鵜沼城から小牧山城へやってきた大沢次郎左衛門。
しかし、毒塗りの苦無(くない)を大沢次郎左衛門の従者が持っていたことが発覚し、織田信長は冷酷に言い渡します。
「残念の極みじゃ、始末せよ」
一体どうなってしまうのか。
斎藤龍興が仕込んだ罠だ!
大沢次郎左衛門が処刑されたりすれば、兄の秀吉が殺されてしまう。
弟の秀長(小一郎)は必死に嘆願します。
「大沢次郎左衛門はそんなことをしません!お調べください!」
「こやつの二心を見抜けなかったのは猿の自業自得じゃ!」
どこまでも冷酷な信長に対し、もはや打つ手無しかと思いきや、秀長はこう切り出しました。
「斎藤龍興が仕込んだ罠にございます!ここで二人を殺せば、信長様の評判が下がり、今後の調略はうまくいかず、それが敵の狙いかもしれません!」
確かにそれはごもっともでしょう。
いったい信長は、なぜそんなにも大沢次郎左衛門の殺害を急ぐのか、解せません。
仮に、大沢次郎左衛門を信用できなかったとしても、いったんは身内にして取り込んでおき、鵜沼城を支配下に置いてから理由をつけて殺すのが一番得ではありませんか?
最初から怒鳴り続けるのではなく、表向きはニコニコとしながら信用させて、静かに始末すればよいだけでしょう。
ともかく「吟味してくだされ!」という秀長の訴えは通り、一日の猶予がもらえました。
しかし、たった一日では無理ゲーじゃろて……。
一人冷静な大沢次郎左衛門
それにしても織田家臣団が集い、大沢次郎左衛門を追い詰めていく様は、見ていて心苦しいものがあります。
何が?って、基本、全員で怒鳴り合っているんですよね。
ゴジラに使われそうなBGMを背景に、柴田勝家が「お前みたいな(身分の低い)者が発言するんじゃねぇ!」と秀長に凄めば、丹羽長秀が「証拠あんのかぁ!」と続く。
もっと静かに淡々と、知力でもって説得してほしい。
怒鳴るにしても、一辺倒ではなく、強弱をつけて欲しいのです。
でないと、あの場で最も賢く見えるのが大沢次郎左衛門で良いのか?という疑問が湧いてきます。
実際、その夜、秀長に「ようワシを庇ってくれた」と礼を述べると、「苦無を仕込むぐらいなら堂々と戦っておるわ」と、次郎左衛門が冷静な人徳者で格好いいんですよね。

毒塗り苦無など仕込んでないのでしょう。
仕込んだところで信長暗殺が上手くいくとは思えない。
だとすれば、次郎左衛門のハラワタは相当煮えくり返っているはずなのに、淡々としていて偉いよなぁ。もう、信長様より次郎左衛門様についていきたいです!
それにしても毒塗り苦無は誰が仕込んだのでしょうか。
成政と利家は大沢の仕業と一点張り
「苦無を見つけたときの状況を教えてください!」
秀長が、前田利家と佐々成政に調査をします。
荷物の検分を行ったのはこの二人だそうで。
その二人が「とにかく大沢次郎左衛門がやった!」の一点張りなのですから、余計にあやしく感じます。
そんな塩対応せず、本当に秀長を騙したいなら、親身になるフリをした方がよいでしょう。
「一緒に真犯人を探そう」とか言って、長い時間、手伝っている様子を見せながら時間稼ぎをして、諦めさせたほうが良い。
それを、のっけから「知らん!」と強く否定するもんだから、余計に「アナタたちは何か隠しているのでは?」としか思えず……いやはや本当にそうでした!
あさひの夫が小牧山城で見たそうです。
小一郎の着替えを運んだときに、佐々成政が苦無を仕込むのをたまたま見かけたそうで……なんじゃそりゃ! どうやって見たんだよぉおおおおおおおお!
