バートリ・エルジェーベト

バートリ・エルジェーベト/wikipediaより引用

欧州

犠牲者は650名!血の伯爵夫人バートリ・エルジェーベトは一体何をした?

2025/08/20

美にこだわる女性というのはどの時代もおります。

今の日本なら「美魔女」って言葉をご想像されますかね。

もちろんそれは結構なことでありますが、美容法の中にはとんでもない結果を引き起こしてしまう危険なものもあります。

例えば、江戸時代の白粉。

鉛が含まれていて、数多の中毒者が出ました。

中世フランスの美魔女ディアーヌ・ド・ポワチエもまた、美貌を保つために服用していたエリクサーに金が入っていて、中毒を患ったとか。

いや、もちろん、彼女たちも好きでやっているワケですから、周りがとやかく騒ぎ立てるべきではない……とは絶対に言い切れない、どう考えても「アウト!」な美容法も歴史的にはあります。

1614年8月21日に亡くなったハンガリーのバートリ・エルジェーベト。

「血の伯爵夫人」と称されたこの貴婦人は、その名の通り「人の血」を己の美のために用いた悪魔のような女性でした。

 


美少女で評判の花嫁はSの極み乙女

エルジェーベトは1560年、ハンガリー有数の貴族の家に生まれ、幼い頃から評判の美少女でした。

おまけに数カ国語を操る教養にもあふれているものですから、結婚適齢期になれば、多くの求婚者たちが現れます。

彼女の結婚相手に選ばれたのは、ナーダシュディ・フェレンツ伯。

彼はいわゆる「逆玉の輿」狙いで、エルジェーベト本人の美貌や知性よりも、家名を求めていました。

結婚後、夫が妻の姓名を名乗るという異例の形式が取られたのはそのためです。

肖像画を見ると、ナーダシュディは見るからにマッチョでワイルドな顔立ちをしています。

見た目に違わず、彼は勇敢な軍人であり身体能力も高い反面、性質は粗暴で、教養からはほど遠い男性でした。

ナーダシュディ・フェレンツ伯爵/wikipediaより引用

一見「美女と野獣」のようなこのカップルですが、意外なところに共通点がありました。

夫婦そろって重度のサディストであったのです。

このことは、花嫁が十四歳の頃には早くも判明しました。

十四歳の美少女サディスト花嫁って設定盛りすぎだろ、とつっこみたくなりますが彼女の伝説はまだまだ続きます。

 


夫の留守中にSMと黒魔術にハマる

ナーダシュディは荒くれ者で、カッとなるとすぐ人を殴り、鞭打つ悪評がありました。

周囲が彼を「ハンガリーの黒い英雄」と呼んでいたのは、その性格のせいでした。

しかしそのナーダシュディですら、妻の残忍さにはドン引き。軍人として死体と血に慣れている夫ですら、妻が使用人を虐待し出すと顔を背け、部屋から出て行くのでした。

もともとエルジェーベトの家系には、黒い噂がつきまとっていました。

色情狂、悪魔崇拝者、サディズム、マゾヒズム、癇癪持ち……。

親類にはこうした人々が多く、しかも近親婚の繰り返しでこうした傾向はより強まっていくのです。

おまけに彼女は、甘やかされてわがまま放題に育っております。

どんなに残酷なことをしても、叱りつける人がいない。

そんな環境下で、エルジェーベトは頭痛が起こると使用人を虐待し、その悲鳴で痛みをやわらげるという、単なるサディストを通り越した、恐るべき性格に磨きをかけていったのです。

バートリ・エルジェーベト(25才の頃)/wikipediaより引用

ナーダシュディが軍人として遠征に赴くと、夫婦の暮らすチェイテ城は彼女の自由。

夫の目が届かず、退屈をもてあましたエルジェーベトがハマったのが、不倫……だけならまだしも、黒魔術と際限の無い虐待でした。

城で彼女の話し相手となった伯母はSM好みで鞭打ちが得意。

使用人のソルコは神秘術が得意。

城には恐怖の拷問虐殺チームが誕生していました。

やっぱり設定盛りすぎではないかと思いますが、これでもまだ途中です。

 

コレよ! 美肌の秘密は「血の風呂」よ!

エルジェーベトのタガが完全に外れるのは1604年、夫の死後でした。

政略結婚であり、多数の愛人を持っていたとはいえ、この夫婦は円満。

愛する夫を失ったエルジェーベトは、悲しみに暮れておとなしくなる……どころか、己の歪んだ性質をますますエスカレートさせていきます。

推定される最初の犠牲者は姑でした。

夫の生前から、こっそりと姑付きの使用人を拷問するという嫌がらせを繰り返していたエルジェーベト。

息子の死後、ナゼかその姑が急死したのです。

「あの嫁の仕業だろ……」ということは誰しも思うところでした。

あるとき、小間使いの少女がエルジェーベトの美しい髪を梳いていました。

不運にもこの小間使いは、主人の髪の毛を強く引っ張って、数本抜いてしまいます。

エルジェーベトは怒り狂い、小間使いの顔面を強打。相手はたまらず出血し、その血がエルジェーベトの手につきました。

手をぬぐったところ、血の付いた部分の肌が白くつややかに、若返ったように見えました。

「コレよ! これが私の求めていた究極の美容法よ!」

エルジェーベトは己の美貌を誇りに持っていました。中でも滑らかでクリームのようにすべすべした肌を保ちたいと願っておりました。

しかし寄る年波には勝てず、くすんだ肌に悩んでいた彼女にとって、それはまるで天啓のように思えたのです。

エルジェーベトは若い娘の喉を掻ききり、体をバラバラにし、その血を桶に貯めるとまだ暖かいうちに入浴しました。

さらには領地内から美貌の処女を選抜し、鮮血風呂に血を提供させ続けたのです。

 


