青天を衝け感想あらすじ

青天を衝け第33回 感想あらすじレビュー「論語と算盤」

2021/11/01

小野組が放漫経営で倒産か――。

多額のお金を貸していた第一国立銀行は、その煽りをうけ倒産の危機に巻き込まれます。

三井の三野村は、ピンチに陥った第一国立銀行の乗っ取りを企んでいるらしい。

なんて卑劣なんだ三井!

ってことですが、ちょっと待った、島田組はどうしましたか。というか、劇中ではあまりに突然、銀行がピンチになっていて、むしろ栄一が無能では?と思えてきます。

つい先週、ドヤ顔しながら算盤で「日本スゴイ! 俺サイコー!」みたいな態度だったのに、なぜ放漫経営に気付かなかったのか。

迂闊にもほどがあり、経営者失格と言われても仕方ない印象です。

第一国立銀行
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銀行がなければ日本はダメだ

明治7年(1874年)、政府はこれまでの方針を変えました。

政府の預け金の担保を出すよう、小野組や三井組(と島田組)に申し付けたのです。

島田組を省くことは、例えますと劉備・関羽・張飛からなぜか張飛だけが出てこないような無茶苦茶さに思えます。

悪役にされた三井も『あさが来た』では大正義でしたが……。

ヒールターンした大隈も出てきます。

大隈たちのスカウトで今がある栄一ですが、このドラマは基本的に善玉はイケメンというルッキズムドラマなので諦めるしかない。下劣な言動していたら悪役です。

栄一は顔芸しまくりながら大隈に抗議。どれだけ気張った顔をしても、肝心要の経済話に説得力がないから、文化祭の準備にしか見えないのが辛い。

「なんで剣道部の焼きそば屋台が許可されないんすか!」

「衛生面がダメなんだ!」

大隈が厳しい先生で栄一が生徒ですね。

やたらと絶叫していると、大隈綾子が手紙を持ってきて、夫をなだめますが……いや、もう、この奥様、失礼すぎませんか。

結局、大隈に追い返された栄一は、困り果てた小野組商人相手にカッコつけます。やたらと絶叫しつつ、銀行がなければ日本はダメだ!そうです。

すると担保を差し出す古河。

証券の類でしょうか。これだけの金額を風呂敷堤で持参って、重たいだろうし相当無謀としか言いようがない。

というか、担保差し出しの展開を予想して大金を持ち歩く古河とは何者でしょうか。美談にしていますが、万が一盗難にでもあったら日本終了ですよ。

 


気づいたら第一国立銀行の頭取に

かくして小野組を犠牲にして乗り切る栄一。

毎週毎週『デスノート』の「ジェバンニが一晩でやってくれました」級のミラクルチート連発で意味がわかりません。

そりゃあ、これだけ運がよかったら、実力なんて関係なくどうとでもなりますわな。

『あさが来た』のあさもそうでしたので、脚本家のテイストかもしれません。

それにしても、毎回毎回、明治政府の無能さ、お粗末さが描かれていて、ワケがわからなくなってきます。

銀行も首の皮一枚でつながったが、自分も悪い。

と、ようやく反省する栄一は経済人で良かったですね。戦国乱世なら、まず間違いなく討ち取られているでしょう。

このあと書状が出てくるのですが、どうにも墨と紙の質感が不自然で気になって仕方ありません。ともかく中身をを要約しますと……。

「三井汚い! 三井卑劣! 三野村最低!」

挑発された栄一がホイホイと三井へ出向き、三野村が悪役笑い。今週も、本作は明治経済をヤンキー漫画のノリにおさめますよ。

そしてお得意の【フェイス・トゥ・フェイスシステム】(顔面を突き合わせないと盛り上げられないこと)です。

『青天を衝け』を『半沢直樹』と比較する意見も見かけました。

大河というNHKの大看板が、民放と比較される時点でどうなのか……とは思いますが、それ以上に『半沢直樹』に失礼です。

あれは大人同士のやり取りでしょ。このドラマは、キレて校長室へ乗り込んで行った高校生のようです。

憎々しげな大隈がまたも栄一にケチをつけます。こちらはムカつく教頭先生ポジションですね。早稲田関係者の神経を逆撫でするようなひどい描写は続行します。

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そうかと思ったら栄一は第一国立銀行の頭取になりました。

今度は三野村も顔芸。栄一も、むすっとしたまま黙っています。

さすがにここは何かコメントなり抱負なり言ったほうがいいのではないでしょうか。現実の場面で、黙ったままなんてあり得ないでしょうに。ほんとリアリティがまるでない作品です。

