浅間山の噴火により、世は米不足、そして大不況となりました。
これはあくまで引き金であって、根本的に社会構造に歪みがあった。
田沼政治への不満が高まる中、その嫡男である意知が、佐野政言により斬られて落命しました。
そんな政治的な不満が「佐野大明神」伝説に結びつきます。
意知と愛し合い、結ばれるはずだった誰袖は錯乱したまま……。
心を失った彼女にもう一度笑って欲しい。意知最愛の桜を、笑顔でもう一度咲かせたい。
たまたま見かけた山東京伝の持ち込んだ手ぬぐいの柄を見て、蔦屋重三郎はそう思い始めたのでした。
蔦重は仇を討ちたい
耕書堂の向かいにある仙鶴堂の鶴屋喜右衛門は、そんな耕書堂の動きに気づいたようです。
なんでもネタを募集していて、一等賞は吉原接待という副賞がついてくるそうですぜ。なんのかんので吉原出ってのが生かされているじゃねえか。
鶴喜ははしゃいで走っていく山東京伝を見ながら、自分のところのお抱えが蔦重の企画に参加していることに気づきます。いいんですかい?

山東京伝/wikipediaより引用
山東京伝の描いた絵を示しながら、こいつを主役に笑えるネタを出すようにと言い出す蔦重。
ひょんなことから、まことのことしか言えなくなるとか、見えなくなるとか。
しょうもないことをワヤワヤと言い出しますが、蔦重は「ひょんなことから」縛りをしなくていいと示します。
「その方が、二代目金々先生というのはどうでしょう?」
鶴喜がやって来ました。
鶴喜は黄表紙のスマッシュヒットを出したい
あれぞ青本ブームの元祖。となりゃ、リブートするというのはアリですね。今にも通じる発想でさ。
蔦重は青本ブームのリバイバル狙いではないと断るも、鶴喜は京伝先生にするとまで言い出しました。ははぁ、こいつ、何か狙ってんな。蔦重は困惑しています。
鶴喜は、ここのところヒットが出ない黄表紙業界に、久々のスマッシュヒットが欲しい。そうすれば地本問屋全体が底上げできると考えています。
大当たりが出たら全体的に底上げが出せる。他の新作も売れる。ヒット作の著者については既刊の作品も売れる。
なるほど、山東京伝は鶴喜の抱えだからこそ、むしろ使って欲しいわけですね。
蔦重は、京伝が当たれば、鶴喜は鼻くそを穿っていても儲かる寸法だと腑に落ちました。
大当たりを出すことを条件に、鶴喜は京伝貸し出しを許します。ちゃっかり自分の儲けも出す算段をしている。
「京伝先生、楽しみにしてますよ」
そう笑ってんだがそうでねえんだか、わかんねえ顔で去っていく鶴喜がなんとも言えねえ。どんだけ重圧かけんのか。京伝も当惑していますぜ。
初代作者である春町先生がやるべきではないか? と逃げようとすると、春町はこうだ。
「悪いが、二代目を手にかけては初代に申し訳が立たぬのでな」
他の連中もこれには同意します。
歌麿も、京伝が描いた男が主役なら京伝が描くべきだときましたぜ。京伝は、その男を考えたのは俺じゃないとなんだか逃げを打ってきます。
なんでそんなに嫌がるのか? というと、荷が重いんだってよ。色男は重いものはかつげねえってよ。
「じゃあこの際鍛えようぜ、男の背中をよ」
そう京伝の背中を叩く蔦重でした。
松前藩の裏帳簿
そのころ、平秩東作は坊主頭になって、田沼屋敷におります。
周囲の反応からすると、相当汚れて臭うようです。傷と垢にまみれていますね。
平秩東作は実際には平賀源内より年上です。結構いい歳なのに、とんでもねえ目に遭ったようで。一般人にこんなスパイじみたことをさせるたぁ、なかなか人が悪い。
そんな東作が命をかけて手に入れたのは、松前藩の裏帳簿でした。
松前藩は定められた場所で商人とアイヌ(蝦夷)の交易をさせ、運上をおさめさせています。
幕政初期の商場知行制では、松前藩士が直接交易をしておりました。それが東作が説明する場所請負制へ転換がなされているのです。

松前城と大手門/函館市中央図書館蔵
松前藩としてはメリットがあります。
直接交易するとなると、海難事故といったリスクがある。しかし商人に取引そのものを任せて定期的に運上をおさめさせれば、そのリスクを商人に背負わせることができます。
そんな場所請負制の運上が、二重で計上されているのです。幕府に隠れて財を蓄えている可能性があると見なせる。
「でかした。でかしたぞ東作! しかし、ようもかようなものを見つけ出したものじゃ!」
