポよく進んでいくようで、不穏な要素が忍び込んできます。
武士たちは簡単に隊員を使い捨てにすると言うし、主人公のウシだって、いかに農民が虐げられてきたのかを理解している。
それに相楽総三の処刑状況も、わかりきっている。
だからこそクライマックスの金杉橋の戦いへ向かうところで、なんてものを見せてくれるのか、と憤りすら覚えました。
一体ここで何人死ぬことやら……。それなのに、なぜ彼らはこんなにもあっけらかんとしているのか。
思えばこのドラマは、主人公たちが常に悲惨な状況にいます。
殺人に慣れ、作業のようにこなしていくようになる様は、心理が崩壊していくことでもある。
その描写の生々しさは、歴史そのものの恐ろしさではないでしょうか。
武士の価値観に染まっていった結果、捕らえた相手を切腹しろと囃し立てるようになる。
殺すことが手柄を立てることだと思うようになる。
これは幕末から近代にかけて日本人が植え付けられていった価値観でもあります。
日本人は穏やかで暴力を振るわないというのは、表層的な話。
実際は、幕末から昭和まで、要人暗殺が天誅として罷り通ってきたのが日本史と言えます。
徴兵された兵卒にまで、武士道を叩き込んできた結果です。

一撃必殺隊の面々が殺人マシーンへと変貌していく様子は、徴兵制度の一面を写しとっているともいえる。
本作が、大河ドラマ『いだてん』と繋がっているとすれば、このあたりかもしれません。
あの作品では、民衆がオリンピックへと向かう様を、楽しみたい心に集約していました。
しかし、国家とは金を使ってまでスポーツを推進するほどお人好しではなく、実際、新渡戸稲造のように「あんなもの娯楽だ」と非難する知識人もいました。
それでも実施されたのはなぜか?
徴兵制度の導入と関係があります。
かつてのように一部の武士層だけでなく、民衆まで兵士に仕立て上げようとするならば、国民全員の肉体を頑健にする必要がある。
近代スポーツの勃興は、徴兵制が根付いたナポレオン戦争と切り離して考えることはできないのです。
『いちげき』に出てきた力石担ぎを洗練させたものが、『いだてん』に出てくるスポーツといえる。
そんなことを考えていくと、確かに歴史は連続しています。
講談師が語る忘れられた物語
なぜ、このドラマは神田拍山さんが講談しながら進んでいくのだろう?
そんな疑問を持たれた方もいるかもしれません。
『いだてん』の落語は無理がありましたが、本作では必然の流れといえます。
明治維新の神話じみた話が、教科書や司馬遼太郎の小説、あるいは大河ドラマで語られる一方、薩長に生活を無茶苦茶にされた江戸っ子や百姓たちは何を考えていたか?
彼らには、彼らなりの誇りや物語がありました。
例えば、先祖が彰義隊で戦ったこと。
講談師や落語家は、時に政府に睨まれつつ、その目をかいくぐって語り続けました。
清水の次郎長とその子分たちの話も好例ですね。
新選組は、維新志士からすれば宿敵だったにも関わらず、今に至るまで大人気です。

御一新だけじゃねえ――と語り継いできた物語だって、歴史の一部。
知られざる歴史として講談師が語る話として、一撃必殺隊の武勇伝はピッタリなのです。
美化された歴史に対する異議申し立てともいえる、尖ったスタンスですね。
講談の語りそのものに迫力があり聞き惚れてしまう。そんな日本の芸能を知ることもできて粋でした。
こうした描き方により、私たちは何か大事なことを忘れていたのではないかと思い至りました。
本作と同様に自由民権運動を作ってもよいかもしれない。
ウシたちの子や孫の世代が、さらなる自由を求めて戦う。それも日本の歴史ではありませんか。
一撃必殺隊は架空にせよ、幕末の諸隊には武士以外の人々で構成されたものがいくつもある。
にも関わらず現代の状況はどうでしょう。
現在、日本各地の観光地には、江戸時代の殿様や戦国時代の武士を顕彰する施設が多々あります。
しかし、自由民権運動を顕彰する施設は珍しい。
幕末の諸隊や、自由民権運動の活動家らの存在感が薄いのはなぜ?
