天文16年(1547年)秋。
織田信秀に攻めこまれた斎藤利政(斎藤道三)が勝利を収め、その半年後――。
この争いの背後には、土岐頼純の暗躍がありました。
美濃の勢力図が大きく変わる中、父と夫の争いに巻き込まれてしまった女性がいます。
夫・頼純を父・利政から毒殺された結果、寡婦となってしまった帰蝶です。
彼女は儒教規範を踏み越え、父に対して夫のことを謝罪しておりました。
その態度は変わらず、服喪することもなく、髪も長いまま。
本気で夫を弔うのであれば、墨染の地味な服装をして、読経し、肉食を辞めて、尼削ぎにしてもよいところなのですが。
帰蝶はそういう性格ではないようです。でも、彼女の心が傷ついていないとは、言い切れません。
彼女は引きこもるどころか、馬で出かけてゆきます。
川口春奈さんの乗馬にはもう、敬服しかありません。ご武運を!
菊丸の恩返し
そのころ明智荘では初夏を迎えて稲作の真っ最中。口の中に泥が入ったと言いながら、明智光秀もがんばって農作業をしています。
すると、そんなやり方じゃ駄目だと、ある人物が光秀に声をかけます。
菊丸でした。
第1回の野党襲撃で捕らえられていた三河の民です。光秀に鉄砲のことを教えた人物でもあります。
「ああ、あのときの」
光秀もそう言われ、相手の素性を思い出しています。光秀は優しいのです。なんでも三河まで戻ったところ、母に明智十兵衛光秀様にお礼をしてこいと促されたそうです。
お礼に味噌を持ってきました。ウッ、三河の味噌か。
焼き味噌が溢れただけ……そういうネタはともかくとして、実際に三河の味噌はおいしい! 中部の味噌を使った料理はもう、最高としか言いようがない。
むしろ何がなんでも味噌かけまくって、休日朝にはモーニング食べてますよね。いや、そういう中部の人を無意味に煽るような話はさておき。
菊丸は、餅も持ってきたそうですよ。そして、腹痛に効く薬草もドッサリ!
まさかこんなところで野良仕事をしているとは思わなかったと、菊丸から言われる光秀。
光秀は藤田伝吾が負傷したので、皆で農作業を手伝っているそうです。
その伝吾を支えて駒が歩いています。駒の手当てはよく効くそうです。なんでも薬草が尽きてしまっているそうです。
二人とも気遣う光秀が、本当に優しいんですね。本作の光秀はちょっとした言動に、共感能力と優しさが満ちていて、ほんとうにすごいと思う。
駒は、稲葉山城の東庵も薬草集めが大変だと言います。
ここで菊丸が、どんな薬草かと尋ねるのですが。
「イワソバ草! どこでこれを?」
そう駒に尋ねられ、家の近く、ここに来る途中にもあったと返されます。
カタバミもある! そう喜ぶ駒に、菊丸はそれも近くにある、向こうの麓にあると返すのでした。
「あの……お名前は」
「菊丸」
「菊丸さん! わたしをその場所に連れて行ってもらえませんか!」
「フフッ」
そう意気投合する二人に、光秀は咳払いをしています。
光秀は堺で遊女にデレデレすることもない。極めて真面目な性格だと伝わってきます。
それがいいんですよね!
それこそ、長谷川博己さんにピッタリですし、本作の光秀がそうでなければならない、深い理由はあると思うのです。
帰蝶がやって来る
光秀は、鉄砲で肩を撃たれた与八の具合がよくなったとうれしそうです。
タニシを踏んだ佐助も無理をするなって。
治るかのう……そう呼びかけつつ歩く彼らは、どれだけ光秀を慕っているのか伝わってきます。
戦国時代だろうと、現代だろうと。学校だろうと、会社だろうと、ご近所だろうと。光秀が皆に好かれる性格だとわかりますね。
そこへ帰蝶が馬で走ってきます。
皆は驚いてしまいます。サプライズ訪問のようです。
「帰蝶様、こんなところまで何用でおいでになりましたか」
そう光秀が尋ねると、伯父上の怪我の見舞いだとそっけなく言います。
「それはかたじけのうございます」
帰蝶はそう頭を下げる光秀に、十兵衛が何をしているのか城に来た者に聞いたと言います。農作業で腰が翁のように曲がっているから、それを見るのも一興かと思ったとキッパリ言うのです。
「うっ、ああっ、この通りでございます」
からかってきた帰蝶に付き合う――そんな光秀はしみじみといい奴だと思う。ムッとしたりしないんですね。
帰蝶は子どものように笑い飛ばします。
「そなたの母上に土産を持参した。リスをこれへ」
「リス?」
なんと、帰蝶は木の上にいたリスを、そっと捕まえたそうです。かわいいゆえ、伯母上が悦ぶと思ったとか。ところが、お供が逃してしまうのです。
「愚か者! 紐で結んでおけと申したであろう!」
「申し訳ございませぬ」
苛立ち、ため息をつく帰蝶。しかも結構きついことを言う。
川口春奈さんは魅力的です。そこを差し引いて帰蝶の性格にはきついところがあるという点はおさえておきましょうか。
「もうよい、使えぬ奴じゃ。そちは城へ帰れ……あっ痛っ」
帰蝶は木の登った時、小枝で足を切っていたそうです。さしたる傷ではないものの、痛いと声が出てしまう。
「ご辛抱を」
ここで光秀が怪我を見ます。
帰蝶の痛い傷は、足だけのものでしょうか?