そう意次が嬉しそうな声をあげると、土山宗次郎はこう告げます。
山城守(意知)の指図であったと。抜荷の策が潰れたあと、決定的な証拠を得るために、裏帳簿を探すよう命じていたのです。
その命に従い、複製して持ち出すはずが、松前側に察知されました。それでああも不審な出来事が相次いだんですね。
湊源左衛門と善吉、そして意知は犠牲になったのだと悔しそうな東作。
これだけの血が流れたからには、松前藩は上知せねばならないと訴えます。
意次は我が子の最期を思い出しつつ、松本秀持に命じ、上知を願い出る上書を書かせ、一気呵成に進めることにしました。
ここで『逆賊の幕臣』予習タイムを。
今回の状況を幕臣たちが見たら「きっちり上知をしてロシアと交渉してたらあんなことになっちゃいねえ」と嘆くことでしょう。
松前藩は一度は上知されるも、結局取り消されてしまうのです。
黒船来航後、条約を結ぶと、待ってましたとばかりにアメリカだけではない別の国も来ます。
中でも前のめりで危険だったのが、田沼時代から日本と交易をしたがっていたロシアでした。
ロシアは対馬を勝手に占拠し始める強硬策に出て、ロシア軍艦ポサドニック号による対馬占領事件が起きました。
対馬藩では、とても手に負えないこの一件。
『逆賊の幕臣』主人公である小栗忠順は、ロシアとの交渉に臨みます。
しかし外国奉行である小栗はあくまで調査のために派遣されていて、交渉は完遂できません。小栗はほぼ常に最善の策を出すものの、周囲の理解が得られないのが難点です。
結局、このときも彼の提案は幕閣により却下されています。
結果、イギリスの介入を経てロシア艦を退去させることになり、幕府権威はますます失墜してしまいます。
小栗の気持ちになってみれば「松前は幕府が直轄統治を続けて、ロシアとさっさと交渉してりゃよかったんだよ!」となるわけですね。
窮地に至った松前道廣は、一橋治済にすがるしかないようで。
幕府を崩壊させる悪のネットワークハブになっている一橋治済ですが、これまた幕末幕臣からすれば納得のいく話かもしれません。
彼らも、一橋は一橋でも、一橋慶喜に翻弄されることになります。
このドラマの幕政パートがいらないとか、つまらないとか、そういう意見も散見されます。
隙なく、かつ、幕末への予習にも役立つ、歴史の流れを知る上で大変良い出来だと私は思うのですが。もっともこの時代は見る側の知識が足りていないのではないかと思えることも確か。
例年以上に関連番組が豊富で『3ヶ月でマスターする江戸時代』を何度も再放送しているからには、作る側も「そんなの知ったこっちゃねえ」という構えなのかもしれません。
この時代の知識が日本人から欠落しているというのも、悩ましい話ではあります。歴史総合という教科の導入も、そこを危惧してのことかもしれません。
アップデートなきリブートは大ゴケ一直線ですぜ
山東京伝の原稿が仕上がったようで、耕書堂ではぷかぁ〜っと煙管を吹かせています。
この新作は何がなんでもヒットさせねばならないッ!――そう考えた蔦重は、他の作家連中に試し読みをさせます。
金々先生のリバイバルですから、導入部は「邯鄲の枕」をなぞっています。そして江戸ではしゃぐアホセレブがやりそうなネタをなぞっていくようですが……。
太田南畝評価では「上々吉」で「極」はつかねえってよ。
読み合わせをしている隣の部屋では、次郎兵衛がつよに髪を結わせていました。
どこからいるのかと蔦重が聞くと「その話を知っている」と返してくるだけでなく、「俺が出したネタも入っている」ってよ。
蔦重は「目ばかり頭巾」ネタは入れてねえはずだと驚いています。
しかし、次郎兵衛がこういうというこたぁ、江戸っ子も「二番煎じだナ、読んだことあるぜ」となりかねない。
蔦重が腕組みして考えているのに、京伝は喜三二と吉原に行く話をしています。
蔦重はおていさんの感想を聞きます。
どこが面白いのかわからない――彼女はそう酷評しました。
田舎出の若者が江戸で騙される。しかも主役は世慣れていない。新之助も「一旗あげようと江戸に出てくるのも引っかかるな」と続きます。
このころ江戸に出てくるのは飢えた流民ばかりであって、新之助がうつせみに夢中になっていたころとは、世相が違うんですね。もう金々先生みたいな若者は見かけなくなったとか。
こりゃ今でもあるあるじゃねえか!
