こんばんは、徳川家康です。
「明治になったのにまだ出てくるのか」
なんてトボけた台詞で登場されますが、なぜこの家康さんは、自らの子孫たちが酷い目に遭う状況をこれほど明るく話せるのか。そこが甚だ疑問でモヤモヤが消えません。
ともあれ1868年、慶応から明治になった年の11月13日。
栄一たちを乗せた船がついに横浜港に到着しました。
用意した小船で、徳川昭武は品川へ向かうことになり、外国方の杉浦愛蔵らに迎えられ、日本の状況に耳を傾けます。
毒殺を恐れてビスケット
【鳥羽・伏見の戦い】で敗北を喫した慶喜は、大坂城内から単独で江戸まで東帰したとのこと。
幕府の情勢が説明セリフで語られ、鳥羽・伏見の戦いにおける慶喜の行動はスルーされました。
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思わず脳内でこんなツッコミが。
慶喜は、家康公以来の馬印まで置き去りにして逃げ出し、火消しの新門辰五郎親分が持って帰っています。
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本作の家康は慶喜にメロメロですが、徳川将軍十五人のうち、最大の恥を晒したのは慶喜ではないでしょうか。
家康も、せっかく冒頭で出てくるならば、
「いやあ〜参りましたね! 私のあの馬印まで置いてきちゃったんだから。これにはちょっとねえ」
ぐらいのコメントが欲しかった。
そして小栗忠順ら抗戦を訴える幕臣は罷免され……と、あっさり説明されますが、これもひどい話。当時の証言と一致しません。
涼しい顔でビスケットをかじる慶喜ですが、実は、それしか安心して食べられるものがなかったのです。
「毒殺されるかもしれない……」
実際の彼はそうビクビクしていました。
小栗と川路の最期
慶喜は、和宮を通じて助けを乞う――そんな顛末が出てきます。
ここで補足でも。
慶喜には布団も出されませんでした。
天璋院や和宮らのおわす大奥は怒り心頭で「あんたが言う通り倹約しまくってもう余ってる来客用布団はないですよ!」と突っぱね、毛布にくるまって寝ていたのです。
そんな毛布エピソードはさておき、彼の助命嘆願話は出てきましたね。
天璋院は情けないと怒りを見せ、切腹しろとまで言います。
和宮も見捨てるようでいながら、助命を頼む書状を書いています。
彼女らのリアクションには岩倉具視が顔芸で反応し、西郷隆盛も書状を読んでいます。
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この助命嘆願も色々すっ飛ばされております。
なにより勝海舟が出てこないまま寛永寺にいる時点で妙な話でしょう。
関ヶ原の戦いで小早川秀秋を出さないとか。慶長出羽合戦でも最上義光と前田慶次を出さないとか。そんな悪名高き2009年『天地人』レベルのやらかしに匹敵するかもしれません。
そして小栗はスピード斬首。
突然、口からネジを出してアピールしていた意味は?
侮辱的な切腹のときにこのような恥ずかしいことしますか?
ちなみにこのネジの実物は群馬県高崎市東善寺に保管されています。故人の思いを考えると胸が痛くなってきます。
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川路聖謨のピストル自殺も唐突かつ適当でした。
両者とも役者の熱量は高いだけにとても惜しいシーンとなってしまいました。
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「振武軍」を結成するも
帰国した栄一は慶喜の家臣・川村恵十郎と伝蔵から、渋沢成一郎のことを聞いています。
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成一郎は鳥羽・伏見の戦いで負傷し、江戸へ。そのあと彰義隊を結成しました。伝蔵も参加し、成一郎が率いることとなったのです。
これに渋沢平九郎や尾高惇忠も参加。
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江戸で上様を守ると誓うのですが……。
そうは言っても慶喜がさっさと水戸へ戻ってしまい、どうなるのか。上様のご無念を晴らすといっても、スルーされます。
この上様には無念も何も、人の心があるかどうかわからなくなってきました。
ただし残された幕臣たちも、慶喜という個人の保護だけでなく、武士としての誇りを賭けての戦いです。
悲しいかな、こうした幕臣たちの奮戦よりも、慶喜助命に有効だったのはイギリスのパークスでした。
この状況下、各地で諸隊が分裂します。
成一郎、平九郎、惇忠、虎之助らは「振武軍」を結成し、上野を離れます。
ただし上野戦争はセリフ処理で終了。平九郎は無念の死を遂げます。
嘆く栄一。しかしまだ生きている連中もいる。
成一郎は函館にます。あ、やっと出てきた永井尚志もいる。
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それはなぜか?