それとも心も?
牧は帰蝶を迎える準備をしています。帰蝶はいきなり行動をする、我慢できないタイプなのかな。怪我が重いのか気にして光秀に確認をすると、こう答えが返ってきます。
「木に登って小枝で足を傷つけた。それだけです」
さて、帰蝶は明智荘で何をしたいのでしょうか。
帰蝶は相談したい
「五十一じゃぞ!」
「まことなのですか」
帰蝶は駒の治療を受けつつ、ケラケラと笑っています。そこへ牧が入ります。
室内にきっちり几帳が置かれていて、帰蝶の治療がいきなり見えないようになっているところが細かいですね。光秀が農作業をしているとはいえ、この家は武士だとわかる。
絵として見ても綺麗で、設計が練られています。
今年は本気だなあ! こういうのが見たかった。
帰蝶は十兵衛の弱みを握っていると母である牧に言います。これをいうと、十兵衛はこそこそ逃げていくとか。伯母上はご存知ないと前置きをして、駒に同意を取りつつ、もったいぶって言うのです。
帰蝶はよくここに遊びにきて、双六遊びをしたもの。五十一回遊んで、全部十兵衛が負けたとか。
このとき、別室でその光秀がくしゃみをして、風邪かと気遣われ「違う!」と即答しているのですが。
なんでしょうねえ。
光秀が本当に弱い?
帰蝶がやたらと強い?
それとも光秀が、負けず嫌いな相手のためにわざと負けてあげていた?
帰蝶は、ここへ来ると懐かしいと言います。子どもの頃を思い出すのだと。母・小見の方ができたばかりの稲葉山城にいて、この館に預けられて一年ほどいたそうです。
伯母上はお話が上手で、夜になると話してくれた。そう帰蝶は振り返ります。
狐の娘と若者と
どういう話か?興味を持つ駒。
ここで美濃の狐の話を始める帰蝶です。
むかしむかし、村の一人の若者が、お嫁さん探しの旅に出ました。
ある野原で美しい娘を見つけ、大層気に入って嫁にしたのです。
かわいい子どもがいて、幸せに、幸せに暮らしていたけれども。
犬がその娘に吠えて仕方ないのです。
その娘は、狐でした。
犬がほえて娘に迫り、娘は若者の前で狐の姿を見せてしまいます。
ここで暮らすことはできないと、子どもを残して出て行ってしまうのです。
そう聞かされ、駒はこう言います。その若者は歌うのでは? そう言い、歌を口ずさむのです。
わたし一人残して
玉の光のように
ほんのわずかの間で
おん前は消えてしまった
「少し違うけれど、そなたは京から来たのに、どうしてこの話を?」
これは美濃に古くから伝わる話だと、不思議がられます。
駒は、それをある人から聞いたことがあると思い出しているのでした。その教えた方は美濃の方かも……そう運命を感じます。
『日本霊異記』に、美濃の話として残っております。
こういう「狐女房」は中国大陸から伝わってきているものではある。安倍晴明も狐の母・葛の葉を持つという伝説がありますね。そこをふまえても有名で古いものとなれば、美濃のものではあるのです。
他愛ないようで、悲しい話かもしれない。
かわいい子どもも生まれ、幸せに暮らしていたのに。普通の人とは違うだけで、去ってゆくその妻も。去られる夫も。そういう別離は悲しいものです。
ここで光秀が、すぐ城にお戻りになるようにと使いが来たと告げます。
「ではまた城で。伯母上、今日はかたじけのうございました」
「歩けますか」
「心配いりません。十兵衛、話があります」
帰蝶はそう告げると、廊下で夕陽を浴びながら語るのです。
「夫の土岐頼純が相果てたいきさつ存じておるか? 皆はどう思うている? それを知っておきたい」
光秀は叔父上から聞いただけだと前置きして、語り出します。
「どう聞いた?」
頼純様が尾張の織田信秀と密かに通じ、あの戦を起こすよう陰謀を練った。それゆえ、利政は頼純を亡き者にした。そう伺っていると。
「それを聞いてどう思うた?」
「……やむを得ぬと。理由はどうあれ、守護のお立場にある頼純様が、他国の手を借り、美濃が戦に巻き込まれたのです。やむなしと」
帰蝶は物足りないような、それでいて吹っ切れたような顔で光秀を振り返ります。
「わかった」
「ただ……頼純様とお父上である殿との間に立たされた帰蝶様のお気持ちは、誰もがよく承知をいたしております。母も胸が痛むと」
そう聞いて、帰蝶は何か胸に染み込んだような顔になります。
気丈に振る舞って、感情の処理を終えたように見える帰蝶。けれども、理屈では納得してやむなしと思っても、胸に何かわだかまりがある。
十兵衛なら、そのわだかまりを軽くしてくれるかも。そんな気持ちがあればこそ、二人きりで話したのではないかと思えるのです。
誰かが、やむなしと片付けるのではなく。むしろ気遣って、見て見ぬ振りをするのではなく。自分の気持ち、傷ついた心に少しでも目を向けてくれたらば。
そういう救いを求めて、ここまで来たのかな。そう思わせるものが、光秀にはあるのかな?
