青天を衝け感想あらすじ

青天を衝け第2回 感想あらすじレビュー「栄一、踊る」

2021/02/22

はい、こんばんは。

今回、徳川家康がざっと鎖国論についての持論を展開します。

一言で言えば「鎖国は国を閉ざしていたわけではなく制限外交だった」という最近の見方が反映されていますね。

渋沢栄一が生まれた時代は諸外国といかなる関わりだったか?

より詳しいことが知りたい方は以下の記事もご参照ください。

幕末の海外事情
開国の圧力迫る幕末時代に江戸幕府はどうやって海外情報を得ていたか

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渋沢栄一9歳は元気いっぱい!

栄一は9歳になり、父の仕事を学び始めています。

朝から歩いても歩いても到着しないほど遠い場所だとぼやく我が子を、東照大権現はこの道を超えていったと励ます父・市郎右衛門。

父子は藍を育てる人々を見て回り、買い付けています。一郎右衛門は目利きで、しっかりしている人物のようです。

みんなが楽しいのがいちばん――そう両親から習った栄一は立派な青年になりそうです。

ここでウキウキしてくるオープニングになります。

血洗島では、藍の収穫が終わったときに獅子舞のある祭りがあり、栄一たちも楽しみにしています。

そこへ岡部藩の代官・利根吉春がやってきました。

住民を困らせる典型的な悪代官。

6月という人手が足りぬ時期に、無茶苦茶な作業をと金を用意しろと言いつけてきます。

理不尽なことを言い、栄一は「なんでとっつぁまか?」と怒りを燃やします。正義感が強いんですね。

 


俺は獅子が舞いてえ

しかし代官の言うことがあまりに悪辣なため、せっかくの祭りが行えなくなってしまいました。

「俺は嫌だに! 俺は獅子が舞いてえ!」

栄一は納得できない。

五穀豊穣、悪霊退散はどうなるのか?

何よりも、みんなが楽しいのが一番という彼なりの正義に反します。

「義を見てせざるは勇無きなりだ!」

そうキッパリ言い切る。

どうやら『スカッとする』というのが本作のテーマのようです。

父に叩かれても、栄一はキッと睨み返すのです。意志が強いのですね。

かくして6月、血洗島が一番忙しい季節になりました。

やんちゃな栄一は寝坊してしまいます。とても賢いようで、どこか抜けているところが愛らしい。

男たちは昼に土木作業、夜は藍の取り立てをする日が続き、働き者の苦労がしのばれます。

そんな中、栄一は何かを考え込んでいます。

後に妻となる、幼馴染の千代には悲しい気持ちを打ち明けます。運命を感じる男女ってやつでしょうか。

そのころ一橋家では――。

 

イケメン同士がさわやかに稽古

七郎麻呂は家慶の慶の字を賜り徳川慶喜になりました。

けれども、不満がある。あまりに退屈な生活で、不貞腐れているようです。

家慶はそんな慶喜に目をかけています。幼いころから優秀だったからでしょう。

その一方で、隠居を強いられた父・斉昭は幕政復帰への意思をたぎられています。御三家当主として、正義感の強い大名として、それは当然の思いですかね。

そして再び血洗島では……機転を利かせた栄一が獅子を舞う!

「ごこくほうじょう! あくえきたいさんなり!」

こうしてみんなの楽しい気持ちを実らせる栄一の機転が光ります。

明るく楽しいミュージカル風の演出のあと、獅子を舞う栄一がたくましい青年へと成長してゆきました。

オープニングの映像、先週のお蚕ダンス、そして今週。

このドラマは難解な幕末を、ディズニーのように軽やかな演出で描くようです。

子役から本役になった美男美女が笑い合いながら、楽しい青春を送っている様子が描かれる。

ただし、そこは幕末ですから、尾高惇忠のもとで剣術稽古もします。

イケメン同士がさわやかに稽古。これぞ青春でしょうか。

栄一はちょっとドジなのか、浮かれて転んでしまう。このあと、泥だらけの栄一が褌だけになる場面が入ります。うーん……。

◆ NHK大河「青天を衝け」再びの「イケメン大河」で見どころ満載(→link

もちろん時代は動いています。

幕府では、強い将軍が必要だとして阿部正弘川路聖謨が話し合っている。

と、彼らの耳に衝撃的な報せが入りました。

アメリカ艦隊が向かっている!

