大奥シーズン2医療編11回

大奥公式サイトより引用

ドラマ10大奥感想あらすじ

ドラマ大奥医療編 感想レビュー第11回 源内が青沼を連れて江戸へ

2023/10/06

ときは幕末、慶応4年(1868年)4月――天璋院胤篤が、しずしずと廊下を歩んでゆきます。

彼の目指すところに先客がいます。

瀧山でした。

『没実録』を書いていますが、もうこれを引き継ぐ係の者はいないとか。

そう、これは大奥が終わりゆく光景です。

大奥初代総取締であった万里小路有功と、瓜二つの顔をした天璋院。

彼は大奥が閉じてゆくさまを見届けようとしています。

若い男性のみが罹るおそるべき流行病、赤面疱瘡のせいで、江戸時代の日本における男女比は歪みました。

女の四分の一しか、男がいない。そんな国では頂点に立つ将軍も女となり、その将軍に侍る美男三千人の世界が、この「大奥」の世界です。

闇に葬られたまことの姿、第二幕が開幕――赤面疱瘡撲滅に挑んだ八代将軍・吉宗の志を継ぎ、田沼意次が新時代に挑みます。

吉宗の薨去より、およそ二十年後の物語となります。

【TOP画像】ドラマ『大奥』/公式サイト(→link

 


吉宗の積み残した課題

本編へ入る前に、少し歴史的な背景を確認しておきましょう。

吉宗から後の世代が、何に直面したのか?

この世界観では赤面疱瘡撲滅になりますが、実際には経済の転換点でした。

日本だけでなく、東洋全体の傾向にも関わってきますので、グローバルヒストリー目線で振り返りたいと思います。

◆内向きを変えて、外向きに

江戸時代前半までの世界を経済視点から眺めると、決して西高東低ではありません。

むしろ東洋こそが豊かといえました。

清全盛期の乾隆帝は、イギリスのマカートニーから貿易を求められました。

しかし、清からすればイギリスから買いたいものはない。

清の茶葉や絹が欲しくてたまらなかったイギリスとしては、悔しい話です。

この状況は日本にとっても同じ。家康の時代は西洋の武器や技術が欲しくてたまらなかったけれど、家光時代ともなるとそうではなくなる。

むしろ貿易で金銀が海外に出ていくとなると困る――吉宗の時代も直面する問題であり、輸入超過品目の一つに朝鮮人参がありました。

中国大陸北部と朝鮮半島の狭い地域でしか取れない朝鮮人参を、なんとかして日本でも栽培可能にして、外貨流出を食い止めたのは、吉宗の大きな功績の一つでもあります。

しかし、日本、清、朝鮮といった東洋が内政を整えているころ、西洋諸国は科学革命を成しつつありました。

こうした状況を“東の停滞”と片付けてしまうのは単純化しすぎではありますが、海禁政策を取り、内向きであったことは否定できません。

そんな内向きな考え方を変えようとしたのが田沼路線です。

◆経済の変革

家康以来、幕府は江戸に都を置き、米本位体制をとりました。

そのおかげで仙台藩や庄内藩では米作が大幅に改善し、人口増大といったメリットがあります。

同時にデメリットもあります。

信長にせよ、秀吉にせよ、交易を重視していました。その行き過ぎが秀吉の「唐入り」の背景にもあったと考えられます。

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家康はその逆を選択しました。

金山銀山を幕府の管理下におき、あくまで米本位で経済の流れを押さえていく。徳川だけの方針でもなく、中国の明朝以降でもそうした現物主義傾向はありました。

しかし、いずれ行き詰まります。

その行き詰まりの打破に挑んだのが田沼ですが、なかなか理解されません。

金本位で経済を回すことは、贈収賄まみれだと誤解されるようなリスクがあります。経済対策の立て直しとは、汚職疑惑との対峙を意味するものでもあります。

田沼は徹底的に憎まれながらも、決して方向性は間違っていない。それはドラマの世界観でも描かれてゆきます。

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家光時代の春日局は、国がゆらぎ、また乱世に戻るのではないか?と危惧していました。家光たちはその懸念を払拭する必要があった。