そして少女たちはチェイテ城の中に消えていった

もはや映画やマンガの世界のように思える血のお風呂。

あまりに苛烈すぎて、逆に現実感が失われそうな印象すら受けるかもしれませんが、それでも飽き足らないがエルジェーベトです。

以下に、彼女が用いた処刑・虐待法を列挙してみますと……。

・悪名高い「鋼鉄の処女(アイアンメイデン)」を使った処刑

・焼いた串や焼きごてを押し当てる拷問

・裸にした少女を寒中に置き去りにする「水責め」

・蜜をぬりたくり、木にしばりつけた犠牲者を鳥や虫についばませる

・遺体をオオカミに食べさせる

さらには肩の肉を噛みちぎり、首をヘシ折り、口を引き裂いたという話もあります。エルジェーベトは力も強かったのでしょうか。

「星蹴り」という拷問は、油を塗った紙切れを少女のつま先に挟み込み、そこに火をつけるというもの。

少女たちは泣きわめきながら紙を剥がそうと空中を蹴りますが、油を吸った紙はべっとりと張り付いたままなのでした。

城の周囲の村からは少女たちの姿が消えました。

それと引き換えに、手足を切断された遺体、オオカミに食い荒らされた遺体が……。

チェイテ城跡/wikipediaより引用

城の周囲は不気味な雰囲気に包まれましたが、領民たちは訴え出ることもできません。

当時は人の命が安い中世です。

ましてやエルジェーベトの毒牙にかかる少女たちの大半は、貧しい農奴の娘たち。

彼女にとっては財産の一つで、どう扱おうが自由でした。

 

650名にもおよぶ犠牲者のリストが城から

娘を殺された農奴は沈黙を守り、貴族たちや教会すらも、見て見ぬふりをしました。

彼女の行状を諌めるはずの一族バートリ家でも、虐殺を見て見ぬ振りをするどころか、隠蔽するためにありとあらゆる手を尽くすのですから救われません。

しかし、さすがに悪行にも限界が訪れます。

領民の少女をあらかた殺し尽くしたエルジェーベトは、1609年頃から下級貴族の少女を対象とした礼儀作法を開講しました。

狙いは言うまでもないでしょう。

このエルジェーベトのレッスンを受けた少女たちが実家へ戻ることはありませんでした。

ついに、いや、やっとのことで一線を越えたのです。

領民ならまだしも、貴族の娘がいなくなったとなれば事件は隠し通せません。

勇気ある司祭が地元当局に出頭し、残虐行為を訴え出ると、ハンガリー国王のマーチャーシュ2世は事態を重く受け止め、捜査に踏み切りました。

有力貴族であるバートリ家を牽制する狙いもあったようです。

捜査を担当したのは、エルジェーベトにとってイトコにあたる貴族でした。

隠蔽にも一枚噛んでいた彼。

これでは再び悪行が隠されてしまうのではないか?

と思われるかもしれませんが、捜査にあたった貴族は、想像以上に大規模な犯罪が行われていたことに愕然とします。

拷問を受けて瀕死の少女。

惨殺死体。

血の入った桶。

人骨。

そして650名にもおよぶ犠牲者のリストが城から発見されたのです。

 

西の横綱ジル・ド・レ 東の横綱「血の伯爵夫人」

悪事を暴かれたエルジェーベトは逮捕され、裁判に臨みます。

バートリ家は彼女の出廷を拒みました。が、共犯者たちが証言台に引き出され、そして処刑されていきます。

もはや隠し通すことは不可能。

エルジェーベトの処分はバートリ家が決めました。

家名のために保護していたとはいえ、どうにもならない一族の恥。

エルジェーベトはチェイテ城の独房に幽閉されました。

部屋には換気と食事を入れる小さな穴がついているのみ。

ここで彼女は三年間閉じ込められたのち、1614年8月、54歳で死亡しているところを発見されたのでした。

『なんだか、この人の人生ってドコかで聞いたことあるな……』と思われた方、ご明察。

城に少年を連れ込んでは惨殺していたフランスの男爵ジル・ド・レです(以下の記事に掲載)。

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殺人貴族「西の横綱」がジル・ド・レならば、彼女はいわば「東の横綱」。

2人ともレジェンド級の殺人鬼です。

ヴラド・ツェペシュが吸血鬼ドラキュラのモデルならば、彼女は吸血鬼カーミラのモデルとされております。

日本でも『ベルサイユのばら外伝 黒衣の伯爵夫人』のモンテクレール伯爵夫人のモデルとなり、最近ではゲーム『FateEXTRA-CCC』に赤ランサーとして登場しています。

ゲームでの姿は可愛いけれども、元ネタはこんなに恐ろしいんですよ、ということですね。

最後に、言うまでもないことですが人の生き血に美容効果はありません。

むしろ感染症の危険がある医療廃棄物ですので、血液が付着したものは速やかに処分しましょう。


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【参考文献】
『ダークヒストリー2 図説ヨーロッパ王室史 (日本語)』(→amazon

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小檜山青

東洋史専攻。歴史系のドラマ、映画は昔から好きで鑑賞本数が多い方と自認。最近は華流ドラマが気になっており、武侠ものが特に好き。 コーエーテクモゲース『信長の野望 大志』カレンダー、『三国志14』アートブック、2024年度版『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『覆流年』紹介記事執筆等。

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