そう思えてしまいます。
駒が治療の後片付けをしていると、光秀が入ってきます。
駒は、牧が帰蝶様のお供に蒸し菓子を差し上げると表へ行ったと伝えます。
「お優しい母上様ですね」
駒はしみじみとそう言います。そうなんですよね、明智母子はともかく親切だということが見て取れる。駒に対しても、何度も世話になったと頭を下げるそうです。
駒は不思議な話を伺ったと切り出します。
私が子どもの頃、火災から助けてくださったお武家様は、慰めようといろんな話をしてくれたのだと。
その中に、狐と若者が一緒になる話があった。それと同じ話を、母上と帰蝶様がしてくれた。
「ひょっとして、私の命を助けてくれたのは、美濃の方かもしれません。美濃に連れてきてもらえてよかった」
「もしそうなら、そのお侍に会えるといいですね」
「はい、会いたいです! 私の命の恩人だから、いろんないいお話を教えてくれた人だから。会ってみたい」
光秀は微笑みます。
さて、このお武家様は誰でしょうか。
光秀の父? それはあり得る話ですけれども。
私は誰でなくてもよいとは思います。名もなき人が、誰かの一生を変えるような親切をして、去ってゆく。
そのことそのものが、大きな意義であり、素晴らしいことだとは思う。
何かで成功するとか。セレブになるとか。
そうでなくとも、こういうことをできる人は勇気があって素晴らしいのです。光秀は、そういう名もなき英雄に通じる何かがある人物設定なのでしょう。
土岐頼芸は鷹を描く
ここで土岐氏の説明が、家系図入りで入ります。
土岐氏は言辞の流れを組む名家であり、美濃で絶大な権力を保持しておりました。
それが分裂し、権力が衰えていた。
日本全国、どの地域でもそういう家はあったものです。乱世あるある。
土岐氏は、土岐頼芸とその兄・土岐頼武が争ってきました。毒殺された頼純は、頼武の子です。
ここで鷹の鳴き声が響きます。
土岐頼芸は一度は守護になったものの、今は家臣・斎藤利政(斎藤道三)が実権を握っており、隠居同然の生活を送っているのです。
「山城守、お越しにございます」
そこへ斎藤父子がやって来ました。
「利政、楽にいたせ」
そう言い、頼芸は鷹を描くのは辛いと言います。苦であると。
土岐氏といえば、鷹の絵が有名、祖父・土岐成頼より、父・土岐政房が継いだ輝ける画材なのだそうです。今回セットに飾られているものも、現存するものを複製したとか。
そんな祖父や父のように描けるか悩んでいるそうですが、問題の本質はそこではありません。本業が順調ならば、高尚なご趣味でございます。が、そうでないと暗君の手慰みでしかないと。
己の苦しみを訴える頼芸ですが、それで利政の良心が痛むわけがありません。ここで、ズバリこう来ました。
「利政、そなた頼純を殺したそうじゃな」
「私が? 頼純様を? 誰がそのような世迷いごとを申しました?」
「女どもがそう申しておるぞ」
ここでしらじらしい演技から一転、利政はため息をつきます。
頼純様は土岐家の大事なお世嗣、頼芸の甥御なのに殺すはずはない。そうシラを切りつつ、嫌味も放つ。
そう責めるお前だけれども、お前の敵を始末してやったぞ。そういうふてぶてしさがあるのです。
「あの戦を起こした張本人であることを恥じられ、自ら毒をあおられたのでございませぬか」
利政はそう言う。
なるほど、それでああいう殺し方ですか。
確実に殺すのであれば、服毒よりも物理的手段が効率的ではあります。岡田以蔵やラスプーチンのような例もありますからね。
けれども、こういう名目にするのであれば、あの毒殺は理にかなっております。
シラを切られ、頼芸は「親子揃って何用なのか」と聞いてきます。
頼純死後、守護不在となった美濃。
