こんばんは、武者震之助です。
その生涯が謎につつまれ、そもそも文書すらろくに残っていない、井伊直虎。
そんな彼女が確実に関わっているのが今回の徳政令の話で、どの直虎本にも記載されています。
が、しかし。
徳政令を出すか出さないかなんて地味、そんなことをドラマにして盛り上がるんだろうか。
他の主人公なら合戦や事件があるのに、徳政令ねえ……と思っていました。
それを如何にして盛り上げるのか。今年の制作陣の見せ所でもあります。さあ、今週はハラハラドキドキで徳政令を迎えましょう!
【TOP画像】
『おんな城主 直虎 完全版 第壱集 [Blu-ray]』(→amazon)
今川家からの徳政令が通れば小野の支配下となる!?
瀬戸・祝田両村の百姓たちが、蜂前神社の禰宜を通して今川家に直接徳政令を願い出ました。
つまり、領民たちが井伊ではなく今川に属したいということです。
わかりやすい案内図付きでこの構造が説明されます。
そうなったらば今川家は意のままに動く小野政次に、両村の管理を任せることでしょう。瀬戸方久は、民の意向を隠れ蓑にした、小野政次による御家のっとりの策では、と見抜きます。
ここでOPです。クレジットの名前が百姓ばかりです。
そのころ、小野政次、奥山六左衛門、中野直之の三人が、しのとなつの奥山姉妹と新井三姉妹の元を訪れて忌ました。
両村を化粧領としている姉妹たちは、直虎が話もなく勝手に瀬戸方久に与えたことに不快感を示します。
「化粧領」という言葉が出てくるのも、自分の領土とその所有権をきっちり主張する女性が出てくるのも、かなり珍しいことだと思います。
戦国の女性は、自分の主張をきっちりと通します。
戦国時代は人間関係の上下が入れ替わる時代でした。
家臣が主君を乗り越える下剋上は想像しやすいのですが、女性と男性の上下が入れ替わりうる状況というのはあまり描かれてきませんでした。
江戸期は上下の入れ替わりを絶対にさせないようにすることが重視されてきました。
家臣は主君に、女性は男性に逆らうべきではないという社会です。
そうなる前のこの時代は、女性も財産を管理し、自分の主張を男性相手にも通すのです。
本作の女性たちは、男性を支える良妻賢母としてだけではなく、自分の権利も主張もきっぱりと通す戦国女性らしさがあります。
前作のように、敢えて女性たちを規範からはみださせて個性を持たせているわけではなく、戦国女性としての規範をあてはめた結果、力強くなっているのが今作の女性たちだと思います。
女に任せるぐらいなら、問題あっても男の方がマシ!
自分を虎松の後見にすれば、両村を取り戻せる――。
そう小野政次に持ちかけられた中野直之はノリノリです。
父の代では、執拗なまでに小野政直・政次親子を警戒していたのに、今ではすっかり豹変。
「あの女に任せるくらいなら、問題はあっても男に任せるほうがマシ」
そんな態度です。
こういう態度って、現実社会でもよく見るリアルだと思います。
昨年秋のアメリカ大統領選挙でも「あんな嫌な女に入れるくらいなら、多少問題はあってもあの男に入れる」とコメントしている人をニュースで見かけましたね。
直之は知るよしもありませんが、政次は今川家臣とも談合し、直虎を追い詰める策を練っているわけなんですけれどもね。
直虎と方久は徳政令をはねのけるための策を練り、南渓に相談。
昊天は「これを実行したら今川は激怒するのでは」と懸念します。『仮名目録』を使った策のようですが、何をするつもりでしょうか。