榎本武揚「俺がいねえからよ!」
成一郎に対して「潔く死ね!」
「さあ戰するか」
そうカッコつける土方歳三です。
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会津戦争その他諸々はカットで、完全スルーでした。
わざとらしくサラサラヘアーを乱した栄一は、成一郎に「どうせ勝てねえ」と突き放す手紙を書くばかりか「潔く死ね!」とまで言い切る。
手紙を受け取った当人は「アイツらしい」とは言うものの、なんだか非常に冷たい人だと思ってしまいました。わざと逆のことを言う励ましにも見えませんでした。
このあと夜襲の場面を挟み、血洗島へ。
高良健吾さんほどの逸材が無駄遣いされる様に、2015年同様、悲しみがこみあげてきます。いや『花燃ゆ』の高杉晋作はこれよりカッコよかったっけ。
そう思っていると、血洗島でわかりやすい家族ほのぼの場面が出てきます。
うたの子役がものすごくわざとらしい芝居なのは、現場が乱れているせいでしょうか。演技指導が悪いとき、最も影響が及ぶのが子役とエキストラです。それがにじみ出ている。
尾高家には惇忠が戻っていました。
俺は死に損なったとボロボロです。戦闘場面がろくになく、なんだか凄まじく長い平九郎切腹ショーがあったので、何がなにやらわからないのですが……。
「あにぃ、俺たちは何のために生まれてきたんだべなぁ?」
そんな哲学問答をされつつ、メインテーマが流れます。
昭武と水戸で再会
水戸に栄一が来ています。
水戸藩の治安は最低最悪でしたが、大丈夫だったのでしょうか。
天狗党が諸生等関係者を真っ昼間から襲撃していて、農作業をしている人まで巻き込まれかけておりました。
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要件は徳川昭武ご帰国のことを慶喜に報告したいとか。
朝敵(慶喜)には会えないから文を書くと言い出す昭武。
ここで考えたいのが、慶喜が「朝敵を避けた」というお約束の言い訳です。
その結果どうなったかというと、慶喜が避けた流血と朝敵の汚名は会津藩が被ることになりました。
医療、教育、交通網……明治政府はネチネチといやがらせのような政策を続け、江戸時代までは交通の要衝であった会津は落ちぶれたのです。
会津はいつまでも戊辰戦争のことを繰り返すと言われますが、医療設備については西高東低の傾向が明治以降厳然としてある。
このコロナ禍のような全国規模の医療危機では、戊辰の怨念が現在まで祟るからには蒸し返されても仕方ない一面があるでしょう。
栄一は残務処理をし、とってつけたように紙幣を見ています。
説明セリフで新政府は金がないと三野村利左衛門が説明。
「まことの戦はこれからざんす。わしら商人の戦いは。ふふふ」
そして箱館戦争の場面へ。
土方が成一郎を助け、銃を掲げます。彼の死は次週以降へ持ち越しのようです。
総評
予算も無ェ 時間も無ェ スタッフ人員揃わない
知識もねェ 思い入れもねェ 切腹シーンばかりでぐーるぐる
そんなしょうもない替え歌を思わず考えてしまいました。
おそらく大河史上最も手間暇も予算もかけていない戊辰戦争です。ほぼセリフだけで流し、CGを使った地図すら入れませんでした。
先週は会津が戦うせいで巻き込まれると言っておきながら、今週は江戸から函館まで吹っ飛ぶ。一体、何なのかサッパリわかりません。
慶喜の動向はミニマムにしなくちゃいけない。鳥羽・伏見の戦いで薩摩を倒せと言いつつ、単独で逃げたなんて描けるわけもなく……勝海舟がいない理由も推察できます。それは後述するとしまして。
そんなわけでスカスカになった時間を、異常なまでに長かった平九郎の最期で埋めました。
昨年『麒麟がくる』の足利義輝の死、永禄の変と比較したくなる。
殺陣の流麗さ、抑制の効いた演出、暴虎馮河を使うセリフのセンス。何もかも美しい……のみならず、短かった。
平九郎の場合、引き伸ばされすぎて興醒めにはなりませんか。
そして来週も土方の死をたっぷりやるのでしょう。
栄一の存在意義とは?