 

美賀子が可愛がる子供は女中に産ませ……

このあとシャンドから英語で励まされる栄一。

フランス語はともかく、いつから英語を理解できるようになったのか、こちらが戸惑ってしまいます。

小野組破綻の影響を最小限に抑えた栄一に対し、イライラが止まらない大隈が、ショッカーアジトで岩崎弥太郎と悪企みを始めました。

この場面で赤い蝋燭をセレクトした小道具担当者は、一体何がしたかったのでしょう?

なんだかイケナイ館のようでワケがわかりません。

五代様が大久保がカッコつけて囲碁を指しています。おそらく囲碁の所作指導はしていないのでしょう。囲碁メインのドラマでもないので仕方ないんですかねぇ。

ここで五代は、かっこいいことを言い、大恩人の大久保にダメ出ししています。

無駄なイケメン時間稼ぎにしか見えませんが、そうかと思ったらまた次のアナザー時間稼ぎ、慶喜訪問です。

慶喜の明治のことを全て説明セリフで語る。永井尚志は「会いたくない幕臣」として処理されてしまいました。

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でも栄一は来るの楽しみにしておった、あひゃひゃ!

そう下劣に笑ったあと、慶喜と美賀子が出てきます。女中が幼い子供を抱いていて、美賀子がかわいがる。まるで彼女の実子のような扱いですが、慶喜が女中に産ませた子供です。

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栄一と慶喜の会話もありましたが、洋装と猟銃を見せたかっただけでしょう。

美賀子は、平岡円四郎の妻・やすが来たと言います。

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態度がでかくて無礼なやすに何か言われて反省する美賀子。やすも、そのくらいは書状で指摘できなかったのでしょうか。

美賀子は最低最悪の夫をかばいます。

慶喜はストレス溜まって大変なの!

枕元にまで武器を置いてよく眠れないの!

そんなことを拙い京都ことばでアピールされますが、史実では自転車に乗ってセキュリティ意識なんてうかがえない。むしろ無神経でのうのうと生きています。

 


外国人の蚕卵紙買い控えにイライラ

そして栄一が『論語』を読む時間です。

漢籍朗読の指導はどうなっているのでしょうか。

比べるのは酷かもしれませんが『麒麟がくる』の長谷川博己さんや坂東玉三郎さんとの差があまりに辛いです。

そこに千代がやってきて、栄一はパリの婦人から来た手紙の話をします。

「妾になって日本へおいでよ!」系のいやらしい話かと思ったら、

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ボランティアのことを話しています。なんだ、ツマランな。

というかパリのことを考えるぐらいなら、今、死にかけている屯田兵のことでも考慮すれば真実味もあるのに。

栄一が、自身のことを「道徳精神が溢れる人間」と飾り立てていたことは史実ですが、いちいちわざとらしく、あまりに嘘くさい。

「大事なのは民だ」

なんて綺麗事を仰ってますが、一方で、その苦難を招いた慶喜を讃えたりしている。ダブスタというか、ご都合主義というか。この脚本は、整合性をどう考えているのでしょう。

このあと、またも不自然なVFXでたなびく旗が映され、銀行へ。

銀行で理想が叶うと思ったら辛い!と叫ぶ栄一。こんな上司は絶対に嫌だ。

しかも親族枠の渋沢成一郎が自分の用件できています。

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外国人による蚕卵紙の買い控えにイライラ。この事態に対して、大久保は政府が介入しようと言い、伊藤博文は民間が解決しろという。そして大隈が叫び、事態をひっくり返す。

