2月10日は「ニットの日」です。
2(に)と10(とう)で「ニット」って、まんまな語呂合わせですが、実は編み物って、歴史の教科書にもよく出てきているんですよ。
西洋の王侯貴族の場合、豪華な衣装の肖像画がたくさん出てますよね。
それをよーく見ると、襟元などにレースがついていません?
あれはかつて、人の手によって編まれたものだったのです。
つまり編み物の一種です。
特に世界史が好きな方は、自分がやる・やらないを問わず、いろいろな種類や形の編み物を目にしていることになりますね。
では、一体いつ頃から存在したのか?
編み物の歴史を見て参りましょう。
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起源は不明なれど古代エジプトでは既に靴下が
文化史によくあることで、編み物も明確な起源はハッキリしておりません。
古代エジプトでは既に靴下が編まれていたようですので、相当に古い歴史があることは確かです。
そこから商人たちを通してヨーロッパに広まり、特にフランスで発達したと考えられています。
フランスには、編み物職人によるギルドがあったからです。
ただし棒針編みの技法には、フランス式以外にもアメリカ式、ポルトガル式など、国によっていろいろなやり方があるため、フランスの独壇場というわけでもありません。
オランダの画家であるカスパル・ネッチェルやヨハネス・フェルメールがレースを編む女性の絵を描いていることからも、編み物はヨーロッパ各地の日常風景であった……といえるでしょう。
アイスランドでは、国を挙げて編み物を奨励し、手編みの靴下やセーターなどを重要な輸出品にしていた時代があったそうです。
男女関わらず各家庭・個人にノルマがあり、小さい頃から皆で家庭を支えていたのだとか。
農作業の合間やちょっとしたスキマ時間、あるいは歩きながら編める人もいたといいますから、相当熟練した人が多かったのでしょうね。
一方、日本では今日イメージするような編み物は発達しませんでした。
なぜそうだったのか、という点については「悪魔の証明」に近い話になるので、あくまで私的な推測を少々挟ませていただきます。
羊のいない日本では麻や綿の織り機で足りていた?
編み物をする人にはよく知られていますように、羊など動物の毛でできた糸は、伸縮性が高いため、編みやすいことが多いです。
しかし、麻や綿、絹などの糸は比較的伸縮性がなく、編みづらくなっています。
日本にはほとんど羊がいませんでしたし、逆に麻・綿・絹は普及していました。
そのため「道具を使って編む」という発想が生まれたとしても、「こんなやりづらいことより、手で組紐にしたり、織り機を使ったほうがいいじゃないか」と考えられたのではないでしょうか。
現在では質の良い麻・綿・絹もたくさんありますので、こういった素材の糸で編み物を楽しむ人もたくさんいますけれども。
日本で編み物が広まったのは、昭和二十九年(1954年)に家庭用の編み機が発売されてからのようです。
主な編み方を簡単に
全く触れたことのない方には「さっきから棒針編みとか機械編みとか書いてるけど、何が違うの?」と思われるかもしれませんね。
これまた私見をはさみつつ、簡単に編み物の種類をご紹介しましょう。
・棒針編み
二本以上の細長い棒(棒針)を使って編むやり方です。
片方の手(と針)は編み地を支えたり糸をかけるために使い、もう一方の手(と針)で糸を引き出すなどして、編み地を作っていきます。
比較的薄い編地になるので、軽やかな衣類や小物を作るのに向いています。もちろん、太い糸を使えば厚い編地になります。
・かぎ針編み
先端がフック状になった針(かぎ針)を使います。
片方の手に糸をかけ、もう一方の手にかぎ針を持ち、輪っかの中に複数回糸を通して編み地を作ります。
そのため厚くなりやすいという特徴がありますが、細い糸を使って繊細なレースを編んだり、厚さを利用してバッグやマットなどの雑貨を作るのに向いています。
日本では棒針編み・かぎ針編みの両方をされる方も多いですが、英語では「ニット」「クロシェ」と明確に区別されており、どちらか一方のみというのが主流だとか。
その他、長いかぎ針に近い形状の針を使う「アフガン編み」、編み物専用の機械を使う「機械編み」、編み針を使わず、腕や指を使って編む「腕編み」「指編み」など、いろいろなやり方があります。
デザインに込められたアラン島住民の思いとは
さて、編み物と歴史といえば、伝統的な模様のことも欠かせません。
例えば、日本でもお馴染みの「ケーブルニット」。
アイルランド西部にある、アラン島という場所の伝統的な模様です。アランニットには他にもいろいろな模様があり、その全てに何らかの意味や願い事がこもっています。
例えば、ケーブルは漁師や農民の使う綱から来ている模様です。
