直秀はなぜ金品ではなく衣装を盗んでいたのか

画像はイメージです(源氏物語絵巻/wikipediaより引用)

光る君へ感想あらすじ

『光る君へ』直秀たち窃盗団はなぜ衣服を盗んでいた?平安時代の衣料事情に注目

2024/03/07

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有力貴族の家にある衣装

高価な衣装を女房自ら用意するのは厳しいものがあります。

そこで有力貴族たちは、サロンに出入りする女性に衣装を支給することもありました。『源氏物語』でも、光源氏が衣装を見立てる場面がありますね。

当時の女性たちは自分たちの好みで衣装を選んでいたとも限らず、男性権力者の着せ替え人形のように衣装を支給されていることもあるのです。

そんな衣装であればこそ、盗まれた記録も出てきます。

例えば『紫式部日記』にも、盗賊に遭ってしまった女房の話が出てきます。服を脱がされ、裸で震える同僚の姿に紫式部が衝撃を受けているのです。

たまたま弟・藤原惟規の出勤日だったことから、惟規が捕まえたりしないかな?と、活躍を期待していたものの、この日は早々と退勤しており、姉としては失望する羽目に陥るのでした。

屋内で脱がされたならまだ幸運です。

屋外に連れ去られた上で衣服を剥がれると、そのまま凍死してしまう危険性すらあった時代です。

『光る君へ』の盗賊は、こうして考えてくるとその時代らしい盗み方をしています。

左大臣源雅信の家に忍び込み、テキパキと衣装を持ち出す。

直秀が東三条の藤原兼家邸に招かれると、屋敷の構造を道長に尋ねていた。

そして東三条に盗みに入ったところで捉えられ、検非違使に突き出されてしまいます。

兼家の家はただの金持ちでもありません。

入内させた娘がいて、それに仕える女房もいる。センスのいい道隆と高階貴子夫妻ならば、さぞや目の肥えた素晴らしい衣装を用意していることだろう。

そう目星をつけて盗んだのだとすれば、合理的な行動といえました。

貴族の家には、衣装以外にも様々な貴重品があります。

文房四宝に、琵琶をはじめとした楽器。

海外から買い付けた陶磁器。

男性の衣冠束帯には貴石も用いられています。

しかし当時は身分による服飾や持ち物の制限も多く、文房四宝や楽器は使い方がわからなければ持て余してしまう。

そんなときに手っ取り早いのが、やはり衣装なのです。

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鳥籠の中に閉じ込められた小鳥

華麗な十二単の裏には、様々な要素が見え隠れしています。

西洋のコルセットやハイヒール、中国の纒足ほど露骨ではありませんが、当時の衣装も十分不自由で、女性を縛り付けるものもあったのです。

『鎌倉殿の13人』において源頼朝の妻となった政子は、義母であるりくに勝るとも劣らない服を身につけるようになりました。

そんな政子が、お忍びで義時の家を訪れた際、昔のような質素な服装をしていました。

義時がその方が似合うと指摘すると、政子も実はそうなのだと答える。

身分が高くなり、飾り立てることで権威を身につけることは、自由を失うことでもありました。

思えば『光る君へ』でも、まひろは序盤から活発に外を出歩いています。

家の外を歩き回り、散楽を見ては笑う――そんなまひろを見て、道長はこんなふうに笑う女を初めて見たと興味深そうにしていました。

今後まひろは、成長するにつれ、服装も豪華となることでしょう。

藤原彰子の女房として出仕すれば、道長が重く美しい衣装を提供するに違いありません。

その姿はきっと美しい。

されど同時に、自由を失い、鳥籠の中に閉じ込められた小鳥のような姿なのかもしれません。

『光る君へ』の第9話で、都を鳥籠にたとえた直秀は、そこを出ていく「自分についてくるか?」とまひろに問いかけました。

もしもまひろが応じていたら、十二単に閉じ込められる小鳥にはならなかったでしょう。

しかし、彼女は残った。

そして、鳥の羽根をむしり、撒き散らすように盗んだ衣類を民に与えた直秀は、検非違使たちによって殺害され、鳥辺野に打ち捨てられていた。

これから先、まひろと道長はどんな思いで彼を思い出すのでしょうか。


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【参考文献】
榎村寛之『謎の平安前期: 桓武天皇から『源氏物語』誕生までの200年』(→amazon
倉本一宏『平安京の下級官人』(→amazon
繁田信一『殴り合う貴族たち』(→amazon

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小檜山青

東洋史専攻。歴史系のドラマ、映画は昔から好きで鑑賞本数が多い方と自認。最近は華流ドラマが気になっており、武侠ものが特に好き。 コーエーテクモゲース『信長の野望 大志』カレンダー、『三国志14』アートブック、2024年度版『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『覆流年』紹介記事執筆等。

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