青天を衝け感想あらすじ

青天を衝け第40回 感想あらすじレビュー「栄一、海を越えて」

2021/12/20

日本はますます帝国主義に傾いていきました。

そのことを反省しているような渋沢栄一。

渾身のロンダリング技術で「渋沢栄一は帝国主義に反対だったのか!」と刷り込んでいるわけですね。

それならば加齢所作をしても良いとは思いますが、髪は依然としてまだ黒く、口調はハキハキとしている。

文化祭ももう終わりだとは思います。

杖をつくようになりましたが、あんまり動作を鍛えていないのか、不自然です。しかもこの杖、忘れているようでもあり、ほぼ使いません。

 


実業界からの引退表明

明治42年(1909)6月――渋沢栄一は、第一国立銀行以外の役員を辞任し、実業界から引退すると表明しました。

今後は、民間外交に力を注いでいく予定とのこと。

伊藤博文と対面して、そのことを話すわけですが。

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政治外交の筋書きはさておき、最後までこういう対話場面がどうにもしっくり来ないのは、椅子の座り方一つとっても行儀がよろしくないからでしょう。

栄一は前のめりに座っておりますが、彼の年齢ならば、どっしり背もたれにもたれかかるぐらいが丁度よいはず。とても明治の大物老人には見えません。

そんな栄一は、自身の間違いに気がついたそうです。

尊王攘夷から足を洗ったはずが、つい最近までどこか変わらぬ思想でいた、傲慢で自分勝手だったと自己反省をします。

反省をすれば全てチャラ、と言わんばかりのアリバイ的言い訳が続きます。

傲慢さとは、どこから来ていたのか?

列強に侵略されたらどうしよう! という怯えだったようです。

しかし、イギリスにせよ、フランスにせよ、アメリカにせよ、侵略という話はどこまで本気だったのでしょう。

植民地経営はつまるところカネですから、日本を支配下におくより、武器を売ったり貿易をしたほうが儲かったのであれば、わざわざ極東の地まで来て、自国の軍事力も摩耗する意味はあるのでしょうか。

明治以降、日本の外交や戦争について批判があると、非常にこの論調が多いものです。

「黒船が砲艦外交してきたんだ! だから自衛なんだ!」

自衛論ですね。

明治以降の日本外交の根底には、吉田松陰の『幽囚録』がありました。

その思想を辿っていくと後期水戸学にたどり着く。日本でそうした思想が形成されていった時期は、確かに英米の捕鯨船やロシアの南下に対する警戒心がありました。

だからといって、明治以降の日本の対外政策が免罪されるのか?

日本ではともかく、世界レベルでは通用しません。どうせ大河は日本でしか放送されないからと思って、こうした脚本になっているのでしょう。

栄一は、アメリカで排日運動が高まっていると言い出し、民間外交でなんとかすると宣言します。

伊藤も、栄一は喋り上手で嘘をつかない、戦の匂いがしないから大丈夫だそうです。

外交ってそんな簡単なんでしょうか。

私としては渋沢栄一ほど平然と嘘をつく大河主人公はそうそういないと思います。

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というか、外交担当者が嘘の一つもつけず、海千山千の諸外国相手にどう対処するのでしょう。

こんなリアリティゼロの綺麗事ばかりで塗り固められているから、結局のところ文化祭ドラマなんですよ。弛緩しきって緊張感ゼロです。

 


アメリカ横断

雑なVFXでアメリカ横断がスタート。

一瞬、昭和おじさんの好きな『ウルトラクイズ』かと思い、あの日テレアナウンサーの姿が頭に浮かんできてしまいました。

栄一はアメリカの商業会議所の招待に応じて、視察団の団長として渡米していました。

ナレーションで全てを進め、やっとこさ列車内が映るのですが、予算の都合を感じてしまい切なくなります。

列車内だけで話を展開すれば、削減できますもんね。立派な演説なんて金が許すわけもない。

ここで随行した高梨幸子はよいかもしれません。結髪がまともなだけで随分と真っ当に見えます。

悲しくなるのは、車窓から見えるアメリカの景色です。こちらも予算不足のせいか、VFXがお粗末。比較するのもどうかとは思いますが、どうしてここまでVOD作品と差をつけられるのか……。

栄一は使節団をまとめ、全米都市や商業施設を見学したそうです。

せっかく栄一の見どころである場面なのに、写真だけでどんどん処理していくコスパ動画が続きます。

処理が荒い写真、揺れがほとんどない列車。唯一の救いは兼子だけです。ちゃんと加齢ができていて、発声も綺麗なんですよね。

微動だにしない列車の中で、揺れてびっくりする栄一にはなんだか感動してしまいました。

あと、やたらと出てくる通訳さんはなんなのか。扱いが妙なんですよね。脚本も演出も「この売り出し中の役者を見て!」と主張するようなくどさを感じます。

過去の放送で、栄一が英語を理解していたシーンとの整合性もいまいちズレてくる。

ドヤ顔の栄一が、排日について聞きます。

いかにもアメリカ人が狭量なように語りますが、これは政府も悪い。

それに、どれだけ排日運動が過激化しても、栄一や伊藤博文のように、殺人や焼き討ちまではそうそうしないでしょう。

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『青天を衝け』のようにテロ青春を賛美するドラマなんて、本作独自のセンスですし。

ここで栄一はタフト大統領とも会見を果たすのですが、ドンキホーテで買った感のある小道具が気になって仕方ない。

特に考証がおかしいのは花ですね。

しかもタフトまでもクズ!

唐突に女性を褒め出す。女性が表に出るという。レディーファーストを押し出す。

なぜ、このドラマの女性進出は、宴会に侍ることばかりなのでしょうか。たしかに当時はまだ意識が低いだろうけれども、おかしいんですよ。

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同じお札の顔の津田梅子に失笑されますよ。

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彼女ら女子留学生は、米国で容姿ではなく知性を誉められていました。

こんな描き方では、タフトにも失礼です。

挙句の果てに

「ニッポンバンザイ!」

って……やめてー!

