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坂本城は琵琶湖ネットワークの要所 そして可成は見事な戦死を遂げた 【シリーズ信長の城vol.7】

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【編集部より】

織田・徳川vs浅井・朝倉の有名な決戦「姉川の戦い」。

現代では雌雄を決するかのような大戦に思われておりますが、実は攻城戦の流れから派生したものであり、我々が想像するようなものではなかった――。

前回までの【シリーズ信長の城】は、浅井に裏切られ、美濃から京都へのルート確保に奔走する織田軍の動きを追い、その中で姉川の戦いにも触れました。

そこで本稿では、安土城!ではなく大坂や坂本城へ参ります。

織田信長の戦略・城展開を考える上で避けては通れない重要ポイント。そして、あの重臣も奮闘の末に倒れ……ご堪能あれ(できれば前回のご確認をオススメいたします)!

 

城郭戦での鉄砲戦術!「長政よ、これが戦略だ」by三好三人衆

ということで、前回までは姉川の戦いに触れ、そろそろ本当に安土城に高飛びしたいところですが、実はその前に信長たちは、摂津の地で新たな時代の城郭戦を展開いたします。しかも今回は河川が入り組む大坂の平地で鉄砲玉が飛び交う、新たな時代の城郭戦とあってはスルーするわけにはいきませんね!

佐和山城を付け城で封鎖したまま、信長は南近江を南下して上洛。足利義昭に拝謁します。

苦労して回復した京への道ですが信長は数日滞在した後に岐阜城に帰ります。あっさり帰ってしまうことからも信長の目的は岐阜城―二条城間のルートの確保、それが完全に回復したことを天下に知らしめることが目的だったことが分かります。

しかしこの直後、摂津で三好三人衆が蜂起します。三好三人衆は本領である四国の阿波、讃岐、淡路に戻っても、一度は本圀寺にいる足利義昭を襲撃(未遂)するなど、畿内進出の機会をひたすらうかがっていました。

 

ここであらためて畿内の織田・足利義昭支持派の勢力を整理しましょう。

山城一国を足利将軍家とその奉行衆の領地として、義昭直臣の細川藤孝が勝竜寺城で摂津方面から京都への進入路を押さえています。

摂津では信長が任じた摂津三守護の一人、和田惟政が高槻城、その家臣、高山友照が芥川山城を居城として、摂津側から山城への国境を固めます。

その他の摂津三守護、池田勝正は池田城、伊丹親興は伊丹城を居城に摂津を統治。

大和一国は松永久秀と久通父子が信貴山城と多聞山城を居城として支配しています。

河内の国では三好三人衆と袂を分かった三好宗家の三好義継が若江城を居城に河内半国を領地にし、そしてもう半国を畠山昭高が高屋城を居城に河内を治めています。
和泉の国は堺の町を信長の直轄地に、また松浦信輝が岸和田城を居城として、水軍と紀伊の根来衆との連携をとっていました。

 

四国に逃れた三好三人衆が畿内に入る余地は全くありません。しかも三好三人衆が畿内に復帰するには渡海してどこかに橋頭堡を築かなくてはいけません。
幸い、三好三人衆には讃岐の塩飽水軍(しわくすいぐん)が味方しており、畿内には全盛期の三好長慶の時代からの支持者もいて未知の土地ではありません。どこかに橋頭堡さえ構えることができれば、渡海は容易い状況です。

三好三人衆の最終目的は足利義昭を京から追放して再度傀儡政権を打ち立てることです。

その大戦略は摂津や河内の支配権をもう一度奪い返すこと。そのための第一歩としてまず「畿内のいずれかの地に橋頭堡を築くこと」が最初の目標となります。

しかし、圧力をかければ必ずより戻そうとする力が働きます。次の目標は、予想される足利将軍家と摂津三守護の「より戻し」に対処するため、攻められにくく補給ルートが複数確保できる敵地に城を築くこと。そして信長の後詰が期待できない今こそ、できるだけ反信長勢力を結集することでした。

そして実際に、三好三人衆は対岸に橋頭堡を築くべく動きます。渡海を伴う力づくの侵攻はリスクが高いので、調略を仕掛けることに。調略の基本は家中の内輪揉めを目ざとく見つけ、そこに介入して一方を焚きつけ火種を大きくすることです。

これに引っかかったのが摂津池田城の池田家です。

この頃、現当主の池田勝正派と息子の池田知正派に家臣団が二分され派閥抗争を繰り返していました。池田勝正は金ヶ崎の退却戦でも活躍した親信長派であります。それに反対する知正派は必然的に反信長派を後ろ盾にしようとします。
ちなみに知正派の中心的な家臣は荒木村重です。後々この荒木村重が池田家の混乱に乗じて池田家をまるごと乗っ取り、信長に臣従してしまいます。終いには信長さえも裏切ってしまいますが、この時はまだ知正派の旗頭として、反信長派の三好三人衆に援軍を求めます。




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利害の一致した両者は池田家の混乱に乗じて当主の池田勝正を追放します。まんまと摂津の一角に入り込んだ三好三人衆は畿内に支持者と橋頭堡を確保しました。

 

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