こういう場面ひとつとっても、髭のメイクがうっすら浮き上がっていて、もう気になって仕方ありません。

そして主人公補正を頼り、大久保も蚕卵紙のことを栄一にねじ込んできます。

三白眼の栄一は「やってらんねーし」とでも言いたげに断る。

ここでも決め台詞は「おかしれぇ。やってみましょう」と来た。

おもしろいか、おもしろくないか――国の一大事をそんな調子で決めないで欲しい。

でもこの栄一はチートがある。雑にそろばんを使い、目をギラつかせて凄めばすべて解決しますからね。

 

焼き捨て三銃士のキャンプファイヤー

秘策は蚕卵紙を焼くことでした。

買い控えを逆手に取って売り控え、さらに新聞に載せるそうです。

そしてここで福地源一郎が出てきますが、あまりにさりげない出方ですね。

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そして栗本鋤雲も……。

嗚呼、ここには出てきて欲しくなかったなぁ。もうこの人だけは見たくなかった。

栗本が嫌いなわけでも、役者にも文句はありません。あれほど誇り高い男が、渋沢の隣にいるところなんてむしろ見たくないのです。栗本が汚れるようで、もう冗談じゃない。

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兎にも角にも焼き捨て作戦が実行されます。

渋沢栄一と、尾高惇忠と、渋沢成一郎の、焼き捨て三銃士がかっこよく松明を掲げて、キャンプファイヤー!

えぇと……このシーンは、どうやってリアクションすればよいのですかね。

外国人に一泡吹かせたった! 凄い!

ということかな……。

どういうわけか神秘的なBGMも流れています。

「天まで届きそうな炎だ。見てるか、真田、長七郎、平九郎……」

そう惇忠がいいます。

そうか、これは慰霊だったのか。

真田なんて製作者も忘れていそうな存在感だったし、そもそも火が危険では?

知恵者だったら蚕卵紙をド派手に全部焼いたフリして、政府御用の倉庫にでも隠しておけばよかったなんじゃないですかね。

文化祭最終日のキャンプファイヤーだったら、もう仕方ないですね。盛大にやってケジメをつけなければ明日から元の高校生活に戻れませんから。

 

世の中が金を中心に回り始めた

栄一が子供を見ていると、三野村が羽子板を持ってやってきました。

この身分の人が単身でホイホイ来ることに不思議な感じを覚えますが、ドラマとしては「名優を使えばええんやで」とでも言いたげで切なくなってきます。イッセー尾形さんの無駄遣いにしか見えません。

そして小栗忠順のことが千代の口から語られますが……。

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千代に聞くまでその一件を知らない栄一って、あまりに無能ではありませんか?

ときに敵対するような取引相手なのですから、どこでカードを切ってこられるかわからない情報、自分で集めておく必要がありましょう。

そして五代と宴会タイムです。

相変わらず飲食場面が多いですが、なぜかそこで『論語』を発見。なぜ、宴の席にそんなもんが置いてるんだ???

イケメンたちがいて『論語』がある。

「君たちがいて僕がいる」のチャーリー浜を一瞬思い出してしまいましたが、なぜかそこに千代もいて三野村もいる。

史実の千代を考慮すると、宴席に顔を出すようなタイプじゃないと思います。

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小栗のことを語るのも「忘れてないよ!」アピールのようで逆に不信感が湧いてしまいます。

世の中が金を中心に回り始めてしまった――と三野村が嘆いています。

これも全部アリバイですね。

金勘定だけでなく道徳も考えていたアピールのため、『論語』を持ち出した。

なんなんでしょう、懐にわざとらしく入れた『論語』って。お笑いコントのツッコミ待ちにしか見えません。

そして三野村はナレーションで死に、西郷隆盛も新聞で死んだことが語られます。

さすがに今回はロス戦術を使わないんですね。

西郷が大仰に散れば、SNSにロスロスロスロス書き込んでもらえたでしょう。

そうかと思ったら唐突に戦費の話が出てきます。

戦争で金が動く!と喜ぶのはショッカー岩崎。

いやいや、そういうのがお得意なのは五代様ですよ。グラバーとタッグを組んで、戊辰戦争では“死の商人”としてたっぷり甘い汁を吸いました。

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大久保利通もセリフで暗殺されます。

大久保と親しかった五代は、すかした顔をして碁盤と向き合っている。

生前はさんざん大久保をコケにしておいて、死んだら急にしんみりって、このドラマって本当に冷酷だと思います。人の死が、持ち上げたいキャラの装飾に使われまくってます。

こんな調子で『論語』を解いてて凄いだのなんだの言われても、仁義礼智信、どれひとつとして成立していません。

見ているだけで心がささくれる。悲しいかな下劣としか思えません。

 

