青天を衝け感想あらすじ

青天を衝け第25回 感想あらすじレビュー「篤太夫、帰国する」

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青天を衝け第25回感想あらすじレビュー
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昭武と水戸で再会

水戸に栄一が来ています。

水戸藩の治安は最低最悪でしたが、大丈夫だったのでしょうか。

天狗党が諸生等関係者を真っ昼間から襲撃していて、農作業をしている人まで巻き込まれかけておりました。

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要件は徳川昭武ご帰国のことを慶喜に報告したいとか。

朝敵(慶喜)には会えないから文を書くと言い出す昭武。

ここで考えたいのが、慶喜が「朝敵を避けた」というお約束の言い訳です。

その結果どうなったかというと、慶喜が避けた流血と朝敵の汚名は会津藩が被ることになりました。

医療、教育、交通網……明治政府はネチネチといやがらせのような政策を続け、江戸時代までは交通の要衝であった会津は落ちぶれたのです。

会津はいつまでも戊辰戦争のことを繰り返すと言われますが、医療設備については西高東低の傾向が明治以降厳然としてある。

このコロナ禍のような全国規模の医療危機では、戊辰の怨念が現在まで祟るからには蒸し返されても仕方ない一面があるでしょう。

栄一は残務処理をし、とってつけたように紙幣を見ています。

説明セリフで新政府は金がないと三野村利左衛門が説明。

「まことの戦はこれからざんす。わしら商人の戦いは。ふふふ」

そして箱館戦争の場面へ。

土方が成一郎を助け、銃を掲げます。彼の死は次週以降へ持ち越しのようです。

 


総評

予算も無ェ 時間も無ェ スタッフ人員揃わない

知識もねェ 思い入れもねェ 切腹シーンばかりでぐーるぐる

そんなしょうもない替え歌を思わず考えてしまいました。

おそらく大河史上最も手間暇も予算もかけていない戊辰戦争です。ほぼセリフだけで流し、CGを使った地図すら入れませんでした。

先週は会津が戦うせいで巻き込まれると言っておきながら、今週は江戸から函館まで吹っ飛ぶ。一体、何なのかサッパリわかりません。

慶喜の動向はミニマムにしなくちゃいけない。鳥羽・伏見の戦いで薩摩を倒せと言いつつ、単独で逃げたなんて描けるわけもなく……勝海舟がいない理由も推察できます。それは後述するとしまして。

そんなわけでスカスカになった時間を、異常なまでに長かった平九郎の最期で埋めました。

昨年『麒麟がくる』の足利義輝の死、永禄の変と比較したくなる。

殺陣の流麗さ、抑制の効いた演出、暴虎馮河を使うセリフのセンス。何もかも美しい……のみならず、短かった。

平九郎の場合、引き伸ばされすぎて興醒めにはなりませんか。

そして来週も土方の死をたっぷりやるのでしょう。

 


栄一の存在意義とは?

身も蓋もないことを問いかけて申し訳ありません。今週の栄一は必要だったのでしょうか?

『麒麟がくる』の駒パートが散々叩かれておりましたが、そもそも今年は栄一パートが駒パート的と言いますか。

歴史の本筋に絡まないうえに、処理が無茶苦茶で……。

先週はまだしもこんな見所がありました。

◆「ここで嫌ならすぐさま出てけ!」 大河ドラマ・吉沢亮「ブチギレ」シーンに反響「怖くて震えた」(→link

戊辰戦争をセリフ処理しておいたからか、留学生相手にイキリパワハラじみた怒鳴り方をする場面が褒められています。

一回り歳下、立場の弱い人間を怒鳴りつけることが、さほどに名場面でしょうか。

まあでも、栄一、何もしないからしょうがない。どうして彼を主役にしたのか……問題はそこ!

せめて幕末は駆け足で終えればよかったのです。くどいようですが、渋沢栄一主人公説もある『獅子の時代』は、初回がパリ万博です。

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しかも本作は、まだ土方が生存しているのだから、戊辰戦争で3週間使う計算になります。

八重の桜』が会津戦争に一月使った理由はわかります。ヒロインの人生最大の見せ場であり、会津藩の運命を決する戦いでした。

しかし、栄一はそもそも戊辰戦争に参加していない。

それなのに戦況を聞くだけで3週間。しかも露骨に引き伸ばす。何かがおかしいと感じてしまうのは自然なことでしょう。

 

不都合な勝海舟とパークス

坂本龍馬もいない。勝海舟もいない。なんて斬新なドラマなんだ!

そんな論調も見かける本作ですが、理由は全部推察できます。

慶喜を持ち上げるためでしょう。

坂本龍馬の不在は、大政奉還を思いついたのが慶喜とするため。

勝海舟もまた然り。無血開城は勝海舟の戦果です。

それらの事績を慶喜に属させるには、幕末のスターキャラでもいないほうが都合よい。そうすれば慶喜の情けない姿も描かなくて済みます。

でも、それでいいのでしょうか。

勝海舟もパークスもいないでは、何がなんだかわからないはずです。

ゆえにこちらの記事をおすすめしておきます(本サイトでも既に入稿している記事が後日アップされる予定です)。

◆渋沢栄一も激怒した、「鳥羽伏見の戦い」における徳川慶喜の敵前逃亡 その裏に慶喜流の“生存戦略”があった?(→link

◆戊辰戦争は「近代的な新政府軍vs古臭い旧幕府軍」ではなかった!【検証 「徳川近代」 】 (→link

なにがなんでも慶喜を助命させる――その背景にはパークスの断固たる意思がありました。

しかし、パークスはなぜそこまでこだわったのか?

それほど慶喜が魅力的だった?

ここはイギリス流の考え方に触れておきましょう。

イギリスでは、一度は国王を断頭台に送り込んだとはいえ、そのあとの名誉革命では追放のみで済ませました。

時代が降り、フランス革命ではイギリスの宿敵・フランス人がルイ16世はじめ多くの王族を斬首しました。

「まあ、なんと野蛮なのでしょう!」とイギリス人はフランス人を非難します。「あいつらとはちがうのですよ、あいつらとは!」そんなアピールですね。

それから時代が降りまして、幕末前夜の時系列でフランスはやらかしました。

メキシコに傀儡として送り込んだ皇帝マクシミリアンが反乱によって処刑されてしまうのです。

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マネが描いた処刑の絵は有名です。ナポレオン3世の悪名はこれで高まりました。

イギリスとしては倒幕を支援しているものの、そんなミスはやらかしたくない。リスクを避けるためにも、慶喜を殺すことは避けたかった。

ゆえに、慶喜を殴る気満々であった西郷隆盛も折れました。

そこには勝海舟の説得工作や幻の焦土作戦もありましたが、イギリスの意向が大きいのです。

そしてこれが明治以降の日本の道筋も決めました。

慶喜が戦わなかったからこそ、海外の干渉を抑えられたとする考察もあります。

しかし、パークスが明治政府上層部が怯えるほどに威張り怒鳴り散らし、散々日本の外交問題に介入してきたことは確かです。

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イギリスからすれば、老練な幕臣よりも、まだ若くて血の気が多いのに経験が足りない、そんな新政府の連中の方が御しやすかったことも確か。

明治政府はイギリスの生徒として、よちよち歩きで出発することとなります。

いわばパークスはその鬼教師でした。

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