江澄

江澄アクリルスタンド/amazonより引用

陳情令・魔道祖師

陳情令&魔道祖師のこじらせ男子・江澄 その身を縛る儒教規範を考察

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江澄、その不幸……

眉間に皺を寄せ、紫電を振り回し、傲慢に振る舞う江澄。こじらせていて嫌な奴に思えますが、彼のストレスの理由もわかります。

魏無羨が才能があり、優等生タイプの江澄とちがって自由気ままです。

この時点で劣等感が湧いてくることは、ご理解いただけますよね。親や姉が命を落としたことだって苦しい。

のみならず、この世界観ならではの重石がいくつものしかかります。

まず、魏無羨が「一番弟子」という苦しみがあげられます。

雲夢江氏一門において、魏無羨が「一番弟子」とされています。言語では「大師兄」と呼ばれています。

年齢は関係なく、文字通り一番弟子ではありますが、特別なニュアンスもあります。

武侠ものの大傑作『笑傲江湖』も同じく「大師兄」なのです。「大師兄」と呼ばれる気のいい青年という時点で、ものすごく特別感がある。

実際に弟子たちは気のいい兄貴として魏無羨になついています。そりゃ劣等感を刺激されますって。

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それでもそんな魏無羨が右腕となったら、江澄はきっと幸福でした。

中国では最も重視されるリーダーの力とは、人徳です。自分に付き従うものの才能を認め、生かすことが重視されます。人徳ですね。

三国志演義』の劉備、『水滸伝』の宋江、『西遊記』の三蔵法師。ちょっとぼーっとしている君主と、テキパキした家臣が理想です。

まぁ、江澄はぼーっとしていませんけど。

雲夢江氏再興という局面に魏無羨がそばにいたら、それで江澄は満たされていたんですよ。

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両親の死は辛い。のみならず【儒教】社会ですから、親の仇討ちが必須の義務となります。

仙門に属しておりながら、親の仇を見逃すことは恥辱です。

はっきり言いますと、そんなことではもう、存在意義すらない。これは日本でもおなじみの概念で、それこそ時代劇では「親の仇討ち!」が定番でした。

このことこそが、江澄最大の宿命であると思えます。

 

【儒教】規範は、時に人を不幸にする

こうした【儒教】規範は人を不幸にします。

儒教文化圏は、そのことをエンタメでも考えたいと思っておりまして。

時代劇で仇討ちが賞賛されていたのは、アジア・太平洋戦争敗北まで。仇討ちで人生が狂った武士の悲哀も、戦後は描かれるようになってゆきます。

さらには親だろうと、毒親なら遠慮なくしばけ!

そういう価値観も提示されてゆきます。

日本の時代ものにおいて、子が親を討つという画期的な展開が根付いたのは柳生十兵衛です。

十兵衛の父・柳生宗矩は将軍の剣術指南役となり、大河ドラマ『春の坂道』では主役を務めております。

それが今では【柳生宗矩=策謀家の陰険おじさん】という図式が成立します。

魔界転生』や『柳生一族の陰謀』といった作品群において主役の十兵衛が、こう叫び斬り続けた結果でしょう。

「こんな陰謀野郎は、血のつながった実の父だろうとゆるさん!」

もうそういうものとおなじみの展開ですが、父に逆らう親不孝ヒーローは斬新です。

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中国語圏では何度も言及している『笑傲江湖』。

この作品の冒頭には、林平之という正義感にあふれる少年が出てきます。彼は親を惨殺され、仇討ちのために剣術を習い始めるのです。

親の仇討ち、武芸の修行、同門姉弟子との甘酸っぱい恋。こう書いていくと、彼こそ主役のように思えます。そう誤解していた読者もいると思えるほど。

それが途中から出てくる令狐冲(れいこちゅう)が主役だとわかるのです。

孤児だから親の仇討ちという目標もなく、なかなか口が悪くて気まま。

目の前の困った人を助けているうちに厄介ごとに巻き込まれるものの、属する門派には迷惑をかけるトラブルメーカー。しかも最終的に育ての親である師匠と対決します。

林平之は【儒教】における典型的な好青年のようで、それゆえ道を誤ります。

親の仇討ちに執着し、そのために道を誤るのです。

愚かなようで【儒教】規範に逆らえないがゆえの悲劇といえます。

一方で令狐冲は、愛するものと自由のためならば【儒教】を軽やかに捨て去ります。

【儒教】規範に縛られたまま生きていくのか?