総評

受信料とは何か――。

スポンサー契約せずとも、利害抜きにして、公平公正に番組を作るために徴収する、それが建前のはずです。

なぜそんな基本的な話をするのかと言うと、よりにもよってNHK大河ドラマで、その基本を逸脱をしているから。

『獅子の時代』も渋沢栄一大河説がありますが、そうならなくて正解でした。

なんせ渋沢には関連企業が多すぎて問題があります。

しかも本作はそこにとどまりません。

主人公を持ち上げるため、あまりに単純な善悪描写をするので、三井だの、三菱だの、他の企業をおとしめ始めました。

もしも福沢諭吉が出ていたら大隈重信と共に早慶ディスにもなっていたでしょう。

本作には、NHKの存在意義まで破壊する勢いがあります。

『論語』プッシュで道徳心を語られても、根本的なルールを破っておいて何を言っているのやら。

渋沢栄一以外は、いくらでも貶めてよい。

そんな世界観でよいのでしょうか。

そもそもその『論語』にも大変失礼なのですが、それはじっくり後述します。

 

やっと出てきた慶喜の子ですが

なぜ慶喜の子を出さないのか?

と散々突っ込んできましたが、出てきました。しかもミラクルな演出です。

美賀子がああやってあやしていると、まるで夫妻の子のように見える。

背後で抱いている女中のことまで考えると気の毒にもほどがあるのです。

実母はあの女中です。

しかし、身分違いで、実の子ですら奪われたように美賀子があやす。史実でも実子すら母を使用人扱いしていたそうで、あまりにも無惨な話です。

斉昭と慶喜の女性スキャンダル
女性スキャンダルが痛すぎる徳川斉昭と慶喜の親子|幕府崩壊にも繋がった?

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そんな団欒をほのぼのと見せてくる。そんな本作のロンダリング匠の技には驚かされます。

今週だって、

「洋装の慶喜様マジイケメン! 眼福!」

そんな意見を探し出せば好評という空気が形成できますので。

 

いろいろと心配になってくる役者のこと……

別の番組で、本作初期の頃の映像が流れていました。

栄一の艶やかな顔色、澄んだ瞳にショックを受けたのです。

吉沢亮さんってこんなに美しかったんだ。そう驚いてしまいました。

あれほどの美男が、最近どうにもよろしくない。

顔色が悪く、目の下に隈があり、声音もやたらと叫ぶし、目つきも悪い。

吉沢亮さんの体調が心配です。

セリフの読み方や所作もパターン化しているし、どうにもおかしい。大河主演をあまり過酷にされても見ていられません。

栄一のセリフの量にも疑念がつきまとうのです。

長いところもあれば、ここで無言が続くのはおかしいと思えるところもある。どうにも不安感が漂っている。

主演だけの話でもありません。

ちゃんと所作指導をしていないとわかる場面が多い。そろばんの手つきがおかしいのはもう諦めました。腕を組む場面が多いのも気になります。

所作に文句ばかり言って申し訳ありませんが、本作の女性はどうして腕を横にだらっとしたままにするのでしょうか。

千代でもそんなことがありましたが、今回は美賀子がそう。

複数の登場人物がそうするということは、指導の問題でしょう。

未来ある若い女優さんに恥をかかせないでください。

とてもだらしなく見えます。町娘ならともかく、将軍の正室であれはない。

そんな美賀子に会いにきたやすは、もうありえません。下品です。将軍、主筋の人物に会うのに、あんなぞんざいな態度はない。

江戸っ子という演出をしたいのでしょうが、彼女は芸者出身です。

江戸の芸者はもっと丁寧な所作と言葉遣いでしょう。

このドラマに出てくる人って、どうしてこんなに非常識なのでしょうか。無礼で、いきなり踏み込んできて怒鳴り散らす。

一体どんな世界観を描いているのか、本当に不思議でならないのです。

 

