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真田丸レビュー

『真田丸』感想レビュー第50回(最終回)「◯◯」 そして船は次へ向かって港を発つ

更新日:

 

こんばんは。
最終回直前でもニュースがありました。
◆「真田丸」三谷幸喜を直撃 構想変えたのは“あの人”(Smartザテレビジョン) - Yahoo!ニュース
◆【真田丸】最終回、前夜にイベント 兼続ボイスで「愛しています」 | ORICON STYLE
◆【真田丸】草刈正雄、最終回パブリックビューイングにサプライズ来場 観客と勝どき上げる | ORICON STYLE
草刈正雄さんは、Gacktさん(『風林火山』の上杉謙信役)や、綾瀬はるかさん(『八重の桜』新島八重役)のように、大河後も真田ゆかりのイベントに顔を出しそうですよね。大河って役者さんの人生をも変えるのだなあと感慨深いものがあります。

本作を見て楽しんだ人は、この夜、何とも言えない思いを抱いていることでしょう。中でも、本作が初めて夢中になるまだ若い子供たちと、その親御さんに言いたいことがあります。
本作では、真田幸村が哀しい最期を迎えます。それを見届ける子供を私はうらやましいと思います。私のようにいい歳になってしまうと、幸村が何故負けたか、こうなることも『仕方ない』と思えてしまうのです。

しかし、子供のうちに幸村の哀しい最期を見てしまったら、世の中には何故こんな残酷なことがあるのか、自分が応援していた人が何故死んでしまうのか、どうしてこんなにつらいのだろう、いつも見ている漫画やアニメではこうならないのに、と三日くらい苦悩してもおかしくはありません。

私もかつて、源義経や諸葛亮の最期を読んで一週間くらい落ち込んでしまったので、その気持ちはわかります。歴史ものの哀しいエンディングというのは、子供にとって人生で最初に遭遇する世間の不条理だったりするんですよね。今になってみると、あの幼い心が味わった深い哀しみは、よい思い出なんです。初恋と並ぶくらい甘酸っぱい気持ちです。酸欠になるくらい落ち込んで、どうしてこうなったかと調べるうちに、どっぷりと歴史ファンになってゆくんです。

だから、今週の幸村を見て、子供たちには落ち込んで、悲しんで、三日くらいのたうち回って欲しいのです。その痛みや哀しみ、そこまで物語に没入できるという経験は、本当に幸せなことだからです。

そして、ずらずらと並ぶ人名、凸がたくさん並ぶ布陣図を見るだけで興奮するような、立派な歴史オタクになってください。今日の涙が明日の歴史ファンを作ります。歴史って面白い、とても素敵なことなんだと学んでください! 親御さんも安心して、これも成長過程だと、お子さんたちにこのドラマの最終回を見せてあげてください! きっと一生の宝物になりますから。

長い前置き失礼しました。いよいよ本編です。

 

 

大坂城下から戻る途中、真田信之は、粗末な尼寺で本多正信と相部屋になります。いよいよ決戦を控えて、この場面から始まるは意外でした。

大坂の幸村は、明るく振る舞いながらも死を覚悟した配下の者たちに、生還するつもりでいるようにと励ましの言葉をかけます。
さらに幸村と佐助は、厨番の大角与左衛門を問い詰め、内通していたことを問い質します。
与左衛門はそこで、自分は豊臣に仕えたつもりなどない、と言い放ちます。彼の娘は豊臣秀吉に手籠めにされ、妻とともに自害していたのです。

家族がいないと語っていたこと(第四十八回)が伏線でした。
与左衛門にとって豊臣は妻子の仇なのであり、豊臣家が滅び大坂城が燃え尽きることこそが彼の宿願です。そのために危険を冒してまでじっと潜んでいた彼の気の長さはただ者ではありませんが、その驚嘆すべき能力はこれだけではありません。幸村に斬られる前に、与左衛門は焼き串で腹を突いて自害します。
しかし、串ごときで人は死ねるのでしょうか……。

幸村と毛利勝永は満を持して出撃、そこへ秀頼も総大将として出馬する手はずが整いました。
その前に幸村は、茶々の元に向かいます。もはや死を覚悟し、誇り高い死を望むとつぶやく茶々。誇り高い死に方などない、誇り高い生き方しかないと幸村は諭します。さらに幸村は、茶々自身や秀頼の死を想像したことがあるのかと続けるのですが、「私の愛する人は皆死んでゆく!」と茶々は取り乱してしまいます。

