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【アシㇼパ】
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樺太で現実と向き合い、覚醒を促される
アチャ(父)は死んだものとアシㇼパは理解していました。
そのアチャことウイルクが生存し、顔の皮を剥ぎ、網走監獄で生存していると確認されるところが、作品の重要な折り返し地点です。
このとき、ウイルクの同志であったキロランケの策略により、彼は尾形の狙撃により殺害されます。その場にいた杉元も撃たれ、アシㇼパはキロランケによって、樺太へと連れ去られました。
コンビであったアシㇼパと杉元のしばしの別れが訪れます。杉元は先遣隊を率い、樺太でアシㇼパ奪還に挑むことになるのです。
この樺太編では、アシㇼパのルーツが明かされます。
アシㇼパは、父であるウイルクと同じ青い瞳をしています。
ウイルクの父はポーランド人で、樺太に囚人としていたころ、樺太アイヌ女性との間に子が生まれました。それがウイルクのルーツでした。
アシㇼパというヒロインは、歴史の中で生まれた存在であることが樺太編でわかります。まさにこの時代、この地理の中で生まれた存在であると。
日本の近代史は、イギリスとロシアの展開する【グレート・ゲーム】に巻き込まれながら展開してゆきました。
アジア進出をめぐるこの二大国は、多くの国と地域を巻き込みつつ、覇権闘争を繰り広げ、ついには極東へ到達します。この大国の争いはチェスにたとえられ、【グレート・ゲーム】と呼ばれました。
徳川幕府はこのことを認識しており、幕閣はイギリスか、ロシアか、どちらかを選ぶことは危険だと認識していました。ヒグマと獅子はどちらがマシか、そう問いかけるほどナンセンスだとわかっていたのです。
そこで、消去法でフランスに接近することとなります。
一方で幕閣官僚ほど老成していない志士たちは、倒幕というイギリスの投げた餌に食いつきます。
イギリス商人は南北戦争終結で余った武器を倒幕を狙う勢力に売りつけ、イギリス留学させ、自国の戦略へ取り込みをはかる。長州藩の維新志士たちは松下村塾出身であることを誇りとしてきました。
しかし、実際には吉田松陰の教えを受けたあと、イギリスで学識を上書きされていることも確かなのです。
植民地支配のノウハウとして、支配地の若きエリートを、支配する側の国に留学させることがあげられます。
【生麦事件】のあと、イギリスは江戸総攻撃を計画したことすらあります。
しかし、そうするまでもない。自国の息のかかったテロリストを扇動し、クーデターを起こす。こうして傀儡政権を打ち立てた方が安く済む。その結論に至ったのです。
かくしてイギリスは極東の日本を取り込むことに成功。
明治維新のあと、政府はパークスの顔色をうかがうような状況となりました。まんまとロシア牽制に成功したのです。
幕末明治の日英関係が思てたんと違う!新政府はイギリスの言いなり?
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愛弟子として日本を握ったイギリスとしては、ロシアを刺激しないようにしたい。
そうなったとき、ある島が紛争の種として浮上しました。
樺太です。
田沼意次が政治を担った【田沼時代】、幕府は北方にも目線を注ぎました。松前藩とアイヌを経由した貿易に力を入れるだけでなく、対ロシアを見据え、蝦夷地と樺太警備に注力したのです。
そのあと田沼意次の失脚、ナポレオン戦争によりロシアの南下がおさまったことなどから、こうした政策は棚上げとなります。
それでも樺太は日本領だという認識は幕府にはあり、明治政府も引き継ぎます。
ところがそこへイギリスが割り込み、ロシアを刺激しないためにもロシア領にするよう迫ります。
近代国家成立とともに、北の島には国境線が引かれてゆきました。しかし、島に暮らす人々にとって、国家同士のゲームなど何の関係もありません。
理不尽な政治により迫害され、消されていってしまう。そんなウイルクやキロランケが抱いた焦燥感は、樺太という島に上陸することで見えてきます。
そんな大国間の政治的な駆け引きがあればこそ、青い目を持つウイルクは生まれました。彼の運命は、【グレート・ゲーム】の中で生まれていたのです。