見ている方が恥ずかしくなって画面を消したくなる万歳三唱。このドラマって「バンザイ!」しか繁栄を祝う言葉がありません。

徳川万歳。日本万歳。本当にワンパターンで視聴者をバカにしているとすら思えてきます。

 

伊藤博文暗殺

栄一はまたも狭苦しい列車で、兼子に茶を運ばせながら、偉そうに何か語っています。

彼が自分で茶を淹れるぐらいの気遣いがあれば、まだマシなんですけどね。

自分に酔いしれ、綺麗事ばかりを並べる人物から何を学べというのでしょうか。夫の戯言を聞いている兼子の美しさ、それだけは真実です。

というか、こんな時間稼ぎのために、40回放送と最終回を延長する理由がわかりません。

そして、このダラダラ旅の途中に、栄一は伊藤博文暗殺の報を聞き、衝撃を受けます。

「間違いだ! 何かの間違いに違いない!」

この驚き方もワンパターンです。

それより驚いたのは、その直後にマスコミ各社が栄一のコメントを取るため、まるで瞬間移動したかのように湧いてくることです。

しかも通訳なしに、栄一は日本語でコメントを一人でぶつぶついう。

ん? 伊藤に話しかけているんですか? 今週もスピリチュアルだ。

何より制作側は、こんな動揺をする人がいると本気で思っているのでしょうか。どこかに観客がいるとわかった上での言動じゃないですか。

まぁ、今週も誰かのロス狙いですね。とにかく誰かを死なせて、それっぽいBGMかけて、登場人物にアタフタさせる。人の死が数字に消費されて、もう本当にウンザリです。

しかもこのあと、マスコミ各社は消えて、あの目立つ通訳さんだけが何かしゃべっている。栄一はむすっとしたまま。

気になるのは、横顔の顎のラインですかね。

栄一は明治村感のあるホールでスピーチをします。

この会場って、以前の演説でも使われていませんでした?

しかも栄一の演説が……まるで上達していない……安西先生も嘆くレベルで、本当に高校生が文化祭終了の挨拶をしているように思えます。

まぁ、それで丁度よいかもしれません。なんせスピーチ内容も高校生レベルです。

「ズッ友宣言していた友人が死んだよ! 人生で色々な人が死んだよ!」

そして、怒涛の回想シーン。

時間稼ぎなのか、ロス煽りなのか。

つくづく死に方がおかしいドラマだったとしみじみ考えてしまいます。

スピーチは続きます。

「お互いを知り合えたら憎しみなんか生まれないよ! 考え方の違いを理解しようとしなかったんだよ! わかりあえれば悲劇なんかないよね! 日本人を排除する西海岸もひどいや! でも親切にされて学んだもん! ペリーもハリスの頃よりズッ友になったよね! 愛だよ愛だよ愛だよぉ!」

栄一くん、個人的な体験を一般化するのはいかがなものでしょう。

そして

「日本には己の欲せざるところ、人に施すなかれという忠恕の教えが広く知れ渡っているんだよ! 互いが手に手を取りあえがきっといい世の中になるよ! その心情を広げよう!」

最終回だからがんばって『論語』の有名な一節を入れてきました。

ところが……最後のセリフがマヌケ過ぎて涙……。

「ノーウォー! ノーウォー!」

これには全米が泣いた……ワケないでしょ。

そりゃ礼儀として感動したと示すことはあるでしょうけど、心の底から受け取るかどうかは別。

それに渋沢栄一は、先人が語り継いできた儒教の教えを、まるで自分のもののように簒奪することは控えて欲しい。

あらためて幼稚なスピーチでした。

内容も、演技も、演出も。何もかもが文化祭です。

兼子はじめ周囲の反応がいいから、なんとか見られる印象ですが、どうせSNSやニュースで「今も通じるよね!」と飛び交うのでしょう。

 


成一郎は加齢表現も上手なのに……

栄一は兼子に肩を揉ませつつ、通じたかどうかとかブツクサ言っています。

相変わらず揺れない列車。本当に動いているのでしょうか。

途中、駅に到着すると、日本人の移民親子が唐突に出てきました。

本作は、最初から最後までセキュリティ意識がゼロですね。こんなにホイホイと見知らぬ誰かが近寄れたら危険で仕方ない。

伊藤博文が暗殺されたばかりでは?

排日運動に警戒しているのでは?

そもそも、この移民はなぜ栄一の列車や車両が特定できたのですか?

本当に手抜きすぎる作品で泣きたくなる。

こんなもん、予算の問題ではなく脚本に難がありすぎるのです。

そのころ日本では成一郎が敬三に何やら話しかけていました。

実は、孫の渋沢敬三の方が学べることは多い。栄一や篤二に比べて、立派な人物です。

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そんな敬三なのに、肝心な昆虫採集の所作がなんだかおかしいんですよね。

バカ息子の篤二がその姿を見ていますが、敬三の父というより兄にしか見えません。

まぁ、それをいうなら栄一もそうですね。三世代ではなく三兄弟。

そしてまた徳川慶喜と来たもんだ。

慶喜に頼らないと人気が出ないドラマなので、初回から最終回まで出ずっぱりなのでしょう。

明治44年(1911年)、篤二が妻子を置いて家を出て、スクープされました。

玉蝶という芸者にひっかかったそうです。渋沢の事績である経済関連はとことん削られ、最終回直前までバカ息子騒動をやるんですから、ワケがわかりません。

うたのキンキンした声と雑な和装所作も、結局、改善せず。

そして、篤二は廃嫡。

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篤二の廃嫡については、栄一の決定というより、渋沢家の女性たちの声が反映されていた。彼女らが激怒したから、栄一も篤二をかばえなかったのでは?