綱吉時代は、思想を泰平の世にふさわしいものにせねばなりません。

生類憐れみの令はやりすぎかもしれないけれども、命を大事にする精神性を植え付けるには必要悪でもあった。

吉宗時代ともなれば、世は安定してきたようでいて、実際は綻びが見え始めている。吉宗はその立て直しに尽力するも、志半ばでした。

そうした時代の歪みと、これからを生きる人々は向き合ってゆきます。その歴史を見る目も、変わってゆきます。

吉宗までのシーズン1は、将軍目線からの歴史が描かれました。シーズン2は平賀源内や青沼といった、民衆目線からの歴史が描かれます。近世から近代へ、歴史の主役も変わってゆくのです。

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権太夫、長崎へ

明和6年(1769年)夏、長崎に平賀源内が立ちます。

長崎には出島がある。国際交流の窓口であり、知識人にとっては憧れの土地でもあります。

なんせ清人に漢詩文の添削を頼んだり、オランダ人から知識を得たり、好奇心旺盛な人であれば「一度は行ってみたい!」となる場所でした。

源内は「権太夫」という名前で、吉雄耕牛という男に話しかけています。

それを不思議そうに見ているオランダ人の商船員。

なんでも女は蘭学禁止だそうで。男女比が諸外国に知られてはまずいため、幕府が禁止していたのです。それなのに源内はしつこい。

吾作という金髪碧眼の男が、源内をつかまえて凄みます。

と、源内はビビるどころか「異人だって日本語ペラペラに喋れるなら自分だって蘭語が喋れる!」と逆に嬉しそうだ。

そして吾作による鉄拳制裁を受け気を失いました。

どうやら吾作は、源内を殴ってから女性だと気付いたようです。

気絶した源内は部屋に寝かされ、介抱されています。耕牛にたしなめられ、吾作が頭を下げると、源内は内命があると明かします。

なんでも大奥に、蘭語や蘭学を学べる蘭学者を連れてこいとのこと。

大通詞で、蘭学者で、蘭方医でもある吉雄耕牛なら知っているだろうから、弟子でも紹介できないか?というわけです。

で、早速、目の前の吾作はどうか、待遇は用意するとペラペラペラペラ話が止まりません。原作の早口が見事に再現されています。

しかし吾作は鼻で笑う。そんな将軍に気に入られることばかり考えて、城に閉じ込められるなんて御免だ。

そんなやつらに蘭学はできないと言いながら、吾作は、江戸期の大通詞事情をぶちまけます。

辞書もない中、耳を研ぎ澄まし、オランダ語を話し、医学までやらなきゃいけない!

そうなのです。昔は学問の分け方が大雑把でした。例えばこの大通詞は中国語も求められたりした。幕末に英語が必要になると、それも要求されます。

言語を個別に数えるのではなく「日本語以外」とまとめてひとつのカテゴライズをするので、無茶苦茶辛いのです。

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吾作を江戸へ連れて行ってもいいかい?

吾作のリアクションを見て、源内はますますテンションが上がります。

江戸っ子に引けを取らねえ啖呵が気に入った!

しかし、師匠の耕牛は吾作を手放したくありません。いずれ長崎をしょってたつ男と見込んでいて、養子にして仕事を譲ろうとしているとか。

そのためキッパリと断る耕牛ですが、そうも言ってられない事情もありました。

彼には実子がいます。そのため妻は、養子を迎えることは大反対。吾作が“合いの子(ハーフ)”であることを持ち出し、他の通詞や医者が嫌がっていると焚き付けます。

このやりとりを廊下で聞いてしまい、胸が苦しくなる吾作。

薪割りをしていると、そこへ源内が現れました。聞けば、元々は兄がこの家の下男であり、その兄が若くして亡くなったため弟である自分が置いてもらえるようになった。

そして本をこっそりと読んでいるうちに、先生が目をかけて教えるようになったのです。

源内は、その兄の死因を臆せず聞きます。

赤面でした。なんでも源内も弟を赤面で失ったとか。そこで私たちは似ている!とまくしたてるも、吾作は戸惑います。

源内は武家の出身でありながら家を追い出されたとか。

それならなぜ偉い人の命令を受けられるのか?と吾作に尋ねられると、ちょっと照れています。なんでもその人に「ありがとう」と言われたいからだとか。

ありがとうと言われるのが何より好きだと微笑む源内。その言葉は、吾作の兄と同じものでした。

「合いの子はなんもせんでも気味悪がられる! そんな自分たちが人に好かれるには、よいことをするしかない!」

そう言い残し、赤面を患った吾作の兄は、海に身を投げました。

「お前はい〜っぱい、ありがとうって言ってもらえる人になるとよ」

それが兄の、最期に残した言葉でした。

 