船の上でペリーが、日本を目指す理由を語る――わかりやすさを重視した演出が光ります。

 


MVP:利根吉春

「へへえ〜お代官様!」

かつてはお茶の間に通じた時代劇のこの台詞。

今の若い世代はわからないですよね。

そんなとき「あの大河に出ていた奴だよ」といえば通じるようになるかもしれない。ありがたいことです。

 

総評

歴史劇とは結末が明らかである。

それでもドラマや映画を見てしまうのはなぜだろう?

見る時代ごとに異なる描き方ができるからとされています。

そういう意味では『青天を衝け』とはまさしく現代にふさわしいドラマなのかもしれません。

難しくない。暗くもない。

幕府側の幕末視点で描くと、どうしても敗者の美学だのなんだの堅苦しく暗くなりがちですが、ただでさえ暗いご時世にそれを見たいか? ドラマ鑑賞のために頭を使いたいか?

明るく希望に満ちていて、見ていてスッキリできる。

そういう明るいドラマが見たい!

この作品はそういうニーズを掴んでいます。高い視聴率は、その証明なのでしょう。

◆ 初回視聴率20.0% NHK大河「青天を衝け」(→link

◆ 吉沢亮の泣きたくなるほどの純粋さ、草なぎ剛の貫録…「青天を衝け」が楽しみでたまらない(→link

以下、蛇足ながら……。

 

徳川目線の幕末維新とは?

今週は徳川家康が極めて雑な鎖国論を展開しました。

あんまりこういうことを突っ込みたくはありませんが、幕末研究者が辞退していませんか?

どうにもおかしい。何か基本的なところがおかしい。

『西郷どん』でもフランス革命の理解が決定的におかしかった記憶が蘇りますが……グローバル・ヒストリー時代にこれを流すのはもはや害悪な危険性すら感じます。

Eテレ『歴史にドキリ』の方が上出来に思えるのはどうしたものでしょう。

三谷幸喜さんの2018年新春時代劇『風雲児たち〜蘭学革命篇〜』はよかった。

そういう比較はしたくないのですが……史実を噛み砕く脚本家の力量さが歴然と表面化する大河枠って、気の毒だとすら思います。

史実の理解度、咀嚼度であれば、2015年『花燃ゆ』脚本家初期の方が上だったと思えてきました。あのドラマだって序盤はそれなりに面白かった箇所がないわけでもない。

ごちゃごちゃ言いたくありませんし、人の意見は尊重したい。とはいうものの、納得できないことがあります。

『麒麟がくる』で駒や東庵が“ファンタジー”と叩かれたのに、『青天を衝け』の「こんばんは、徳川家康です」の取扱はどうなるのか?

駒のような女性医師が当時存在したとしても、荒唐無稽とは言い切れない。

しかしあの家康は完全なる“ファンタジー”です。

北大路欣也さんという類稀な俳優が演じられているにしてもファンタジーでしかない。

これって要するに「弁えろ」ということですか?

あの森喜朗さんの言い分ですね。女性差別のみならず「控えおろう!」とでも言いたげな圧力があった。意見の中身じゃない。下賤な女ごときが差し出がましい口を出しおって! そう感じさせたからこそ、女性だけでなく男性からも批判が止まなかったのでは?

駒が執拗に叩かれた一方、家康の「こんばんはファンタジー」に「へへえ〜」と屈するとすれば、それは何なのか?

発言者の属性を見てのこととしか言いようがありません。

徳川目線から見た明治維新再評価というのはわかります。

けれども家康が渋沢栄一を猛烈に推す理由がわかりません。そこにあるのは“主人公補正”では?