日用品なので目にする機会も、結び目の種類も大変多いことから、さまざまなケーブル模様が生み出されました。
ねじりパンのような「シンプルケーブル」、三つ編みのような「プレートケーブル」などがあります。
アラン模様で日本でもよく知られているものとしては、水玉模様のような「ハニカム」もありますね。
英語で綴ると「honeycomb」。蜂の巣のことです。
日本には「蜂の巣状態」という恐ろしい表現があるので、一瞬怖くなってしまいますが、アラン模様でのハニカムはもちろんそんな意味ではありません。
ミツバチ(働きバチ)の勤勉さにあやかろう、という意味があります。
他にも……。
大漁を意味する「バスケット」。
石垣から来ている「トレリス」。
富と成功を願う「ダイヤモンド」。
などなど、アラン模様はアラン島の人々の験担ぎとも呼べるものです。
詳しい話は省きますが、アラン模様は工程上、糸が交差して重なり合うため、防寒にも優れています。
次にセーターを買うときは、防寒はもちろん、願掛けしながら模様を選ぶといいかもしれませんね。
アイスランドの「ロピ」カナダの「カウチン」
また、編み物の技法として、たくさんの色を使う「編み込み」というものもあります。
日本では動物やキャラクターを描くような編み込みも人気ですが、伝統的かつ実用的な編み込みもあります。
編み込み模様を入れると、その分裏側にたくさんの糸が渡るので、編地が厚く、風を通しにくくなるのです。
寒い地域では実用性と装飾性を兼ねることができ、必需品といっても過言ではありません。
編み込みはアイスランドの「ロピ」、カナダの「カウチン」などが代表例です。
どちらも非常に風を通しにくくなっており、それでいて着るのが楽しくなるような模様が編み込まれています。
正式なカウチンセーターは先住民族のカウチン族が作ったものしか名乗れず、模倣したものは「カナディアンニット」として区別しているとか。いかにも伝統がうかがえる話ですね。
また、日本では編み物の歴史は浅いとはいえ、海外の編み物に関する本では、日本でよく使われている技法を「日本式」として紹介していることも珍しくありません。
「これって日本で生まれたやり方だったんだ!?」と驚く人も多いようです。
いつか、日本の伝統の一部として捉えられるようになるかもしれませんね。
細かい反復作業が実は精神を落ち着かせる
「手作りなんてダサい」
「(いろんな意味で)重い」
「ビンボーくさいから嫌い!」
こういった意見も多々ありますが、編み物にかぎらず、ハンドメイドのメリットもたくさんあります。
何といっても「好きな色で好きなものを作る」というのは楽しいものです。
編み物の場合、解けばやり直しがきくのも大きな特長です。あんまりやりすぎると、糸がボロボロになってしまうこともありますが。
特にヨーロッパでは、男性で編み物を嗜む人も結構いるようです。
女子力とかそういう話ではなく「自分で使うものを自分で作る」ことを楽しんでいるからなんでしょうね。
はたまた、男女問わず「靴下しか編まない」というソックニッターもたくさんいます。
靴下専用の毛糸は、まっすぐ編んでいくだけでグラデーションやストライプが出てくるように染色されているものも多いので、そこも楽しむポイントのようです。
私が編み物を始めたのは、軽いうつでメンタルクリニックに通っていた頃の先生いわく「編み物みたいに細かい作業・反復作業は、精神を落ち着かせるのに効果がある」とか。
「普段忙しいサラリーマンが、休日にはプラモデル制作に集中する(そして奥様が不機嫌になる)」というような話をよく聞くのも、そういう効果があるからなのかもしれませんね。
家庭がある場合は、バランスも大事になってきますが。
個人的に、編み物を始めるのであれば、まず基本的な編み方と輪にする方法を覚えて、スヌードやレッグウォーマーを作ることをオススメします。
編む面積がそんなに広くありませんし、比較的簡単で実用的で、編み目が多少不揃いでも、使うのにあまり支障がないからです。
使いたい・使えるものを作るなら、モチベーションも保ちやすいですしね。
好きな色や、肌触りのいい毛糸を使うのも効果的です。
ちょっとくらい高くても、使い心地のいいものが出来上がると「またやってみてもいいかな」と思えますから。
今はほとんどのことがネットですぐに調べられますし、SNSやブログで教え合ったり、動画で具体的なやり方を見ることもできます。
少々大げさですが、ハンドメイドに取り組みやすい時代といえそうです。
「最近つまんないな、何か面白いことないかな」と思ったら、編み物など「何かを作る」ことを趣味にしてみてはいかがでしょうか。
長月 七紀・記
【参考】
『世界の伝統ニット2 アイルランド アランセーター』(→amazon)
ヴェディス・ヨンスドゥター『アイスランドウールで編む ロピーセーターとモダンニット』(→amazon)
編み物/wikipedia