ニンジャ映画のような小道具

本作は時間がないらしい。ゆえに小道具もおかしい。

書状の紙と墨の質感がおかしい。墨特有の滲みが出ておりませんし、紙に光沢があっておかしい。ああいう紙に筆を使って書くとは思えません。

それっぽいフォントをデジタルで作成し、プリントアウトしたように見えます。

折り目のつき方から何からどうにもおかしい。

風神霊神図の屏風も妙でした。

銀行にあんなレプリカを堂々と置くものかと思いましたし、紙の光沢からしてプリントアウトものを貼り付けたように思えます。

落ち着いた水墨画屏風を、NHKの大河チームともあろう組織が用意しておりませんか?

それにあんな勇壮な屏風を、商売の場に置くというのもおかしい。

大昔に見たトンデモ忍者映画を思い出します。

トーキョーのキンカクジテンプルに、真っ赤な装束を着たニンジャ一族が暮らしている。そんなB級映画ですね。

これは大河ですよね? 私は大河を見ているんですよね?

どういうことでしょうか?

かといってVFXに期待したところで、旗がまたおかしいし。このドラマってどんだけ技術と時間がないんだ!

 

栄一が圧倒的な無能です

栄一がスゴイといいたいことはわかった。

しかし、やることなすこと無能すぎて意味がちょっとわかりません。

小野組が倒産するまで危険を予測できない。

「俺が悪い!」といいましたが、まったくその通りです。もっと真面目に反省しましょう。

三野村が小栗忠順ゆかりの人物だと、千代に聞かされるまでしらなかったあたりも酷い。商売相手のルーツくらい調べておきましょう。

とはいえ、五代もダメだからそこはヨシ。このドラマの五代って、具体性のある助言ができないんですね。

栄一にも「商売の世界には魑魅魍魎がいるよ!」ですからね。

それって「北海道にはヒグマがいるよ!」くらいの無駄なアドバイスでしょ?

具体性のあるアドバイスというのは「ヒグマにはペッパースプレーだ。でも出会わないことが大事」とか、そういうものじゃないでしょうか。

イキリ顔の渋沢。

クソバイス(クソのようなアドバイス)の五代。

史実はさておき、ドラマではそんなところでしょう。

 

鳳字

今週の漢籍コーナーです。

鳳字『世説新語』「簡傲」より

ざっと概要をまとめますと……。

魏の呂安が親友の嵆康を訪れました。

するとあいにく留守。兄の嵆喜が「あがってってください」と言ったのですが、呂安は門上に「鳳」と書いて帰った。

「へえ〜鳳かあ。素敵ぃ!」

そう嵆喜は浮かれたのですが、これには深い意味があった。

「鳳」という字は「凡」と「鳥」とに分解されます。つまり……

「嵆康はいいけど、あんたみたいな平凡な奴と話しても時間の無駄っスね」

呂安の性格って、どうなのよ……そんなツッコミどころはあるかと思います。

『世説新語』の時代って乱世ゆえにみんな精神が疲弊していて、あの書籍はびっくり言動コレクションのような趣があるので、そういうものだと思ってください。

で、なぜ「鳳字」かということですが、これって本作とその感想なのではないかと思いまして。

ドラマも後半に入って、誉めるところが尽きてきたと思える。

だって今週なんて、西南戦争よりも蚕卵紙キャンプファイヤーが見どころですよ。どうコメントすればいいんですか?

このドラマを誉めなければならない方に同情してしまいます。

無理に探そうとすると、こうなる。

「人が死んじゃった! 悲しい!」

「お父さんとお母さんは大事!」

「イケメンがスーツを着ていてかっこいい!」

「浮気ムカつく!」

SNSで瞬間的に盛り上がる投稿を取り上げ、引き伸ばして記事が量産される。

タイトルや本文は鳳のように華麗なベタ褒めですが、行間を読むと「平凡で褒めるのつらいのよ」という本音が見えるのですね。

それってまさしく本作そのもの。どんどん作りが雑になっているのに、ブランドネームとファン心理で誤魔化しています。

では、具体的にどんな記事があるのか?