「徳川目線だと、どうしても“敗北の美学”で語られがちだよね」

なんて思っているのではなかろうか……。

たとえば会津藩や彰義隊、そして屯田兵目線ならわかります。

会津藩は慶喜が大嫌いです。それを大っぴらに口にするのがオラつき家老・山川浩ぐらいのもので、

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本心では戊辰戦争が始まるや大坂から逃げ出し、戦後は静岡で余生を送った慶喜を快く思うはずがない。

会津が散々な目に遭ったことを考えれば当然の感情と言えましょう。

そして、そのことを後世に伝えることとなった場合、それを「お涙頂戴だw」みたいに言うのはむしろおかしい。

バイデンは日系人に「いつまでネチネチ言ってんだよw」みたいなことは言ったりしませんよね。

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しかし、徳川慶喜と渋沢から過去を振り返ってもそうはなりません。

一万円札の顔を譲る元幕臣の福沢諭吉ならば、

「渋沢栄一って、器用に二君に仕えてリッチライフ送ってますよね!」

という具合に批判しそうな話です。

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別にこんなものは幕末ドラマのお約束を大きく変えることでもなければ、新視点でもありません。

渋沢ほどの知名度がありながら今までフィクションで扱われず、むしろ新選組が大人気であったことには理由があるのでしょう。

福沢の言葉を借りるならば「痩せ我慢」です。

血を流そうが、辛い目にあおうが、武士の面目を貫いたからこそ、庶民は負けた武士に拍手を送ったと。

むしろリッチ組に転職した旧幕臣のことを、江戸っ子は軽蔑していたという話もあります。

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そんな庶民感情を払拭して、器用に転身した明治の“上級国民”像がもてはやされるのであれば、確かにそれは新しいかもしれません。

さらに……。

 

悪代官とは?

今週は絵に描いたような悪代官が出てきました。

時代劇のこういう雑な描写をアタマから信用するのはワンクッション置いたほうがよいと思います。

明治維新以降、徳川政権の歪さはとりわけ強調されます。

社会批判はよいものですし、江戸時代も後期になれば確かに社会システムの欠陥は出てくる。

例えば映画『殿、利息でござる!』をご覧になるとわかります。

人口増、経済規模の変化、飢饉……そういう要素があればどうしたって社会システムには変革が必要となる。

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そこを踏まえても、家康をナビゲータにするのは悪趣味かつ悪手の極みだと思います。

鎖国は家康の閉鎖性や保守性のあらわれだという論は現在でも根強いもので、あれは薩長政権のプロパガンダの影響もあります。

家康はウィリアム・アダムスを受け入れたほど開明的な人物です。

イギリス側が思ったほど儲からないと打ち切った諸事情もあり、家康を徳川政権の象徴と誤誘導することは有害です。

Eテレでリカバリして欲しいところですね。

代官について読みやすい参考文献を挙げますと

山本博文『悪代官はじつは正義の味方だった 時代劇が描かなかった代官たちの実像』(→amazon

があります。

明治以降の時代劇で、なぜ悪代官が定番になったのか?

その理由は少々複雑で、ストレートに当時の政府を批判できないとなると、

「いいえ、実在の人物とは関係ありません。これは江戸時代の話です」

と言い抜けする一面がありました。

明治時代は政と財の汚職が極まった時代ゆえに、そういう息抜きでもしないとやってられなかったんですね。

このあたりは、三好徹著『政・財 腐蝕の100年』(→amazon)をお勧めします。

あるいは一坂太郎著『幕末時代劇「主役」たちの真実 ヒーローはこうやって作られた!』(→amazon)も読み応えありますよ。

◆【書評】一坂太郎『幕末時代劇、「主役」たちの真実 ヒーローはこうやって作られた!』(→link

 

これが幕末の漢籍に詳しい少年なのか?

本作を見ていて何がつらいか?

それは栄一が知性的に見えないところです。

全体的に見て、甘い。

悪代官のいる場所にいて疑問を口に出すとか。勝手に獅子舞を持ち出すとか。セキュリティ意識はどうなっているのでしょうか。

このあたり、身分制度を破り、なんとか主人公の動機付けに持っていく描写は『八重の桜』が圧倒的にうまい。八重はおてんばで突拍子もないようで、最低限の身分制度はふまえていました。

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それに対し、『青天を衝け』の栄一はタイムスリップした現代人のようです。