ますますオラつく中野直之は直虎に反発し、虎松の後見を政次に任せるべきだとまで言い出します。
そこへ政次が書状を手にしてやって来て、自分が徳政令騒ぎを解決したら両村を取り戻し、奥山・新野姉妹に返すと言います。
政次、直之、六左衛門が勝手に話を進めていたことに怒る直虎。政次が手にしていた書状は、今川からの徳政令発布を正式に促すものでした。
ここで方久が「いやあ、いきなり預かるのも何ですからね。両村を龍潭寺に寄進してしまいました」と言い出します。
寺領は「守護不入」と『仮名目録』に定められていると言い出す直虎です。
寺はアジール 守護とて手を出せない聖域なり
政次が奥山朝利を斬ってしまった時、龍潭寺の直虎の元に逃げ込んで来ました(第10回)。
-

『おんな城主 直虎』感想レビュー第10回「走れ竜宮小僧」 ブレイク!高橋一生さんの小野政次
続きを見る
その時「寺はアジールだから、追っ手から逃れるために逃げ込んだのでは」とこの感想で書きました。
このように、犯罪捜査や徴税のために領主が寺に手出しできないのが「守護不入」です。
直虎は出家していたから世情に疎いと言われていますが、むしろ寺の力を最大限に使いこなしており、出家経験がプラスに作用しています。
今川家の命令をはねのけるわけではないが、事情があってできないのだ。と見え透いた言い訳をする直虎。
昨年、真田昌幸が得意としていた「見え見えのシラを切る」スキルを習得しました。
井伊家の面々が当主はじめできなかったことを、直虎はやってのけます。
領主となってからの直虎は力をぐんぐんと伸ばしています。努力と工夫に裏打ちされたレベルアップなので納得できるでしょう。
この策が痛快なのは、寿桂尼が作ったとも言われている今川家の『仮名目録』を使っているところです。
今川の策を、今川の法でもってはねのけているわけです。
しかし直之は直虎に怒り狂い、主君に怒鳴り散らします。
さらには「なんでそんなに方久をチヤホヤするんだよ? おまえらデキてんじゃねえの」とセクハラまでかまします。
なんつーか、こういうセクハラ描写が妙にリアルですよね。女性リーダーが直面する問題あるあるです。
直虎は直之に、今の「金もない、人もない井伊家には方久のような才覚が必要だ」と言い返します。
低劣なセクハラに対してきっちり理屈で反論するところに、彼女の誠意と聡明さを感じます。
六左衛門はその言葉に何か思うところがあるようです。
憎々しい態度で去る直之に、直虎は怒りを爆発させ「この前まで小野を排除しろと行ってきたのに、掌を返しおって!」と叫び声をあげるのでした。
今週は領主から百姓まで、マッドマックス
一方、小野政次は、蜂前神社の禰宜をあやつり、策をさらに進めます。
見るからにただ者ではない雰囲気の禰宜。
紀行でも説明されますが、史実においても禰宜が井伊谷の経済まで操る力があったというのですから、驚かされます。
識字率が低い時代において、知識豊富で読み書きができる僧侶や神職は、現代人が想像するよりはるかに力を持っていたのでしょう。
両村の百姓を前に「強欲な領主と商人のせいで、徳政令が反故にされた。一計を案じおったのだ、そなたらは方久に売られたのじゃ」と煽る禰宜。
百姓たちは怒り狂います。
今週は領主から百姓まで、マッドマックス(英語で怒りが最大値という意味)です。怒りに燃えた百姓は、方久の屋敷を強襲、壁を壊して方久をとらえます。
ドン……!
ドン、ドンッ!