それとも、それとは別の自由気ままな価値観に生きるのか?

奇しくもも『魔界転生』と『笑傲江湖』の発表は1960年代後半と重なっています。

儒教文化圏で、その限界突破をしたい思いがあったのでしょう。

この構図は半世紀後もまだまだ現役です。むしろますます求められているのではないでしょうか。

江澄と魏無羨にもあてはまると思えてきます。それでも作品ならではの理解を示し、江澄を不幸のどん底に叩き落としてはおりません。

家訓によって、江澄が得られないことと、かつ、彼が束縛されているものを示す。

そして終わり方には、彼にもまだ道はあるという余韻を示すのです。

 

そんな江澄の幸福を考えてみよう

魏無羨は【儒教】規範から旅立ちました。

しかし、江澄はそうではありません。

【儒教】に束縛された江澄。幸せになって欲しいけれども、それゆえに彼の幸福へのルートは極めて狭いものと推察できます。

・早く結婚しよう!(※しかし親と同じ程度の家格のものに限る)

雲夢江澄氏宗主ともあろう江澄が、そのあたりで出会って惚れた娘さんと結婚することは無理があります。

したらしたで、トラブルは不可避でしょう。恋愛結婚は諦めてください。

紹介でよい結婚相手を見つければよいものですが……母の虞夫人は江厭離よりも、江澄の婚約者を決めておくべきだったかもしれません。

・早く男子を儲けよう!

そこは宗主で、しかも江澄には兄弟がいない。なるべく早く男子を複数名儲けることが彼の責務です。

もしも正室が不妊であれば側室を……ここまで考えてくると、色々と辛い立場が見えてきます。

正室と側室同士のトラブル対応なんて、適性がないでしょうに。

・仙督かそれに準じる地位を得よう!

功績、実力、そして政治力があります。それをプラスに活かしましょう。

実務ならばきっと優れています。課題はキレやすい性格でしょうか。

・名門出身であることを活かそう!

姉夫妻の結婚および甥・金凌の存在は強みです。

蘭陵金氏との姻戚関係は大きな長所。代々仙督をつとめた蘭陵金氏を立てつつ、金凌に将来地位を譲ることを前提とした上で仙督となるか。あるいは若き仙督となった金凌を指導するか。

いずれにせよ異論はそうそうでないでしょう。名門人脈があると、陰謀も防げます。

仙門百家の明るい未来は、この江澄にかかっているといっても過言ではありません。もしも私があの世界にいたら、全力で江澄を推します!

しかし……それと彼の幸せが一致するかどうかは、また別のこと。

世の安定と一族の利益を考えた結婚では、自由と愛を求めることは二の次になります。

自由気ままに酒を飲み、はしゃいで、狩りを楽しむこともなかなかできなくなるでしょう。彼の自由だった日々は、親が亡くなる前であったとも言えるのです。

名門出で、環境に恵まれた江澄。

彼の人生はこのまま先も、ずっと【儒教】規範に縛られていることでしょう。それが宿命です。

それでもまだ史実の鐘会、『笑傲江湖』の林平之よりずっと幸せですので。

それはそれでなんだか悲しくて、辛い。そんな気持ちが湧いてくるとすれば、それを大事にして欲しいと私は思います。

【儒教】が絶対悪というわけではない。それでも、縛られてばかりで苦しい。自由になりたい!――そう人はずっと願ってきたもの。社会秩序や家を保つためには必要だけど、それだけでよいのか? そんな葛藤はずっとありました。

今だってもちろんあります。

そしてそんな規範に縛られた誰かを、退屈で、こじらせていて、不器用で、どうしようもないとも言いたくなる。

けれども彼らにだって言い分や理念はあります。その苦悩を理解することも大切ではないでしょうか。

自由を求めて生きるだけではなく、自由に手を伸ばすことすらできない人まで目を向けることも大事です。

だからどうか、恵まれているのか、不幸なのか、こじらせているのか……なんとも複雑な江澄にも想いを寄せましょう。

あなたはダメな奴じゃない。あなたは素晴らしい! あなたのできる範囲で幸せになって欲しい。そう願いたいと思える。

それは作品も、人物像も、魅了的だからこそだと思えるのです。

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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

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【参考文献】
会田大輔『南北朝時代―五胡十六国から隋の統一まで』(→amazon
川本芳昭『中国の歴史5 中華の崩壊と拡大 魏晋南北朝』(→amazon
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