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歌川広重『東海道五十三次』/wikipediaより引用

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南海トラフ巨大地震の翌年に富士山大噴火の悪夢 【M7クラス地震歴史まとめ 江戸時代編】

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戦国時代のような合戦がなくなり、鎖国によって独自の文化が花開いた江戸時代は割と穏やかな時代だった--。

小中学校の教科書ではかように習う徳川太平の世でありますが、本当にそうだったのでしょうか。

人心は確かに落ち着いた一面はありましょう。されど大地の揺れは収まるどころか、この264年間も続きます。

江戸時代、M7クラスの地震は実に60回も起きました。

一昨日の古墳~平安、昨日の鎌倉~戦国時代に引き続き、本日は江戸時代に起きた巨大地震の歴史について振り返ってみたいと思います。

Contents

第一章 古墳・飛鳥・奈良・平安
第二章 鎌倉・室町・戦国
第三章 江戸
第四章 明治・大正
第五章 昭和・平成

※過去の地震記録は、内閣府の地震調査研究推進本部の資料や『理科年表』(国立天文台編)を元に進めて参ります。

第三章 江戸時代

M7規模の大地震・・・60回(1603-1867年)

江戸に幕府の設置されたこの時代は、これまであまり記録のなかった関東大震災をはじめ、南海トラフ巨大地震、三陸沖地震など、日本列島付近で起きたあらゆる巨大地震を幾度も観測しました。

徳川家康が征夷大将軍についた1603年からわずか2年後の1605年、推定M7.9とする慶長地震が東海~南海沖(南海トラフ巨大地震沖・震源域などの詳細は不明)で発生。

そして1611年には東北で東日本大震災クラスとも言えるM8.1の【慶長の三陸沖地震】が起きました。

東北全体で1万人の溺死者が出たとされ、奥州の独眼竜こと伊達政宗の領内では、ことさら被害が激しく、伊達藩だけで1,783名もの死者が出ました。

北海道でも溺死者が出ており、津波の大きさが想像できるでしょう。

伊達政宗は、家臣の支倉常長をスペインに派遣し、その軍事力を持って『天下人』を目指したという話が残されておりますが、このときの地震を理由に「復興資金を稼ぐため、ヨーロッパへ家臣を派遣させてくれ」と徳川家康に働きかけたのではないか?という見方もあるようです。

さすが転んでもタダでは起きない人です。※ただし、この慶長遣欧使節団は失敗に終わりますが…

 

地震は東北だけでなく関東でも発生しております。

先程も述べましたが、これまで一地方に過ぎなかった江戸に幕府移転されてから、地震の認知件数は急激に増えのです。

1633年には相模(神奈川県)や伊豆・駿河(静岡県)をM7の地震が襲い、さらにその15年後の1648年にも今度は相模と江戸をM7の揺れが発生。

むろん西日本での揺れがなくなったワケじゃなく、1649年には安芸(広島)・伊予(愛媛)でM7の地震が起き、1662年には近畿から中部日本にかけてM7.25~M7.6と推測される地震が。

さらに同年、九州では日向(宮崎県)・大隅(鹿児島県)でM7.5~7.75の地震も発生します。江戸時代になると、発生した地震を追いかけるだけで原稿が手一杯になってしまう勢いです。

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南海トラフ巨大地震の後に富士山大噴火

60回ものM7クラスの地震が起きている江戸時代。

一つ一つ挙げていったらキリがありませんので、元禄期からは特に目立ったモノのみにスポットを当てたいと思います。

まずは、1703年元禄地震が取り上げられるでしょう。

関東一円を巨大な地震が襲い、特に小田原城下は壊滅状態。8000軒以上の民家が倒れ、死者は2300人を数えました。

むろん江戸(東京)も無事ではなく、死者は数千と推測されています。

後世の分析によると1923年に起きた、あの関東大震災と似たタイプの地震だったと目されております。

それだけでも現代人なら震える揺れですが、本当に恐ろしいのはここからです。

1707年10月28日、我が国でも最大級とされる宝永地震が起きました。

M8.6という規模の揺れで、東海道から紀伊半島、四国、九州の各地が津波に襲われました。

そう、何度も出てきた南海トラフ巨大地震であります。

死者は最低でも2万人に達し、倒壊家屋は6万、流出家屋は2万、高知県では20平方キロメートルに及ぶ土地が最大で2mも地盤沈下しました。

一息つく間もなく一気に説明申し上げてきましたが、さらに恐ろしいコトがもう一つ発生します。

富士山で【宝永の大噴火】が起きたのです。

 

