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ペリー来航/wikipediaより引用

西郷どん特集 幕末・維新

「L」と「R」の発音は江戸時代から苦手【幕末の英語学習】は黒船前から熱かった

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大河ドラマ『西郷どん』では、慌てふためいた様子で迎えた、嘉永6年(1853年)の黒船来航。

ケン・ワタナベの島津斉彬だけが落ち着いていた!
という描写ですが、実は幕府も予想しており、それどころか各地に伝達済みでした。

『来ちゃったね……本音は来て欲しくなかったけどやっぱり着いちゃったか(´・ω・`)』
本心ではそんな気持ちであったでしょう。
それでも幕府側は、ちゃんと上陸地点に通詞(通訳)も待機させていたのです。

さて、ここで通詞が黒船に近づいて行きまして。彼はこう言いました。

「I can speak Dutch.(私はオランダ語が話せます)」

HAHAHAHA!
いきなりジャパニーズジョークかい。
今まさに、あなたは英語を話しているじゃないか。そんな風に相手は思ったかも知れません。

まぁ、オランダだけとは出島を通じて交易がありましたからね。

ともかく、この時点で幕府は英語のできる通詞を準備していたわけです。
いったい彼らはどうやって、英語学習に取り組んだのでしょう。

 

オランダ語だけでよかった時代は終わった

まずは時代を250~300年ほど前に遡りまして。
2017年大河ドラマ『おんな城主 直虎』では、龍雲丸がポルトガル語の通訳になろうとしていました。

なぜなら最も交易が盛んだったからですね。
戦国時代には、彼のようにポルトガル語やスペイン語を習得する人々がいたわけです。

そこから時代は下りまして。

江戸初期の幕府は、プロテスタント国のオランダとイギリスをのぞく西洋諸国との交易を行わないことにしました。
カトリックの布教や奴隷貿易に手を焼いていたからです。
合戦でかっさわれた日本人が、九州の各拠点から、主にマカオを通じて世界へバラ撒かれました。

しかし、プロテスタント国であれば出入りは可能です。
徳川綱吉の時代には、ドイツ人のケンペルが日本で見聞を深めました。

もしも、イギリスとの交易が続いていたら?

幕末に至るまで、英語を話すことのできる通詞はいたことでしょう。
しかし、徳川家康とそのお気に入りの家臣であったウィリアム・アダムス三浦按針)が世を去ると、イギリスとの関係は疎遠になり、ついに交易を行うことはなくなりました。

【関連記事】
江戸時代から付いたり離れたりの日英関係
ウィリアム・アダムス

それから長いこと、
【通詞はオランダ語さえできればいい!】
という状況が続き、やがて変化が訪れるのでした。

時代的には、幕末ちょっと前という感じです。

 

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捕鯨船、漂着船……黒船以前の外国船

オランダ語だけではもはや時代遅れ――。
そんな状況は、19世紀前半からやって来ました。

世界中で航海術が発達。
船の性能も飛躍的に向上し、長い距離の航海が可能になりました。
そしてこの時代ともなると、とある産業が盛んになっていたのです。

捕鯨です。クジラ漁ですね。

19世紀の捕鯨船/wikipediaより引用

【関連記事】捕鯨船エセックス号の生き地獄

石油以前、油といえば鯨から捕れる「鯨油」が利用されていました。
遠い海まで船で向かう捕鯨船は、不幸にして遭難することもありました。

真水や食料を求めてやむなく上陸するイギリス人、アメリカ人としましては、
「太平洋の途中で補給できれば便利なのに」
と考えてしまうのは当然のこと。

実際に上陸してしまうケースもありまして、そんな時に揉めるのは、相手としても厄介なことでした。
また、ジョン万次郎のように、漂流した日本人を救出して送り届けようとしたものの、砲撃して追い払われる例もあります。

【関連記事】ジョン万次郎

相手からすれば、日本のそういう態度どうなのよ、という話なのです。
黒船がイキナリやってきた印象をお持ちの方もおられるかもしれませんが、実は以前からタイムリミットは近づいていたのですね。

これについては幕府も認識していました。
2018年正月時代劇『風雲児たち』に登場したような、蘭学に関心を持つ知識人もそうでした。

海岸沿いに暮らす漁師や人々もしばしば「黒船」を目撃しており、危機感を抱いていたのです。

NHK正月時代劇『風雲児たち』感想あらすじ 真田丸キャストが新たな大河の可能性を示す!?

 

どう英語を学べばよい?と、そんな時に密入国者が

さて、江戸時代の語学エキスパートというのが【通詞】という人々になります。
彼らは現在の通訳とは異なりました。

まず世襲です。きついですね。
語学が苦手だから通詞にはなりません、というような職業選択の自由はありません。

逆を言えば、語学が堪能だからと言ってなれるわけでもありません。
理不尽ですが封建制度のあり方ですから仕方ないですね。

もうひとつは……。
もしも現代、
「あなたは英語通訳ですが、顧客に中国の方が増えたので、中国語もマスターしてください!」
と言われたらどうなります?