原作が古い作品を、舞台を現代に近づけることで、世相に合わなくなって失敗するパターンだ。
バブル期のヒット作を現代版でリメイクすると……
「そもそもOLって概念が死語なんだけどよぉ。役職もつかねえ社員が都内のこんな部屋に暮らせるだけ給料もらってるわけねえだろ! そもそも正規? 派遣? 奨学金返済は?」
そう突っ込まれて、リアリティの時点でコケるやつだぜ。
大河でもありましたね。
『江』は『篤姫』、『いだてん』は『あまちゃん』の再来狙いが露骨だった。
『どうする家康』も、スタッフキャストが一致するからと『平清盛』のファンが放送前からやたらとはしゃいでいて、あっしは正直むしろ不安でならなかったもんでぇ。
んでヨ、ありゃコンセプトが「神君家康っていうけど、今時の俺らみたいな等身大の男、エロ大好き!だったかもしれないよw」だと思う。初回冒頭から、戦場から逃げ出す無様な家康が描かれたもんだ。
でもロシアのウクライナ侵攻が始まったご時世に、そんな戦場での悪ふざけで笑えっかよ。
そういうアップデートできない中高年による駄作死屍累々は、今でもよくある現象だぜ。ほんとうに今年の大河は学びがあるな。
そんな期待を背負いたくない山東京伝
蔦重は一からやり直しだと宣言します。
「蔦重の言った通りにした」と引かない京伝。
大枠は入れ替えず、小ネタやうがちを今様に入れ替えた、つまりはマイナーアップデートしたってことですね。
蔦重は、そう言ったことは認めつつ、それじゃよろしくねえならやり直すとのことです。京伝は素人の評価だと切り捨てようとしますが、世のほとんどは素人だと返す蔦重。
素人も面白え、「通」も唸るものにしてえんだと。そこまでしねえと大当たりにならないと言い切ります。
蔦重が南畝に意見を求めると、せいぜい「ウフフ」で、「ガハハ」ではないと言い切ります。
「俺、降ります、蔦重さん。へへ、俺には荷が重い」
そう言い出し、去ってしまう京伝。
蔦重は「扇屋の花扇ではどうか?」と持ちかけるものの、京伝は扇屋にはもう敵娼(あいかた)がいるそうで、大先生方に任せると出て行きます。
彼には引け目もあるかもしれません。南畝も春町も武士ですので。

大田南畝(四方赤良)/国立国会図書館蔵
後半に出てくる曲亭馬琴なら「あの人は教養がないんですよ」とぶった斬るかもしれねえ。武士出身でない京伝は、そういう点がやや落ちます。
馬琴は「俺以外は全部ダメ!」思想の持ち主なので話半分にしておいた方がよいかもしれませんが。
ともかく「ここは、俺に任せてくれ」と春町が言い出しました。
蔦重は誰袖のための仇討ちを諦めきれません。耕書堂で店番をしつつ、あの男の絵に目を落としています。
すると鶴喜が来ました。
「その絵、ちょいと佐野様に似てますよね」
なんと鶴喜は一度会ったことがあるんだとか。蔦重も、土山宗次郎の宴席にいたことを思い出しました。
鶴喜は、蔦重と京伝が喧嘩別れになったと聞き、何か手伝えないか?とやってきたんだとか。
蔦重は、佐野のことを聞き出します。
彼には大勢の姉がいて、真面目な人柄で、苦労を重ねてきたのだとか。気の毒では笑えないと気づく蔦重です。
春町は京伝は同類、努力型だと見抜いていた!