これではまずい、すみやかに世継ぎを決めねば政治が滞ると、相談に来たのだそうです。
頼芸は守護がいようがいまいが、今や土岐家は操り人形だと自嘲します。守護になってそなたに毒を盛られたくないと、嫌味を返す。
頼芸は頼純より賢く、なかなか厄介なものがあるようです。本作の凄みは、本当に愚かな人がいないところだとは思う。
先週の織田信秀が愚将だという意見も見かけましたが、相手がぶっ飛びすぎていただけで、彼の判断は理解できるまっとうなものだったとは思うのですね。
「……操り人形に毒は盛りませぬ」
そう前置きをして、利政は正直に言います。
戦で街が焼けました。田畑も荒らされました。一刻も早く、元の街に戻さねばなりませぬ。
その復興に、利政ではどうしても壁に当たってしまう。国衆が乗ってこない。今はみ皆で力を合わせねばならないのに、これでは立ち上がれない。土岐家が声をかければ、皆動くと。
「どうかお力をお貸しください」
そう頭を下げるしかありません。
これが本作の重要な点なのでしょう。
合戦からの復興を、最近の出来の悪い大河はあまり真面目にやっていなかったとは思う。
戊辰戦争にせよ。西南戦争にせよ。太平洋戦争にせよ。
復興の過程がミニマムか、カットされるか。
そこを本作は逃げない。美濃が勝ちました。それで終わりか? いいえ、そうではないのです。
もうひとつ、戦に勝利する策だけではない。そういう合理性だけではなく、人の心に共感し、慰撫し、動かす力。それもないと勝利できないというテーマを感じます。
このあと、侍女が高政(斎藤義龍)に「しばしお待ちを」と言います。
頼芸が笑顔を浮かべ、高政に近づいてきます。
「高政殿、お母上の深芳野殿にお変わりはないか?」
几帳面に「つつがなく」と答えると、頼芸はこう言い出すのです。
「元はと言えばこの館でともに過ごした女性じゃ。よろしう伝えてもらいたい。……そなたの父は頼りにならぬ。わしが頼りとするのはそなたじゃ」
そして扇で口元を隠し、こう言うのです。
「我が子と思うて頼りにしておるぞ」
かしこまってこの言葉を受け取る高政。
利政は頼純に毒を盛りました。
けれども、頼芸にそうはできない。それどころか、逆に毒を盛られたのです。
背後にいた利政は、それに気づいたかどうか。気づいたにせよ、鼻で笑い飛ばしたのか。
一方で息子の高政は心が濁った瞬間です。
頼芸は足音を鳴らして、戸を開けて織田信秀に使いを出すよう家臣に命じます。この美濃をあの成り上がり者から取り戻すのじゃ。そう意気込んでいます。出兵を促し、手立ては選ばぬと言い切るのです。
本当におそろしい人物とは、無害無能を装える者かもしれない――そう鮮やかに見せる本作のお手並みをじっくりと味わいました。
このあと、高政が父を見つめる目は疑念で濁っています。
我が父は誰か
高政は父に冷たい目を向けてつつ、廊下を歩んでゆきます。
そして雨が降るしきる中、母・深芳野の部屋に向かっていくのです。
頼芸の伝言を聞き、深芳野は乾いた声音で嫌悪を口にします。
「ははっ、いやらしいお方じゃ 人の気を引くようなことをいつまでも」
「別に母上の気を引く為仰せになられたとは思いませぬが」
「私の気を引く以外に、誰の気を引くのじゃ。昔側にいた女子が今になって懐かしくなって、さてもしくじった、家来にくれてやるのではなかったと、ほぞを噛んでおられるのじゃ」
うーん、ここで母子揃って誤解していると思う。
頼芸の狙いは、深芳野ではなく高政でしょう。高政の心に疑念という毒を盛ればよろしい。
「母上にお聞きしたいと思うていたことがあります」
「ん?」
「このところずっと心を離れぬことです。私の父親は、まことにあの父上でございますか? 私の父親は、頼芸様では?」
「何をたわけたたことを! そなたの父親はまぎれものう殿じゃ、わかったか!」
