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【相楽左之助】
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その功罪、“月岡”という絵師の是非
説明するのも骨が折れる――そんな赤報隊の悲劇を劇的に変えたのが他ならぬ『るろうに剣心』です。
漫画にすることできっちりと悲劇性を説明する。
頼りになる兄貴としての相楽。
そんな相楽が首になった悲劇的なイメージのインパクト!
幼い左之助や月岡津南の恨みもわかる!
読者をそこに引き込まねばならないからこそ、劇的にうまく描かれておりました。
「赤報隊ね。相楽か。あのかわいそうな人だな」
スンナリとそう通じるようになったのですから、漫画の力によって誤解された歴史人物が如何に名誉回復を果たせるのか。
『るろうに剣心』はきっちりと証明したのです。
ちなみに月岡津南について少し補足を。
新潟の地名から「月岡」は取られたそうですが、幕末から明治にかけて錦絵を描いた絵師・月岡芳年がおります。作中でも出てきた伊庭八郎の絵を描いたことでも有名です。

月岡芳年/wikipediaより引用
月岡芳年の作風は残酷極まりない描写が特徴。
上野戦争の戦場に出かけていき、戦死した者たちの姿を描いていたことでも知られています。
江戸っ子として、彼らの無念を絵に残したかったのでしょう。
ただしこうした印象や作風は、彼自身の異常性に由来するものではなく、殺伐とした当時の世相を反映してのこと。一時期は「血みどろ絵」で知られていましたが、実際には武者絵から美人画、かわいい猫の絵まで、幅広くこなす力量ある絵師です。
戦国時代を題材にした絵でも、そのリアリズムあふれる迫力の形相には、幕末に散った者たちの無念が反映されていると評されております。
写真の登場前、毒々しい錦絵は庶民のジャーナリズムであり、娯楽の象徴でした。
現代人が週刊誌やワイドショーに飛びつくように、明治を生きる人々は錦絵に夢中になっていたのです。
月岡芳年は、そんな時代を代表する絵師。月岡津南も錦絵作家として活躍したことでしょう。
そうまとめたいところですが、この月岡津南のモデルが月岡芳年であると、一部の読者から誤認されていることは、実に問題のある話といえます。
芳年の場合、祖父の代までさかのぼった中に絵師の月岡雪斎(上方の月岡雪鼎の子息とは別人とされる)がおり、その姓を継いでおります。月岡姓は彼にとって極めて重要なものなのです。
芳年は江戸っ子です。赤報隊出身の津南が月岡を名乗るこという設定には、顔を顰めても不思議はありません。
それというのも、赤報隊は薩摩御用盗と行動を共にしています。
薩摩御用盗とは何か?
幕末政争の舞台は京都であり、江戸ではありません。徳川慶喜や松平容保の後ろ盾であった孝明天皇が急に崩御し、まだ若い明治天皇を擁したことで、倒幕派は京都を制圧しました。
慶喜は大政奉還し、鳥羽・伏見の戦いにおいて敗れ、江戸へ逃げ帰ってゆきます。
本来ならばここで戦いは終わってよいのです。
現代人は戊辰戦争は西軍が東軍を鎧袖一触したと思いがちですが、当時は江戸制圧が簡単にできるかわからない。ましてや戦いを継続できるかもわからない。
そこで西郷隆盛ら薩摩藩上層部の主戦論者は、江戸でさまざまな工作を行います。
そのひとつが江戸でのテロでした。市民を襲撃し殺して周り、それに堪りかねた幕府が反撃してくるよう仕掛けたのです。
政治工作を行うテロリストたちが、薩摩御用盗であり、赤報隊を率いた相楽総三。
つまり、根っからの江戸っ子である月岡芳年からすれば、赤報隊は彼の故郷を荒らしまわり、平和を乱す、凶悪犯罪者集団です。
生涯を通し、江戸への愛着を抱き続けた芳年が、よりにもよって自身が、相楽総三を慕う赤報隊士のモデルとして誤認されていると知ったら、それこそ「べらぼうめ!」と毒づきそうな話です。
浮世絵とは、江戸を象徴する文化です。
彼らは基本的に江戸に郷愁を寄せており、芳年と同年代の揚州周延は彰義隊に属していたこともあるほどです。
そんな江戸文化の華を象徴する浮世絵師が、よりにもよって赤報隊賛美の位置付けとして作品に登場するというのは、なんとも無神経かつ、倒錯した話です。
繰り返します。
月岡津南のモデルは月岡芳年ではありません。
幕末明治に活躍した最も知名度が高い絵師として、その名を借りたとも考えられますが、そうだとすればなかなか無神経な拝借と言わざるを得ません。
地名由来とされたところで、幕末明治、しかも絵師の名前として出しておいて、月岡から芳年を連想しない方がむしろ不自然です。
さて、それではなぜ、実在した月岡芳年にとっては無神経なネーミングが許されたのかというと、前述した通り、平成の雑な歴史観ゆえのことでしょう。
令和ともなれば、赤報隊は江戸っ子に大迷惑をかけたテロリストとして再認識されてきております。
2023年NHK正月時代劇『いちげき』およびその原作は、薩摩御用盗に対抗する農民部隊を主役としております。
ここに登場する相楽総三は、毒々しいインテリ悪役でした。『るろうに剣心』であれば武田観柳タイプです。
2027年大河ドラマ『逆賊の幕臣』では、政治的決着後であるにもかかわらず、関東を荒らしまわる西軍の悪事が決定的に描かれることでしょう。