京伝が、春町と喜三二と向き合っています。
三味線を弾いてますね。煙管の扱いといい、三味線といい、どこまでも江戸男モテテクを習得している奴だな。
そこには小股の切れ上がったつやという美女がおり、茶を出して出てゆきました。
なんでも京伝のイロらしく、本人は「戯作やってモテてりゃいい」とリア充自慢をしています。ヒットとかどうでもいい。机にかじりつくなんてゴメンだとよ。
喜三二が俺もそうだと笑って同意。
京伝の家業はどうなっているのか? というと、戯作者としては山東京山と名乗る、しっかり者の弟がいました。
兄と弟で歳はそこまで離れておりませんが、活動時期が異なるため『べらぼう』に出番があるかどうかは不明。
するとここで、黙って聞いていた春町が立ち上がって隣の部屋に入り、大量に積まれていた書き損じをぶちまけます。

『吾妻曲狂歌文庫』に描かれた恋川春町/wikipediaより引用
驚く喜三二。
慌てる京伝。
春町は苦労して書いている証拠の書き損じを京伝に突きつけてきます。
「そりゃァ、これ以上苦労したかねえよなぁ。こんだけ苦労して書いてたら。見栄を張るな、お前は俺の仲間だ。机にかじりつき人から見たらどうでもよい瑣末なことにこだわり迷い唸り、夜を明かしてしまう手合いであろう」
否定するも動揺している京伝。
「俺は喜三二さんの手合いでさ」
泣きそうになってそう言うと、春町は否定します。
「ちがう! お前はこちらの者だ、来い。来い!」
「いやだ、いきませんよ!」
逃げ出そうとする京伝を春町はヒシと抱き寄せます。
この場面は素晴らしい。覚えておいてください。春町先生と似たタイプでめんどくさいものの、容赦がまるでない。
そんな馬琴が後半、春町を襲います。
なお、馬琴曰く、京伝は死の直前まで遺作を全力で書き続け、まるで討死を遂げたようなものだとか。創作に情熱を注ぐ人だったのですね。
鰻の蒲焼を食べながら作品会議
蔦重は、上方で米が安くなったと噂話をする江戸っ子を見ています。
意知の政策がやっと実って米価が下がったにも関わらず、江戸っ子たちはその意知を佐野政言が斬ったせいだと信じているようですね。
これは歴史にせよ、物事にせよ、因果関係がわからないとやっちまう話。我々も気をつけねばなりません。
金々先生プロジェクトの話は固まりました。
そして鰻の蒲焼が出てきます。これが黄表紙のタイトルにもなるわけですね。
鰻は昔から食べられてきたものの、醤油と味醂を用いた今にも伝わる食べ方は江戸時代に確立されました。
まだ鰻丼にはなっておりません。
大久保今助という男が、水戸街道の牛久の沼にある渡しで鰻とどんぶり飯を頼みました。するとまだ食べきれぬうちに船が出てしまう。
あわててどんぶり飯に鰻の蒲焼を載せて持ち歩き、食べてみたらうまい!
