別府駅前の油屋熊八像

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油屋熊八の「おもてなし」別府温泉を盛り上げたおっちゃんの観光業アイデア

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もてなしまくりでも酒は無し

一方ですっかり敬虔なクリスチャンになっていた熊八は、自分の旅館やホテルでお酒を出すことを固く禁じていました。

「ワインはキリストの血」のはずなんですが、キリスト教の一部には

「酒に酔って醜態を晒すのはけしからんし、依存するなんてもってのほか!」

「酒は悪魔の飲み物!!」

そう考える人たちがいますので、おそらくその影響を受けていたのでしょう。熊八がアメリカにいたのは、禁酒運動が盛んになっていた時期ですし。

これに関するエピソードとして、森永製菓の創業者(そしてキャラメルの発案者)森永太一郎が来たときの話があります。

太一郎が「お酒出してくださいよ!旅館でしょう!」的なことを言ってゴネたところ、熊八は「子供のための菓子を作っている会社の社長さんが、酒が飲めないのかと悔しがるのはおかしい」と真っ向からバッサリ切り捨てたのです。

話がそこで終わっているので、頑として出さなかったのでしょう。

ちなみにその後「楽しい旅行に来てるのに、お酒が飲めないのはちょっとかわいそうじゃないですか?;」という意見が多数派になったため、

【一日につき清酒は二合、ビールは一本だけ】

まで緩められました。って、牛丼の吉野家か!

呑み助からするとかなり少ないですけども、オーナーの方針なら仕方ない。

 

別府駅前の銅像がフランクすぎる

こうしたスタンスでも順調に行ったのは、おそらく熊八の経営方針の影響も大きいと思われます。

別府温泉の宣伝等の費用は、全て彼の私財と借金でまかなわれていたからです。

熊八が亡くなるまでに完済することができず、ホテルと会社が売られてしまったのですが、それでも現在に至るまで地元では尊敬されているとか。

2007年には、別府駅前にフランクとしかいいようのないポーズの銅像が建てられているほどです。

別府駅前の油屋熊八像

普通こういう銅像って、胸像とか厳しい顔つきだったりすることが多いと思うのですけども、すごく……朗らかです……。

作者さんいわく「天国から明るく呼びかけているイメージで作った」らしく、そのセンスに脱帽するしかありません。

熊八は子供が好きだったそうなので、それに合わせて親しみを感じさせる方向にしたのでしょう。

なんだか水木しげる作品に登場するサラリーマンみたいな印象もあります。

こういう「一代で成り上がった」人にはやっかみや悪評がつきものですけれど、熊八にそうした話がないのは、お金のことはもちろんこの明るさにもあるのでしょう。

人間、バカデカい失敗をすると人に優しくなれるんですかね……うっ、耳が痛い。

長月 七紀・記

【参考】
別府市HP
亀の井ホテル別府店HP
日本人名大辞典
油屋熊八/wikipedia
http://sago.livedoor.biz/archives/51464815.html

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