身も蓋もないことを問いかけて申し訳ありません。今週の栄一は必要だったのでしょうか?
『麒麟がくる』の駒パートが散々叩かれておりましたが、そもそも今年は栄一パートが駒パート的と言いますか。
歴史の本筋に絡まないうえに、処理が無茶苦茶で……。
先週はまだしもこんな見所がありました。
◆「ここで嫌ならすぐさま出てけ!」 大河ドラマ・吉沢亮「ブチギレ」シーンに反響「怖くて震えた」(→link)
戊辰戦争をセリフ処理しておいたからか、留学生相手にイキリパワハラじみた怒鳴り方をする場面が褒められています。
一回り歳下、立場の弱い人間を怒鳴りつけることが、さほどに名場面でしょうか。
まあでも、栄一、何もしないからしょうがない。どうして彼を主役にしたのか……問題はそこ!
せめて幕末は駆け足で終えればよかったのです。くどいようですが、渋沢栄一主人公説もある『獅子の時代』は、初回がパリ万博です。
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しかも本作は、まだ土方が生存しているのだから、戊辰戦争で3週間使う計算になります。
『八重の桜』が会津戦争に一月使った理由はわかります。ヒロインの人生最大の見せ場であり、会津藩の運命を決する戦いでした。
しかし、栄一はそもそも戊辰戦争に参加していない。
それなのに戦況を聞くだけで3週間。しかも露骨に引き伸ばす。何かがおかしいと感じてしまうのは自然なことでしょう。
不都合な勝海舟とパークス
坂本龍馬もいない。勝海舟もいない。なんて斬新なドラマなんだ!
そんな論調も見かける本作ですが、理由は全部推察できます。
慶喜を持ち上げるためでしょう。
坂本龍馬の不在は、大政奉還を思いついたのが慶喜とするため。
勝海舟もまた然り。無血開城は勝海舟の戦果です。
それらの事績を慶喜に属させるには、幕末のスターキャラでもいないほうが都合よい。そうすれば慶喜の情けない姿も描かなくて済みます。
でも、それでいいのでしょうか。
勝海舟もパークスもいないでは、何がなんだかわからないはずです。
ゆえにこちらの記事をおすすめしておきます(本サイトでも既に入稿している記事が後日アップされる予定です)。
◆渋沢栄一も激怒した、「鳥羽伏見の戦い」における徳川慶喜の敵前逃亡 その裏に慶喜流の“生存戦略”があった?(→link)
◆戊辰戦争は「近代的な新政府軍vs古臭い旧幕府軍」ではなかった!【検証 「徳川近代」 】 (→link)
なにがなんでも慶喜を助命させる――その背景にはパークスの断固たる意思がありました。
しかし、パークスはなぜそこまでこだわったのか?
それほど慶喜が魅力的だった?
ここはイギリス流の考え方に触れておきましょう。
イギリスでは、一度は国王を断頭台に送り込んだとはいえ、そのあとの名誉革命では追放のみで済ませました。
時代が降り、フランス革命ではイギリスの宿敵・フランス人がルイ16世はじめ多くの王族を斬首しました。
「まあ、なんと野蛮なのでしょう!」とイギリス人はフランス人を非難します。「あいつらとはちがうのですよ、あいつらとは!」そんなアピールですね。
それから時代が降りまして、幕末前夜の時系列でフランスはやらかしました。
メキシコに傀儡として送り込んだ皇帝マクシミリアンが反乱によって処刑されてしまうのです。
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マネが描いた処刑の絵は有名です。ナポレオン3世の悪名はこれで高まりました。
イギリスとしては倒幕を支援しているものの、そんなミスはやらかしたくない。リスクを避けるためにも、慶喜を殺すことは避けたかった。
ゆえに、慶喜を殴る気満々であった西郷隆盛も折れました。
そこには勝海舟の説得工作や幻の焦土作戦もありましたが、イギリスの意向が大きいのです。
そしてこれが明治以降の日本の道筋も決めました。
慶喜が戦わなかったからこそ、海外の干渉を抑えられたとする考察もあります。
