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イラスト/富永商太

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豊臣秀吉の虚像には庶民の願望が反映?『秀吉の虚像と実像』(著:堀 新)が秀逸

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歴史上の人物には実像と虚像があります。
どんな人物でも、その間には乖離があり、日本史上、最もこの乖離が激しい人物といえば、豊臣秀吉がその一人ではないでしょうか。

低い身分から関白へ、史上唯一の大出世。
江戸時代には徳川家によって貶められる一方、反徳川としてジワジワと庶民に人気が出て……と、四百年間の刻の中、毀誉褒貶を繰り返されてきました。

その間に、極めて実像がわかりにくくなってしまったのです。

いったい等身大の豊臣秀吉とは、いかなる人物であったのか。
その実像に迫りながら同時に虚像も分析したのが『秀吉の虚像と実像』です。

本書では、大げさに描かれた秀吉像が、いかなる経緯で脚色されたか?という点にも着目し、彼の死後400年の間に、どうやって虚像が変遷していったのか、という点にも着目しております。

秀吉の「虚像」は、時代や人々の願望を写す鏡でもありました。

絵・富永商太

 

生年の特定から立ちふさがる虚像の影

本書は「実像を分析してから虚像について述べる」という構成になっています。

歴史初心者にもわかりやすい書き方で、本編でおさまらないところは適宜コラムで補う親切仕様。
大変読みやすく、ワクワクさせられる一冊です。

が、秀吉の“虚像ストーリー”は相当根深く、いきなり生い立ちの実像に迫るところから虚像が割り込んできます。

まず生年の特定ですが、天文5年(1534)か天文6年(1535)の二説が提示されます。
証拠を見ていくと、どうやら後者であると思われてくるのですが、早い段階で前者も出てきます。

どうしてこうなるか。
天文5年は申年であるためということが分析されます。

「その方が太閤の生年としてはめでたいし、おもしろい。一年くらいの誤差は気にするなって」
とでも当時の人が思ったのだろうな……ということです。

秀吉の場合、かなり早い段階から「神話」の形成が始まっており、この積み上がった「神話」をかけわけて実像と虚像を分析するのが本書です。

虚像分析のおもしろさ――。
実像部分ももちろん読んでいて面白いのですが、虚像の分析が最大の読ませどころなのです。

 

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「虚像」に詰められた意図、そして願望

本書のおもしろさは、虚像の分析です。
その分析過程で、様々な思惑や狙いが見えて来ます。

青年期の秀吉像を比較すると、近世初期のものでは「信長の忠臣」としての姿を強調していたものが、幕末となると「信長もしのぐ才知」が語られるようになってきます。
前者には倫理観が反映されている一方で、後者はエンタメとしての面白さ重視になっているわけです。

例えば「墨俣一夜城」は、今となっては作り話として戦国ファンには有名かもしれません。

豊臣秀吉 伝説の墨俣一夜城が本当に伝説だった件について

これを本書では、「信長と秀吉という理想の君臣像が反映されている」と本書は分析。虚像であるということはわかったうえで、「それでは何故人々はそのような虚像を作り、愛してきたのか?」を考えていきます。

そこには、
【身分が低い家臣でも意見を述べれば採用してくれる】
という理想の上司像としての信長があります。
一兵士に過ぎない秀吉が出世したのは、部下の才能を見抜いて引き抜いた信長あってこそ!というワケですね。

現代にも理想のサラリーマン関係を描いた小説、漫画、テレビドラマは数多くあります。
ビシッともの申す主人公とそれに理解を示す上司。
ある意味、定番の人気キャラクターですが、その手のものは、実は古くからあり、元祖は太閤ものだったとも言えそうです。

 

賢夫人ねねと悪女淀、そして悲劇のヒロインたち

本書では秀吉本人だけではなく、彼の物語に登場するいわばヒロインであるねねと淀についても分析します。

実像については、実にあっさりとしたものです。
そこには家の都合に翻弄される二人の女性の像があります。

それが虚像ともなると、毒々しく色がつきはじめます。
ワイドショーやスポーツ新聞のような、どぎついゴシップめいた色です。
賢夫人というキャラクターが反映された寧々はまだしも、淀の像はよくもそこまでと思えるほど悪く描かれます。