まぁ、すべては栄一のゆるすぎる下半身が諸悪の根源にも思えてきます。

唯一の救いは、ここでも大島優子さんですね。白くスッと伸びた兼子の首がしみじみと美しい。値千金、時代劇のために作られたのような素晴らしさですから、なるべく早く、次の大河に戻れるよう、祈るばかりです。

このあと再び敬三と成一郎タイム。

渋沢成一郎は白髪もあり、歩き方も、発声も、ちゃんと加齢ができていてうまいんですよね。

高良健吾さんは本当によい役者だと思います。

なぜこんな素晴らしい役者が『花燃ゆ』と、この大河に出ているのだろう……哀しすぎる。

素晴らしい大河にまた戻ってきて欲しい。捲土重来です!

そもそも史実の渋沢成一郎にしたって、彰義隊を率いた人物で見どころ十分でした。

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客寄せに土方歳三を登場させるのではなく、成一郎を中心に函館まで描いていたら、このドラマにも存在意義は見出せたでしょう。

本作の男性部門No.1の役者を選ぶのであれば、間違いなく彼に一票を投じます。

問題はそれを描く制作側。なぜ活かしきれなかったのか……無念です。

 

慶喜の自己弁護トーク

明治45年(1912年)、明治天皇が崩御し、時代は大正となります。

明治天皇崩御のあとの乃木希典夫妻の殉死を描かない作品か。明治も遠くなりにけり、ですね。

栄一は中国に行きたいと言い出します。

ここでも中国の人とハートフル交流だけを言っているあたりが浅い。

本当に『論語』が好きなら、曲阜(孔子の生地)に行きたいとでも言えばいいのに、まあ、儒教のことなんてスッカリ忘れた作品だから仕方ないですね。

そしてしつこく深谷アピールです。

序盤で舞台だった深谷のことぐらい、流石に制作サイドも真面目に学んだので、しつこく出すのでしょう。

成一郎と比べると栄一は動きがきびきびして老人に見えず、なんなら死すら克服しそう。時代からして鬼舞辻無惨仕様ですね。

そんな成一郎も享年77で亡くなりました。

大正2年(1913年)、慶喜は死を前にして、原稿に修正を加えています。

やけに白い紙。アスクルで買って業務用ページプリンターで印刷かけた、そんな風情が漂っています。

時間ギリギリで小道具担当者も泣きながら作ったのかもしれない。あまり厳しいことを指摘するのはやめておきましょう(言ってますけど)。

慶喜は昔話を始めます。

彼は都合の悪いことについては「ん? そんなことあったっけな」とシラを切っていたはずなのに、記憶力いいですね。

そして再び栄一の回想場面が入りますが……。

結局、この栄一って序盤から最後まで、発声が同じでした。回想シーンとまるで変わり映えがしない。撮影スタッフもプロですから、その点、気づいてないワケがないですよね。

そして慶喜はまた、自己弁護トークを感動的なBGMとともにするのです。

後述しますが、これが全部嘘だと大々的に知れ渡りつつあるんですよね。

◆「NHK大河ドラマでは描きづらい」薩長と戦わず逃げた徳川慶喜の苦しすぎる弁明(→link

慶喜が「生きていて楽しかった」と言われたところで、それはそうだとしか言いようがない。

女中と子作りし、自転車で畑を荒らし、趣味に生きる。

職を奪われ餓死する幕臣のことも、家を追い出された奥羽越列藩同盟の苦悩も、屯田兵のことも全部どうでもよくて、ぬくぬくと生きる。

駿府(静岡)は温暖な気候で、東海道沿いだから適度に都会で、暮らしやすい場所ですしね。

ここで回想シーンが入り、慶喜は馬に乗っています。

回想のたびに思うのは、高良健吾さんの演じ分けの巧みさと、吉沢亮さんの顔のライン変化ですね。

そしてこう叫ぶ慶喜。

「快なり! 快なり! 快なり!」

結局、またこれか……。バンザイ三唱といい、本当に何かを叫ぶのが好きなドラマです。

 

そりゃデ・アール大隈も怒りますよ

栄一のもとへ、中国から孫文が訪ねてきました。

なんだか中国語の発声も妙に聞こえます。

孫文も、革命資金が必要なので、渋沢栄一にも愛想よくはするでしょう。ただ、それを針小棒大に扱う理由がわかったようでわからない。

ハッキリ言えば、渋沢栄一が助言を求めるに値するほど賢く見えないのが辛い。

だってここでも「経済人になってみたら?」とか言いだすんだから……。

相手の立場など考えず、自分の成功談からしか物を語らないって、要は「オレもこれでうまくいったから、お前もやれよ」と後輩に仕事を手伝わせようとする地方のマイルドヤンキーみたいじゃないですか。

結局、孫文は内戦に巻き込まれます。

そんな孫文に謝らせるようなことまでさせていますが、彼が浅はかだから内戦を回避できなかったとでも言いたいのでしょうか。

大正3年(1914年)――ヨーロッパで、第一次世界大戦が勃発しました。

首相のデ・アール大隈重信が、栄一ら経済人に対し、日本の参戦に協力を求めます。最後までわざとらしく「であーる」を連呼します。

デ・アール大隈は加齢演技をしているのに対し、やっぱり栄一は若い。

「戦争のたびに民は苦しんでいるし経済も打撃を受ける!」

と反戦を訴えます。

何を今さら子供じみたことを言っているのか。本作は、やはり最後の最後まで「手柄は全部自分のおかげ、悪いの他人のせい」と言いたいようなスタンスですね。

そりゃデ・アール大隈も怒りますよ。

日清戦争で賠償金をせしめ、ゲスい笑みを浮かべていたことを思い出すと、一体何なのかと言いたくもなるでしょう。

とにかく言動不一致。

それにお金を儲けたいなら、むしろ戦争は大事でしょ。

明治時代の政治家は、ともかく戦争産業とベッタリ密着しています。金を儲けたいなら、戦争は欠かせなかったのです。

国防と大義名分をかざせるし、世論に危機感を煽れば動かしやすくなる。

何より動く金の桁が違う。軍事産業に一枚噛むだけでだけで、金はたんまり儲かります。

あんなに金儲け金儲け金儲けばかりを言い募る渋沢栄一が、戦争から金の臭いを嗅ぎつけないなんてありえるのか。

民衆を隠れ蓑にしていますが、儲からないからやりたくないだけではありませんか?