と、壁を壊す場面に迫力があって、戦国時代の百姓が持つパワーを感じさせますね。
直虎は徹夜で文書とにらみあい、窮状打開策を考えています。
心配して様子を見に来た母の佑椿尼に、直虎は奥山・新野姉妹に母上の化粧領を与えたいと言います。
当主母の化粧領ぐらいしか余っていないという井伊家の辛い台所事情がわかります。
そこへ方久の使用人である辰が駆け込んできて、主人が誘拐されたと助けを求めてきます。
百姓が託したという、たどたどしい書状を読む直虎。蜂前神社で徳政令の撤回をしなければ、方久の命はないという脅迫状です。
佑椿尼が「百姓にしては頭が回りますね」と黒幕がいることを示唆します。
今回ほぼ怒りっぱなしの直虎は、瀬戸村まで一人で足を運びます。
しかし村はもぬけの殻。留守を守る六左衛門は、直虎を気に掛けている様子です。
傑山に「一緒に行くか」と誘われますが、中野直之に確認をしなければ決断できない、気の弱い六左衛門。
直之は「女のくせにしゃしゃりでるからだ」と素っ気ない返事です。直之のこのセクハラ体質がやっぱりリアルなんですね。
蜂前神社には筆記用具一式……「手回しのいいこと」
直虎は両村を歩き回りましたが、誰もいません。
村を捨てるという百姓の抗議行動「逃散」にあったのです。
この時代の百姓は、自分たちが農業生産の技術を持つ集団だと自覚しています。逃げることで領主に打撃を与えられると理解しているのです。
戦国の百姓は、無力ではありません。
雨が降り出す中、無力感にうちひしがれた直虎は、蜂前神社に向かいます。その背を見送る、新井美羽さん扮する竜宮小僧らしき姿。鈴の音が響きます。
噂では語られても姿を見せない竜宮小僧が見えたわけです。
この竜宮小僧を、直虎の少女時代を演じた新井美羽さんが扮しているというのは面白いと思います。
超常現象ではなく、竜宮小僧として人々を助けようと決意し、奔走していた直虎の経験値が今の彼女自身を助けているという解釈もできるかもしれません。
蜂前神社には、筆記用具一式が揃っていました。禰宜が用意したのでしょう。
直虎は「手回しのいいこと」とつぶやくと筆を執り、徳政令を発布すると書状を書き始めます。
脳裏には直虎にきつい言葉を吐いた政次や直之の顔が浮かびます。
無念を押し殺し、筆を握る直虎。そこで鈴の音が響き、風がふきつけます。す
ると神社の床を一匹の亀が這い出します。
竜宮小僧がはなったかのようにも思える存在です。いきなり亀がいる、田舎の家では割とある現象ではあります。
この超常現象か、偶然か、わからないような演出がなかなか面白いです。
「お前、どこから……」
亀は意志を持つかのように動き、直虎の書く書状の上にのります。
直虎はどけようとしますが、「亀」と口にしたことで亀之丞、つまりは直親を思い出すのでした。
「これは違うか、亀。我も違うと思う」
直虎はそう言うと筆を置き、書状を書くのをやめてその場を去ります。
百姓たちは亀を見て去って行った領主は一体何なのか、と不思議がります。
田植えを進める直虎の前に村人たちが現れて
直虎は瀬戸村に向かうと、あるものを発見します。それは苗代で成長しきって、田植えを待つばかりの稲の苗でした。
ここで助けに駆けつけた傑山と合流。直虎は「これから瀬戸村を取り返す」と宣言します。
田植えの時期というのがポイント。
これ以上苗が育つと田に根付かなくなり、稲が育たなくなります。それは百姓にとっては生死をも左右する事態だと読んだ直虎は、必ず村人は帰ってくるはずだと確信します。
直虎の読み通り、百姓は今回の行動を命がけで行っているのです。
もしここで苗が伸びすぎて米の収穫高が激減したら、餓死者が出るか、借金がますますふくらむか、破滅的な事態に陥りかねません。
企みが失敗したら、怒った直虎が百姓を処刑する可能性もあります。

今週は誰も死なないし、血が一滴も流れません。
しかし、実は今川に背く直虎も、直虎に背く百姓も、己の命を賭けたやりとりをしているのです。
戦場で名誉とともに散るよりもむごたらしい、不名誉な処刑すらありえる中、彼らは命を賭して困難に立ち向かっています。
神社に隠れた百姓たちは今後について話し合います。不退転の決意の者もいますが、やはり苗が気になる者もいました。
政次は、禰宜から直虎が書状を書かずに戻ってしまったと報告を受けます。
2~3日、百姓が粘れば良いと答える政次。直虎VS政次、勝つのはどちらでしょうか。
その夜、直虎は僧や民の力を借りて、瀬戸村で月明かりと松明を頼りに田植えを始めたのでした。
その様子を知った瀬戸村の百姓たちは、村に引き返します。領主自ら田植えをする姿に衝撃を受ける百姓たち。六左衛門もその様子を見守ります。
直虎は百姓に気づき声を掛けますが、百姓は「この程度でほだされると思うなよ!」と反発します。
直虎はここで、自らの狙いを丁寧に説明します。
方久が領土とすることで借金の返済を止め、さらに村を開発することで収穫高を増やすというものです。
目先の徳政令より長い目で見たらば、得となる政策を信じて欲しいと説得する直虎。直虎の誠意と熱意に百姓も納得し、徐々に信頼関係が生まれていきます。
その体当たりの姿勢に共感した六左衛門も感動!