降り積もった火山灰の影響で関東は食糧危機に

噴火は1708年12月16日のことですから、前年の南海トラフ巨大地震からわずか1年のこと。

この噴火で富士山中腹には大きな穴がポッカリと空き、噴き出した火山灰は江戸にまで降り注ぎました。

当時の科学では関連性を証明できないでしょうが、これを【何も関係ない】と見る方が不自然かもしれません。

南海トラフ巨大地震の震源域は、富士山ともほど近い距離にあります。

なぜ小中学校の歴史の授業では、こうした地震などについて触れないのか。

いささか疑問に思うほど、江戸時代は日本中でその被害が報告された年であります。

先の宝永地震と富士山の宝永大噴火のため、関東では食糧危機が発生しました。江戸にまで降り積もった火山灰は、主に神奈川で畑作を困難にさせ、食べるものに困るようになるのです。

西日本でも前年に地震が起きており、互いに融通しあう余裕もなかったでしょう。

現代は、たしかに食糧事情の恵まれた時代ですが、東名や中央道、関越、東北道などが遮断されれば、都に運べる食料はとたんに枯渇します。

もちろん物流は海上からのルートもありますが、もしも首都直下型地震が発生した場合、港の復旧までにかかる時間は早くても3日という試算も出ております。

日頃から非常食を保管しておくことがどれほど大事か。コトが起きてから気づくのは…。

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お祭り気分の観光客8,000人を襲った悲劇 

最後に1847年善光寺地震と井伊直弼について触れておきましょう。

善光寺地震とは、長野県の名門・善光寺を直撃した地震です。

江戸時代は、東海道を歩いて三重県の伊勢神宮をお参りして、帰りは中央道から長野県の善光寺に寄って江戸に戻ってくるという旅が、庶民の憧れでした。

今で言えば、イタリアで買い物をして帰りにモルディブの海岸でバカンスをしてくるようなものでしょうか。

冗談はさておき、この善光寺では7年起きに秘仏【前立本尊】の御開帳というイベントがありました。

現代人なら笑ってしまうかもしれませんが、当時はありがたい仏様を拝むというのが、流行りのスタイルだったのです。

なにせそれを見るために全国から長野県に8000人もの観光客が集い、門前町では芝居小屋や土産屋、お菓子屋がところ狭しと並ぶほどに混雑していたのです。

夜店

そんなお祭り会場をM7.4の大地震が襲ったのです。

この揺れにより、観光客8000人のうち9割が死亡。寺の境内には死体が溢れたと言います。

また、地震によって崩れた山が川を遮ってダムのような状態になり、それが決壊して下流域へ泥水が流れ出ました。

場所によっては高さ20メートルに達したともされており、まさに【山間の津波】と称するにふさわしいかもしれません。

なお、当時最大級の被害だったのは、真田幸村の兄・真田信之が興した松代藩でしたが、ときの当主・真田幸貫の巧みな手腕により、復興事業は急速に進められたそうです。

災害時に問われるのは、国民の勇気だけではなく、こうしたリーダーの手腕なのかもしれませんね。

ペリーとハリスが来る間に数度の大地震

一方、リーダーと言えば、安政の大獄で悪名高い井伊直弼さんも、大きな災害に見舞われ続けた不幸な指導者でした。

1854年7月に近畿でM7.25の大地震が発生したかと思えば、1854年12月には安政東海地震がM8.4の規模で2日続けて発生します。

これも南海トラフ巨大地震で、2日に分けて連動するという揺れでした。

1854年1月にペリーが来航し、国内では尊皇攘夷運動などが勃発。ただでさえ異常事態の最中に今度は1855年、江戸でも首都直下型の安政地震が起きます。

1856年には下田にハリスが来航してさらにプレッシャーをかけられた江戸幕府と井伊直弼。

彼は1858年から59年にかけて、大量の藩士たちに制裁を加える【安政の大獄】を実行し、1860年には桜田門外の変で殺されてしまいます。

強権的な弾圧は、決して褒められたものではないですが、もしかしたら井伊直弼さんも、アメリカからの外圧に加えて国内で立て続けに起きた未曾有の災害によって追い詰められた、被害者だったのかもしれません。

江戸時代は4.4年に1度のペースでM7クラスの地震が起きました。

驚くべきことに、このペースは近現代に入っても、さほど変わっておりません。

現代に生きる我々は、今後何が起きたとしても、人心乱さぬよう冷静に振る舞いたいものです。

明日は明治・大正時代の【地震歴史】について見ていきたいと思います。

*より規模の小さいM6以上のまとめ記事はこちら

 

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第一章 古墳・飛鳥・奈良・平安
第二章 鎌倉・室町・戦国
第三章 江戸
第四章 明治・大正
第五章 昭和・平成

 

 

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