主人公の小栗忠順を冤罪で処刑するのは赤報隊ではないにせよ、その仲間である西軍なのです。
そんな時代の流れからすると、赤報隊を悲劇のヒーロー扱いできた『るろうに剣心』は、平成ならではの作品だと思わざるを得ません。
他にも『るろうに剣心』には、幕末明治当時の心情を軽んじているような設定は散見されます。
そもそもが江戸っ子である薫。幕臣の子である弥助。会津藩士の娘である高荷恵。
こうした立場の面々が、長州藩がらみのテロリストである剣心に親しみを覚えるというのも、妙な話でしょう。当時の東日本に蔓延していた薩長への嫌悪感を甘く見ていると思えます。
令和漫画の大ヒット作である『ゴールデンカムイ』には、剣心と同じく幕末の人斬りであった人斬り用一郎が出てきます。
明治以降の彼は居場所をなくし、アイヌのもとでひっそりと生きていた設定です。幕末の人斬りが生存していたプロットを使うにせよ、ずっとシビアになっていることが伺える設定といえます。
同じく令和の漫画化作品である山田風太郎原作・東直輝作画となる『警視庁草紙』には、月岡芳年自身が登場します。
彼の画業を漫画で知りたいのであれば、『るろうに剣心』ではなく、こちらを読みましょう。
『るろうに剣心』はSNKがらみでも今から見ればなかなかルーズなことをしておりますが、歴史観からみてもそれはあてはまります。
今後も末長く受け入れられてゆくかどうか、難しいと言わざるを得ないことは確かです。
ちなみに画風としては『るろうに剣心』ではなく、『鬼滅の刃』が月岡芳年の作風を彷彿とさせるとされています。近年は月岡芳年展に足を運ぶ『鬼滅の刃』ファンも増えているそうです。
なお、月岡津南は爆弾を用いています。これまた明治テロリストのお約束ともいえる武器で、大隈重信の暗殺未遂事件にも用いられています。

大隈重信/wikipediaより引用
左之助は、赤報隊の分まで生きていく
そしてもう一人のモデルである原田左之助。
明治時代は、坂本龍馬暗殺犯としても報道されており、こちらは「疑いようもなく極悪非道テロリストだな!」と見られていたものです。
※坂本龍馬の暗殺犯は現在、別人と判明しており、以下の記事に詳細がございます
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坂本龍馬は幕末当時から英雄扱いされていた? 激動の生涯33年を一気に振り返る
続きを見る
そういう汚名を晴らすべく関係者が語り、ジャーナリストも証言を残すようになっていった。それが昭和初期でした。
そんな原田には、相楽左之助にも流用された「満洲で馬賊になった」という伝説もあります。
これも悲しい願望が反映されたもので、満洲とは大日本帝国が是が非でも領土として獲得保持したい場所でした。
地元の匪賊(※現地の武装集団)が現れて、危機に陥る日本人。
そこへ馬賊が現れて助かる――。
そういうロマンがあったわけですね。
謎の存在が窮地を救う話は日本人も大好きで、『鞍馬天狗』が大人気だったものです。
幕末に不名誉を背負って死んだあの人も、国を思っていた。生きていて、祖国のために尽くしたらいいな……そういう願望がある伝説なのです。
ただし、この馬賊伝説も現代の視点からすれば無神経といえる。日本人が大陸で暴れる夢というのは、現地人からすれば迷惑ですし、侵略を託したものと思えなくもありません。
下手すれば国際問題になりかねない、時代性のある願望だということは頭の隅にでも入れておきましょう。
武器や戦闘? そこは少年漫画なので
そんな左之助の武器である「斬馬刀」について。
漫画の設定ですので史実とは別物という認識でよろしいかと思います。
中国では「斬馬剣」です。これは剣心以下全員に言えることで、禁句ではありますが、明治時代ならもう火器で戦えばいいとは思います。
前述の月岡津南がそうですが、少年漫画ヒーローとしては確かに辛いものがありますね。
「二重の極み」につきましては、漫画でしょうし、実現はできないということで終わりにします。
この技のMAD動画「フタエノキワミ アッー!」につきましては、ニコニコ動画全盛期という背景があると思えてきます。
当時は楽しかったかもしれませんが、海外の方の日本語学習者や吹き替えをなさっている方の発音や間違いを嘲笑うことは、失礼なのでそろそろやめてよいものかなぁと。
◆アリアナ・グランデ「七輪」騒動に見る異文化理解の難しさ(→link)
歴史上の人物にしみついた悪名を変える――。
そんな力があると証明した『るろうに剣心』には、漫画のパワーと名作に宿る何かがある。
相楽左之助について考えていると、そう改めて認識できました。
赤報隊の悪名をここまで変えただけでも、この漫画には大きな意義がある。つくづくとそう思えるのです。
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【参考】
コミック『るろうに剣心―明治剣客浪漫譚―カラー版』(→amazon)
コミック『るろうに剣心―明治剣客浪漫譚・北海道編―』(→amazon)
映画『るろうに剣心』(→amazonプライム)
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