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雪代縁の大陸浪人感
雪代縁は、なかなか因縁がある人物です。
姉である巴のことは言うまでもなく、文化背景としての要素に注目したい。
縁は、日本人が明治以降イメージする中国像の反映とも言えます。
・縁の背景にある上海黒社会って?
租界。ミステリアスな上海像がそこにはあります。
中国社会のアウトローを独自なものとする話もよく見かけますが、人間の社会が形成されていく過程で、そういう集団はつきものです。日本でも、ヤクザをヒーローとして喝采を送る「任侠もの」の長い伝統がありました。
かつての任侠ものと、実録暴力団の境目や認識の変容によって、見方も変わってゆくものです。
まとめてしまうと、縁の背景にある黒社会は、史実由来というよりもイメージ由来であるとは思えます。そこは突っ込んでも仕方ない。
・大陸浪人浪漫
戦前の日本人には「そうだ、大陸に行こう!」という“ざっくり浪漫”がありました。
日本が単一国家であるという認識は、実は戦後のもの。
かつては民族的に同じだから、中国大陸や朝鮮半島、台湾に進出してもよいという考え方がありました。
・清にとって日本が目標だった時代
明治維新以降、改革をめざす清人の間で維新志士は憧れのロールモデルとなりました。
「明治維新のように、我々も国を改革しなければ。よし、日本に学んでみようじゃないか!」
そんな夢に胸を膨らませた清からの留学生が日本で学びます。
魯迅の『藤野先生』は日中間交流を描いた傑作。留学生の一人・梁啓超(りょうけいちょう)は、武士道に感銘を受け、さらに押川春浪の小説タイトルに目覚めます。
「武侠!」
日中間で「なんかわかりあえる何かがある!」という交流が生まれていった。
実は明治時代にはエンタメビッグバンもあったんですね。
こうした中国大陸への浪漫と日中関係は、苦い決裂を迎えます。
満洲国がらみで日中戦争、そして第二次世界大戦敗北を経て、苦い終焉を迎えたのです。
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20世記、そして21世紀の日中エンタメ交流へ
『るろ剣』映画版は、その迫力あるアクションでも高評価を得ています。
これが、日中エンタメ交流の結晶と言えるものであり、アクションを指導する谷垣健治さんの功績です。
一体どういうことか?
ここで少し日本人とカンフー映画の歴史を振り返ってみましょう。
1970年代、世界的なブルース・リー旋風が起こりました。日本中のどこかで少年がヌンチャクを振り回す時代です。
そうした時代、日本から香港映画界に飛び込み、美形悪役武打星(カンフースター)として有名になった俳優に、倉田保昭さんがおりました。
倉田さんとブルース・リーは、武術の話題で盛り上がります。
そのうち沖縄の古武術の話題になり「ヌンチャク」の話となり、倉田さんが実物を持ってきているというと、ブルース・リーはそれを使ったアクションをしてみたいと持ちかけます。
……ん?
ここで引っかかりませんか?
ブルース・リーのヌンチャクを紹介したのって、日本人の倉田さんだったのか! 倉田さん本人のお話ですと、そうなります。
沖縄古武術の武器を、日本人の倉田さんが香港映画スターのブルース・リーに紹介し、世界的大ブームとなる。
そこにはダイナミックな交流があったのです。
しかし、ブルース・リーブームが巻き起こったあと、当人はあまりに早い人生を終えてしまいます。
偉大なスターの出現の後、空白期間が続きました。
彼にそっくりなカンフースターによる映画や、日本人がやたらと惨殺されるお約束の映画があったものの、大ヒットには至りません。
そんな香港映画界に登場したのが、誰あろうジャッキー・チェンです。
70年代末にデビューを飾った彼は、80年代に大きく開花。コミカルで、愛嬌があり、70年代のシリアス路線とは異なる個性を持ち、それでいてアクションは迫力満点!
これまた日本中の子どもたちがジャッキーに夢中になる時代となったのです。
※『プロジェクトA』の歌で強くなれる気がした時代
そんな時代の少年の中に、谷垣健治さんがおりました。
香港映画の世界に飛び込みたい!
