小早川隆景

小早川隆景/wikipediaより引用

毛利家

元就の三男・小早川隆景はキレ者だった~王佐の才は毛利や秀吉に重宝されて

こちらは2ページ目になります。
1ページ目から読む場合は
小早川隆景
をクリックお願いします。

 


秀吉の強力な城攻めに対し三万の兵を率いるも

毛利としても織田との全面対決は避けたい――。

ところが「天下布武」をモットーとする信長ですから、そうは問屋が卸しません。

包囲網に参加していた各地の大名へ軍を差し向けます。もちろん毛利家も例外ではありません。

当時、羽柴姓だった豊臣秀吉に「お前が毛利を担当な!」(超訳)と命じたのです。

豊臣秀吉
豊臣秀吉のド派手すぎる逸話はドコまで本当か~検証しながら振り返る生涯62年

続きを見る

こうして秀吉vs毛利家という構図ができ、その中には「三木の干し殺し」や「鳥取の飢え殺し」、そして清水宗治の「備中高松城水攻め」がありました。

鳥取の渇え殺しと三木の干し殺し
秀吉と官兵衛の「鳥取の渇え殺し&三木の干し殺し」がエグい 人は飢えると◯肉も喰う

続きを見る

備中高松城の水攻めに対し、毛利家では三万の兵を率いて救援を試みています。

しかし、同時期に信長本軍は武田家を滅ぼしており、準備が整い次第、中国へやってくることも見えていました。

そのため隆景は従軍しつつ、安国寺恵瓊あんこくじえけいに命じて和睦の道を探っています。

既に二つの城を悲惨な手段で落とされていますから、これ以上の犠牲を出せば、たとえ勝ったとしても民心が離れ、自国が危うくなると考えたのでしょう。

それにこの段階で、毛利の国力は疲弊しきっており、合戦を続ける余力はほとんどありませんでした。

ところがところが、です……。

 


和睦後 なぜ秀吉を追撃しなかったのか?

このタイミングで本能寺の変が起きました。

本能寺の変
なぜ光秀は信長を裏切ったか? 本能寺の変における諸説検証で浮かんでくる有力説

続きを見る

小早川隆景は、秀吉との和睦に合意。

清水宗治の船上切腹をもって両軍は互いに矛を収め、秀吉も明智光秀を討つために京都へ大移動します。

清水宗治
清水宗治が武士の鑑と称された理由~秀吉の備中高松城水攻めに対し籠城からの切腹

続きを見る

いわゆる【中国大返し】ですね。

中国大返しは可能か?秀吉と官兵衛による10日間230kmの強行軍を考察

続きを見る

物語ではこのとき、吉川元春が追撃を主張し、これに対して小早川隆景が「一度和睦の誓いを立てたのに、誓書も乾かぬうちにそんなことはできません」(意訳)と反対したため、追撃は行われなかった――なんて描かれたりします。

実際のところ、

・毛利に余力がない

・確証を持てる本能寺の変の情報が入るのが遅かった

・情報が入った時点で、秀吉は既に遠方にいた

上記のような理由から、追撃しようにも無理だったという見方が有力視されています。

 


秀吉を上手になだめ 豊臣姓も許されるほど

本能寺の変から【賤ヶ岳の戦い】まで。

織田家の権力争いについて、毛利家は中立を保ち続けました。

賤ヶ岳の戦い
賤ヶ岳の戦いで秀吉と勝家が正面から激突! 勝敗を決めたのは利家の裏切りか

続きを見る

そして秀吉が勝つのを見定めてから、積極的に協力していきます。さすが抜け目がない。

四国攻めや九州攻めにも参加し、有力大名として生き残る路線を確保。

秀吉が隆景を気に入っていたので、四国攻めの後「お前に伊予(現・愛媛県)を与えて大名にしてやろう!」と言い出しましたが、隆景はこれをやんわり断ります。

「私は毛利の家臣ですので、まず主の輝元に下されませ」と言い、あくまで家臣の地位に留まる意思を明らかにしたのです。

その後、甥で当主の毛利輝元から伊予を受け取りました。

結果的には同じことですが、彼が家中の混乱を防ぐことを重要視していたことがわかる一件。

統治のほうもうまくやってのけ、ルイス・フロイスには「隆景サンスゴイネー! 日本中で伊予ガ一番平和ダヨー!!」(超訳)と絶賛されています。

ルイス・フロイス
ルイス・フロイスは信長や秀吉にどんな印象を抱いていた?日本に骨を埋めた宣教師

続きを見る

当然、秀吉からの覚えもめでたく、羽柴・豊臣の名乗りを許されるほどでした。

北条氏政北条氏直親子を攻めた小田原征伐では、徳川家康がかつて本拠としていた岡崎城(現・愛知県岡崎市)をあずかっております。

小田原征伐で秀吉相手に退かず!北条家の小田原城はどんだけ強いのか

続きを見る

朝鮮の役では、前半戦にあたる文禄の役で渡海し、碧蹄館の戦いで立花宗茂とともに勝利を収めました。

このとき既に還暦でしたので、当時の感覚でいえば立派な老将です。

凄まじい体力&精神力ですよね。

※続きは【次のページへ】をclick!


次のページへ >



-毛利家

×