かくして鰻丼が誕生したのですが、この時代よりも後のこととなります。

さて黄表紙の新作について。
裏返しで進めることにする――佐野の人物像を裏返しにするとのことです。
佐野は真面目すぎて笑えない。だからこれを正反対にする。背開きか、腹開きか。そういう話でさ。
主人公は大金持ちの一人息子。甘い汁しか吸ったことねえバカ旦那。だったらどんな苦い汁を飲ませようが笑えるってさ。
ここでちぃと大河のことも思い出したんですが、『青天を衝け』がつまらなかった理由の根本がわかりやしたぜ。
渋沢栄一は幕末を潜り抜けたにしちゃ苦労してねえ。生まれも豪農のボンボンだしよ。そんなのが世の中うまくわたって甘い汁を吸ったところで、盛り上がんねえもんさ。
話を戻しまして、蔦重には、苦いネタが思い浮かばないそうです。
すると京伝が話に入ってきます。まずは動機づけだ。佐野の欲は何か。
春町が「名声をあげたかったのだろう」と答えると、喜三二は家名より浮き名を流したいそうで。
ここで京伝、ピンときた。
若旦那は浮き名を流すことに命をかける。心底惚れたい、惚れられたいわけじゃない。ただ「あれはモテる」「色男だ」って周りから言われてえ! そんなくだらない話をやろうと語りました。
清々しいほどバカな望みだと春町も納得。
大枚叩いて押しかけ女房を雇うというアイデアも出てきます。役者の門之助に押しかけ女房がいたんだってよ。それをバカ旦那が金をばらまいて同じことをするんだとか。
そんなことしても浮き名は立たねえとはしゃいで語る。
蔦重は「読みてえ! そいつを読みてえよ!」と太鼓判を押すと、京伝が応えます。
「めっぽう、書きてえです!」
弾んだ声で、満面の笑みを浮かべて快諾するのでした。
蔦重はネタを集める
話の筋が決まれば、あとは肉付け。
「どんな浮名を流したいか?」
蔦重はネタ集めに走ります。
鶴喜は「読売」ではどうか?と答えました。要するにチラシの配布ですね。
つよは「色男はぶたれる」と言います。なんでも彼女に言い寄っていた男が、気を引こうとして殴られて、髷が崩れたんだとか。
志げは、大金で間夫気分を味わいたいという客がいたと明かします。同時に彼女は、夜中に誰袖が丑の刻参りをしようとするから、寝ずの番だとこぼしています。
そして主人公の名前が決まりました。
浮気屋艶二郎(うわきやえんじろう)――しょうもねえ名前だな、オイ。
京伝は腕まくりをして「つや命」と書かれている刺青を見せてきます。
モテるとこうして女の名前を彫るんですね。ただ、上から灸を据えて古い方を焼き消すこともできる、ゆえにモテる男は腕が火傷だらけになるんですな。
これも元々は女郎の手練手管で、それが一般人、男までくだってきたってことですね。うつせみもたちの悪い客に刺青をさせられていたもんです。
刺青と火傷だらけのアイデアを本作に入れるとはしゃぐ京伝。絶好調じゃねえか。
そんな京伝の背に寄り添い、蔦重はこう持ちかける。
「いい男の背中になったなぁ」
「もうやめてくだせえ!」
それでも蔦重は甘え、艶二郎の名を変えたらどうかと甘えてきます。
かわいらしい場面っちゃそうですが、歌麿が嫉妬しないことを願うばかりです。蔦重はとんだ人たらしだな。
江戸城では田沼意次が、将軍・家治に松前藩の上知願いを出していました。
松前藩はオロシャと抜荷をし、謀反を企んでいる――穏やかな家治といえど、由々しきことだと怒りを見せます。
するとそこへ一橋治済がやってきます。

徳川治済(一橋治済)/wikipediaより引用
胡乱な目を向ける意次。
早くも蝦夷上知について耳に入れ、いてもたってもおられずやってきたそうです。
上知の一件を止めに入るのかと思えば、礼を丁重に述べる治済。
ご公儀にとっては利益になる。となれば、時期将軍となる西の丸こと家斉にとってもよい話になると、お礼を告げたそうで。
意次と三浦は意図を図りかねています。
松前の味方でないということか、はたまた田沼は自分のために動く駒だと言いたいのか。
意次は「どうでもいい」と笑い飛ばし、役目の邁進を誓うばかりでした。
さて、その真意は?
