東日本大震災

津波で浸水した仙台市宮城野区の沿岸部(撮影:米海軍)/wikipediaより引用

明治・大正・昭和

地震大国・日本では過去に何度の大地震が起きたか?地震の歴史まとめ

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明治・大正時代の大地震

西郷隆盛
伊藤博文
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明治・大正時代で最も衝撃的な地震は、間違いなく関東大震災でしょう。

日本の首都圏を襲った直下型地震は、現在でもその危険性が指摘されており、政府や首都圏自治体はたびたび防災・減災訓練を実施しております。

では、1923年の関東大震災は、実際、どれぐらいの被害だったのか?

関東大震災の被害

死者・行方不明者は約10万5000人
住居全壊約10万9000戸(半壊10万2000戸)
焼失約21万2000戸

熱海を襲った津波は12メートルにも達し、現代だったらどうなってしまうのか……恐ろしい限りです。

では、この時代の地震回数を確認してみましょう。

明治大正時代 109回

M6.1以上の地震 43回

M8.0-9.0クラスの超巨大地震 4回

M6.0(M5.0-6.0含む)の地震 10回

規模不明の大地震 2回

総数 59回(58年間)

1年あたりの地震回数 1.017回

では、さらに詳しく見て参ります。

 

人的被害は今でも最多の関東大震災

【明治・大正時代】は約60年(1867年~1926年)の間にM7クラスの地震が計29回起きております。

2年に一度は日本各地のどこかで巨大地震が発生している計算。

これを他の時代と比べてみます。

時代M7規模の発生回数割合
飛鳥~平安時代416~1191年20回約39年に一度
鎌倉~室町時代1192~1602年16回約25年に一度
江戸時代1603~1867年60回約4~5年に一度
明治・大正時代1868~1926年29回約2年に一度

あきらかに地震の頻度が高くなっております。

何度も申し上げておりますように、これは観測技術の向上によるもので、おそらく昔から同じように日本では頻繁に大地震を繰り返していたのでしょう。

今回は明治・大正時代に発生したM7クラスの地震をすべて見てみます。

回数地震地域規模
No.11872年浜田地震M7.1
No.21881年国後島地震M7.0
No.31893年色丹島沖地震M7.75
No.41894年根室沖地震M7.9
No.51894年東京地震M7.0
No.61894年庄内地震M7.0
No.71895年茨城地震M7.2
No.81896年三陸沖地震M8.2
No.91896年陸羽地震M7.2
No.101897年宮城県沖地震M7.2
No.111897年宮城県沖地震M7.7
No.121898年宮城県沖地震M7.2
No.131899年三重県地震M7.0
No.141900年宮城県北部地震M7.0
No.151901年青森県東方沖地震M7.2
No.161901年青森県東方沖地震M7.4
No.171902年青森県東部地震M7.0
No.181905年芸予地震M7.25
No.191909年房総沖地震M7.5
No.201909年宮崎県西部地震M7.6
No.211911年喜界島地震M8.0
No.221914年桜島地震M7.1
No.231914年仙北地震M7.1
No.241915年十勝沖地震M7.0
No.251918年ウルップ沖地震M8.0
No.261921年龍ケ崎地震M7.0
No.271923年関東大震災M7.9
No.281924年丹沢地震M7.3
No.291925年但馬地震M6.8

江戸時代の項で記しました通り、江戸末期の1854年に南海トラフで安政東海地震が発生しているため、明治から大正にかけて同震源域では大きな地震が起きておりません。

次に来るのは昭和のことで、明治・大正期にかけて最も被害の大きくなったのは、1923年の関東大震災が断トツです。

まるで戦後直後のような焼け野原となった日本橋や神田界隈/wikipediaより引用

まるで戦後直後のような焼け野原となった日本橋や神田界隈/wikipediaより引用

上記の画像をご覧の通り、この地震と火災がいかに恐ろしいものであったか……。

死者は行方不明者を合わせて10万5千人。全壊家屋は10万9千軒で半壊は10万2千軒、焼失は20万2千軒を超えました。

神奈川県の熱海では津波も観測されており、その高さはなんと12mです。

半壊した浅草の凌雲閣・関東大震災/wikipediaより引用

建物の倒壊や火災によって東京の住宅の6割も消失し、人々は仮設住宅での生活や東京からの避難を余儀なくされました。

関東大震災後に避難列車へ飛び乗る人々/wikipediaより引用

今起きたらどうなってしまうのか……?

靖国神社に設置された仮設住宅・関東大震災/wikipediaより引用

とにかく自宅に非常食や簡易トイレなどを十分に準備しておくことでしょう。

 

内陸地震としては異例のM8クラス【濃尾地震】

明治・大正期は関東大震災のインパクトがあまりにも大きく、他の地震にスポットライトが当てられることはあまりありません。

ただ、【1905年芸予地震】や【1872浜田地震】、【1911年喜界島地震】でも死者は出ており、1896年には【三陸沖地震】も発生しております。

三陸沖地震は、東日本大震災と震源域を同じくする揺れであり、その規模はM8.2。死者は2万人を超えました。

被害者のほぼ全てが津波によるもので、このときは岩手県で18,158名、宮城県で3452名、青森県で343名、北海道で6名の方が亡くなっています。

また、この時代には、日本の内陸地震としては最大の『濃尾地震』が起きております。

岐阜県西部を震源としたM8.0の地震で建物の全壊が約14万戸(半壊が約8万戸)、死者が約7200人、1万箇所以上での山崩れも起きるなど、凄まじい揺れを起こしております。

このときは岐阜県を中心に北北西―南南東方向に総延長約76kmの断層が出現したとのことです。ハンパじゃない……。

では、最後に昭和~令和までを見て〆とさせていただきます。

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