吾作、江戸へ

耕牛の弟子たちは、大奥入りを承知しません。

長崎の魅力を知っている源内は、それもそうかと思わず納得してしまいます。

サボン売りのもとにいた吾作のもとへ、耕牛がやってきました。

吾作は、江戸行きの決意を師に語ります。

耕牛は許さない。江戸でどんな目に遭うのか……心配でならず、弟子を庇いたい気持ちがあるのでしょう。

しかし、吾作は無理をしないで欲しいと訴える。その言葉だけで十分だと。

泣きながら、守ってやれぬことを詫びる耕牛。吾作は師匠に感謝を告げ、江戸へ向かう決意を固めるのでした。

道中、源内が無頓着なことをいい、吾作を苛立たせています。

それでも吾作が源内についていくのは、兄と同じ言葉を語ったからでしょう。

源内なら、自分を理解できる。江戸で、たくさんありがとうと言われたい。そんなまっすぐな気持ちの吾作。

そこでありがとうを連呼する源内は、無神経というかお茶目というか。

このめんどくさい相手に吾作も慣れてきたようです。

 

田沼意次の決意

吾作は、源内に内命を下した田沼意次と向き合います。

華麗で、まるで咲き誇る藤の花のような美貌。そしてその身分に、驚いてしまう吾作。

田沼は吾作のスキルに興味を寄せ、オランダ医学と漢方について尋ねます。

源内が割り込もうとすると、吾作に聞いているのだ、と田沼が嗜めます。

西洋医学の手術について、外科においては日本と比べるべくもなく、内科も解剖学のおかげでかなり掴んでいるとのこと。

このあたりは良いところと悪いところもあり、当時の西洋医学は何かあるとすぐに患部を切断します。

戦時なんて、バケツに手足がゴロゴロ入ってしまっていたそうですよ。

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そして本題へ。

オランダに赤面はないのか?

それを田沼が尋ねると、オランダだけでなく、朝鮮や清でも流行ったことがないと答えます。

つまりは日本固有の風土病かと驚く田沼に対し、そこまでは断言できないと吾作。

なぜ赤面をそれほど気にするのかと吾作に問われると、田沼は誇らしげに吉宗公に託されたからだと返します。

ただし、これが厄介なのかもしれない。

吉宗は公にそのことを発表しなかったがゆえに、ポスト自称吉宗乱立の危険性はある。上っ面だけをみて、質素な服装をして、米本位に固執した方が吉宗ぽく思えることでしょう。

ここで吉宗のおさらいでも。

彼女は小川笙船や大岡忠相の力を借りて、漢方医学でできる範囲のことはした。それが足りないからこその蘭方となります。

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吾作はそれでも困惑しつつ、どうして大奥でなのかと戸惑います。

そこには、御典医が西洋嫌いであり、内密に進めなければならない事情がありました。

実は、史実でもそうで、例えば幕末にはオランダ船に乗り込んで大喜びしていた奥詰医師・栗本鋤雲が、そのせいで左遷されています。

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医療編のモデルとなる種痘接種にせよ、御典医が断固反対した事例もあります。

会津藩主・松平容保の正室である敏姫は、そのせいで天然痘に罹ってしまい、開明的な家臣である山川重英は悔やんでも悔やみきれなかったそうです。

そうした事情を踏まえて、内密なまま、重大な命令をくださなければならない田沼。

決して安全とは言い切れない取組であり、それでも田沼意次に頼まれた吾作は謹んで引き受けます。もう田沼の魅力が圧倒的ですね。

「ありがとう、吾作」

この顔でそう言われたら、そりゃ蕩けますな。メロメロした笑顔を見せる吾作に、源内が「惚れるな!」と釘を刺す。

「田沼様に惚れていいのは私だけだ」

田沼はそんな源内の言葉は話半分で聞くようにと嗜めます。これは史実の平賀源内が同性愛者だったとされることを反映しているのでしょう。

そしてもうひとつ、金に汚い印象が強い田沼意次が、こうも颯爽とした美しさなのか。

これこそが田沼意次の再評価でしょう。

田沼=汚職政治家というイメージは長らく強固でしたが、今は見直しが進んでいます。

このドラマでは松下奈緒さん。2018年正月時代劇『風雲児たち』では草刈正雄さん。そして2025年『べらぼう』では渡辺謙さんが演じます。

颯爽とした美形、困難に立ち向かう姿が、田沼意次にふさわしいと思われているのです。

 