一例がこちらです。

◆ 『青天を衝け』大森美香脚本の妙 歴史に人間ドラマを巧みに組み合わせ、ユーモアもプラス(→link

注目はこちらでしょう。

朝ドラ(『風のハルカ』『あさが来た』)も大河ドラマも、長丁場にも息切れをあまり感じさせない強靭さを感じる筆致。

作家としてのスケール感があり、今後も依頼が引きも切らないだろうと感じる才人のひとりだ。

「長丁場にも息切れをあまり感じさせない強靭さを感じる筆致」だそうですが、大河の必要条件ではありませんか?

正直なところ、三度目の登板となる三谷幸喜氏や、昨年の池端俊策氏と比べると歴史ものとしてあまりに辛い。

後世作られた家康遺訓を本物のように扱う。

レオポルド2世を褒めちぎる。

そういうことは基礎的な歴史知識があればやらかさないと思います。

大河の脚本家として水準を満たしているのか疑問を感じますし、『あさが来た』の時点で判明していたと思えるのです。

本作は明らかにおかしい箇所が毎週のようにあります。

事前のガイドであった展開がカットされ、追加されたと思えるスタジオ撮影の場面が挟まっていることも多い。

語彙力、漢籍の知識。どれもこれも、ここ数年の大河では低い部類に入ります。

『論語』を推しておきながらその勉強すらしていないって、一体どういうことなのか(これについては後述します)。

私には、本作の脚本家が最低限の努力すらしていないように思えます。

手抜きをする人は、いくら才があろうと、とても褒められません。そもそもこの筆者が定義する「才人」とは何か? 取り入ることがうまい才能という意味にも思えてきます。

そもそも、本当に歴史ものの語彙力があれば「びっくりぽん!」だの「胸がぐるぐるする!」、「おかしれぇ」だの、当時の知識人が言いそうもない決め台詞なんて使わないでしょう。

平成令和でも大人になっても連呼していたら、幼稚とみなされかねないのでは?

そしてここもご注目ください。

この頃の文章は渋沢栄一記念財団のホームページ「渋沢栄一伝記資料」としてネットで読めるようになっている。

大森氏をはじめ制作スタッフはこういう資料を読み込んで作っているのだなと思うといやもう大変な仕事だと感じる。

渋沢栄一がドラマで言う「変身」を繰り返すように尽くす人を変え職業を変えて様々なことを行っているから資料も膨大だろうし、近代になればなるほど残った資料も多いだろう。

栄一がしきりに言う「合本(がっぽん)」という言葉に『あさが来た』のキメ台詞「びっくりぽん」を思い出してクスリとなっている場合ではない。

大河を作るのに、資料を読み込むなんて当然のこと。毎年そうです。

そもそも資料を十分に読み込んでいたら、江藤新平の最期や、小野組だけでなく島田組ぐらい出てきそうなものです。

今年で驚くなら来年はどうなります?

三谷幸喜氏は『真田丸』で一流が揃った考証から、大量の資料を受け取ったことがわかっています。三谷氏はそういうことを自慢しないし、アピールするような人でもない。

のほほんとしていても才知が光る。

嚢中之錐(のうちゅうのきり)とはまさしく彼のような人物のことでしょう。

『麒麟がくる』の池端氏の場合、漢籍が血肉として身についている。そういう語彙力とプロットです。ああも見事にはそうそうできない。

天衣無縫――無邪気だという意味で使いますが、ここでは作為を感じさせないほど見事と使わせてください。『麒麟がくる』の信長なんて天衣無縫の素晴らしさでした。

話を来年や去年でなく、今年の脚本家に戻しますと。

こういう褒め言葉って、所詮、

「このカレーはスパイスを入れていてスゴい!」

というような類のものです。

一周回って失礼な話。甘ったるい言葉で賞賛するにせよ、他に何かなかったのでしょうか。

ドラマの作り手は気の毒だとは思います。

好きでもないことをやらされて、ストレスが溜まっているのかもしれません。

だから彼らを気遣うためにも、誉めるにしても読んでいて「鳳字」、ありきたりだというようなことはどうなのかと思う次第です。

私は魏徴(ぎちょう・唐高祖と太宗に諫言しまくった政治家)推しなので、本作に対する華麗な褒め言葉はありません。

 