井戸に向かって叫ぶ。

胸を抑えて考え込む。

演出のセンスが古くて驚きました。

なにより今回の「義を見てせざるは勇無きなりだ!」ですが……。

この言葉と対になる前段はこうです。

「其の鬼(き)に非ずして之を祭るは、諂(へつら)うなり」

効果があるかわからない、そんな淫祠邪教(いんしじゃきょう・オカルトやカルト信仰)を漫然と祭ることは、ただ世間の空気に迎合するということになる。

そんな戒めがあるのです。

「あくりょうたいさん! ごこくほうじょう!」

テレビ画面に字幕を表示していると、ひらがなで、そう繰り返すから余計に辛い。

「義を見て」という言葉を持ち出すなら【本当にその祭りは効果があるのか?】という方向へつっこむならまだわかるのです。

しかし、決してそうではない。「みんなが楽しいのが一番だから祭りをする!」って、ただの思考停止であり、人気取り、大衆迎合の典型ではないですか。

浮いた祭りの費用を用いて、病人や老人の世話をするとか。そういう誘導の方が、栄一の思考回路に漢籍教養があるとわかってよいものです。

要は、子どもが字面だけ見てあやまった解釈をしただけ。『麒麟がくる』ですと斎藤高政程度の読解力かと推察できます。

『麒麟がくる』と比較してみましょう。

【効果があるかわからん仏像はぶち壊すぞ!】

織田信長は、そういう嫌な合“理”主義を敢行していた。

【余った金で、貧しい人を救う施設を作ろう!】

足利義昭は、そういう“情”に訴える政治を目指していた。

あのドラマは根底に漢籍教養があり、それを行動原理にまで適用していたとわかるのです。アリバイ的に漢籍引用しているドラマとはそこが違った。

当然ながら本来の渋沢栄一はその教養を備えているはず……というか『論語と算盤』(→amazon)の筆者です。今回のやりとりはあまりにお粗末だったのではないでしょうか。

 

ブロッコリーとチョコレートと脳

漢籍の話はさておき、現代の知見から『青天を衝け』を見ておきますと……。

大声で道が遠いと言う栄一。

繁忙期に寝坊する栄一。

人の見ている前でゴロ寝する慶喜。

いいんです、これが令和の少年ならば。

しかし、時代設定が幕末な上に、もう片方は御三家の子であり後の将軍です。

ブロッコリー(ニンジン等でも可)とチョコレート(ポテトチップス等でも可)があったとします。

若い者ほど、野菜でなくお菓子をもぐもぐします。

自制心を司る脳の発達が追いつかないから当然。

子どもに対して「あれをするな、これもするな」と躾をするのは、そういうことを踏まえれば理にかなっています。

しかし、そうした躾に対するトラウマでもあるのか。

「堅苦しいことを抜きにして、みんなと楽しいことができればよい!」という大河がここ数年何度かお目見えして、ゲンナリしています。

「ブロッコリー嫌い! チョコレートちょうだぁい!」とねだるお子様と同じじゃないですか。

なぜそんな無責任極まりない「イベントでハッピー♪感覚」が好きなのか? そうしたスタンスが純粋でイイと持て囃されている?

どうにも平成の価値観だろうとは感じます。「リア充こそ正義路線」と言いましょうか。

そんな調子では、幕末どころか明治でも通用しません。全体的に見て、このドラマはゆるゆるなのです。

江戸時代が終わり明治時代になっても、武家の躾は恐ろしいものがありました。

例えば会津藩士の子孫が弱音を吐くと、

「おめの先祖は今のおめと同じ年頃で自害したぞ!」

と怒鳴られたなんて話を聞きます。

明治物のフィクションである山田風太郎『警視庁草紙』(→amazon)では、柴五郎が会津の幼い子どもを叱咤激励する場面もあります。

「もう足が痛いと? そんなやつは会津の侍の子ではない!」

そう叱咤激励すると、たちまちしゃんとする。そんな厳しくも哀しい場面です。

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本作には、そういう厳しさが全く見当たりません。

『鬼滅の刃』の炭治郎あたりのほうが、もっとシャッキリしている。

『青天を衝け』の作り手が、時代劇にさしたる愛着もなく、令和のウケ狙いがしたいと見えるようで虚しいのです。

 

レジェンドが出ることは吉なのか?

