てい(蔦屋重三郎の妻)

楊洲周延『真美人 眼鏡』

江戸時代 べらぼう

『べらぼう』橋本愛演じる“てい”は勝ち気な地女~蔦重とはどう結ばれるのか

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蔦重の妻てい
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クールな江戸男は露出と刺青でアピール

真面目なていは興味がなさそうですが、蔦重が「俺もモテたい!」として入れ墨を入れてもおかしくない設定でしょう。

蔦重の「親父殿」こと駿河屋市兵衛も、実は立派な刺青が入っていました。

今は落ち着いて服を脱がないためわかりにくいですが、若い頃は着物をはだけて見せつけていたのでしょう。

現代日本において、刺青は反社会的な証とされ、銭湯やプールの入浴が断られることもしばしばあります。

純粋なオシャレとして楽しむ海外の方からすると、納得できない慣習だとも指摘されます。

しかし、元を辿れば日本の刺青もオシャレの証だったんですね。だからこそ駿河屋も入れていた。

刺青がオシャレとして成立する社会とは、露出が高いことが必要条件となるため、湿度と露出度が高かった江戸時代こそ究極のオシャレとなり得た。

特に鳶職には、刺青が欠かせません。

刺青を入れても動じない――そんな度胸がアピールでき、火消しをする際にはともかく映えるため、江戸の鳶ともなれば、むしろ刺青をしないほうがおかしい程でした。

江戸時代も後半へ突入するころ、日本では『水滸伝』ブームが到来します。

『水滸伝』を題材にした色鮮やかな錦絵を手がけ、ブレイクしたのが歌川国芳

『水滸伝』の百八星には、九紋龍・史進はじめ、刺青を入れた人物が登場しますが、国芳の絵を見て、江戸っ子はますます刺青に憧れました。

そのため国芳『水滸伝』の絵を彫り込む者も大勢いたのです。

歌川国芳『通俗水滸傳豪傑百八人之壹人 浪裡白跳張順』/wikipediaより引用

この傾向、実は現在に至るまで続き、今の彫師も「国芳の画集を持つもの」とされます。

国芳は、門人の芳雪に頼まれ、刺青の下絵を全身に施したともされています。

芳雪は一門でも際立つ美貌の持ち主。

全身に刺青を入れたイケメンなんて、江戸では話題をさらったことでしょう。

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ちなみに武士の場合、刺青は厳禁です。

『孝経』にはこうあります。

身体髪膚これを父母に受く、あえて毀傷(きしょう)せざるは孝の始めなり。

要するに、儒教倫理に背く刺青など言語道断!というわけでして、これを破っていたとされるのが、遠山景元です。

「遠山の金さん」伝説で知られ、片肌脱ぐと桜吹雪の刺青を見せる演出がお約束。

ただし、実際には生首を入れた程度で、人に見せないよう夏でも慎重に隠していたとも伝わっております。

要するに、江戸時代までは刺青を入れた男性はオシャレど真ん中であり、湯屋でみかけたら怖いどころか「いいねェ!」と喜ばれかねないものだったということです。

その傾向が変わったのは明治時代になってからです。

明治政府は、不平等条約改正のため、日本の伝統文化を消し去ることも厭わず、西洋列強に文明国と認められるため相撲すら廃止にしようとしたほど。

幕末に来日した外国人は、全身に刺青を入れた褌一丁の男たちを興味深く眺め、ときにはカメラを向けてきました。

明治政府にしてみれば

「外国人から刺青は野蛮なものとして見られていた……」

と勘違いしても致し方ない場面でしょう。

ところが、そう単純な話でもありません。

儒教文化圏での刺青は禁忌とされ、アウトローのシンボルとされてきましたが、西洋諸国では度胸やオシャレの証として入れるもの。

「来日したら、是非ともタトゥーを入れたい」

そう考える西洋人は、なんと王族にまでいたのです。

ロシアのニコライ2世、イギリスのジョージ5世らは来日時に刺青を入れました。

ニコライ2世/wikipediaより引用

イギリスの王族は海軍人となることが多かったものですが、同国の船乗りは刺青を勇気のシンボルとしていましたので、日本の素晴らしい刺青は憧れの土産でもあったのです。

西洋諸国の目を意識して禁じたはずが、実は憧れの技術であった――なんとも皮肉なものですね。

しかも明治政府の刺青禁止令は、アイヌや琉球の伝統的なものにまで適用。

結局、彼らのやったことは、哀しいかな文化の破壊でしかありませんでした。

明治時代は、文明化の一環として裸体や肌の露出も厳しく規制しています。

江戸時代から生きてきた人は「昔は今ほど裸はいけないなんて言われなかったもんだがね」と語り残していたものです。

肌の露出機会が低くなれば刺青の重要性も下がり、それでも敢えて入れるとなれば特殊な職業に限られてきます。

鳶職か、あるいは反社会的勢力か。

後者が社会において問題視されるようになると、それを見分ける符号として、刺青が用いられるようになります。

入浴禁止はこうした時代の中、広がってゆきました。

かくして刺青はファッションアイテムから、危険なものとして認識されるようになります。

しかし、果たしてそれでよいのでしょうか?

