後の15代将軍・足利義昭を奉じて、織田信長が上洛したのは永禄11年(1568年)のこと。
このとき歴史の表舞台に颯爽と現れる武将がおります。
明智光秀です。
光秀の出自・前半生がナゾと言われるのは、それ以前の確かな記録が皆無に近いから。
頼りとされるのは江戸時代に成立した『明智軍記』(軍記物=小説)であり、そこから推察しながら進めましょう。
光秀浪人中
◆美濃土岐氏の流れを汲むとされる明智光秀さんは、それまで仕えていた斎藤道三さんが、息子の斎藤義龍と激突。いわゆる【長良川の戦い】で道三は死へと追いやられ、そして光秀も【明智城の戦い】で居城を落とされる前に越前の朝倉義景を頼ったとされます。漫画中に出てくる「仇討ち」とは、斎藤義龍へのリベンジを示してますね。銃を構えているのは、明智軍記でも光秀は銃が得意という評判だったからですね(ヤンマガの人気漫画『センゴク』でも光秀の鉄砲術が描かれています)
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悪夢
◆この娘・明智玉の嫁ぎ先は細川家。結婚相手は細川忠興です。将来、細川ガラシャとなるこの娘への愛情がとんでもなく尖り過ぎて、何かと問題行動を起こす方ですが、今のところは……。ちなみに、奥さん(明智煕子)の髪の毛がショートなのは、松尾芭蕉も句を詠んだ【明智の黒髪伝説】を踏まえてのことでしょう。
細川ガラシャの壮絶過ぎる死~父は光秀・夫は細川忠興~非業の女性38年の生涯
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乱世と野心
◆「そんなキャラじゃない」という本能寺フラグ
松平元康
◆緊張してお腹がキュルルルル。しかし松平元康(徳川家康)は、桶狭間の戦い前哨戦で、見事に兵糧入れを成功させるのです
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