これは高政の妄想とは言い切れないところです。
寺で漢籍を習ったからには『史記』のことは知っている。あれには、始皇帝の父が呂不韋だと記されている。
懐妊期間をふまえて、現在では否定されたこの説。それでも司馬遷が記し、かつ医学知識が曖昧な時代は史実として通ってしまう。
高政の胸には、当然のことながらこのことが渦巻いていることでしょう。
そしてこの場合、一番悪いのは高政でも、頼芸でも、深芳野でもありません。その悪い男は、雷鳴の響く中、この部屋に入ってきます。
「殿〜!」
これは利政が悪い。
どれほど妖艶な美女だろうと、相手の心を踏みつけるためだろうと。主君の手がついた女を欲しなければこんな疑惑は生じようがない。
深芳野の発言権も選択権もここではなかった、物のように取引されたからには、彼女を妖婦だの悪女だの貶めるのも、筋違いです。
南果歩さんは、この演じ方が抜群であると思えます。
悪女と呼ばれることを認識しつつ、運命に翻弄され、我が子にすら疑われる苦悩が出ています。
そのうえで、殿の寵愛を得る為に振る舞う。寄り掛かり、酒を差し出し、「おまちしておりました」と愛嬌を振りまかねばならない。
彼女もある意味綺麗な操り人形ですから、美貌を保たねばならない。利政の態度も、小見の方に対するものとは違うと感じられる。
ほんとうに、哀れで難しい人物だと思います。
雨がシトシトと降り、花が闇夜に浮かぶような夜。高政の胸には疑惑が渦巻いているのでしょう。
彼の前で、父母は妖艶な姿を見せています。
「お待ちしておりました」
「おう……」
利政も哀れだとは思うのです。戦では滅法強いと証明したけれども、人の心をあまりに過小評価しすぎている。己の傲慢さ、人の心を踏みにじることが、破滅につながるとわからない。そこが悲しい。
光秀の持つ力
光秀は城下町へ向かっています。傍には駒と菊丸もいます。
光秀は所用があると告げます。駒は、明智光安殿が概ね癒えたと東庵に伝えるとか。
長いこと治療していただいたことに、光秀はお礼を言います。
光秀の何がすごいか?
駒を見下さないで、丁寧な言葉を使っています。
彼女の地位、年齢、そして性別を考えると、現代にいようと立派なのだとしみじみ思える。現代だって、グレタ・トゥーンベリさんがその若さと性別ゆえに、酷いことをさんざん言われているのに。
光秀は、普通のことをしているだけのようで、実はそうじゃない。これはほんとうに難しい役だ。
駒は、小見の方様の治療次第で美濃を離れる、その時はお知らせ致しますと光秀に告げます。
光秀は、それまでに駒が例のお侍と会えることを祈っているのです。ほんとうに、しみじみと滲み入るように優しいんだよなぁ。
どこで待っているのか確認する菊丸に、駒は一緒に先生と薬草を取りに来るよう誘います。案内するので、しばらく一緒に歩いてもらうつもりだと確認して、光秀も納得しています。
菊丸は去ってゆく光秀を見て、こう言います。
「いいお方ですね、歩き方もいいですねえ。一緒にいると、離れ難くなるお方ですねえ」
ほんとうにねえ……同感です。光秀を見ているだけで、しみじみとそう思える。
これは男女双方がそうです。帰蝶や駒のような若い女性だと、恋愛感情だと思ってしまうかもしれない。デートしていた松永久秀、高政その他とのカップリングも、そういう方面の方ならばアリでしょう。
そういう特別な感情を抜きにして考えたい。光秀は、むしろストイックな態度を取っています。この光秀にはあふれるような魅力がある!
言動にいつも愛嬌と優しさがある。即座に素晴らしいとわかるけれども、その本質の解明となると難しい。
そういう人物をどう演じるか?
歩き方までいいと褒められて、どう歩けばよいのか?
