直秀はなぜ金品ではなく衣装を盗んでいたのか

画像はイメージです(源氏物語絵巻/wikipediaより引用)

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『光る君へ』直秀たち窃盗団はなぜ衣服を盗んでいた?平安時代の衣料事情に注目

大河ドラマ『光る君へ』で衝撃的な最期を迎えた直秀。

散楽の一員であり、かつ盗賊という一面も持っていましたが、彼らの盗み方を見て不思議に思ったことはありませんか?

なぜ金品ではなく衣服ばかり盗んでいくのか――。

しかも盗んだものは貧民に分け与える義賊ともいえる存在でした。

日本の義賊といえば「鼠小僧」が有名です。

有力者の家から盗み、貧者に与えるという点では一致するものの、鼠小僧が大名屋敷の金品を狙ったのに対し、直秀たちは上級貴族の衣服を盗む点が大きく異なる。

一体なぜなのか?

平安時代の社会事情を踏まえながら、十二単(じゅうにひとえ)などにも注目して参りましょう。

※以下は直秀殺害の考察記事となります

直秀たちはなぜ殺されたのか
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当時は現物支給の世界だった

本題に入るまえに、2022年大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を見ておきたいと思います。

思えばあの作品でも、序盤は素朴な世界観の中で生きていました。

主人公である北条義時の父・時政は、賄賂として新鮮な野菜を持っていきます。

ナスは焼いて食べるとうまいと笑顔を見せる時政は、心の底からよいものを贈るという誠意を感じさせました。

時政の思考はドラマの後半になっても変わらない。

幕府成立後も、新鮮な食物をもらうと露骨に贔屓してしまう姿が出てきました。

その子である北条義時も、思いを寄せる女性には食べ物ばかりを贈ります。

台所で見つけた草餅。

合戦もある中で採取していたキノコ。

相模の海で獲れた魚介類などなど。

後にキノコは三浦義村に「おなごの好物だ」と騙されていたというオチがつきます。

いずれにせよ食べ物ばかりを贈っていた――あの世界観は何なのか?

三谷幸喜さんのユーモアセンスと思われるでしょうか?

当時だって、食べ物以外にも価値のあるモノは登場します。

義時の兄である北条宗時は、平氏への反感を募らせた熱血漢でした。彼は憤りつつ、こう語っていたものです。

「平氏についた連中は馬や女を奪う!」

つまり「馬と女」も魅力ある品だったということがわかりますし、実際、武士にとって馬は言うまでもなく重要でしょう。

かつ「女」が重要であることもわかります。

 

華麗な衣装には文明の香があった

平安時代が終わって鎌倉時代へ突入しても、依然として続く原始的なやりとり――物々交換の世界は、縄文時代から日本がどれほど進歩したのか?と疑問を抱きたくなるほど素朴な世界観です。

一方で、義時の姉である北条政子は、京から吹いてくる文明の風に魅了されました。

兄の宗時が、流人である源頼朝を匿い、北条家に連れてくると、その姿を見た政子は熱烈に惚れてしまう。

その理由は、彼の周りにある価値観や言動から浮かんできます。

頼朝は信心深く、戦乱の中で命を落とした父や兄の菩提を弔っていました。

筆と紙、仏具を手に取るその姿からは、圧倒的に洗練された文明が感じられてもおかしくありません。

野菜を食べて猪を狩り、馬や女を奪い合う坂東武者と比べたら、全くちがう! として、政子がポーッとなってもおかしくはありません。

京都から来た相手に惚れてしまうのは、政子だけでもありません。

父の北条時政は京都から連れてきた新妻・りく(牧の方)を我が子にデレデレしながら紹介しました。

親子ほど年齢差があるとされ、この妻は政子よりも若かったのではないかという説もあるほど。

若い女と結婚したら、そりゃあ浮かれるよな……と言いたいところですが、それだけではなく、りくには他の坂東女とは大きく異なる点がありました。

衣装です。

時政の娘である政子や、他の坂東の女たちは、動き易そうな質素な衣装でした。一方でりくは、そもそも動くことを想定していないような豪華なもの。

そばに寄るだけで嬉しい、家の中にいるだけで花が咲いているような華麗な姿です。

働かなくていい、ただ座っていればいいんだよ♪ と時政が鼻の下を伸ばしてもおかしくないような華麗さが彼女にはありました。

ここまで見てくると『鎌倉殿の13人』で描かれた平安末期の伊豆における価値観も見えてくるでしょう。

もしも直秀が鎌倉や伊豆に来て、高価な貴族の服を配ったら?

皆、大喜びで拾い集めるに違いありません。

平安時代とは、華麗な服と、それを身につけた人が尊ばれる時代でもあったのです。

あらためて大河ドラマ『光る君へ』の時代へ戻りましょう。

番組の宣伝で「五節の舞姫」となったまひろの姿が映し出されると、こんな指摘がありました。

藤原為時の資産で、舞姫の衣装を用意できるわけがない」

確かにその通り。舞姫に指定された家は衣装代がかかり、大変な思いをします。

この指摘は、実際の放送が始まると、払拭されました。

舞姫には、もともと左大臣・源雅信の娘・源倫子が指名されていました。

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しかし娘を溺愛する雅信は、倫子が好色な花山天皇の目にとまったらたまらない。そこで為時の娘であるまひろに代役を頼み、衣装も用意された。

ともかく平安時代中期以降の衣装が、高級品であることがわかるでしょう。

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