孫文には「経済人になれ(金儲けすりゃいいじゃん)」と言ってたばかりなのに。

結局、日本は第一次世界大戦に参戦。

中国大陸や南西諸島にまで勢力を広げたせいで、欧米諸国に警戒されるようになったと説明されます。

であーるでーあるであーると、三白眼栄一。大正時代なのに日本政府はきっと愚かだったとしか思えない、しょうもない場面でした。

井上馨も雄々しく叫んでいます。

こんなわざとらしく新聞を読む奴がいるかよ……と呆れていたら、倒れて死ぬ。

もう、本当に何なんですか。現実にこんな死に方ある?

本作って「しょうもない死に方コレクション」かと思うほど無茶苦茶なシーンの連続でした。

孫の渋沢敬三のもとへ栄一がやってきます。

こうして袴をつけていると、七五三みたいですね。高校卒業おめでとうございます。

いや、自分の跡継ぎ問題ですね。

理科へ進みたい渋沢敬三をなだめすかし、命令ではないと言いつつも、外堀を埋めるように、逃げ場がないように「法科へ進め」と迫る栄一です。

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ここで中国進出とシベリア出兵が語られます。

栄一は「アメリカや中国が日本は軍国主義だ」と言い出したと愚痴愚痴。

来週は流石に出すようですが、中国大陸とぼかさず「満洲」と言わないのはなぜでしょう。

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そして今週も徳川家康だ……。

慶喜を褒め始めました。よくぞ生き抜いた、と、わけのわからん不気味なシーツ状態の中で語っています。

このパフォーマンスも、回を追うごとに背景が雑になってませんか?

最後まで文化祭でしたね。

 

総評

本作が終始一貫していたことはあります。

◆経歴事績のロンダリング

最初から最後まで「でもでもだって! 渋沢栄一と徳川慶喜は悪くないもん!」とネチネチぐちぐちしていた。そんな印象です。

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さきほど「孫文を出す理由がわからない」と言いましたが、うっすらと感じることはあります。

朝鮮半島にせよ、中国大陸にせよ。渋沢栄一を恩人であるかのように扱っていました。

まるで当てつけのようです。日本は渋沢栄一という大正義が親切にしてやったのに、恩知らずだと言いたげに思えるのです。

こういう特定の国を貶めたい人からすれば納得の展開かもしれませんが、2021年末にまでなって、こんなことを流す大河ドラマって一体何なんでしょう。

◆悪いのは誰かのせい・手柄は全部自分のおかげ

ロンダリングをしながら、自分は悪くないもん、悪いのは誰かのせいだもんと言い出す。

大隈重信が戦争を望んでいるから仕方なく……という誘導があり、こうした表現も終始一貫していましたね。

私がドラマを学ぶため手にした書籍でも、そんな趣旨の表現がありました。

渋沢栄一が、アジア・太平洋戦争における過程で無罪であったとは到底思えません。これは渋沢敬三にも通じるはずの思いでしょう。

それなのに、渋沢栄一をやたらと甘ったるい言葉で褒める書籍には、渋沢さえ生きていたらあの戦争は回避できたはずだと言いたげなことが並べてある。

何を根拠にそう言っているのか。大河の主人公だったら、どんな風に描いても自由だというのでしょうか。

◆気持ちよさばかりを求める

慶喜の「快なり!」連呼は本当に恥ずかしくて見ていられず、なぜだか自分を殴りたくなるほどでした。

今週も共感性羞恥心を大いに刺激されたのです。

しかし、これでいいんでしょうか?

最後の最後まで「チョー気持ちいい!(快なり)」が決め台詞ですよ。

結局この人って、自分が気持ち良くなることしか考えられない。誰かの苦しみなんて想像すらできない。『三国志』の劉禅すらマシに思えるほど、暗愚の極みに描かれています。

慶喜をとにかく悪く描け、と言いたいのではありません。徳川慶喜の数少ない長所である「聡明さ」すら消えていたのが悲しいのです。

判断基準が「気持ちいいor悪い」しかない人物に描いたため、命を賭けた幕臣たちも哀れな存在となってしまいました。

でも、なぜ、こんな人物像になったのか?

脚本家のインタビュー記事に答えがありました。

そこでもやはり「おかしれぇ」「ぐるぐるする」と言っているのです。

要は、人物像の造形も、ご自身の経験やフィーリングをベースに作っていたんですね。だから、本作の人物は、誰も彼もがノリと娯楽性だけで生きていた。

しかし、それを歴史劇の大河ドラマで、やってしまっていいのでしょうか。

私がしつこく文化祭だ、と指摘しているのは、そういう雑な作り方からです。

「焼きそばいくらにする? 250円?」

「半端じゃね? そこは300円っしょ、ふつー」

「マジで?おかしれぇじゃんw」

「ねーねーちょっとぉ、お化け屋敷行かない?」

「おー! ぐるぐるするから楽しみだな!」

とまぁ、脚本家のフィーリングに沿ったどうでもいい会話が一年間ベチャベチャ続き、痺れるような駆け引き、大人の会話はついにありませんでした。

今週だって、列車がろくに揺れることもなく、杜撰で手抜きな作品としか思えません。

特に『鎌倉殿の13人』の情報が解禁され、三谷さんの歴史への情熱を感じるにつれ、今年のいい加減な作り方に腹立たしさが止まらない。

難しいことは何も言ってません。

プロにはプロの、大人には大人の仕事をして欲しいだけです。

本物の高校生が文化祭ではしゃいでいるのならば、そこまで咎めることなどありません。

「これがプロの味!」という触れ込みのレストランだったのに、ゴムのようなパサパサした焼きソバを出されたから、怒りが湧いてくるのです。

 