渋沢顕彰が『論語』を貶める

今年の大河ドラマは漢籍知識が疎い。そうしつこいほどに繰り返してきました。

作り手は、サブタイトルにしながらも『論語』も算盤もさして重視していないことは見ていてわかります。

毎週指摘していますが『麒麟がくる』の漢籍知識は盤石でした。

単純に引用するのではなく、プロットに組み込んでいたのです。漢詩が伏線になるドラマってなんて素晴らしいのか! と解読することが楽しみで仕方ありませんでした。

今年はどのへんが漢籍教養不足か?

まず、本作と連動したこちらの記事でもどうぞ。

◆大河ドラマ『青天を衝け』では橋本愛演じる妻・千代と愛人はほぼ同時期に出産…“妻妾同居”の実態(→link

以下の部分、あまりに基本的なことが間違っています。

特に後妻のかねは晩年、ようやく悟ったように「父様も論語とは旨いものを見つけなすったよ。あれが聖書だったら、てんで教えが守れないものね!」と、笑いながら言ったと秀雄は回想しています。論語においては孔子自身が歌舞音曲を非常に重んじていましたが、当時の歌や踊りといえばまず間違いなく女性を伴った席だったのです。

中国の音曲については、それだけで一冊本になるほど難解なのでここでは解説しません。

確かに音楽には大変なこだわりがある。しかしそれは国家儀礼や祭祀も絡んでことであり、「綺麗な姉ちゃんと宴会していたんだよね」というニュアンスで語ってよいものではありません。

どうしてこうも鹿島茂先生は、力強く断定するのでしょうか?

彼の著作は読んでいます。『情念戦争』は素晴らしかった。鹿島先生の渋沢栄一伝も読みました。

しかし、疑念も感じます。あの本にも、中国古代は女性を侍らせる宴会が当然という、この記事と同じ趣旨のことが書かれてあり、一体どういうことかと驚いたものです。

問題は鹿島先生一人のことでもありません。

出版し、オンラインで記事を掲載した文藝春秋社は、『論語』に対する理解が基礎的な部分からしてまちがっていると、問題視しなかったのでしょうか?

読者が指摘することもなかったのでしょうか?

私も出版社に連絡はしておりませんが、もしも文藝春秋社内に漢籍の基礎的な知識がある人がいれば、修正が入るはずでしょう。書籍とWebで、こうも堂々と記事を出すとなると、相当危うい話だと思います。

そしてこちらですが。

◆ 渋沢栄一がこだわった「論語」は『論語』にあらず!? 銀行経営の指針に「論語」を持ち出した背景(→link

記事については概ね同意しますが、私が以前指摘した問題点を繰り返しますと。

渋沢栄一の『論語』は、「心即理」=「心が欲すればいいんだよ!」と超解釈し、テロを繰り返した後期水戸学であり、現代人はむしろ弊害を学ぶべきです。渋沢の解釈は危険でしかありません。

そもそも『論語』ブームに乗っかって持ち出した感があり……専門家でもないわけです。

本当は怖い渋沢栄一 テロに傾倒し 友を見捨て 労働者に厳しく 論語解釈も怪しい

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渋沢栄一の『論語』解釈なんて本来は触れない方がいいんじゃないの? 魔改造されてない? それはこの記事でまとまっている通りなのですが。