谷垣さんは香港へ向かい、やられ役やエキストラもこなしながら、カンフー映画のアクションを吸収。
“宇宙最強”のキャッチフレーズで知られるドニー・イェンに重用され、まるで義兄弟のように彼のアクションを支える日々が訪れます。
※ドニー・イェン主演、谷垣さんも出演!『捜査官X』
日中のアクションとエンタメの交流の結実です。
……と、ここへきて何ですが、『るろ剣』実写版には、その宿命的な課題もあるように思えるのです。
香港映画発のワイヤーアクションは、1990年代のツイ・ハーク(徐克)監督のものが斬新で、一時代を築いた感があります。
ジェット・リーの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズや、東方不敗が有名な『スウォーズマン』シリーズが代表作です。
そうした香港発の流れが『マトリックス』シリーズで印象的に結実。
2000年代はともかくワイヤーアクションでないと話にならないような時代になってゆきます。
それまで渋い映画を手がけてきた張芸謀が、ワイヤーアクションを前面に押し出した『HERO 英雄』や『LOVERS 十面埋伏』を手掛ける。
『グリーン・デスティニー』が世界的に話題になる。
コメディ映画を得意とするチャウ・シンチーの『少林サッカー』と『カンフーハッスル』は、ギャグとワイヤーアクションと武侠要素を結合させ、日本でも話題をさらいました。
ただ、冷静になって考えてみると、そんな2000年代からも既にかなりの年月が流れたわけです。
2010年代も後半となると、ワイヤーで飛ばすアクションは減少傾向を辿ります。
中国語圏でも、武侠もの以外の史実に即したものであると、使われなくなってゆく。アクセントとして使用されることはあってもあくまで技術の一種として扱われています。
ワイヤーアクションは、武侠小説の「軽功」を再現する技術として優れたものがあり、武侠の世界観をいかにして実写化するかを課題として発展。
当然のことながら、実際の武術でああいう動きができるというわけでもありません。
ゆえに、日本の武術と必ずしも相性がよろしくないのです。
・実際の武術にはない動きをする
・日本の伝統的な衣装、剣心が着用している袴で再現すると、見映えがよくないこともある
・重々しい動きと相性が悪い
漫画として見て、剣心の動きを再現するのであれば、文句は全くありません。
しかし、原作年代であれば斬新だった要素が、2020年代になって見返すとちょっと周回遅れになりつつあると思えてくるのも確かです。
2020年代は、歴史ものの武術アクションの流行も変わりました。
1970年代までの、古武術由来のものを取り戻す傾向を感じます。
倭刀術にせよ、戚家刀法にせよ。映像化の際には、明代の書物からの型を再現することを重視するようになっております。
そうなると、映像化された雪代縁の倭刀術は、リアリティがないように思えてしまう。
もちろんこれは演出する側の問題でも、演じる側のせいでもありません。
時代が常に変化してるだけです。
『るろ剣』実写版の辛いところは、連載期間と実写化の年数が開きすぎた点だと思えます。
キャラクターデザインをとっても、連載当時にあったSNKの影響、ファッションセンスがどうしても反映されてしまう。明治時代ではなく、1990年代という平成時代の古さが出てきてしまいます。
人物設定やセリフ回しも、なまじアウトプット量が多い原作だけに、どうしたって目についてしまう。
漫画由来だと許される範囲も、近年変わってきております。
1990年代と比較すると、時代考証面をより厳密にする漫画作品が増えてきました。
アクションにしても、格闘ゲームや無双系ゲームのような爽快感よりも、実践的な動きを重視するようになってきている。1970年代までに回帰してきた、そんな殺陣の作品も増えてきております。
※詠春拳本来の動きに回帰した『イップ・マン』シリーズ
『るろ剣』の世界にある空気は、明治ではなく平成のものであること。
令和になってから実写映画やミュージカルのニュースをみていると、どうしてもそのあたりを感じてしまいます。
作品そのものの問題というよりも、時代の変化ですね。
それはまるで慶応年間の新選組史を追うような侘しさも感じてしまうのでした。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考】
和月伸宏『るろうに剣心―明治剣客浪漫譚―カラー版19巻』(→amazon)
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映画『るろうに剣心』(→amazonプライム)
映画『るろうに剣心 京都大火編』(→amazonプライム)