黄禍論

今週のバカげた台詞の中でも、とりわけ恥ずかしくてたまらなかったのがコチラ。

「みんながわかりあえたら大丈夫なのぉ!」

確かにその通りなのです。人と人の交流でヘイトは減らせる。

しかし、そんなことで解決できないから、未だに世界中で差別が問題になっているのでしょう。

大河という作品である以上、単なる理想論や性善説を掲げた陳腐な言葉ではなく、一歩一歩進んでいくような具体性のある対策を掲げてください。

小学生やディズニーランドが「世界は一つ」というのはワケが違うのです。

アメリカ西海岸で日系人移民が増え、排日運動が巻き起こっている。そんな説明がありましたが、あまりに雑で緩い表現です。

実際は明治政府の失策が関係しています。

富国強兵――歴史の授業でも慣れ親しんだこの四字熟語の後半部、つまり強兵を重視した明治政府は、国民が結婚し、子を持つように奨励しました。

江戸時代まで、次男以下となれば結婚できないことも多く、そんな状況を変えようとしたのです。

子孫繁栄という観点から考えると、良い話のようで、現実問題、ことはそう単純ではありません。

子供は養育費がなければどうにもなりません。

結果的に育てきれない赤ん坊も増える。

少年漫画の『鬼滅の刃』では、その設定が反映されていました。

あの作品では、虐待されて売りとばされる幼い子ども、寺に捨てられる子どもがでてきます。それだけ子どもの命を気にしていられない。当時ならではの事情が反映されているのです。

生まれた子どもが育てばどうなるか。

人口は増え、それに応じた経済力や新規開発が必要になる。

しかし、需要と供給が噛み合わず、日本で暮らせないとなると、移民でもさせるしかない。

中国系の場合、苦力(クーリー)という奴隷としてアメリカに連行された人が多かったものですが、日本の場合は違います。

国策としての移民です。

とりわけ、ブラジル移住の場合は、国を挙げて嘘をついたものだからタチが悪い。

ブラジルにいけば土地があるよ! 狭い日本にいるよりいいよ!

そう誘っておいて、たどり着いた先は荒地でした。

地球の裏側まで来たら帰るわけにもいかない。日系人の苦悩はかくして始まるのです。

例えば漫画原作のドラマ『その女、ジルバ』(→amazon)では、日系移民の苦労が描かれていました。

南米だけではありません。満洲、台湾、朝鮮半島、樺太、東南アジア……日本は領土を拡大し、移民を推進します。

では日本では人が余っていたんだな、と思われるかもしれませんが、それも単純に言い切れません。

これは日本だけでなく世界中で見られた傾向ですが、低賃金でキツい仕事をする安い労働力が求められ、海外から日本へ移り住む人たちもいました。

要するに日本から出入りする人が多かったのです。

その根本を見ていけば、経済に行き着くことは当然です。

養いきれない日本人は移民してください。低賃金労働をこなすために、海外から移住してきてください。

全ては経済のため、これぞ資本主義――そうなることは当然であって、その「資本主義の父」が何を言ったところで虚しいだけです。

ちなみにアメリカでは、日系人の差別を認め、謝罪し、かつ顕彰するようになりました。今年もその象徴的な出来事がありました。

◆米海軍 駆逐艦「ダニエル・イノウエ」就役 日系人の名前は初(→link

 

世襲制度に怒っていた自分が世襲をする

ときは19世紀、ナポレオンが皇帝に即位すると、隣のイギリスは皮肉って散々バカにしました。

「世襲の王は嫌だと大騒ぎして、世襲の皇帝はアリなのかよ! わけがわからんな、お前ら何してんの?」

確かにフランス革命のことを踏まえますと、イギリスの皮肉もわからなくはない。

そしてこれは渋沢栄一にも当てはまるのですね。

彼は青年期、武士だからと身分で自分を差別するから幕府はダメだと激怒しておりました。

明治維新で、そんな世の中は終わりましたか?

海軍は薩摩。

陸軍は長州。

そう言われ、長州出身だと名前が書ければ陸軍で出世できると皮肉られたほどです。

反面、佐幕藩出身者には分厚い壁が立ち塞がりました。

現代の日本でも、山口県と鹿児島県は、自県出身の首相が多いと自慢されます。

それはただ単に、藩閥政治がゆるやかに継続しているだけではありませんか?

渋沢栄一も結局実力ではなく、長州に食い込んだからでしょう。大河の主役になるのは、お札の顔だからですよね。

そう問われると本作のスタッフは苦しい言い訳をしておりましたが、そこを突っ込むジャーナリズムすら存在しないのですから嘆かわしい。

 

伊藤博文暗殺への反応

本作は共感を重視していると思えます。

幕末明治人のメンタリティを無理矢理現代に近づけることで、「わかりみ〜」という投稿を狙う。そんな手法ですね。

といっても厳密に考えれば現代人とも言い切れない。20代以下は範囲外でしょうね。というか、そもそも彼らは大河なんぞ見ていない。

今回の大河スタッフが狙った層は、Twitterを使い、スマホを所有して、ハッシュタグで感想を書く年代。

最低でも30代、コアゾーンは40代以上でしょう。特に恋愛描写が昭和平成に青春を送ったような雰囲気でした。

だからファン向けの記事には「キターーーーッ!」と書かれてしまうのでしょう。

しかし20代だろうが、40代だろうが、現代と明治人では、まるでメンタリティが違います。

伊藤博文の暗殺にショックを受けた栄一は、アメリカで訴えていました。あの表現は、まるで明治時代の日本人も、同時代のアメリカ人も、人類普遍の同情心が湧き上がると言いたげな描写です。

これが大間違い。

明治の元勲たちが言うとすれば、こういったところ。

「いいなぁ。暗殺されたことで、歴史に名を残せるんだなあ」

「暗殺されるなんて最高の人生の終わり方だね!」

大隈重信も、山縣有朋もそんなことを言っています。

夏目漱石『門』でもそんな会話がありました。

この作品では、主人公・宗助が暗殺の話を聞き、うまそうに茶を飲んで感慨深げに運命を感じています。

暗殺されたからこそ、歴史に名を残す偉人となると喝破するのです。ただ死んだら、こうはいかないと。

今、もし、要人暗殺についてこんなことを書く小説があったら、大炎上まちがいなしでしょう。

なぜか? メンタリティの問題です。

志士とは古代中国やら日本史やらの英雄神話に憧れ、殺し殺されることこそが最高の人生だと信じていました。

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フランスにも似たような精神性を持つシャルロット・コルデーという人物がおりましたが、あれは西洋史でも珍しい存在です。

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伊藤博文の暗殺犯を顕彰するなんて、あの国の人間はどうかしている!