劇中劇『江戸生艶気樺焼』
秋を迎え、蔦重は仇討ちだという黄表紙を誰袖の前に差し出します。
そして、百万両分限と呼ばれる仇気屋艶二郎の話だとして、物語を読み始めました。
なんの苦労もないバカ息子のお話――ここからは劇中劇へ。
艶二郎を演じるのは、つけ鼻姿の古川雄大さん。美貌も美声も台無し、すっかりバカ息子になりきりました。
そこへ春町扮する悪井志庵、喜三二扮する北里喜之介がやってきます。漢字を読むだけでワルだとわかりますな。
さて彼らはどうやって「浮名を流す」のか。
まずは刺青と灸に挑戦。一度彫った女の名前をすぐ消せば、浮気な腕になるとのことで、見てる方も痛いぜ、こりゃ。
お次は、役者の家の追っかけグルーピーを真似て、おえんという評判の芸者に50両はらい、周囲に痴話話が聞こえるよう仕込みます。
眼鏡を外して美人芸者になりきったおていさんが、棒読みで死ぬ覚悟だなんだの言ってます。しかし、その声量では周囲に聞こえない。もっと大声で!と追加料金10両を払う艶二郎。
しかし、なかなか浮名の噂は広まりません。
今度は鶴喜が棒読みで、読売を売っています。風間俊介さんの棒読みが聞けるたぁ、貴重な機会でえ。
タダでもいいからと配られた、押しかけ芸者の読売は、渡したそばから鼻をかまれて投げ捨てられる。
艶二郎は女郎買いをして、浮名屋の浮名という女郎を買うことにしました。
誰袖が扮していますね。この浮名の間夫にして欲しいと頼み込むものの、相手にされちゃいねえ。あくまで営業でしか付き合ってくれません。
しかも艶二郎は、志庵の名前で浮名を揚詰(連日独占する遊び方)にし、自分は新造買い(新造を買いその姉女郎として会う)にして会うんだと。
これをすると「花魁はお大尽の揚詰なので、待ってくださいね」と間夫気分が味わえるんでさ。
「たまんねぇなあ、この間夫気分」
金がねえから揚詰の花魁に会えないけど、裏でこっそり新造を買って会うわけさ……いや、もう……バカじゃねえのか!

葛飾応為『吉原格子先之図』/wikipediaより引用
みの吉扮する新造が、揚詰の金も自分で出していると指摘して戸惑っています。
と、志庵が「お待たせ山〜」とやってくるのでした。
花魁に出会うと、スケベな医者坊主相手は辛かっただろうと気づかう艶二郎。しかしバカな遊びにつきあわされた花魁はそっけない態度です。
さらには、ならず者を雇って自分を襲わせもしました。
わざわざ髷を解けやすく結って殴らせる。このときはよっぽどのバカ者としてちょっと噂になったとか。
さらには浮名に駆け落ちを持ちかける艶二郎。
芝居でいいからやってくれと懇願されると、嘘でも嫌だと浮名はそっけない。
ついには「身請けを条件に駆け落ち」まで言い出します。んなもん、同時にやるもんじゃねえだろうよ……。
格子を壊し、梯子をかけ、駆け落ちしたっぽい身請けをしたそうで。
吉原の者たちに口外して回るよう言い含め、目立つように三味線と口上までつけて、駆け落ちのふりをします。
すると「仇屋!」と声までかかるのだからアホにもほどがある。
誰袖の笑顔がまた咲いた
「こんな駆け落ち!」
誰袖がようやく笑い出しました。
彼女の笑顔を見て満足げな蔦重。ようやくあの花が咲くような顔が戻ってきました。
「笑ってっからよ。お前、笑わなくなったじゃねえか。俺ができる仇討ちは、佐野が奪ったお前の笑顔を取り戻すことなんだよ。俺にはこれしかねえからな。こんなもんで気が済むとは思わねえけど、呪うのはやめにしねえか? このままだと志げさんが先いっちまうからヨ」
そう言われ、誰袖は胸のうちを打ち明けます。
「死ねないのでありんすよ」
何度も何度も跡を追おうとしたけれど、いざとなると恐ろしい。人を呪い、呪い返されれば一挙両得だと思っていたとのこと。
「お前はどこまでもお前だ」
蔦重はしみじみと言います。
「許してくだりんすかねえ、雲助さまは。あとすら追えぬ情けないわっちを」
そういい、木に咲く花を見て、立ち上がる誰袖。
「許すっておっしゃってんじゃないですか」
「おう、そんなお前だからとびきり好きだって」
そう志げと蔦重に言われ、いたずらっぽく誰袖は志げの尻を叩きます。やっと誰袖が戻ってきました。
「次はいつ、お越しになりんす?」
そう微笑みます。
天明5年(1785年)、『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』は空前の大ヒットとなりました。