過去大河出演者の話が出てくる。それ自体は何ら悪くありません。昨年前半は、大河主演経験者の本木雅弘さんが引っ張っていました。

ただ……。

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今年の場合は、どうにも癖が残っていると言いましょうか。

ワイルドすぎて、幕末の大名というよりも別の何かに見えてしまいます。

レジェンド級大河主演を出して、成功しなかった例もあります。

薩摩式ロシアンルーレットをやらかした、2018年『西郷どん』の島津斉彬です。どうしたものやら……。

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聖人は微を見て以って萌を知り、端を見て以って末を知る

『麒麟がくる』では、光秀が朝倉義景の城下町を見ただけで「これはダメだな」と見抜きました。

そういう手は他ならぬ大河ドラマそのものに対しても通用します。

【アブダクション】という呼び方ができ、本作についても、何かがおかしい。

2週目になり、明らかにおかしいことが増えている。

所作や指導。車を引く動作、剣術の動き、和服の所作。老若男女、どうにも雑です。重心が低くなっていなかったり、煩わしい動きをしていたり。役者ではなく指導がおかしいと思います。

一番酷い箇所は、防具もつけずに木剣で殴り合う剣術稽古。死にますよ! イケメンの顔を見せたい気持ちはわかりますが、ウケ狙い以外考えていないとわかってしまってつらい。

夜間のライティング、そしてカメラワーク。

時代ものの照明は夜間を見るべし!

これは大河の弱点だとは思っていた。

海外の時代劇ですと、陰影が濃い照明の当て方をする。ろうそくで照らす灯りを再現することに重点を置いています。

メイクや衣装も、暗い照明前提で映えるものを考える。テレビの性能が上がったぶん、むしろ暗くすることが主流となりつつあります。

暗すぎて何をしているかわからんぞ! そうぼやきたくなることもあるほどです。

それが大河はペカペカしていて、安っぽいことが多い。見やすさ重視だとは思うのですが、それも作品や場面次第でしょう。

『麒麟がくる』ではもっと明度が低かったと思い、公式サイトの麒麟Fileを見直してみました。

やはり暗い……そして美しい。

じゃあ今年は?

カメラワークも単調でのっぺらとしていて、やっぱり何かがおかしい。

 

神聖なるものを無造作に扱うこと

本作で獅子舞をこんなにクローズアップする意味もわかりません。

『八重の桜』の場合は彼岸獅子入場の伏線になりましたが、本作ではどう繋がっていくのでしょうか。

それよりも気になったのは

・神聖なるものへの敬意がない

ところでした。

神事の道具を子どもがホイホイ持ち出せる時点でおかしい。神秘性というのはもっと厳重に管理しなくちゃいけない。権威が下がる。

宗教や信仰への理解も根本的におかしいとしかいいようがありません。

それこそコレだ。

「ガキの使いやあらへんで!」

やっていることが破壊的か、そうでないかの違いはありますが、こんなものは『麒麟がくる』で仏像をぶち壊していた信長みたいなものにも思えます。

廃仏毀釈の伏線だったらナイス!ですね。

そして半端なミュージカル演出も……。

ディズニーを目指している気持ちはわかった。

そういう演出面でなく『アナと雪の女王』シリーズや『モアナと伝説の海』レベルの考証を期待してはいけませんか?

 

そもそもイケメン大河とは?

第二回放送まで見て聞こえてきたのは、作り手のこんな声です。

そうはいっても、一般の視聴者は漢籍知識だの、所作だの、考証だの、どうでもいいからさ! イケメンですよ、イケメン!

栄一の褌一丁シーンは何か狙ってますか?

吉沢亮さんはいうまでもなく美形ですが、方向性が間違っていませんか?

彼には、もっと繊細な人物として登場した『なつぞら』路線が似合っている気がします。

2018年『西郷どん』の鈴木亮平さんといい、どうしてこういう役者の個性を殺すことをするんでしょう。

役者殺すにゃ刃物はいらぬ。おかしな脚本演出あればいい。そんなの勘弁してください。

私は今、吉沢さんを見るとむしろ胸が痛む。

これは『まんぷく』でそうだった長谷川博己さんへの気持ちと重なる。

お二人とも、天の恵みとご自身の研鑽の甲斐があって、磨き上げた玉のような美貌です。

けれども……美とは、顔形だけではない。

心も見える。心の底から納得して演じなければ、美しいとも思えないのです。

目は心の窓。いや、冨岡義勇の真似じゃなくて真面目に言っています。

ゆえにこの手の「イケメン!」報道を見ると胸が痛みます。

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男性芸能人は「女性ファンじゃない、男性にも評価されたい!」ということを口にしてしまう。それがきっかけで炎上することもある。