長谷川博己さんがどこまで悩んでいるのか、そう想像するとこちらまで考え込んでしまう。でも、そういう役目こそが彼の魅力を引き出せる最大の挑戦であるとも思えるのです。
光秀の像って、古典的ではある。
『三国志演義』の劉備、『水滸伝』の宋江。彼らは勢力の中心にいるにも関わらず、どこか抜けていたり、無力さがある。どうしてコイツがありがたがられるのか? そう言われてきてはいました。
けれども、そういう人柄の良さが特徴の人物が愛されて、ああいうリーダーが理想だと思われてきたことには、きっと深い、未解明の意味があるのだと思います。
光秀は古典的で、かつ未来的な、そういう未解明の魅力がある人物なのでしょう。考えて、考えても、追いつけないかもしれない。そういう光秀のことを、今年はずっと考えてゆきたいと思うのです。
宋江は「及時雨」と呼ばれる。望んだ時に降る、優しい雨のような徳がある人物だと。
なんじゃそりゃ、嘘くさい! そういうひねくれた人にも届く、現代ドラマ版の「及時雨」を見せたいんじゃないか。そう考えています。
長谷川博己さんは、クレイジーだのなんだの言われていますけれども、あふれる感情表現が豊かな役者ということであり、優しい気持ちだって十二分に出せる方ではないでしょうか。
だからこそ、このドラマの主演なんですよ。
高政の希望と光秀の支え
光秀を待っていたのは、高政(斎藤義龍)でした。わざわざ呼び出したのは、鉄砲調査のため。戦で使えるかどうか調べたいそうです。
わしはこういうわけのわからんものは駄目だと、やる気が全くありません。持ち帰ったお前に任せると投げてしまうのです。
光秀はムッとしている。仕組みぐらいしかわからない、それでいろいろやれとぶん投げられて、困っているのです。光秀は結構感情が出るタイプです。
使い物にならなければいいとまで言われて、光秀はますます苛立ちます。
堺では値打ちがある。大名から引き合いがある。そこを理解してもらいたいと訴えるのです。
ここで高政は、父上は興味がないと言ってしまう。
「取るにたらんものは、取るに足らん者にやらせてみるがいい」
そう自虐的になる高政に、光秀は、それならば殿の先を見る志がなさすぎるとキッパリ言い切るのです。おぬしもそれでは美濃の先行きは真っ暗じゃな。そう憤りを込めて言います。
高政の心の傷がつらい。取るにたらん者と、嫡男である自分を言い切る。
どこまで傷ついているのか。でも、彼は光秀の言葉から何か救いを見いだせているようでして、心がちょっと上向きにはなっているんでしょうね。
だから、裏山で試し撃ちをすると誘い、話があると言うのです。
緑の中、馬を走らせつつ高政は時が経つのが早いと回想しています。
光秀と机を並べて、経典や兵法を習ってから既に十年経過だと振り返る二人。あっという間だった。これから先もあっという間だぞ。そう言い合うのです。
そしてそのうえで、その時まで父上があの城の城主でいるかわからんぞ、そう切り出す高政なのです。
ここから、高政なりの心が一気に出てきます。
父上は、戦には強いが国の政りごとには手ぬかりが多い。
先年の洪水で田畑が荒れ果てた。川から水を引く治水も、村からの水の奪い合いになってギクシャクしてしまう。そういうところに手が打てない。
ほんとうに美濃の特性を踏まえた脚本で、感動してしまう。
岐阜県といえば「輪中」が特色でして。
水害から集落を守るため、堤防で囲んで中に暮らす。けれども台風が来れば崩れる。輪中のことを知った時、なんでそこまでして暮らすのかと思ってしまいました。
でもそれは失礼な話ですよね。そこで暮らさなくてはいけなかったのだから。
そういうふうに暮らしてきた。岐阜の人には敬意を感じます。あ、五平餅おいしいです。
ちなみに江戸時代、薩摩藩がえらい頑張って治水をして大赤字になっておりまして。
明治以降、海抜が低いオランダから技師ヨハニス・デ・レーケを呼び寄せ、木曽三川分流工事をしております。
今に至るまで辛い、そんな美濃の治水だもの。戦国時代はそりゃ厳しい。
高政は、そういう内政のことに目配りをする。
戦に勝てても、これでは守れていない。国衆の力が欠かせないのに、父上はそういうものを力でねじ伏せてきた。いざとなるとそういうものたちは動かない。去年の戦がその例。そう語ります。
光秀は意見を求められ、こう返します。
「若君からそういう話を聞くとはな」
「おぬしだからこういう話をするのだ」
そうだと思う。光秀には、人の本音を引き出す、そういう力があります。
確かにこの国はまとまりがない。
古い国衆が己の領地のことばかり考えている。昔は土岐家が鶴の一声で美濃をまとめたのに、そのかわりを果たしているとは思えない。
そんな課題も語られます。
覇道と王道。そういう違いをこの二人の根底にはあると感じられます。
ここで先々週の松永久秀を思い出しましょうか。
彼は足利将軍家の権威を軽蔑し、笑い飛ばしかねない態度でしたよね。