世のトレンドは、佐野大明神から仇屋艶二郎に変わったそうで。
田沼意次もこれを読み、粋な仇討ちだと満足げです。
さらには、流行に敏感な松平定信も手にして、こう呟いています。
「仇……」
MVP:山東京伝(北尾政演)
『べらぼう』を見ていると、役者はすごいと思うことがたびたびあります。
「イケメンが演じているのに、そうは見えない役」というのもそのひとつ。
具体的に言うと、次郎兵衛と山東京伝ですね。
確かに京伝は、煙管の吸い方や三味線の扱いが江戸前の美男になるところがすごい。
今回は艶二郎がさらにアホさを上書きしてきました。メイクさんの努力にも感服するばかり。たとえどれだけ美形でも崩せるもんなんですね。
それだけでなく今回の山東京伝は「モテることはそんなに偉いのか?」というところまで到達しました。
昨年と比べると『源氏物語』のころから随分と現代に近付いてきているとも思えます。
平安貴族にとって好色とは生き方であり、それだけでひとつの価値観です。
『源氏物語』もじっくり読めば光源氏はなかなか下劣ですし、どうしようもないとはいえ、紫式部の筆は一応は褒めているわけです。
それが江戸中期、近世に到達すると「モテを求めるってバカじゃねえの!」と笑いを取れるようになった。
現代の価値観にかなり近づいてきていると思いやすぜ。
今回見ていて連想せざるを得ないのは、これまでの人生で見てきたものも、今もSNSで流れているものも含めて、「モテ」を肯定する馬鹿馬鹿しい価値観のことでさ。
今なら、こんなかんじのやつな。
さっきエレベーター乗ったら、べらぼうにイイ匂いがして思わず「何の香水使ってるんですか?」って聞いたら山東京伝ブランドの鬢付油使ってたw
とかなんとか、ヘアオイルやら香水の広告に誘導するヤツですね。
以前香水の本を読んでいてみかけた「誰もが好きな匂いについて聞かれるけど、ベーコンじゃないのかと返すしかない。そんな香水はない」というような文章を覚えていますんで、アホくさくなってくるんでさ。もうああいうのは、見かけるだけで虚しくなりまさ。
結局、平安時代のように、人間性云々以前に血統でモテが決まるようでなくなったらば、その隙間に何が入り込んでくるか。
マーケティングとか、誰かの戦略とか、そういうもんじゃないですか。
ならば笑ってやって正解でしょう。
山東京伝もそんな浮世の風に流される、気楽な男ぶりたいように見えます。
けれども彼自身の中には納得できる創作を求めるゆるぎない魂があって、それが光が差し込むと反射しだす。
そういうときの山東京伝は、無茶苦茶いい男に見えます。
笑って書きてえと言い出すその瞬間、彼は燦々と輝きます。
人間の持つ光を見せてくれる山東京伝――この軽薄パリピは、人とは何かを教えてくれました。ありがた山です。

山東京伝/wikipediaより引用
総評
難所を超えましたね。
ぼかされていましたが、山東京伝は佐野大明神ものを出しています。
ただ、それより『江戸生艶気樺焼』が上書きするように売れたことは確かですし、「仇」が主人公の名前に入っていることですし、そこをうまく活かした作りだと思いやすぜ。
佐野大明神は全く消えたわけでもなく『有職鎌倉山』という作品が上演され続けることになります。
田沼意次といえば賄賂というマイナスイメージも、長いこと残り続けました。
そういう印象すらこのドラマで上書きされるのだから、たいしたものでしょう。
幕政パートも見逃せませんね。
あまり時間を取れないと思う中、ぎゅっとコンパクトに詰めてきています。
実は江戸市中の出版と政治は距離が近いものでした。蔦重の没後はより関係が深まるとも言える。
ナポレオン戦争、フランス革命、阿片戦争といった、絶対に隠したい情報が漏れてしまい、それをなんとか出版する根性ある者が出てきます。
蔦重の没年に生まれた絵師である歌川国芳は、幕府が隠したいギリギリの情報を踏まえて描き、ヒットを飛ばしてきます。
こうした江戸時代人の情報網への関心を抜きにしては、日本の近世近代史を語ることはできないのではないか――その点、今年の大河ドラマとその関連番組は素晴らしい挑戦だと思います。
今回は、亡霊を成仏させてくれた効果もあると思います。
それは大河にぶち込まれる、唐突なラブコメ、モテ要素という亡霊でえ!