彼らが口にする「差別するつもりはない」という言葉は、本音だろうとも推察できるのです。

根底にあるもの、それは女性差別でしょう。

「女性にもわかりやすい!」

そういうフレーズがついているものって【簡単】を売りにしています。

歴史なんて女にはわからない。でもイケメンで釣ればなんとかなる! イケメンと難易度を下げることこそが、女性向けコンテンツの鉄板戦術とされる。

そうなれば演じる男性サイドにしても、

「うーん、俺は難易度低くて顔しか見られないんじゃ、納得できないんだ」

「男だけ見てもらえるのならば、ちゃんと評価されるかも」

なんて思いが湧いてもおかしくはないでしょう。

◆UVERworld「男祭り」が物議…女性ファン「裏切られた気分」(→link

こういう偏見は、マスコミの報道や、それを受け取る側が増幅させる。

私は加担したくない。

顔がいいなんて役者ならば当然のこと。演技力を見たいと思うのです。演技をこめて、美しいかどうか。そこを見てゆきたい。

吉沢亮さんは、もっともっと、美しくなれるはずなのに……そんな彼が美しくなれない理由を考えてみたんですよ。

 

大河はなぜ炎上しないのか?

『鬼滅の刃 遊郭編』が色々と大変なことになっています。

 

◆鬼滅 次回作「遊郭編」で炎上騒ぎ…論争「遊郭を子供に」「女性差別」「過剰反応」(→link

遊郭は人気ドラマ『JIN-仁-』や大河ドラマ『西郷どん』でも描かれていると指摘する声もある。

この点に関しては、むしろなぜ、大河にはそこまで優しい目線が注がれるのか不思議でなりません。

あのドラマでは、西郷どんと福井が誇る橋本左内が歴史交渉担当者の名前をつけた遊郭に入り浸り、将軍継嗣運動のためのパンフレットを作るという、全くもって意味不明な描写がありました。

現代ならば「キャバクラで同人誌をこさえて会社経費で落とす」ような無茶苦茶な描写です。

ついでにいえば、新門辰五郎の娘であるお芳を薩摩出身の遊女設定にしたこともワケがわかりません。

いつまでこの甘やかしが続くのか。というのも、

◆ 大河「青天を衝け」の死角 渋沢栄一の“カネと女”どう描く(→link

渋沢は、彼自身も認めるほど女関連がよろしくないのです。

こうした不都合なことに対しては

「女関係のルーズさなんて、当時はそんなものでしょ!」

という声も当然あるでしょう。

そこで考えたいのが、同時代人の目線です。

幸田露伴は渋沢の伝記を執筆しました。そして渋沢を調べていくうちに、性的な奔放さに嫌気がさしてしまい、その話が出るたびに顔が暗くなったそうです。

問題は、この手のやらかしが渋沢一人でもないところです。

徳川斉昭は、大奥の唐橋と性的スキャンダルを起こしています。

唐橋の色香に迷ったとか、彼女を悪女扱いする見解もありますが、そこは傍証はあります。

とにかくこの一件で、斉昭は大奥からひどく嫌われました。唐橋は大奥に仕えるものとして、異性関係を断つ誓いを立てていたのです。

そんな真面目な彼女とそういう仲になるなんて最悪だ! そう考える大奥の女性に対して「ヒステリックだなぁw」と笑い話にして過小評価すべきではないでしょう。

#Metoo時代こそ、この事件の重みがわかるのではないでしょうか。

そういう真面目な女性を無理矢理どうこうするあたりに、斉昭の性格的な強引さが見て取れます。

将軍継嗣問題において斉昭の性格がマイナスに作用したとしたら、それは自業自得だったのです。

徳川慶喜だって大阪から引き上げる軍艦に、前述のお芳を同乗させていた。

これには幕臣たちも絶望し、呆れ果てました。江戸っ子も慶喜の弱腰には怒り「とっとと切腹しやがれ!」と悪態をついていたほどだったとされております。

もちろん今更どうこうできることではありませんが、問題は、後世における極端な美化です。

『青天を衝け』でどう描かれるのか(スルーされるのか)。

 