中国古典には商業特化した『商訓』があるわけです。

『論語』は、東洋で一般教養の部類なので、そんなものを自慢されたところで正直なんだかな……と思わないでもありません。

商業特化思想といえば、鹿島茂先生はサン=シモン主義が渋沢の根底にあると伝記で書かれておりましたが、大河ではまるで出てきませんね。

そしてこの記事もここがどうにも納得できないのです。

その一方、『論語』や、そこに描かれた孔子という人物の実像について、我々はどう評価したらよいのでしょうか。驚くかもしれませんが、史実の孔子は、『論語』の記述にあるような、大国の宰相を任される生粋のエリートなどではなく、ただの政治好きの「冠婚葬祭アドバイザー」でしかなかったようです。『論語』では弟子の数が3000人いたなどとされていますが、『論語』より成立年代が古い『孟子』では70人しかいなかったとあります。おそらく、70人でも“盛られた”数字ではないでしょうか。

「孔子が意外とセコイんだぜ! そんなもん崇めている連中はどうよ!」って、そんな議論はもうやめにしませんか?

例えば、中国では儒教と仏教と並ぶ道教。この思想の源流には、張角も位置付けられております。

張角といえば『三国志』もので、黄色いターバン巻いてあやしげなことをしているイメージがありますよね。

 

確かに反乱はいかんということで、劉備、曹操、孫堅らが倒そうと立ち上がる。

でも太平道の思想には利点もあるし、アリなんじゃないかということで、組み込まれていって思想や宗教として洗練されていったのです。

道教の神として有名な関羽だって、武将としての力量は当時の最強とは違う。

大事なのは、関羽を祀ることで人が結束し、己を律し、助け合っていこうと思ってきたこと――関帝廟はそういう意義のある場所です。

関羽
関羽は死後が熱い!義の代表が「万能の神」として崇敬されるまで

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始祖が、現在の観点からみて本当に立派かどうか。宗教や思想ってそこが問題じゃないでしょう。教祖のことをそうやってバカにすることは、いろいろ危険だと思います。

大切なことは、教えを知って議論を続けること。

中国でも、朝鮮でも、そして日本でも、儒教の経典を熟読し、

「この教えはどういうことだろう? みんなで考えてみないか?」

とディベートをして己を研磨していたからこそ、価値があるのです。

議論が煮詰まった結果、危険思想となったのが前述の通り後期水戸学と、幕末の陽明学なのですが。

『青天を衝け』にそういう思想を論じる場面があったかというと……

「胸がぐるぐるする!」

「おかしれぇ!」

でしたからね。

この大河ドラマからは儒教や『論語』は学べません。渋沢栄一から『論語』を学ぶことも一切推奨できません。むしろ危険です。

幕末史と儒教って実は危険なんですよ。

「知行合一、吉田松陰先生の教えです」

こういうことをよく見かけますが、回避したほうが得策です。

「知行合一」は陽明学の教えであり、吉田松陰が提唱し始めた訳ではありません。

このように、もともと儒教、それも陽明学にあった教えを、勝手にルーツを簒奪するようなことをよくやらかすのが幕末史がらみ。

開き直って「陽明学で明治維新を成し遂げたのは日本人だけだから、もう日本のお家芸だ!」と主張する本もあり、唖然としました。

そんな無茶苦茶なルーツ簒奪は恥ずかしくありませんか。

儒教をコケにしつつ、日本式魔改造を主張している言動があると、私はいつも小島毅先生のことを思い出します。

「こんなことを小島先生が耳になさったらどうなることやら……」

中国思想の専門家であり、かつ大河に一家言をお持ちの小島毅先生……なぜ、本作がらみでお呼びがかからないか、それは想像がつきます。

彼が誉めるはずがない。

今飛び交っているオファーは、

「『青天を衝け』を専門家が語ること」

ではありません。

「『青天を衝け』を、専門家がベタ褒めすること」

でしょう。

となると先生が網から漏れることは必定。けれども、いつか小島先生が語る日が来ると信じています。

そうそう、ドラマで儒教思想や何やら学びたいなら、本場中国、華流もどうぞ。

お供には佐藤信弥先生『戦乱中国の英雄たち: 三国志、『キングダム』、宮廷美女の中国時代劇』を推奨させていただきます。

佐藤先生もオススメしている『月に咲く花の如く』では、ヒロインたちが商売特化型古典教養『商訓』を学んでいます。

 

『論語』を商売に活かす?

古いですね。これからの時代は『商訓』です。


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【参考】
青天を衝け/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

-青天を衝け感想あらすじ
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