視聴者だって散々文句言ってきたじゃねえですか。
どう考えても政略結婚の主人公が、暴れ馬を止めるヒロインと偶然出会う場面がしょうもねえとか。
ヒロインが木登りして落ちるようなおてんば描写がうぜえとか。
大河の歴史を見ておりますと、どうも「今どきの若者にウケるようにしないとな!」と、定期的に美男美女とラブコメをぶち込んでくるんですね。
トレンディドラマなんかの流行が関係あるようで。
民放ドラマのウケる要素を大河にぶち込むんだけども、そういうのやりてえなら山東京伝主役にすりゃよかったんスよ。今回のおかげでそう言えます。
あれは効果あったのでしょうか。ラブコメが苦手だから時代ものの殺伐としたドラマが見たい層にとっちゃ、ただのノイズじゃないですか。
浮世絵だって「歌川国芳の武者絵が欲しいぜ!」って思っている江戸っ子は、美人画には目もくれず、絵草紙屋でもそちらを目指すはず。
そういう連中に美人画を買わせようったって、余計なお世話でしょ。
ユニクロで国芳Tシャツを見ていたら「こっちの矢沢あいコレクションにしよう」と言われても、ただの迷惑ですよね。

歌川国芳『相馬の古内裏』/wikipediaより引用
大河にラブコメは別にいらねえ!
それなのに、大河ラブコメ路線の弊害は、今から十年前に極められていったんだ……思い出したくもない、記憶から焼き消したはずの過去の大河ドラマが亡霊のように浮かび上がってきたぜ。
その亡霊を紹介させてくれ。厄払いなんだ!
まず、一体目は『花燃ゆ』。松下村塾を描く上で、どういうわけかおにぎりを握る吉田松陰三女をヒロインにしたドラマだぜ。
説明しているだけで頭痛がすらあ!
あれは今にして思えば、モテウォッシングですかね。テロリスト養成所という側面を持つ松下村塾を、ラブコメでごまかそうとしたように思えるぜ。ごまかせてなかったけどな。
二体目は『西郷どん』。
男にも女にもモテモテである西郷隆盛というコンセプトを掲げていました。いま思い出しても気が遠くなるくだらなさだけどよ、一体何がしたかったんでえ?
三体目は『青天を衝け』。
渋沢栄一はイケメンでもなく、どちらかといえばボンボンが金で女を買ってモテモテ気分を味わっていた、リアル艶二郎タイプなんだけどな。
生まれた時代が天保という、幕末に活躍する世代ど真ん中だったつうだけで。ああいう主人公の幕末ものをやられても、どう思えというんだか。
そして四体目は『どうする家康』。
あれもモテがノイズだったな。
マザーセナことメインヒロインが目立つ理由として、徳川史観からの脱却だのなんだの言い訳を並べてたけど、文春砲で主演が相手役となるべく長い時間過ごしたかっただけ疑惑が暴露されていた。
大坂の陣すら、家康がまるで秀頼に対し「俺よりパリピでモテる若造は許せない!」と怒りを燃やしているような作りだったからな。
はい、亡霊の紹介は終わりだ!
こんなしょうもないモテの呪縛にとらわれていた作品でも、大河ドラマは世間に影響を及ぼから厄介です。
吉田松陰の妹で一番重要なのは長姉なのに、三妹が『ライズ・オブ・ローニン』に出てくるし、渋沢栄一の子ども向け伝記漫画はイケメンにされているし、洒落になってないんですよ。
ちなみにもうひとつ突っ込んでおきますと、ヘテロラブコメは水増しするのに、それ以外の愛を大河は削除しがちでしたよね。
それがもうこれからは「ラブコメやりたかったなら江戸中期でよかったじゃねえか!」で返せる。
世間ではアロマンティックやアセクシャルも認知されてきておりますし、これが世間の流れだと思いやすぜ。
もうそういう時代じゃないのに「若者にはラブコメがウケるんだナ」だの、「若者相手にエッチな話をしたらウケるかも」だの、そういうのは鬱陶しいだけなんです。
いつまでも自分が若い頃のネタをリサイクルするもんじゃないすね。学びの多いドラマだ。
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【参考】
べらぼう/公式サイト