大河記事を観察するに……

本作は視聴率が健闘したこともあり、初回放送は概ね好評のようです。

ただ、先週の放映日は東北地方での地震と重なります。

悪天候や災害時、NHKは視聴率が上が――そんな皮肉な関係はどうしたって考えてしまいます。視聴率という基準そのものがもはや古びているとは思うのですが……。

こういうことは「船に刻みて剣を求む」と申しまして、少々危険。そこで私は大河のレビュー記事をざっと見てみました。

◆ 草彅剛が大河ドラマで示した「別次元の存在感」 難しい役も必ず物にするトップアイドルの実力 | テレビ (→link

人気がある役者だから。イケメンだから。あの『あさが来た』の脚本家だから。

そういう過去の名声頼りのものが多く、本作ならではの具体的なよさまで評価するレビューが多くはないようです。

これには少々不安がないわけでもありません。

 

流水の清濁はその源に在り

◆NHK大河「青天を衝け」なぜ幕末?なぜ渋沢栄一に(→link

-19年4月に、渋沢が新1万円札の顔になることが発表されました

菓子氏 その段階ではまだ候補の1人でした。その後の話し合いで決まり、お札にも決まり、風も後押ししてくれた感じです。

この言葉を信じてよいものでしょうか?

初めからありきで決まっていたとしか思えないタイミングです。

個人的に渋沢栄一の書籍は読んでおります。大河ドラマの目玉とされている気配はなく、知名度も低下していました。

それが、お札の顔になるからこそピックアップされた気配が濃い。

既視感があります。

明治維新150周年を見据えて大河を狙っていた山口県です。

地元ですら、

「長州ファイブではどうですか」

「ヒロインならヒロインでも、伊藤博文夫人ではいけませんか」

と思う中、吉田松陰の三妹・文が抜擢された2015年。この年は、あの真田幸村四百忌でした。

脚本家が「自分からNHKに企画を持ち込みました」と語っていたにも関わらず、放映中に「NHKからいきなり資料が届いた」と明かしてしまった2019年の事例もあります。

要するに、題材選びという根底という時点で、こうしたドラマは濁っていました。

水源が濁っていれば、大河は当然濁ります。

いくら初回視聴率が好調だろうが、水源が濁っていれば、結果は明白でしょう。

どれだけ視聴率が低迷しても「業界人には高評価」「ネットでは評判が高かった」「最低だけど最高」といった不思議な評価がされたこともあります。

からくりは簡単です。

その大河は、大手新聞の記者が主人公だったから。そりゃそうなりますよね。

褒めている側は無自覚かもしれませんが、報道の影響はどうしたって受けるというものです。

◆ 「五輪は中止せよ」と明確に書かない大新聞は、揃いも揃って五輪スポンサーになっている(→link

◆会長辞任で橋本会長誕生…いだてんファンしみじみ 田畑も「突然解任されたなあ」(→link

私が某大河を酷評した理由を振り返るに、東京オリンピック招致事情があまりに濁っていて、そんなものを美化されたらごめんだという気持ちがあったのです。

選手目線ならまだしも、招致目線とはどうしたことか。

一世紀後、今回の東京オリンピックがらみのことが、無茶苦茶に美化されてドラマになっていたらと想像すると、馬鹿馬鹿しくなってきませんか?

オリンピックの話だけでもない。

明治の財政界なんて汚いカネ、女、権力、捏造、抱き込み……と、東映の実録映画路線です。

イケメンが演じたら、おどれら山守の悪事(『仁義なき戦い』のアイツ)でもええんかのう! おう!?

と『仁義なき戦い』をイケメン勢揃いでリメイクされたような気分です。

どうして渋沢栄一が大河に今までならなかったのか?

これだけ有名ならば、理由があると推察できませんか?

不穏を察知するのは、私一人でもないようで嫌な予感がします。

◆吉沢亮『青天を衝け』奇跡の高視聴率はマグレか…背景に沢尻逮捕と松本潤とコロナ禍が?(→link

◆ 『青天を衝け』好調大合唱への疑問~世帯視聴率で空騒ぎする発表記事を憂う~(鈴木祐司) (→link

今後、何があろうと、吉沢さんはじめ出演者を過剰に責めないで欲しい。

そう願うばかりです。

◆2021年大河ドラマ『青天を衝け』青天どころか曇天、いや嵐か(→link

◆『獅子の時代』が1980年、『青天を衝け』は2021年だという現実から逃げられない(→link


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だから徳川慶喜を将軍にしたらヤバい 父の暴走と共に過ごした幼少青年期

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【参考】
青天を衝け/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

-青天を衝け感想あらすじ
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