茶々はずっと悪い夢を見ていたのだ、そこから必ず連れ戻すと幸村は諭します。必ず家康の首を取り、有利な条件で和睦を勧める、四国の主として生きる道があると幸村は告げるのです。
茶々は幸村が死ぬつもりかと察知してまた取り乱します。もし自分が討ち死にしても、千姫を使者に出せば助かる道はあると言う幸村。彼は最後まで望みを捨てず、あくまで前向きなのが幸村なのです。それがたとえ、傍から見ても甘い見通しだとしても。

茶々が秀吉の側室となった時(第十九回)、暗く厚い雲がたちこめ、雷雨が降っていました。廊下を歩く茶々の背後で重々しく扉が閉ざされ、寵愛を得て天下人の妻になるというよりは巨大な牢獄に閉じ込められるかのようでした。あのときから茶々は、天下一豪奢な牢獄に閉じ込められていたのでしょう。そこを抜け出すには、牢獄ごと破壊するしかないのでした。

 

幸村は出撃前に、今の自分を父・昌幸が見たらどう思うだろうか、生きた証を残せただろうか、と自問自答します。内記は、大事なのはいかに生きたか、家康とやりあった幸村の名は必ず残ると言い切ります。

庭では早くも蝉が鳴き始めています。
ずっと長いこと地中にいて、地上に出てきたら、狂おしいほど激しく鳴く蝉。蝉と幸村の生涯が重なります。

秀頼、毛利勝永、明石全登らも出陣の準備をします。茶々はカルタ遊びをしながら、きりと話しています。茶々に幸村との関係を問われたきりは「一言では説明できませんねえ。腐れ縁」と微笑みます。きりは誰かの娘としてでも、妻としてでも、母としてでもなく、己の一生を歩み続けました。愛する幸村の隣を歩むと決めて、その通り生きてきました。そういう強くたくましい人生を、にっこり笑顔で「腐れ縁」と表現するのが、いかにも彼女らしいと思います。

徳川本陣では、徳川秀忠がなぜ出撃しないのかと苛立っております。
ここで本多正純が秀頼牽制策を出して来ました。幸村が裏切ると噂を流し、同時に大坂方に有利な和睦条件を文で送るのです。巧妙な策に、家康も父に似てきたと上機嫌です。

この場面は見ようによっては皮肉です。こうした策が重宝される乱世は、まさに終わろうとしているのですから。平時において策を弄する者は周囲から疎んじられます。正純はそのことを理解していたのでしょうか。

 

 

幸村、勝永、大野治長は秀頼の出馬はまだかと気を揉んでいます。
治長は持参した金色に輝く「千成瓢箪」の馬印で味方を欺く策もあると言いますが、幸村はやんわりと断ります。ここで、毛利隊に敵が鉄砲を撃ちかけ、もみ合いにあったと報告が入ります。勝永は自陣に引き返します。

秀頼はまだ出馬できません。大蔵卿局は本多正純の策にかかり幸村を疑い、秀頼を引き留めているのです。
最後まで浅はかではありますが、秀頼に出馬はならぬと懇願する声音からはいつもの威厳だけではなく、狼狽し相手を心配する感情が伝わってきました。憎まれ役。されど彼女の演技はいつ見ても素晴らしいものがありました。秀頼も疑惑をぬぐい去ることができず、幸村の裏切りについて確認するよう配下に命じます。

毛利勝永は本多忠朝(忠勝の次男、稲の弟、信政の叔父)の陣を蹴散らし、真田信吉の軍勢に迫ります。信吉は迷った末、命令があるまで動かないことを選択しますが、好戦的な弟の信政は出撃します。真田隊は敵に蹴散らされてしまいます。

幸村は大助に秀頼の出馬を促すように言いつけますが、大助は父とともに戦いたいと断ろうとします。幸村は若輩者のうえ脚に怪我をした者がいたら足手まといだと強い言葉を大助に掛け突き放します。ショックを受けた大助を、真田家流のスキンシップである頰を軽く叩くことでフォローします。
この小さな場面にほっとしました。すれ違ったままで父子を迎えるのは哀しいですから。ここまでしなければ、幸村は寝返りの疑いを払拭できないのですから、辛いものがあります。