しかし、パークスが明治政府上層部が怯えるほどに威張り怒鳴り散らし、散々日本の外交問題に介入してきたことは確かです。
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イギリスからすれば、老練な幕臣よりも、まだ若くて血の気が多いのに経験が足りない、そんな新政府の連中の方が御しやすかったことも確か。
明治政府はイギリスの生徒として、よちよち歩きで出発することとなります。
いわばパークスはその鬼教師でした。
塩対応された江戸城の慶喜
無血開城で知られる幕末の江戸城。
実際は地獄絵図でした。
ドラマでまるっきりやらないので補いますと。
主戦論が有力どころか、キレてこういう意見まで出ていたのです。
「いっそ上様を差し出そう!」
四面楚歌状態だった慶喜は勝海舟を頼るしかなかった。勝は有能ですが口が悪く、ズケズケと諫言するため、慶喜は嫌がって左遷していたのです。
が、そんな勝でも、自分の首が危ないとなれば引っ張ってきて、交渉の諸々をぶん投げたわけですね。
これで勝は破産します。
というのも、ナポレオンを撃退したロシアにならって、江戸焦土作戦を準備していた。
とはいえ犠牲者を出したくないので、船頭を雇ってなるべく多くの民を避難させるよう手筈を整えていたのです。
そのために自腹を切った。それで金がなくなってしまった。
そんな勝の犠牲を綺麗さっぱり拭い去り、慶喜のために尽くした和宮や幕臣たちのこともぶん投げ、慶喜は謹慎するのです。
小栗忠順は罷免されました……いわば使い捨てです。
小栗の戦略は優れたもので、大村益次郎や江藤新平ですら「実現されたら危うかった」という作戦を立案しており、新政府軍から高い評価がくだされていました。
しかし。
どれだけ優れた策があろうと、総大将が取り上げなければそれまでのこと。
三国時代、蜀滅亡後に司馬昭は劉禅を見てこう言いました。
「これでは諸葛亮が生きていても国を保つのは無理であったろうな、まして姜維では……」
そういうことです。
いろいろと慶喜の胸の内を思いやることはできます。ただ、どれだけ優れた才覚の持ち主でも、いざというとき及び腰になって自分の延命だけをはかるのでは、凡将と言われても仕方ないと個人的には思います。
というか劉禅の蜀と、慶応年間における幕府の国力の差を踏まえれば、慶喜の方が悪質とすら思えます。
小栗忠順については、劇中で何の説明もなく唐突に斬首されましたね。
完全冤罪、戦時中でヒートアップし、功名心にはやる相手から、ろくな取調べも受けずに斬首される悲劇なのです。
が、何がなにやらわからない。
小栗忠順の偉大なる功績もまったくわからなかった……筋肉で全てを解決しそう、なんてことまで言われていて気の毒で仕方ありませんでした。
その非業の死もそうだけれども、どうして150年も経てこんな描かれ方をされているのでしょうか。
しかも斬首でまでネジ演出。小栗に恨みでもあるのでしょうか?
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功績がろくに描かれない幕臣のみなさんリスト
平九郎の無駄に長い自決シーンをやるならば、ぜひとも触れて欲しかった、幕臣をリストアップさせていただきます。
幕臣である以上、彼らは敗者に違いありません。
しかし、当人の能力や功績まで踏みにじってもよいものではないでしょう。
幕府側の慶喜と栄一が主役で、その周囲で活躍していた幕臣はモブ状態。功績を消されるか、吸収されるか。存在そのものを消された人物もいました。
まるでブラックホールのような慶喜です。
何かがおかしい……
このドラマは何かがおかしいと思えます。
まずは冒頭。
船上のはずが全く揺れていないため、どこにいるのか大変わかりにくかった。
VFXリメイク記事も出ており、努力はしているそうですが、なぜそんな基礎的な映像効果を使わないのでしょうか。
いくら停泊していても、多少は揺れてもよいのでは?