そんな意見はちょくちょく見かけますが、同時代の日本人政治家までもが暗殺そのものをそう語っていたことがあったのです。

夏目漱石は作中にそれを反映しただけでしょう。

「まあ、暗殺する側の言い分も理解できるな」

こういう理屈もあります。しかも、日本人から。安重根を弁護した水野吉太郎は、彼は志士のようなものであると弁護していました。

東洋には「義挙」という発想があるためです。

せっかく渋沢栄一を主人公としておいて、さんざん「志士になる! 愛国心だ!」と煽って宣伝したのに、最終的に「かわいそう〜」って、なんだそれ。

浅い! そしてツマラン!

渋沢栄一と伊藤博文は、テロ仲間です。あの塙次郎暗殺事件についても語れたほど。

伊藤博文と渋沢栄一はテロ仲間
渋沢栄一と伊藤博文は危険なテロ仲間だった?大河でも笑いながら焼討武勇伝

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ですからドラマでは「暗殺してきた人物が暗殺される」その因果についての発言が見たかった。

大河を作るための膨大な資料を読み込んでいたら、当然浮かんでくる内容だと思ったんですけどね。

まさか本作がここまで杜撰だとは……私も甘かった。

 

算多きは勝ち、算少なきは勝たず

今週の漢籍です。

私は大河ドラマは「良くなるべき」だと思っています。

ゆえに毎週毎週ネチネチと陰険に、漢籍引用しつつケチをつけます。

勝ちたいときは『孫子』でしょう。

夫れ未だ戦わずして廟算(びょうさん)して勝つ者は、算を得ること多ければなり。未だ戦わずして廟算して勝たざる者は、算を得ること少なければなり。算多きは勝ち、算少なきは勝たず。

勝てる奴はデータ分析をちゃんとする。勝てない奴はデータを真面目に分析してない。データ解析する奴は勝つし、しない奴は負ける。

さすがは孫子。これは今でも通じますよね。

◆日本人はなぜ「論理思考が壊滅的に苦手」なのか 「出口治明×デービッド・アトキンソン」対談 (→link

以下の2つの記事から注目部分を引用します。

デービッド・アトキンソン(以下、アトキンソン):いちばんの原因は、日本人が「分析をしない」ことにあると思います。

たしかに高度経済成長期、日本のGDPは世界の9%弱まで飛躍的に伸びました。それは事実です。

しかしそのとき、「日本ってスゴイ!」と喜ぶだけで、何が成長の要因だったかキチンと検証しませんでした。さらには「日本人は手先が器用だから」とか、「勤勉に働くから」とか、「技術力がある」からなど、直接関係のないことを成長要因としてこじつけてしまい、真実が見えなくなってしまったのです。

出口:データで検証してこなかったのですね。ゆえに、こうドツボに陥っている。

◆「日本は負けた」系ニュースが急増しても事実を認めない人々の“負けパターン”(→link

歴史を振り返ると、日本という国はこれまで、自分たちに都合の悪い客観的なデータを否定して、「日本は絶対に負けない!」と叫べば叫ぶほど事態を悪化させるという「負けパターン」を繰り返してきたからだ。

大河はじめ幕末ものは大いに関係があります。

アジア・太平洋戦争での大敗北は、そもそもが明治維新にあったのではないか? そう思い詰めた人もいました。

柴五郎が典型例でしょう。

GHQが時代物を禁じたあと、日本の時代作家たちも「武士道に原因があったのではないか!」と追い求める作品を大量に発表します。

たとえば、宮本武蔵に疑念を呈する作品が増えていく。

なぜか?

アジア・太平洋戦争時、青少年のロールモデルとされたのが吉川英治『宮本武蔵』でした。あんな武蔵なんか信じていたからダメだったんじゃないか? 武蔵はクズだろう! そういう欲求があった。

現在でも入手できる、武蔵批判の代表作が『魔界転生』です。

十 ~忍法魔界転生~
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大河ドラマだって第一作は『花の生涯』です。

薩長が否定してきた井伊直弼の再評価から始まっています。

第5作『三姉妹』だって、明治維新に人生を踏み躙られた女性の人生が描かれました。

しかし、そうした動きは長続きしなかった。

明治維新のイケイケドンドンを再生産した方がなんだかんだで視聴者受けがよく、売れる――作り手がそこに気づき、ゆえに作品を作る時代が被って繰り返されます。

何がダメだったか?