直虎はここで禅語を引用します。
「清風払明月、明月払清風」
清らかな風は、それだけでも心地よい。明るく輝く月はそれだけでも美しい。そのふたつの素晴らしいものが、互いに主となったり、客となったりしながら、より一層清らかな美しさをきわめてゆきましょう、という教えです。
領主と民の間の、美しい信頼関係がそこにはあります。
「厄介ですぞ、ああいう手合いは」「知っておる、昔から」
領主と民が信頼しあう国作りを説く直虎に百姓は納得。
辛い暮らしの中で見えた一筋の光に甚兵衛は、感激のあまり直虎にひれふします。
甚兵衛のリアクションが派手に思えるのですが、ここは直虎の長所が生かされているところなのです。
徳の高い説話ができ、教養があるという、元僧侶である経歴がプラスに作用しています。
それだけではなく、直虎は竜宮小僧として幼い頃から人を助ける生活をしてきました。誰かのために奔走したい、尽くしたい、そんな精神が根底にあるのです。
その磨きあげられた誠意が相手に通じるわけです。
領主となる前の直虎は、誰かを助けたいと思い奔走しながらも、かなわないと何度も嘆いていました。
それが領主となることで、人を救う力を手にしたわけです。直虎は他の人も救うだけではなく、自分自身を救う力も手に入れたのです。
六左衛門も感服し、転んで泥だらけになりながらも直虎に駆け寄ります。
武術や馬に乗ることすら苦手で父にあきれられたほどだけれども、せめてこれからは田植えだけは覚えたい、涙ながらにそう語るのでした。
武門の家、しかも武力こそ尊ばれる井伊家において、彼のように心やさしく、武勇には劣る男は、肩身が狭かったことでしょう。
どこか疎外感を感じていた彼にとって、出家の身であり女であり、つまはじきにされながらも努力を重ねる直虎に共感を覚えたのではないでしょうか。直虎は民の心と、忠臣を得ました。
この一部始終を隠れて見ていた政次と禰宜。
「民の心もつかみましたな。厄介でございますぞ、ああいう手合いは」と言う禰宜に対して政次は、「知っておる、昔から」そうつぶやくのでした。
暗闇の中で、政次の表情は一瞬昔の「鶴」と呼ばれていた頃のものに戻ります。
そういう彼女の性格を知っていて、心惹かれても、相手は直親しか見ていないからかなうわけもない。戻りたいのに戻れない時代を思い出し、苦く哀しい気持ちになっている。そういう心の動きが声と表情に出ていました。
大げさに表情を変える訳ではないのですが、そこをちゃんと出せる高橋一生さんの演技力がまたも光ります。
超ヤバイ、寿桂尼様からのお呼び出し
翌朝、田植えのあと直虎が百姓に要望を尋ね、直虎は文字を教えることを約束するのでした。ここにも寺暮らしの経歴が生きてきます。
新野姉妹には佑椿尼の化粧料を、しのには川名村の一部を与えると約束します。
しかし、しのは、直親との思い出の詰まった祝田でなければ嫌、そうでなければ虎松の後見とは認めないと言い張るのでした。
なつが理屈ではないので、と姉をフォローしますが、どうなることでしょうか。
しのはじめ、女性たちは自分たちの「化粧領」のことばかりを気にしていて、そこに暮らす百姓の暮らしにはあまり関心がないように思えます。
ある意味仕方ないこととはいえますが、この他の女性たちとは異なる直虎の姿勢が、彼女の立ち位置や性格を際立たせているように思えます。
直虎は南渓にこの顛末を説明します。
亀を放ったのは竜宮小僧ではないかと言う南渓に「そうならばまた助けて欲しい。一番厄介なことがまだ残っている」とこぼす直虎です。
「今川家に対してどう弁明するか」
一番厄介なこととは、自身の進退や命のかかった、確かに大ピンチな局面であります。
政次は駿府の今川館に参ります。
寿桂尼は「出家していた女ごときにだしぬかれるとは」と政次を叱咤します。
ここで「あなたも出家している女でしょ」と突っ込みたくなりますが、「私以外にそんなことができる者がいるとは」という警戒心のあらわれかもしれません。
寿桂尼は直虎を認め、捨て置けぬ敵と認識したのではないでしょうか。
寿桂尼は二度も命令に背くとは謀叛かもしれない、直虎を駿府に来させるようにと言い渡します、
政次は焦ります。
政次は本当に悪に染まり闇に墜ちたのか?