幕末は一部の志士が成し遂げたように誘導されたのはなぜ?
名もなき彼らは何を思い、どう生きていたのか?
歴史というと英雄ばかりに注目が集まりがちですが、大多数の名もなき人々が通ってきた道だって重要なはず。
そうした見方を意識させるためにも、『いちげき』のように稗史(はいし・正史の対義語)目線のドラマは必要だと感じました。
時代を変えようと思ったら、SNSで「現代の坂本龍馬」を自称しても意味がない。
アイコンを高杉晋作にしても意味がない。
ひとりひとりが、ウシのようにいちげきを入れられるように考え、走っていくことが大事なのではないか――新年早々、そう脳天に一撃を喰らいました。
『いちげき』は歴史を学ぶ意義を再認識させてくれる、熱い傑作だったのです。
次のクドカン大河ドラマはあるのか?
宮藤官九郎さんは時代劇初挑戦とのことですが、舞台劇では既に経験があり、不得意でもないと思います。
本作を見て感じたのは、なぜ最初からこの手の題材で大河ドラマを書けなかったのか?ということ。
彼が手掛けた2019年の大河ドラマ『いだてん』は、ご存知、オリンピックがテーマでした。
宮藤さんの連載記をオリンピック期間中に目を通していたのですが、これは本当に『興味がなかったのだろう……』と感じました。
自身がやりたくないテーマだったら、力も発揮できないはず。そう思うと悲しくて仕方ありません。
スポーツに対する関心無関心の話というより、もともと彼は反骨精神を発揮できる題材でこそ本調子になれるのでは?と『いちげき』を見ていて思えたのです。
世の中を上から動かす、『いだてん』の主人公・田畑政治のような目線はあまり得意ではない。
東京オリンピックを描くにしても、選手目線ならまだよかった。
本作を見ていると、どうもそうとしか思えない。
稗史目線、民衆が歴史を見るような大河ドラマを、宮藤官九郎さんならできるのではないか?
古典芸能に造詣が深い彼は、庶民の生き様こそ得意とすると思います。
権力者ではなく、庶民目線の大河を手がけるのであれば、是非とも彼であって欲しい。
『いだてん』は彼にとって最初の大河ドラマであっても、最後のものではない。私はそう信じています。
最後に歴史的なツッコミをさせてください。
相楽総三のような豪農層と、ウシのような貧農層では、生活も価値観も大きく異なります。
繰り返しますが、相楽も、天狗党とつるんでいた渋沢栄一も、大義のためならウシたちのような連中を殺す側。
『青天を衝け』で博多華丸さんが演じた西郷隆盛がノホホンとしていて、それを渋沢が褒める場面がありましたが、あれはどう考えたって筋違い。
一連の戊辰戦争だって、南北戦争で余った武器で一儲けしたいというイギリスの思惑に五代友厚らが乗っかったものです。
その五代友厚と渋沢栄一がバディのような描き方をされていたのが『青天を衝け』です。
堅苦しく考えるなよ、エンタメなんだから……では済まされない。
済まされるのだとしたら歴史を学ぶということは一体何のためなのか。
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ゆえにこういう記事は、ちょっと突っ込ませてください。
◆『いちげき』がもたらす新年を照らすエネルギー 時代劇にハマる染谷将太×町田啓太に注目(→link)
以下の部分に注目です。
大河経験者コンビが演じるウシとイチが抱くのは、侍に対する強い劣等感、身分の差。
『青天を衝け』にも通ずるウシたちの不屈の精神は、新年に明日を生きるエネルギーをくれるはずだ。
渋沢とウシたちに通じるものなんてねえべした!
なすてそっだこど言うだ!
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