そんな検証をするより、司馬遼太郎のイケイケドンドン小説でも読んだ方が気持ちいい。

高度経済成長期になると、日本人は反省を忘れ、戦争では負けたけど経済では勝つばかりに、戦国と幕末の作品でテンションを上げ始めたのです。

その呪縛からまだ逃れられないから、以下のように「お告げを聞くような」真似を大手メディアですら繰り返す。

◆ 渋沢栄一が説く「経営力」が欠けている会社重役の3つのパターン 栄一の玄孫が明かす「元気振興」(→link

前述のとおり、同じ渋沢一族でも、孫の敬三の方が学ぶべきことは多い。彼は敗戦の尻拭いをした誠意あふれる人物でした。

しかし、2021年ともなると、もはや経済の優位性は破壊され、幕末の成功なんて現実逃避に落ちぶれています。

世界的に歴史の見直しが進む中、渋沢栄一のことなんてみな本気で興味関心なんて持っていません。

それはこんなニュースを分析すればわかります。

◆【大河ドラマ】「青天を衝け」登場人物人気ランキングTOP30!「徳川慶喜」に次ぐ2位は?【2021年投票結果】(→link

タイトルからして徳川慶喜に人気が集中し、2位以下も、ある意味、異常事態です。

第1位 徳川慶喜

第2位 土方歳三

第3位 渋沢平九郎

第4位 渋沢栄一

この題材でなければ今後の出番は二度とないであろう。準主役になってもおかしくないであろう成一郎が低迷。主人公の栄一も4位です。

圧倒的な第1位の徳川慶喜は、役者のプロモビデオ状態だからこその順位でしょう。

後述しますが、本作の慶喜描写の正確性は映像化作品でも最下位ではないかと思われるほど悪質です。

第2位の土方は、史実における本人人気が反映されたものでしょう。

出番は少ないし、そもそも渋沢栄一の人生とは、ほとんど関係がありません。

このワンツーの時点で、既存の演者と歴史上人物の人気に頼っただけで、本作が手抜きであることが明瞭明確にわかります。

正直なところ、大河の未来は明るくはありません。

今、NHKは刷新の最中のようで、こんなニュースがあります。

◆「ガッテン!」「生活笑百科」が終了…“中高年切り捨て”進めるNHKのお家事情(→link

注目は以下の部分です

「昨年、みずほフィナンシャルグループ会長を務めた前田晃伸氏がNHKの会長に就任してから、新番組や新企画の開発が急ピッチで進んでいます。’21年度の半年間の受信料収入は3千414億円で2年連続の減収。これが年々さらに減少すると経営陣はみています。

長期的に受信料を払ってくれる若い世代を掘り起こすために、バラエティでもドラマでも若年層をターゲットとした新番組作りが最重要課題だと考えているのです」

割と当たっているのではないでしょうか。

しかし今年の大河は、若者をむしろ遠ざけました。

慶喜がここまで主役を食っているということは、要するに慶喜役のファン層と『青天を衝け』のファン層の年齢は重なる可能性が高い。

つまり、今年の大河は若い層を掘り出していないと私は分析します。

しかも、今年の層は、今年一年かぎりで離れる可能性も考えられます。

『青天を衝け』が露骨に小道具や衣装に手を抜いていた理由もわかる。今年に使う金があるならば、来年以降に回すほうがよろしいでしょうから。

 

鼎の軽重を問う

昔、楚・荘王は周の鼎の重さを問いました。なぜそんなことを?

鼎というのは王位の象徴。その重さを問うということは、宮殿に持ち帰って自分が管理してやると婉曲に問うようなことでしょう。

つまりは、権力者・権威者の実力や能力を疑うということ。

別に私は大河の作り手になる妄想なんて抱きませんが、制作陣の実力に疑義を呈してもよいでしょう。

本作のチーフ・プロデューサーは、こんなことを語っておられます。

◆青天を衝け:草なぎ剛は「天性」慶喜役で改めて増す存在感 CP「こういう人だったのでは」と(→link

「あなたってまるで徳川慶喜みたい……」って?

草なぎさんを侮辱するのも大概にすべきではないか?と眉間に皺が寄りました。

こんなの悪口でしょう。私は絶対に言われたくありませんね。

そしてデタラメな人物描写については、安藤優一郎先生がついに苦言を呈されておりました。

◆「NHK大河ドラマでは描きづらい」薩長と戦わず逃げた徳川慶喜の苦しすぎる弁明 「風邪を引いていた」「覚えていない」 (→link

どういうわけか本作は、幕末の誠意ある研究者からのコメントを扱ったニュースが少なかったものです。

それが最終盤についに来ました。

まとめますと、

鳥羽・伏見の戦い……だって風邪ひいちゃって、もう知らなかったんだもん!」

という慶喜の言い訳は早い話が戯言、笑止千万、信じる方がどうかしているということです。

『青天を衝け』もマヌケなんですよね。嘘を採用するにせよ、風邪を引いたという部分は無視していますよね?慶喜が咳き込む場面でもあれば説得力があっただろうに。

でも、受信料を使ってNHKが大河で流すとこうなるんですよ。

◆ 青天を衝け:じっくり耳を傾けたい慶喜の言葉 静かで重い“告白”「欲望は、道徳や倫理よりずっと強い」(→link

慶喜の静かで重い「告白」は視聴者の心も捉え、「ずっと抑え、ずっとため込んで、ずっと後悔してきた慶喜」「いちいち言うことが深いし重いし説得力半端ない」「昨今の人生訓にもなりそうな慶喜のお言葉」「草なぎ慶喜の苦しみながら紡ぎ出す言葉、独白に引き込まれた」などの声のほか、「今日は、慶喜様の肉声を聞いたような気がしました」「個人的に徳川慶喜役は、すっかり草なぎ君のイメージになりました」「徳川慶喜役を草なぎ剛さんがやってくれてよかった。間違いなくドラマ史上最高の慶喜」といった意見もあった。

◆ 【大河ドラマコラム】「青天を衝け」第三十九回「栄一と戦争」多様な人々の心情をすくい取った徳川慶喜の存在(→link

だが、常に前向きに突っ走る栄一の視点だけでは、そういった人々の心情に目を向けることは難しい。それを補ったのが、波乱の前半生を過ごした後、すべてを抱え込んで静かに生きる慶喜の存在だ。

◆ 『青天を衝け』明治を彩った人たちの原点は江戸時代にあった…栄一らの歩みを見て実感(→link

その前に慶喜に会った惇忠は「残され生き続けることがどれほど苦であったことか」と労われるが、この言葉は慶喜にこそ当てはまる。そして栄一にも。

◆『青天を衝け』39話。「あなたに比べたらまし」渋沢栄一のボンクラ息子が慶喜に爆弾発言(→link

そのため、慶喜も戦を回避して幕府を救う道を模索していたのだが……。

「人は誰が何を言おうと、戦争をしたくなれば必ずするのだ。欲望は道徳や倫理よりずっと強い。ひとたび敵と思えばいくらでも憎み、残酷にもなれる」

現在の世界情勢や、SNSでのトラブルにも通じる。

確かに私もタイムスリップできたら慶喜に、生存欲求や、女中と子作りに浸った欲望について聞いてみたいところではあります。

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このように大手媒体でも感動しまくっているわけですが、根底にあるのが大嘘、史実と正反対でも、果たして感動できるのかどうか?