そう見えますが、時折、垣間見える表情からそうではないとわかります。
今週さんざん直虎を妨害してきたのは、今川に逆らうことで直虎が呼び出されないようにしてきたのではないかと、視聴者に気づかせます。
憎まれ役になって、敢えて立ちふさがることで、盾となって愛する人を守っている、それが小野政次という哀しい男なのだと、高橋一生さんが目で語ります。
『ハリー・ポッター』シリーズにおけるセブルス・スネイプを連想した人もいることでしょう。
人を救うことで自分自身をも救う直虎。
最愛の人を救うことは、自分自身の意に背き苦しむ道が待っている小野政次。この二人が物語を引っ張ってゆきます。
MVP:瀬戸・祝田の百姓たち
一人にはしぼれないのでまとめました。
彼らのキャラクターよりも、集団としての「百姓」の力を描いています。
瀬戸方久の屋敷の壁をブチ抜き誘拐し、慣れない字を書き、命を賭けて生存のために奮闘する彼らもまた、戦国の世を作りあげた人々です。
彼らの名は残らないし、小さな存在かもしれません。
しかし、そういう無名の人々こそが、私たちが生きてきた歴史を形作ってきたのです……って、『タイムスクープハンター』を締めるナレーションのような感想を抱きました。
今年こそ大河とコラボして欲しいですね。
総評
昨年の村資源をめぐる小競り合いや、鉄火起請の回で『タイムスクープハンター』のようと書いた記憶があります。
今週はまさしく、もう何もかもが『タイムスクープハンター』のような回でした。
大河ドラマ作りに、NHKが制作している気鋭の歴史番組が影響を与えているというのは、実に素晴らしいことだと思います。
あの番組は歴史の中に埋もれてしまうような事件でも、きっちりと面白く描くことができると示したわけです。
むしろ逸話が豊富な人物であったらば一回まるごと徳政令なんてことは出来ないわけで、史料が少ないことを逆手にとった巧みさが光る回であったと思います。
逸話が少ないからこそ、その時代の価値観に向き合うことができるわけです。
このあたりは昨年における鉄火起請回を参考にしているのかもしれません。
「徳政令」
「化粧領」
「守護不入」
「逃散」
このような、まさに中世ニッポンど真ん中!という単語がポンポンと出てきて、ドラマの中に組み込まれているってすごいことじゃないですか。
逸話をなぞるよりも遙かに難しいですよ。中世社会の仕組みを理解していなければできないことです。今年はものすごく高度なことに挑んでいます。
今週は竜宮小僧と謎の亀が出てきました。甚兵衛や百姓たちのリアクションも大げさだと思うかもしれません。
しかし今年の場合、奇跡や主人公補正は、それがなければクリアできない難易度です。
全体的に厳しすぎるので、このくらいのボーナスはむしろ必要かと思います。やたらと難しいRPGに実装された「強くてニューゲーム」システムみたいなものですね。
1/4時点の総評で、今年のテーマは現在にぴったり合致していると書いたのですが、今回を見てますますその確信を強くしました。
『風林火山』を見返していると、とても面白いのですが、百姓たちは弱く、ヒロインも守られる立場で、何人かは運命の犠牲となる運命にあります。
主人公は農民になれと言われても名誉と出世を求めて、仕官しようと躍起になります。
それはそれで物語として面白いのは確かです。
ただ、今年とはあきらかに違います。
直虎も今週の百姓たちも、『風林火山』の山本 勘助が求めるような戦での名誉や武士としての誇りとはほど遠い存在です。
しかし彼らは力強く、彼ら自身の人生を生き抜いています。彼らなりに命を賭けて生きています。
そこが2007年と2017年との違いだと思いました。
無力とみなされていた存在にも力があり、物語があるのです。そこがここ十年間の変化であり、その変化の一因に前述した『タイムスクープハンター』もあるのかと思います。あの番組そのものももちろん影響していますが、あの番組を面白がる視聴者も影響を与えているでしょう。

研究者だけではなく、一般人が楽しむ歴史の像もまた、変化しています。その変化をすくいとったのが今年です。
これは声を大にして絶叫したいのですが、今年は、ものすごく新しい実験精神でもって、むしろ五年先を突き進むくらいすごいことをしています。
偉大な挑戦なんですよ!