最近は刺青がファッションとして認識されるようになったという意見も見かけます。いやいや、そうではないでしょう。元々がファッションで、そこへ戻りつつあるだけなのです。

折り返し地点を過ぎた江戸を描く大河ドラマ『べらぼう』。

江戸時代のファッションなんて、平安時代や戦国時代よりも再現が楽では?と思わせるようで、なかなか難易度が高い。

女性よりも男性の肌の露出が高い。

全身くまなく美肌を心がけ、ムダ毛処理、見せ褌までチェックされている……なんと大変なことでしょう。

人間の美意識とはこうも変わるものかと思わされます。

刺青も、前述の通り当時は純粋なファッションです。

とはいえ、大河ドラマでどこまで再現できるのか。

男性の露出や刺青となれば、出すことは難しいかもしれません。

しかし、それでも敢えてチャレンジしてみてはどうかと期待したくなることも、確かなのです。

 


謹厳実直なていの心を掴むには?

こうして江戸モテ男について書いてきたわけですが、残念ながら「ていの心を掴むには使えないアドバイス」だったことでしょう。

彼女は読書を愛しています。

読み書きができ、知性を感じる相手と惹かれ合うのでしょう。

その点、蔦屋重三郎はどうか?

正直、心許ないものはあります。劇中でも彼がぼやいていた通り、本屋に奉公したこともなければ、寺子屋のような場所で学んだこともありません。

学び始める前に、駿河屋のもとで働かされ、その合間に【赤本】を読んでいたことが彼の教養の土台です。

蔦重に教養が不足していたことは、後に曲亭馬琴も書き記しました。

曲亭馬琴(滝沢馬琴)/国立国会図書館蔵

ただし馬琴は、蔦重は人当たりがよく、心を掴むことには長けていたとも指摘しています。

女版馬琴のような雰囲気すらあるていが、蔦重のどこに心惹かれるのか?と言えば、やはり本が契機となるのでしょう。

本を愛することで通じ合い、彼と一緒になれば本を好きなだけ読み、売れるとなれば心が動くのかもしれません。

それはそれで魅力的な才女、あるいはファンガールですよね。

江戸時代も折り返し地点を過ぎると、女性の識字率や趣味愛好への熱狂も高まり、文化貢献への比重も高まります。

ていはそんな女性代表枠というわけです。

そしてそんなていを橋本愛さんが演じる点にも注目したいところです。

橋本愛さんは大河ドラマ出演4度目となり、そのうち3度、主人公の妻役を演じるという特色あるキャリアを積んできました。

2018年『西郷どん』西郷隆盛の初婚相手・須賀

2019年『いだてん〜東京オリムピック噺〜』女郎・小梅

2021年『青天を衝け』・尾高千代

2019年には女郎を演じたことがあり、今度は地女というのも興味深い。

あるいは『青天を衝け』千代役のリベンジになるのではないか?とも期待しています。

『青天を衝け』での千代は、あまり自己主張することがなく、彼女自身が学ぶ姿もさしてありませんでした。

しかし、実際には当時の思想を身につけ学びたいと願い、謹厳実直な女性だった。

史実での彼女はていに近い性格と推察できます。

さらに『青天を衝け』での千代は、若干現代向けにアレンジされた部分もありましたが、今回のていはどうもそうではなさそうで、地女らしさを前面に出してくれそうです。

橋本さん自身、読書家で向学心に富んだ方ですので、彼女の魅力が溢れ出すていになることを願うばかり。

そしてもう一つ。

地女のていと蔦重が結ばれることで、新機軸が生まれる予感もします。

浮世絵の【美人画】といえば、伝説上の人物や、華麗な女郎を描いたものが多いものでした。

鳥居清長の描く八頭身美女が当時の最先端。

鳥居清長『雛形若菜の初模様 大文字屋内まいずみ』/wikipediaより引用

そこで革命を起こすのが、喜多川歌麿となります。

歌麿は、女郎だけではなく、親しみの持てる地女の【大首絵】を世に送り出した。

歌麿の作品は、蔦重との二人三脚だとされます。

蔦重が結婚を通して開眼した地女の魅力が、歌麿の作品にまで影響を与えるとすれば、実に興味深いではありませんか。

大河ドラマ『べらぼう』はていの登場により、ますます盛り上がることでしょう。


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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

【参考文献】
尾脇秀和『女の氏名誕生』(→amazon
秋山忠彌江戸浮世事情』(→amazon
北村鮭彦『おもしろ大江戸生活百科』(→amazon
杉浦日向子『江戸塾』(→amazon
杉浦日向子『江戸へようこそ』(→amazon
杉浦日向子『大江戸観光』(→amazon

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