川路聖謨の自殺の場面で、平岡円四郎の妻・やすがあの能天気な調子出てきました。
あれはない。当時の江戸は【薩摩御用盗】の暗躍もあり、治安が悪化しており、ホイホイと明るい態度で遊びに来られるわけもありません。
そういう基礎的な整合性くらい、最低限取って欲しいところです。
言ってみれば、あの場面にやすがいることそのものがおかしいんですけどね。
平岡円四郎ありきで川路聖謨を描くからこうなったのでしょうが、これまた侮辱的です。
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そして今週の時間稼ぎで辛かったのが平九郎でした。
戊辰戦争をだいたい彼一人で表現させようとしたようで。
予算を削減しまくった中、スローを使い、暗闇の中、最低限のそれっぽい演出だけで戦争を描こうとしています。
確かにこのご時世ですし、エキストラをそう潤沢にも使えません。しかし『八重の桜』と脳内で予算の比較をしてしまいます。あれはロケで相当お金をかけていたっけ……そう現実逃避しているうちに「あっという間に負けた!」と絶叫説明をされます。
ここの説明もなぜかおかしくて、栄一は睨みつけるような目線だわ、説明する側は絶叫するわ。
そこはそっと涙ぐむのではいけませんか?
BGMでやたらと盛り上げ、かつゆっくりと、敵に説明セリフまで言わせつつ死なせます。
本作は即死があまりなくて、死ぬところをスローに盛り上げる傾向があります。戦死や暗殺による死とは、一言も口に出せず即死もかなり多いものでしょう。
新政府軍のみなさんも能天気すぎませんか?
敵の兵士が睨みつけ長いセリフをかっこつけて言うまで発砲を待つって……。自分に殺意を持った敵が目の前にいれば、さっさと撃ちますよね。あまりに戦場でのリアリティが薄い。
スローにしてカッコつけつつキメキメセリフ言わせないとダメな呪いでもあるかのようです。
そう思っていたら無駄に無双をして、わざとらしく慶喜に感謝する老夫婦にかばわれる平九郎。
蚕の前で感心している暇があるなら逃げたらどうだろう?
そう言いたくなるほどノロノロと余裕がある平九郎。
「おてい……」
ムズキュンのおていが渡してくれたお守りを思い出す平九郎。
もう何もかもが疑問が湧いてきます。
お守りを見ている間にもっと接近する気配があってもいい。鳥が飛び立つとか。
それすらなく、唐突に敵兵が湧いてきて、甘ったるいBGMとともに平九郎が倒れる。死ぬまでにどんだけ時間をかけたのか。その時間があれば、多少なりとも小栗の功績は説明できたはずなのに、ネジを口内に入れてのスピード斬首でした。
それに、幕末の武士ならば、むしろ女のことを思いつつ死ぬのは、とてつもなくカッコ悪いことです。
だからこそ史実の千代は、わざと夫にそっけなくしていたくらい。当時の女性は男を愛で縛らない美学があった。男にも縛られない美学があった。
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あまりに時間かけすぎると、見ている側は飽きるものでしょう。
敵兵も「なんかカッコつけて死ぬイケメンいるから見守ろうか」状態に見えて、コントにすらなりかねません。
撃たれておきながら叫ぶ演出もよくわかりません。人体構造をちゃんと踏まえているのかどうか。切腹まで長すぎて……。
そして「花と散らん」と言って亡くなるわけですが、幕末であることと、彼や教養からすれば、辞世ぐらいあってもよかったと思います。
辞世を作れないのであれば、最期の言葉なんて言わせず亡くならせたほうがよいでしょう。
大河ドラマですから、辞世を作るスタッフぐらい揃えていないのでしょうか。
箱館戦争の殺陣もひどかった。
あまりに古臭く、お粗末な殺陣です。斬撃が当たっていないように思えるのですが。
ともかく明るい土方もおかしい。
土方は京都時代は荒々しく、冷酷なとこもあった。それが近藤の死を経て、すっかり丸くなり、優しくなった。
それでいて函館では、近藤のことを思い、死に場所を探していた。ストイックで物静か――そういう証言が残されています。
それが劇中で登場したのは、相変わらずやんちゃなカッコつけです。
成長の跡がないバラガキにされていて、違和感しかありません。土方にさして思い入れがなければそれで納得できるのでしょうが、これはいくらなんでもあんまりでしょう。
土方がドヤ顔で銃が使えると自慢しているあたりも、ちょっとひどい。
フィクションではむしろ「刀に拘っていた」ように誇張されがちですが、新選組は洋式調練を取り入れていて、銃を使えることは当然のことでした。
こんなひどい土方の死を、来週、イベント感覚でねっとりやるのでしょうか。
平九郎よりアッサリしていることを願うばかり。土方は死の状況が判明していますから、長引かせないようお願いしたいです。
期待したい新キャスト
本作は新キャストが発表されておりました。
◆吉沢亮主演の大河ドラマ「青天を衝け」新キャスト発表、イッセー尾形ら13名(映画ナタリー)(→link)
ここから先は私の希望です。
『あさが来た』からのサプライズです。
広岡浅子:波瑠さん
成瀬仁蔵:瀬戸康史さん
そしてここはやはり、大河名物クロスオーバーを期待したい!