一介の農民に犯行現場を見られてしまう佐々成政。
それなのに小一郎に対して「黒母衣衆筆頭のワシが」と刀を抜き、斬りかかります。
もしかして“黒母衣衆”言いたいだけか……と突っ込むのは野暮ですかね。
黒母衣衆、かっこええもんなぁ。入りたいわ。
👉️参考記事「信長のエリート馬廻衆・黒母衣衆と赤母衣衆」
成政と小一郎が、派手に立ち回りをしていると、信長がやってきました。
「このタワケどもがぁあ!」
またもや怒鳴り声を上げながら、小一郎を蹴飛ばし、成政には席を外させます。
そして説明を始めるのですが、どうも信長は、大沢次郎左衛門を信頼できない、自分に似ているから虫唾が走るそうです。
さらには鮎を食べながら「だって、あいつ、今まさに龍興を裏切ってんじゃん!」と続けるではありませんか。

信長様、しかし、それを言ったらすべての調略ができなくなってしまいますぞ。
今後の美濃攻略も、美濃三人衆を寝返りさせるから稲葉山城を陥落できるわけで。
本作の信長が安心して他国を制圧するには、調略は一切無し、すべて合戦でねじ伏せていかねばならないことになってしまいます。もちろん投降してくる将兵は全員許さない。
秀吉の得意技、完全封印で……信長様、やはりそれは無理ですって!
なんだか現場の苦労を知らずに次から次へ無理難題を吹っ掛けるボンボン社長のようで、小一郎でなくても泣きたくなってきます……。
信勝のトラウマがデカすぎたんか
それにしても、なぜ信長はああも怒鳴り声をあげ、人が離れていきそうな冷酷なことばかりするのか。
秀長が、妹のお市に理由を聞くと、弟・織田信勝のことを話し始めました。
かつては仲の良い兄弟だった二人。
それが永禄元年(1558年)に二度目の謀反を企んだため、誅殺していました。
柴田勝家に背後から斬らせていたシーンですね。

しかし一度目の謀反では、他ならぬ柴田勝家や林秀貞も信長を裏切り、戦っています(稲生の戦い)。
信勝は、その後、すぐにまた二度目の裏切りを画策したので誅殺されたわけですが、信長の“裏切り許さない理論”だと、勝家も秀貞もとても重臣扱いできないはず。
桶狭間のときも、佐久間盛重が裏切ろうとしていたし、本作の信長はとにかく誰も信じられず、今後、豊臣兄弟によって傷ついた心が癒やされていくのかもしれませんね。
ちなみに史実の盛重は、砦を守るために戦死していて、裏切ったような雰囲気はありません。
なお、信長には男11人、女14人とも言われる数多のきょうだいがいたとされ、そのうち同母弟は信勝・秀孝・信包の三人です。
信勝とは歳も近く、本作では昔は仲良かった設定。
しかし、だからなのか、お市は「何もできず、すまぬ」と一言。
正妻の帰蝶(濃姫)を差し置いて、あれだけ信長の側にいるんだから、もう少し頑張ってよ!と思うのは間違っているでしょうか。
最初から信長が仕込んでいた
翌日、再び大沢次郎左衛門が引き出されます。
毒塗り苦無を仕込んだのが信長本人なのですから、もう、どうにもできないでしょう。殺すの一択です。
しかし秀長は前田利家から聞いていました。
鵜沼城の攻略がうまくいくにせよ失敗するにせよ、最初から大沢次郎左衛門は殺す予定であった。それを秀吉に告げたところ、「信長様を信じる!」として調略に向かったことを。
利家も苦しそうな顔をしていて……そりゃそうですわな。
信長は、秀吉が殺されても知らんがなというスタンスですから、もしも次に利家が調略を命じられたとき、どんな気分になるのか。
一体この作品の三英傑たちはどうしちゃったのでしょう。
家康も、秀吉から出世の秘訣を聞かれてテキトーに答え、石川数正に「全部反対のことを教えてやったわwww」と爆笑していました。
秀吉も、何かあればすぐに秀長の責任にしようとする。
もう辛いっす……。
とりあえず、秀長、がんばれよ……じゃないと、直もどっか行っちまいそうだぞ。
※ちなみに白石聖さんと仲野太賀さんのトークライブが3/21に岐阜県庁で開催されますので、興味をお持ちの方はご確認を
いずれにせよ信長の「大沢を殺す」という強硬姿勢は変わらず、ついに秀長は信長に向かって言い放ちます。
「兄者はすべて承知しておりました。殿のことを信じておりました。そういう家臣をアナタは失いますぞ! こたびのことで私はアナタ様のことが大嫌いになりました!」
いいぞ、小一郎、もっと言ったれ。
そして小一郎は大沢に刀を渡し、自分を斬ろと訴えます。
大沢次郎左衛門は、小一郎の腰刀を取って自らの髪を掴むと、そのまま切り落とすのでした。
「私は出家して領地も家臣も差し出します。どうかそれでお許しください」
さすがにここまで言われて、秀長を斬れる者などいないでしょう。では、信長は何と答えるのか。
「相わかった!!」
最後はアッサリかーい!