軌道修正しろとか、スイーツ大河だとか、そういう評価も見かけますけど、見かけたら私はいちいち全否定したいほどの気持ちです。
このまま突き進んでください!
一歩一歩が偉大な歩みなんですから、と私は本作に関わる全ての人に言いたいです。
先進性といえば、今年の大河は今年のディズニー映画ともぴったりほぼ歩調を揃えているのも凄いと思います。
二年前、『花燃ゆ』のヒロイン姉妹について、『アナと雪の女王』で姉妹同士の愛情や助け合いを描いて大ヒットしたのに、なんで大河では姉妹を薄っぺらく対立させるのかと書いた記憶があります。
2017年のディズニーヒロインは、『モアナ』です。
小さな島の、村長に生まれたヒロインが、村の人々を救うため大海に冒険に出る話です。
モアナは旅に出ることで村を救うのですが、その旅の過程で自分自身も成長し、冒険心を満たすことで彼女自身も救われるのです。
誰かのために奮闘することで、自分自身をも救う、井伊直虎もそうだと思います。
『花燃ゆ』のヒロインは愛する人と結ばれて、その子を産み育てることこそ女にとって最高の幸せだと信じていましたが、もうそんな古くさい規範にかまってはいられません。
昨年のきりのように愛する人を叱咤激励するのも、彼女にとっての幸福です。
今年の井伊直虎のように、人を救い、その過程において自分自身が救われるのだって、彼女にとっての幸福です。
2017年、皆それぞれのやり方で幸せになればいいじゃないですか。
二章が始まって二話目の今週、声を最大限に張り上げて言いたいです。
今年は中世戦国の実情に、2017年のヒロインらしさをずばりと射貫いて突きつける、ものすごい作品だと。
迷いつつ評価してきた本作ですが、もう迷いません。今年の大河は刮目して見るべきです。
同じように思う方は、是非激励のご意見をNHKさん(→link)お送りいただければと思います。
このまま本作を突き進めるためにも、是非ご検討ください。
あわせて読みたい関連記事
-

井伊直虎の生涯|今川家や武田家などの強国に翻弄された女城主の生き様
続きを見る
-

井伊直政の生涯|武田の赤備えを継いだ井伊家の跡取り 四天王までの過酷な道のり
続きを見る
-

徳川家康の生涯|信長と秀吉の下で歩んだ艱難辛苦の75年を史実で振り返る
続きを見る
-

本多忠勝の生涯|家康を天下人にした“戦国最強武将”注目エピソード5選とは?
続きを見る
-

榊原康政の生涯|秀吉に10万石の賞金首とされた“徳川四天王”の生き様とは?
続きを見る
絵:霜月けい
【TOP画像】
『おんな城主 直虎 完全版 第壱集 [Blu-ray]』(→amazon)
【参考】
NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』公式サイト(→link)


