大河は歴史の勉強になるという。

しかし、図書館にこもって一時間もすれば嘘と認定できることに感動している大河ファンを見ていると、やはり鼎の軽重を問いたくなる。

一番問いたいのは、大河製作陣ですけどね。

 

髀肉の嘆

劉備が劉表のもとにいたころ、こんな話があります。

劉備がトイレ休憩をして戻ってくると涙ぐんでいました。

「どうしました?」

「トイレで太ももの肉付きが良いことに気づいてしまって……馬に乗っていたらこうはならないのに」

『三国志』「先主伝」

馬に乗り、戦場に立つこともなく、ブヨブヨする自分が悲しい。中年太りが悲しいというだけではなく、功名が立たないことが悔しかったんですね。

肉がついたのに! 功名が伴わない! これぞまさに髀肉の嘆!

そんなことを思い出すのが、このニュースです。

◆【青天を衝け】吉沢亮が全身全霊で挑んだ栄一の生涯 91歳役で8キロ増「年を取ったなと(笑)」(→link

◆青天を衝け:吉沢亮、栄一役で最終的に8キロ増 「めちゃくちゃパンパン」「すごく体が重い」(→link

薄々と気づいておりました。顔がパンパンのムクムクになっていったなと。回想場面を見ると落差を痛感させられます。

ただ、それで加齢ができていたかというと、全くそうではない。いつでもイキイキ、鬼舞辻無惨状態。他の役者さんと比較すると辛いものがあります。

太ったのに、その肉にふさわしいものは得られていない。これぞまさしく、髀肉の嘆でしょう。

色々心配になります。

どうも彼は寝る前にドカ食いやアルコールを飲むのが増量手段のようで。

『西郷どん』の時の鈴木亮平さんは精悍さを保った増量をしていたものですが、今年はどうもそうではない。渋沢栄一に精悍さはないから、そこは仕方ないのかもしれませんが。

心身の健康面が大丈夫なのか。色々と不安が募るばかりです。

 

善く行くものは轍迹(てっせき)なし

儒教ばかりでなくたまには老荘思想でもどうですか?

善く行くものは轍迹(てっせき)なし。

スムーズにうまくやる奴は、跡は残さないもんよ。

『老子』

老子ならこういうインタビューを見たらダメ出ししそうです。

◆大倉孝二 大隈重信役「であ~る」力入れた 大河「青天を衝け」ついにクライマックス(→link

2004年「新選組!」以来の大河出演で、大隈重信を演じている大倉。元首相、早稲田大学創設者のイメージしかなく、資料で研究したというセリフの語尾「であ~る」が話題となったことに「(大隈の)口癖であるというのはもちろん知っていた。どこまでやるのかは現場次第と思っていたが、監督から際立たせてほしいとリクエストがあった。これでいいのかなと思ってやらせてもらった」と打ち明けた。

やはり。

本作関係者の発言をたどっていくと、どうしようもない大河の現場が判明しました。

時代考証担当者によるSNS投稿によれば、大隈がドラマで最初にこの言葉を言った時期は、実際に「である」という語尾の定着より早かったとのこと

それでも脚本家は出したいと言う

考証担当者は「少しだけなら……」と許可を出した

それを監督が「際立たせて欲しい」と言う

役者が応じる

時代考証の存在意義が崩壊

本作は、監督が妙な演出をしていると思える場面が実に多い。

それもそのはず時代考証よりもウケ狙い(しかもセンスが古い)を重視するからこうなるんですね。

過去の大河でもよくありました。

時代考証担当者は脚本家と話しても、それ以上はなかなか話が通らないと推察できることが多い。ゆえに現場で演出や監督の意図が通り、時代考証を台無しにすることがある。

本作は、大河が考証担当者を苛立たせる構図を、みんなでよってたかってバラしました。

俺が、俺が、俺が!

と、跡を残しまくった結果、点と点を繋げば現場がぶっ壊れていると証明されたのです。

こんなしょうもないことは、今年でやめにしてください。見る側も、大河の時代考証を鵜呑みにするのは止めねばなりませんね。

 

明哲保身

明哲保身
『詩経』「大雅 烝民」

ものごとの道理に通じていれば身を守れる。

私はこのドラマを褒めたくはありません。つまらないし、好みに合わないということも、むろんありましょう。

しかし、それ以上に倫理の問題なのです。

本作は毎回のように悪質な嘘をつく。そういう嘘を誉めたら、あとで恥をかきかねない。

嘘を誰かに広めたら、それは悪徳といえる。

恥と悪徳を回避するには、誉めないことが一番です。けしからんと言われたところで、私には如何ともしがたい。

最終回前になって、ようやく、このドラマが恥ずべき嘘つき装置だという認識が広まりつつあります。

最低限の歴史学すら放置すればそうなるでしょう。

問題は、どうしてそんなことをしたのか?それに尽きます。

やっとこの嘘つきとも来週でお別れだと思うとスッキリします。

みなさんもご注意ください。

NHKも、なりすまし詐欺に騙されないようにニュースを流しておいて、大河という看板でこれでは……明哲保身に思いを馳せる誰かがいればよいのですが。


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【参考】
青天を衝け/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

-青天を衝け感想あらすじ
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