ともかく秀吉の命は助けられました。
大沢の一件が終わり、その夜、お市と話をする信長。
「兄を見殺しにしてのし上がろうとする(小一郎の)姿が見たかった」
そう強がりながら、兄を見捨てなかった弟に満足したような様子です。
というか現実にいませんよね。
あの場面で「殿、兄者には死んでもらい、私が侍大将になりましょう!」とか言えるやつ。
もしも秀長がそう開き直っていたら、信長のトラウマはさらに悪化していたでしょう。
そう考えたら、これも秀長の功績なんですかね。
秀吉は帰宅後、寧々に言います。
「わしと夫婦になってくだされ!」
いよいよ二人が夫婦になります。
大沢次郎左衛門はこれで終わり?
美濃の本拠地・稲葉山城への攻略を本格化させる織田信長。
柴田勝家を呼び出し「次は犬山城じゃ!」と説明していましたが、もしかしたらモヤモヤされた方もいらっしゃったと思います。
というのも、城の位置を北から単純化して並べると以下のようになるからです。
美濃・稲葉山城
│
東美濃・鵜沼城
│
木曽川
│
尾張・犬山城
│
尾張・小牧山城
│
尾張・清須城
信長が南から順に北へ向かえば、小牧山城の次に犬山城へ攻め込み、それから木曽川を越えて鵜沼城へ向かうほうがどう見たって自然です。
『信長公記』からしても、永禄七年(1564年)に犬山城、そして永禄八年(1565年)に鵜沼城攻略と読むほうが無理はありません。
秀吉が初めて一次史料に登場するのも永禄八年のことで、国境エリアでの調略活動でした。
ではなぜ、美濃の鵜沼城を落としてから、尾張に戻って犬山城を攻略することになるのか?
身長2m20cmとも伝わる大沢次郎左衛門のキャラを活かしながら、『太閤記』に記された秀吉の好感度エピソードに注目したためでしょう。
第1~2回で秀長の出仕。
第3~4回で桶狭間の戦い。
第5~6回で鵜沼城攻略。
そして次週以降の第7~8回が墨俣城という「2回の放送で一つのお話」という流れを予感させます。
「んなこと、どうでも良くない?」
はい、そう言われれば返す言葉はありませんし、実際、それで面白ければ問題はないのでしょう。
鵜沼城の大沢次郎左衛門は真っ当な人物で、松尾諭さんにはまり役だったと感じます。カッコ良かった。
唯一の疑問は「石礫の投げ方、あれで人を殺せるのか?」ぐらいでしょうか。

野球経験者の方が見たら、これまたモヤモヤする場面だったと思いますが、実は大沢次郎左衛門にはまだドラマ登場の機会が残されています。
将来、豊臣秀次(姉ともの実子)に仕えることになるんです!
ただし、必ずしもハッピーとは言えず……詳細は別記事「大沢次郎左衛門の生涯」をご覧くだされ。
◆『豊臣兄弟』総合ガイド|秀吉と秀長の生涯・家臣団・政権運営等の解説
参考書籍
太田 牛一/中川太古『信長公記』(2013年10月 KADOKAWA)
岡田正人『織田信長総合事典』(1999年9月 雄山閣)
谷口克広『織田信長家臣人名辞典』(2010年10月 吉川弘文館)