樺太編あたりから、困惑する読者もいたものです。
「北海道でヒンナヒンナしている姿が楽しかったのになぁ」
そんなぼやきもありました。
確かに樺太編以降、ギャグや軽いノリは健在であるものの、テーマがあまりに重くなっていったことは確かです。
鶴見は父への憎悪を娘にぶつけてくる
樺太編のラストで、アシㇼパは杉元と再会を果たします。
この二人に白石を加えた三人組は再起動。そしてアシㇼパと杉元二度目の契約を結び、金塊争奪戦へ向かってゆくのでした。
杉元と再会したものの、アシㇼパは揺れ動いているようにも思えます。
樺太編ラストで命を落としたキロランケは、アイヌのために戦うようにアシㇼパを導いてきました。
父であるウイルクも、アシㇼパをそう育て上げてきたことが樺太編の回想からわかります。そのことを彼女は認識したのです。
樺太編では、ウイルクと鶴見の因縁も明かされてゆきました。
ウイルクは、諜報員としてロシアに潜入していた鶴見と出会っていました。そして鶴見の妻子をあやまって殺していたのです。
鶴見の狙いとは、金塊ではなく妻子の復讐ではないか? そう示されてゆきます。
樺太編のあと、アシㇼパは、北海道アイヌの少女としてだけではなく、親世代に翻弄され、鶴見に怒りをぶつけられるて姿が見えてきます。
金塊争奪戦の後半は、命を落とす人物も増えてゆき、シリアスな展開へ向かってゆきます。
鶴見はアシㇼパに対し、父ウイルクの凶行を暴露します。アイヌたちを殺戮し、金塊を埋めた怪物こそがお前の父親なのだと、ウイルクから剥ぎ取った顔の皮を被った鶴見はアシㇼパにつきつけるのでした。
彼女が未来を選ぶとき
『ゴールデンカムイ』の登場人物の中でも、アシㇼパは若い部類に入ります。
杉元はじめ、日露戦争経験者が己の過去と向き合うことが多い中で、彼女は未来をどう選ぶのか、そのことが突き付けられていると言えます。
アシㇼパがどの未来を選ぶのか?
ウィルクやキロランケが望んだように、アイヌの未来のために闘争を選ぶのか?
ウィルクとキロランケの同志であったソフィアは、死の間際にアシㇼパが自由に選ぶようにと託しています。
革命をめざした闘士として生きてきたソフィアは、自分の選んだ道では掴み取れなかったものが何か、わかっていたのかもしれません。
『ゴールデンカムイ』の最終決戦は、争奪戦参加者たちが金塊でなく、自分の欲望と向き合うことになります。
尾形は、自ら手にかけた,最悪の弟である勇作の亡霊と向き合う。
土方は、近藤勇ら新選組の幻の中へと向かってゆく。
鶴見は妻子の死。
こうした過去と向き合う人物が退場を迎えるのに対し、未来を掴もうとする人物には道が拓けています。
鯉登は、月島を鶴見から奪い返すことに全力を注ぐ。
そしてアシㇼパと杉元は、互いがいかに大事か確認しあい、ともに歩む覚悟を確認する。
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そうして大団円を迎え、白石は別の道を歩むものの、アシㇼパと杉元は幸せな未来を迎えたように思えます。
北海道で暮らす二人。きっと「ヒンナヒンナ」と言い合い、幸せな生活を送っているのだろうと思わせるところで、この大長編は終わります。
ただ、これでスッキリしないこともまた、確かなのです。
『ゴールデンカムイ』の最終盤から結末にかけての展開は賛否両論でした。
モヤモヤする。すっきりしない。竜頭蛇尾。そんな不満も聞こえてきましたし、私も実は首を捻った読者の一人です。
実はあの結末で、触れられていない人物と地域があります。
樺太です。
樺太はウイルクとキロランケの懸念が的中してしまいます。樺太に残ったチカパシとエノノカの運命は悲痛なものがあります。
アシㇼパはあくまで北海道アイヌであることを選び取り、その中のハッピーエンドに歩んで行ったように思える。ある意味、父・ウイルクから受け継いだ樺太は一切引き継がなかったともみなせなくもないのです。
そんなすっきりしなかった読者であることをふまえ、アシㇼパというヒロインの意味を再度考えたいのです。
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