ここで光秀と高政が課題としている。そういう徳で人の心を動かすような、そんな価値観を認めていない。それが久秀や利政なのでしょう。
そしてそういう人物は、今後も出てきます。
高政は熱をこめて語り出す。
「わしは土岐様の、そのお気持ちに乗ろうと思う」
父よりも己を頼りにしている――実の父かもしれない人物からそう言われ、彼は毒に酔ってしまいました。
高政は善良で素直なところがある。善良で素直な人間が、よいことばかりをするわけではない。
それが本作の挑みたいところとみた。
「わしがそなたに言いたいのは、その折には力になって欲しいということだ。ともにこの国を治めて欲しい」
高政はそう言う。
幼い頃からそう思うてきた。立場は違うけれども、一番近くにいると思うてきた。そう熱く語るのです。光秀には、相手を酔わせる力があるのです。
「おぬしの知恵をわしに分けてくれ。どうすれば、この国をまとめてゆけるか。どうだ。いやか?」
「いやではない。そう思うてくれるのはありがたい。その話、しかと承った」
光秀は力強くそう返します。二人は手をガシッと合わせるのです。
この先、この作品で、何人が光秀に対してそう言うのでしょう。
怖いのは、光秀は澄んでいて邪心を感じさせないところです。
新主君の側近としていばり散らす。そういう野望は感じさせない。ただ、どうすれば美濃がよい国になるのか、話し合わねばならんと二人は言い合います。全てはそれからなのです。
「麒麟がくる国に」
「麒麟?」
「そうだ。麒麟がくる国だ」
そう語り合いつつ、光秀は試し撃ちをするのでした。
太平の世に姿を見せる麒麟。その到来を待ちながら、人を殺傷する鉄砲を撃つ。ここに、本作の悲しみが凝縮されていると思いました。
誰よりも人の命を大事にしたい、そんな光秀が戦に突入する。戦国時代の残酷さが持つ本質に、本作は迫るのでしょう。
東海の戦乱、極まる
そのころ、尾張・古渡城には織田信秀がおります。
美濃を攻める気満々なんですね。この信秀はいつ見てもかっこいいなあ!
伝令から土岐頼芸の書状を受け取ったと、平手政秀に告げる信秀は余裕があります。
これも残酷っちゃそうかも。リカバリが早い。国力の差ですね。むしろ勝った利政の方がリカバリできていないと。
信秀は美濃を攻める気はあるものの、こちらの守護と守護代が何と言うかと言うわけですが……政秀が断言します。そんなもんはマネーの力でどうにでもなるってさ!
ここの信秀と政秀はカッコいいんだわ。
金勘定をしている。金を積んで得るだけの価値が美濃にあるか、まさしく値踏みで決めているのです。
美濃にそれだけの値打ちがあるかとクールな政秀に、信秀は負けたままではいられないと返しています。
織田家、強い。
金はともかくあります!
家臣もズバリと物申すオープンな職場です!
信長の代に急成長を遂げたのはそうだけれども、基盤からしてすごいとわかるんですね。
伊達政宗もこのパターン。世界史ならば、ナポレオンもそう。フランス革命政府の時点で、陸軍組織改革して強くなっていた面もあるんだな。
信秀がやり手でマネーをバリバリに蓄えていてすごいということが、短い場面で伝わってきます。信秀が毎秒かっこいい。勘弁してくれよもう。政秀もクール!!
ここまで合理的な平手政秀の心理を破壊するほど、わけがわからない信秀嫡男・織田信長のこともね……。
染谷将太さん。事前の期待値毎週上がってますけど、応じられますよね? 絶対に、そこは彼なら乗り切ると信じてます! 期待しかない。こういうバリバリのプレッシャーをかけても、彼ならきっとむしろ大丈夫だから!
正直、『MAGI』の吉川晃司さんの織田信長が素晴らしすぎて、気の毒だと思っていたんですよ。けれども、信秀&信長も布陣バッチリで言うことないな、って。
佐々木蔵之介さんの秀吉も、緒方直人さんと対抗できると信じてます!!
※『天地人』のアレはもう忘れようか……
そんな信秀は、戦でございますと興奮する伝令にこう言います。
「落ち着けぇい! どこが戦じゃ?」
たった今、今川義元が駿河を出て三河まで押し寄せたのです。
政秀が三河より西には我らの味方が数多いると言うわけです。
「よし、戦支度じゃあ!」
信秀、ノリノリです。
彼は自信喪失していない。マネーの力は偉大なのよ。賢く、強い人なんですね。高橋克典さんがほんとうにその特性を見事に演じ切っています。
で、太原雪斎の伊吹吾郎さんが出てくると。
一万率いて出陣。うわあ、こんなの嫌すぎる。僧形の伊吹吾郎さんが率いる一万という時点で、もう強そうで。三河がかわいそう。
で、小豆坂で相対したそうです。
あー、戦国時代ってほんとうに嫌。そう思えるほど、強さが伝わってきます。
ここで、今川義元が出てきます。海道一の弓取りとされる、それも納得しかないこの凛々しさ。名実ともに戦国大名の雄、その今川義元が隣国に攻め入ったのである、東海は戦乱の最中にあったーー。
そう説明されますが、理解できます。
なんだこの片岡愛之助丈は!
