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Ninja(忍者)が世界に普及したキッカケは1964年東京五輪ではないか

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Ninjaは1964東京五輪から
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韓流の元祖みたいな現象が

なお、こちらが当時の大瀬さんの写真(THE ENSOVAARI EMBASSYより引用)です。

Ninjyaブームの元祖は武士?

Ninjyaブームの元?

向こうからしたらエキゾチックで凛々しき若武者って印象を持ったのでしょう。

ちなみに、「隠密剣士」には意外な効果もありました。

オーストラリアの対日世論の変化です。

それまでの同国では、戦時中に北部で爆撃された事や、太平洋戦争で死闘を繰り広げたという経緯もあり、軍歴のある世代の間では非常に対日感情が悪かった。

そこへ現れた「隠密剣士」。

若年層への人気浸透という形でひっくり返してしまったのだそうです。

地元メディアの取材に対し、大瀬さんがシャイでユーモラスな受け答えをした事も、そうした傾向に拍車をかけたそうです。

THEY'RE A WEIRD MOB: the phenomenon in Australia(→link)によると、そうした態度は当時のティーンエイジの女性の間にも、人気を得る事となりました。

この方によると、地元の食品会社のScanlen社が大判のガムを作り、その中に「隠密剣士」のカードを入れるという商法を展開していたそうです。

さしずめ、カルビーの仮面ライダースナックって所でしょうか。えっ、例えが古すぎて分からない?

このガムのカード、全部で72種類作ったとの事ですから、当時の少年少女にしたら集めるのが大変。そもそも、そんなに沢山登場人物いたっけなぁという感じすらあります。

間違いも結構多かった、と、この方は嘆いてもいます。

例えば「松平定信」が忍者の頭目だと説明されるし、出てくるのが伊賀忍者や甲賀忍者なのに「根岸」の忍者だったり。根来との勘違いなのでしょうね、きっと。

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また、クリスマス商戦で、プラスチック製の刀や忍者の衣装が売りに出されたのは良かったものの、お値段が財布に優しくなかった。

しかも、黄色、赤、紫など色とりどり。そんな派手な刀、忍者が持ったら目立ちますよね〜。

どうも、元は白黒での放映だった所を、カードを作るに当たり、適当に着色したらしく、更なる誤解を生んだらしい。

ちなみに、番組には風魔小太郎も登場していたのですが、カードの陣羽織は紫色だったのですって。忍者の衣装も、さながらパジャマのようだったと、この方は書いておられます。

しかし、実物を知らないのが幸いしたのか。

子供達には大人気で、64年と翌年の大ヒット商品となったそうです。

五輪終了直後から大人気だった事が分かりますね。

味をしめたのか、今度は別の業者が玩具の手裏剣を売り始めるという展開もあり、しまいには、ケロッグのコマーシャルにまで忍者が登場する始末。

ここまで来ると大ヒットどころか凄まじい社会現象としか言いようがありません。

さて、察しの良い読者の皆様はお気づきでしょう。

何かに似ているって感じしますよね。

そう、一頃の韓流ブームにソックリ。

それまで必ずしも良くなかった韓国への世論が「冬のソナタ」のヒットを皮切りに様々な韓国ドラマが輸入・放映される事で一変しました。

ヨン様を大瀬さんに、日本のファンをオーストラリアの少年少女に置き換えると、スッポリ当てはまる図式ですよね。

まぁ、再び両国関係が悪化していて、正に歴史は繰り返すという感じですが。

 

一大ブームのその後は…

ウィキの英語版によると、隠密剣士はオーストラリアの他に、ニュージーランドとフィリピンでも放映され、それぞれ人気を博したそうです。

「地域限定的な人気にとどまった」とありますが、なぁに、初打席でこれだけディープなファン層を作り出したのだから大ホームランと言えましょう。

私は、これが海外で「Ninjaがビジュアル的な普及を促したキッカケ」だと思っておりますが、如何でしょうか?

大瀬さん自身は1970年代に入ってからは義父の願いもあって、俳優から実業家へと転身していきます。

オーストラリアでも、何度か再放送されたものの、徐々に保存状態が悪くなったせいもあって、次第にフェードアウトしていきます。

しかし、上記のTHEY'RE A WEIRD MOB: the phenomenon in Australiaによると、真珠の見本市のアトラクションに伊賀忍者や甲賀忍者を出演させたり、Iga NInjaという名前の競走馬が登場したりするなど、ある種の強烈な記憶として心に残ったようですね。

また、黒澤明監督の「影武者」が公開された際、こんな事が地元紙に書かれたそうです。

「黒澤の新作『影武者』は『隠密剣士』の批評を思い出させると書いたオーストラリアの地元紙があった。それは船床(隠密剣士の監督)を疑いも無く喜ばせ、黒澤を愕然とさせた事だろう」

(=A review in a country newspaper of Kurosawa's film, Kagemusha said it reminded the critic of The Samurai, which would have delighted Funatoko no doubt, and horrified Kurosawa.)

ビートルズには勝つし。

黒澤明とはタメ張るし。

もう何と言って良いのやら。

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takosaburou・記(海外メディアブログDon管理人)

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