そのとき、与左衛門がよろめきながら秀頼と大蔵卿局の元にやってきます。
なんと幸村が徳川の間者と会っているところを目撃され、口封じに斬られたと嘘をついたのです。つまり彼は、死ぬふりをしていたわけで、与八の死体隠蔽といい、執念によってすさまじい力を発揮します。

 

真田信吉の陣では、信政の軽挙を小山田茂誠が叱りつけます。悔しさのあまり切腹しようとする信政をかばうのは、兄の信吉だけでした。


信政は悔しがり陣を出て行き、三十郎があとを追いかけます。二人は真田幸村の軍に囲まれます。三十郎は馬上の幸村を見て涙ながらに槍を振るいますが、軽くあしらわれてしまいます。

「小者にかまうな!」
そう言い捨て去る幸村。作兵衛が三十郎の無念を受け止めます。絶叫し、「源次郎様!」と名を呼ぶ三十郎です。

真田と毛利の快進撃により、徳川勢は大混乱に陥ります。なかなか凝った映像で。馬上カメラという珍しい視点も出てきます。

家康は危険を察知すると、足腰もしゃんとして、年齢を感じさせない機敏さで逃げ出すのでした。
途中で転ぶあたりは伊賀越え(第五回)を思い出します。あのころから幸村に追いかけられる家康が楽しみでしたが、期待を上回る逃げっぷりです。逃げるは恥ですが、生きるのには役立ちますからね。全力で走りましょう!
なお、家康の馬印が倒されたのは、三方原の合戦以来のこと。この馬印の扱いについて、あとで豊臣との違いが際立ちます。

ここまでの戦況は豊臣方の有利です。
大野治房も秀忠本陣に襲いかかります。父と違って一度は応戦しようとした秀忠ですが、雄叫びをあげた治房を見て逃げ出します。そりゃあんなごつい男が奇声を発しながら向かって来たら逃げますよね。すごい説得力です。
脚が動かなくなった家康はよろよろと地面に座り込み、「わしゃ腹を切る!」と言い出します。周囲の者が何とか彼を止め、胴上げ状態で家康を連れてゆくのでした。

 

戦いは豊臣勢に圧勝、に思われました。
ところが治長が致命的なミスを犯します。一度城へ戻ることにした治長は、千成瓢箪の馬印を持ち帰ってしまうのです。これを見た雑兵たちは、秀頼が城へ逃げ帰ったのではないかと動揺。馬印を倒されても立て直す徳川と、馬印が移動するだけで軍勢が崩壊する豊臣。その差は大きいのです。

しかも不運は重なります。与左衛門が厨で城へと執念の放火。大坂城は炎に包まれます。

与左衛門の娘を手籠めにし、母娘もろとも死へと追いやったとき、秀吉は何を考えていたのでしょうか。おそらく何とも思わなかったでしょう。秀吉は、茶々と我が子の出自を揶揄する落書を見ただけで容疑者周辺の住民まで殺し(第二十回)、秀次への怒りのためにその妻子を処刑したのです(第二十八回)。虫けらを踏みつぶしたくらいの痛みしか感じなかったでしょう。

その虫けらのような存在に、難攻不落の大坂城を燃やされるとは、まさにめぐる因果です。
豊臣家滅亡の責任の所在は、大蔵卿局や織田有楽斎にはありません。秀吉が人の心と命を踏みにじり、そのつけが茶々は秀頼にめぐってきたということは、本作を見ていた方ならおわかりでしょう。

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城からあがる煙を見た家康は、流れが変わる瞬間を察知します。この好機を逃すわけはありません。


「最後の戦国武将」である家康は、反撃を開始。昌幸は「初陣で恐怖を感じたものは戦が下手になる」と言いました(第三十六回)。初陣ではなくとも、家康はそれこそ何度も恐ろしい目に遭いました。三方原で逃走する姿を昌幸は面白がっていました(第四回)。その男は今や戦の名人となりました。
大嫌いな戦を終わらせるために、家康は戦の名人となったのです。
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