衣装の透き通った袖。完璧なライティング。そして映し出される顔。
片岡愛之助丈と今川義元を、精一杯魅力的に撮影しなければならない。そういう意思をひしひしと感じる。ため息しか出てこない。どう表現すればよいかわからないほど、魅力的な今川義元がそこにいる!
第一回、二回とみてきて、三回で確信できました。これはもう、今できる最善を結集した日本の時代劇なのだと。
MVP:土岐頼芸
斎藤利政は言うまでもない。ラストで出てきた織田信秀に今川義元。彼らと比較しても、ちっぽけに思える、そんな凡人めいた人物ですが。
斎藤父子に毒を植え付け、引き裂く手際は見事でした。圧倒されました。
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土岐頼芸の生涯|斎藤道三に国を追われ武田信玄に拾われた美濃の戦国大名
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人間って……この世界って……難しい。ゲームみたいにパラメータで区切れたら、どれほど簡単でしょうか。
でもそうじゃない。
現実の世界では、弱そうな人間がとてつもない罠をしかける。
頼芸からはそういうおそろしさを感じるのです。尾美としのりさんは、そういう要素をみっちり演じていて、もうおそろしいほどでした。
あ、そういうストーリー上目立つ人の影で、凄みを毎週濃くしている光秀もすごいですよ!
総評
酒を飲むなら、美酒。戦をやるなら、勝ち戦。
最低でも最高だの、見続けただけで価値があるだの。そういう寝言と弁解をするようでは、本気とはいえないのでは? 第一、おもしろくないでしょう。
大河関連のあれやこれやをみて、思い知ったこともある。
人は、信じたいものを信じる。好きなものを好きだと言い続けたい。嫌いなものを過小評価し、好きなものを過大評価する。正しいか、そうでないか。それは好悪の二の次になる。
だから、意表をついたやり方をするのであれば、その逆をすればよい。
ウェーイ!
そういう気合いを入れて本作を見て、脳みそ割れそうになってます。
そういう小細工を無効にするほど、本作は完成度が高い。いろんな人物を褒めましたけれど、やっぱり光秀の印象が最も強い。
毎週感じますが、彼はほんとうに恐ろしくて、光秀が画面内にいるだけで、心がざわめくことがある。
帰蝶も、高政も、彼に本音を語った今週。その気持ちがわかるのです。
彼には何かある。本音をぶちまけたくなるような、何か未解明のすごい力がある。
そういうものを出すと言われて、演じる方もものすごくつらい。でもやる。そこに、力を感じる。
今週は何気ないような狐の話でも悲しくなってしまった。
幸せに暮らしていたのに、何か折り合えなくて、別れてしまう。狐と人の話。それはこのあと、本能寺の変に至る光秀と信長のことかもしれない。
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面白いと思って見ていて、レビューのために考え始めると、ものすごく悲しくなるのも本作の力でしょう。戦国時代の人も、私と変わらない人間で、心が傷ついていると毎週わかって、そのことに悲しくなるのです。
おまけ:大河ファンならではの考察をしたい
はい、過去大河でヒロイン夫役をした俳優による不倫が燃え盛っております。
ここで、大河ファンならではの意見を考えたくはありませんか?
「2015年大河の役作りのために、不倫したんだよ!」
◆【花燃ゆインタビュー】東出昌大「文と久坂の愛情はきらきらしていて本物で、青春だったはず」
◆【女子SPA!】低迷『花燃ゆ』は東出昌大の浮気ドラマにしちゃえ!久坂玄瑞には隠し子も
どうにも理解できないことがあるんです。
戦国大河ですら、側室のいない直江兼続、黒田官兵衛を取り上げているのに。
どうして幕末一遊びまくった長州藩で、しかもあんな乙女ゲーパロディめいた大河にしたのか?
こんなもんはじめからおかしい。
しかも、「大坂の陣」400周年『真田丸』を押し除けてまで、何をしたかったのやら。
それにこう返せるわけですね。
「2020年に爆笑するためだよ!」
いやいやいや……笑っちゃダメでしょ!
本作はしょうもないスキャンダルとはもう、縁が切れたと思ってよろしいでしょう。
燃える大河は15、18、19(朝ドラは17下と18下)。それだけのことです。
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【参考】
麒麟がくる /公式サイト




