蛇にイメージを重ね合わせ、淫乱で愚か、家を滅ぼす女性像。
そこには実像からかけ離れた、家を滅ぼす美しい悪女のイメージがあります。

興味深いのは、秀吉の場合は徳川幕府が滅びた後プラスイメージがふくらむのに、淀はそうではないという点です。
むしろ明治以降、淫乱さを強調されてゆきます。

これは明治時代にあった「妾」への蔑視があるのではないか、という分析しております。
鋭いと思います。
そして21世紀になった現在も、この蔑視から私たちは完全に出し切れていない部分があるのではないか、とも感じます。

イメージの変遷として取り上げられているのは、悲運の関白秀次です。
2016年大河ドラマ『真田丸』でも準拠した、秀次が突発的に切腹してしまった説を、本書では実像としています。
そうなると虚像は早い段階からふくれあがったわけです。
そこには政治的な意図、秀吉の行動を正当化する意図が見えてきます。

さらにおもしろいのが、秀次の死に殉じた妻妾たちが出てくる怪談を取り上げている点です。
とりわけ悲劇的な状況で亡くなった最上家の駒姫は、早い段階からヒロインとして選ばれていたことがわかります。

豊臣秀次の連座で死した美少女・駒姫 悲劇の一言では片付けられない最上家の深き愛情とは

 

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世相が反映される「文禄・慶長の役」

世相が反映されるといえば「文禄・慶長の役」です。

江戸時代は愛児鶴松の夭折に悲嘆するあまり、発作的に出兵をするという、不可解きわまりない狂気の発作のような扱いをされてきました。

ところが時代がくだるにつれ、水戸学の中で英雄的な壮挙とみなされるようになりました。

さらに幕末になると、ペリー来航以来の攘夷思想によって、ますますこの外征が評価されてゆくことになります。

そうなると、愛児の死をきっかけという動機も変わっていきます。
幕末を経て明治、大日本帝国の拡張期には、その版図拡大に先鞭を付けたものとして賞賛されました。

太平洋戦争の敗北後、こうした見方はまた消滅します。

最近、主にインターネット上で“文禄・慶長の役”は「アジアへの進出を狙っていたスペインを倒すためのものだった」という説が見られるようになりました。
史実根拠は極めて薄く、誰がそう書いているかの出典すらハッキリしません。これもまた現在の世相を反映し、願望がこめられた説なのでしょう。

歴史というのは結果が定まった過去のことであり、不変のものだと思われがちです。

しかし実際には、その当時の世相が求めた像が反映されます。

時代によって変わる秀吉やその周辺人物の像からは、そこに託された人々の願望がわかります。
語り継がれてゆく過程で、歴史というのは、人の願望や時代を写す鏡のようなものなのでしょう。

本書は秀逸な一冊です。
秀吉に関する歴史を学ぶだけではなく、どの歴史上の人物や事件にも「虚像」という鏡があると読者に知らしめています。

2016年の大河ドラマ『真田丸』では、秀吉の期待に応えられず押しつぶされる秀次像、家を守るストレスによって精神の均衡を失う淀の姿が描かれました。
彼らの背後には、強大で情け容赦ない秀吉がいました。
視聴者はそうした描き方に共感をおぼえ、現代人が直面するパワーハラスメントやストレス問題をそこに見いだしていました。

『真田丸』は、実像にかなり近づけて描いた作品です。
それだけではなく、現代人の心情をも反映した虚像の部分もありました。

その虚像という鏡に映されていたのは、パワハラ体質の上司やストレスに押しつぶされてあえぐ、21世紀の日本人の姿ではなかったでしょうか。
そんなことを本書を読み、感じたのでした。

文:小檜山青




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【参考】

 



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