楫取美和子:井上真央さん
楫取素彦:大沢たかおさん
なんといっても富岡製糸場が出てくる……ここは伝説のあの夫妻を出さないでどうするというのか!
是非とも叶えていただきたいキャスティングです。
これのどこが佐幕大河なのか?
『八重の桜』と本作を「佐幕側だから」とまとめられることがありますが、勘弁してください。
会津藩と幕府は強調しておらず、孝明天皇の信任があつすぎて疎まれたこともしばしばありました。
会津藩も慶喜には不審、失望、激怒、失笑しかない。
ちなみに薩摩藩士は「会津の侍わっぜ強か!」と敬意をこめた視線も抱いており、初代警視総監・川路利良は佐川官兵衛はじめ、会津藩士を警視庁にスカウトしました。
会津藩の女性を是非とも妻にしたいと願った薩摩隼人が多く、その思いゆえに成立した夫婦も多い。
大山巌と捨松が有名です。
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長州藩と会津藩も交流があります。
秋月悌次郎の懇願を受けた奥平謙輔は、山川健次郎の留学に尽力しました。自刃しながら生存した白虎隊士・飯沼貞吉も、長州で療養し、その地であたたかい山口の人々に感銘を受けております。
薩摩については鬼県令・三島通庸がおりましたし、長州の山縣有朋もしつこく会津にいやがらせをしておりましたが、没交渉とも言い切れないのです。
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武士として、人として、尊敬できるところはある。そういう落とし所になってもおかしくはない。
では慶喜は?
なまじ忠義を尽くしてそれを裏切られただけに、ブーイング大合唱になってもおかしくありません。
繰り返しますが、今年の大河と『八重の桜』を同列に並べることはデリカシーにあまりに欠けております。
今年の大河は幕臣や佐幕藩を持ち上げておりません。
慶喜と栄一コンビとその周辺だけを持ち上げる、極めて身勝手な作品と言えます。
歴史は現在と過去の対話である
E・H・カーは言いました。
歴史は現在と過去の対話である――。
ゆえに歴史上の人物や事件の評価であっても、時代とともに変化してゆきます。
幕末史の本を読んでいると、特定の年代が徳川慶喜を見る目がことのほか厳しい。
その年代とは、アジア・太平洋戦争経験者です。
慶喜は大坂城で、幕臣や会津藩、桑名藩士らに対して薩摩と戦い抜くよう命令を出しました。
そのあと妾を連れで単独逃亡し、江戸城を無血開城して蟄居してしまった。
奥羽越列藩同盟は戦い続けたのだから、破滅は自業自得という誤った見方もしばしばされますが、謹慎の意を示そうとしたって踏み躙られております。
それに西軍は小栗忠順はじめ、幕府側の人間に戦意ありとみなして片っ端から殺すようなことをしているのです。
これも慶喜が薩摩相手に戦うべしと発令し、かつそれを明確な形で撤回しなかったことも一因ではないでしょうか。
会津藩降伏開城式では、松平容保が列席しました。そこに敷かれた朱色の毛氈は「泣血氈(きゅうけつせん)」と呼ばれ、会津藩士たちは切り取ったものを無念の証として保管し続けました。
そういうパフォーマンスを一切せず、慶喜はふらりと消えてしまった。
アジア・太平洋戦争経験者の中には、その慶喜の姿を、満洲や南樺太から住民を残し撤退した日本軍と重ねた人がおります。
民衆の苦しみを無視してのうのうと余生を生きる慶喜のことを、どうしたって彼らはゆるせなかった。
そういう戦争体験者が生きている時代は、慶喜を褒めることはできません。
幕臣でありながら明治政府上層部とベッタリと繋がり、出世した渋沢栄一を褒めることにも気が進まなかった。
そのことも想像は尽きます。
わかりやすく言えば、渋沢栄一って『はだしのゲン』ならば鮫島伝次郎なのです。
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【参考】
青天を衝け/公式サイト



