当然ながら「フザけんな!」となりましょう。
しかし、江戸時代にそんな選択肢はありません。

とにかく外国人との会話を飜訳しなければいけないのが通詞のオシゴト。
そんなわけで、幕末にかけての通詞は、先祖とちがって他の言語もマスターしなければいけなかったのです。

しかも、当時の幕府は欲しがりちゃんでありまして。
オランダ語に加えて英語、ロシア語、満州語等を習得して欲しいと考えるようになるのです。
英語圏の者だけではなく、ロシア人漂着者も増えていたからですね。

一方で、悩みどころでもありました。
正式な国交がないにもかかわらず、積極的に言葉を学ばせるというのは矛盾した行動でしょう。

英語については19世紀初頭にはオランダ経由で通詞が学び始めていたものの、いざ発音となるとネイティブの指導が必要です。

そんな悩みを抱えた幕府に、あるニュースが飛び込んで来ます。
嘉永元年(1848年)、ラナルド・マクドナルドというアメリカ人青年が密入国したというのです。

「よっしゃ、こいつから英語を学ぼう、アッヒャー!」
一も二もなく幕府は飛びつきました。

 

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「L」と「R」は江戸時代から弱点だった

マクドナルドは、スコットランド系アメリカ人の父と、カナダの原住民女性の間に生まれた人物でした。

その出生ゆえに人種差別を受けたマクドナルド。
折しも当時は、アメリカでは東方探険ブームでした。

ラナルド・マクドナルド/photo by Fg2 wikipediaより引用

日本という謎の国には、自分と肌の色や容貌が似た人々が住んでいるらしい――そんな話を聞いたマクドナルドは、捕鯨船員となり、ボートでの日本密入国を図ります。

「やめるんだ、処刑されてもよいのか!」
他の船員は止めました。
が、マクドナルドは怯みません。漂流者を装えば処刑されない。そんな風に考え、蝦夷地入りを目指すのです。

いざ捕縛されたマクドナルドは、はるばる長崎へ送られました。
そこで彼を待ち受けていたのは、踏み絵(プロテスタントのマクドナルドは問題なく突破)と通詞たちです。

ここでマクドナルドは、座敷牢に入れられ、14名の通詞に英語を教えることになります。
マクドナルドが音読し、通詞が繰り返す形式でした。

マクドナルドは、通詞たちの文法理解はなかなかのものだと太鼓判を押しました。
ただし、彼らには重大な弱点がありました。

「日本人は、LとRの発音の区別ができない」
こ、これは、今でも言われる弱点、変わらないんですね!
こんな昔からなのか、と思うとなかなか感慨深いものがあります。

マクドナルドのこの時マクドナルドから指導を受けた一人の森山栄之助は、ペリー来航時通訳をつとめ「英語がうまい」という評価を得ています。
ペリー来航時に通訳がいたのは、マクドナルドのおかげであったわけです。

マクドナルドの来日は1年にも満たない短いものでした。
が、通詞にとっては実りある期間でした。

彼の帰国後は、英語辞書の編纂も開始されました。
といってもここで注意したいのは、英語を学習できた者は基本的に長崎の通詞くらいであった、ということです。

勝海舟福沢諭吉のような、西洋事情に通暁した者であっても、英語学習は困難。
語学はオランダ語のみでした。

黒船来航以降、こうした人々は世界情勢的にも英語学習の必要性を痛感しております。それこそ福沢などは喉から手が出るほど英語教材が欲しかったのですが、流通がないのですから仕方ありません。
彼の願いが叶うのは、万延元年(1860年)咸臨丸のアメリカ派遣によってでした。

ゆえに……2018年大河ドラマ『西郷どん』で、大久保利通正助)の家から英語辞書が出てきましたが、あれは相当無理のある設定です(というか貧乏下級藩士には間違いなく不可能)。

 

幕末、英語での意思疎通手段

開国以降は、英語によるコミュニケーション手段が通詞経由以外でも増えてゆきました。

◆帰国した日本人漂流者
ジョン万次郎が有名ですが、その他にも鎖国により入国できなかった漂流者がいました。帰国した彼らは、当然英語はペラペラであったわけです

◆清人通訳
清人通訳と日本人は漢字でやりとりが出来ました。阿片戦争以降、こうした通訳は数多く存在しました

◆アメリカ側が雇用した、オランダ語通訳
アメリカ側は、英語とオランダ語に通暁した通訳を雇用しました。こうして雇われたヒュースケンは、攘夷事件で暗殺されるまで、日本で活躍しています

◆帰国した留学生

このように、開国によって英語によるコミュニケーション手段は格段に増えました。

ただし、こうした環境の変化は、通詞の地位低下にも繋がります。
世襲制度で生きてきた彼らにとっては致命的ですあらあり、逆に能力が伴えばチャンスでもありました。

雇用主でもある幕府が解体。
彼らは語学スキルを活かして、ビジネスや海軍といった新たな世界で、明治時代を生きていくことになります。

文:小檜山青




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【参考文献】
通訳たちの幕末維新』木村直樹
黒船がやってきた』岩田みゆき
国史大辞典

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