源内は評判の本草学者

さて、ここで「源内」と明かされたおしゃべりなヤツ。

このときまで吾作はあくまで「権太夫」だと思っていて、正体を明かされると驚いています。

近ごろ評判の本草学者が女だった。なんなんだ……と、気になるのが本草学ですね。

現在の「植物学」とは異なり、医薬品になる可能性があれば、鉱石、生薬まで幅広く扱う学問でした。

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朝ドラ『らんまん』の主人公モデルである牧野富太郎たちは、江戸時代までの本草学の恩恵も受けています。

何よりあのドラマでも重要な役割を果たした小石川植物園は、元を辿れば吉宗時代からの小石川養生所。

牧野富太郎がもっと前に生まれていれば、本草学者になっていたかもしれません。

逆に平賀源内がもっと後の時代に生まれていたら、日本中を歩いて植物図鑑を作っていたかもしれない。科学者になっていたかもしれない。そんな学問が本草学です。

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御祐筆の青沼

大奥では、吾作を受け入れる準備が整えられています。

黒木が御祐筆部屋に異動。

御目見以上の出世とはいえ、悪筆である自分がなぜ?と訝しんでいます。

吾作の世話役であるため蘭学医の息子である黒木が選ばれたのですが、本人は複雑な表情を浮かべています。

そしていよいよ吾作が大奥入り。

長崎とは違い、異人など見たことがない大奥はざわつき、青い目をしていることから「青沼」と呼ばれることになりました。

吾作改青沼は、オランダ渡りのサボン(石鹸)を皆に贈ります。

総取締の高岳は笑顔で受け取り、黒木も青沼に頭を下げています。

青沼が黒木にもサボンを渡そうとすると丁重に断られ、かつ身分が青沼様の方が上だと黒木は返し、呼び捨てにするように伝えます。

では、青沼はどうやって蘭学講義をするのか?

なんでも上様に肝入りで、講義を行うようで、綱吉時代の漢籍講義を思い出しますね。

それにしたって、異人を見るだけで逃げる相手にどうしろというのか。前途多難。

青沼は周りに馴染もうとするのに、大奥の者たちはなんだかんだと言い訳をしつつ、彼を避けています。

仕方なしに青沼は、書物を見るくらいしかすることがありません。

ふと『没実録』を手にすると、不穏な音楽を背景に、誰かが歩いてきます。

一橋治済(はるさだ)――吉宗の孫である彼女は、常に笑っているような目であるのに、何かがおそろしい。

一橋家は御三卿のひとつですが、幕末になるとまるで呪詛のような響きすら出てくる、なかなか厄介な存在です。

治済は微笑みつつ探りを入れて、田沼を応援していると声を掛けます。

それだけなのに、何かが恐ろしい。

 

ありがとうと言われるために、手を尽くす

青沼は、黒木が迎えにくるまで『没実録』を読み耽っていました。

赤面が流行しだした由来を知り、驚愕しています。

しかし、これだけ貴重な情報があって閲覧制限もないのに、大奥の者たちは保身ばかりに夢中で、書物などには興味がないと黒木は吐き捨てる。

黒木も、初めて読んだ時は驚いたとか。けれども、彼は医者も蘭学も嫌いなのだとか。

捨てられているサボンに目をとめる黒木。

笑顔で受け取り、捨てられていたのです。青沼は苦笑しつつ、それを拾うのでした。

蘭学講義には、誰も受講者がいません。そんなことには慣れっこだとして、黒木に着席する促す青沼。

教え子として講義を成立させて欲しいと頼みます。

するとそこへ、僖助という男がきて、驚いてしまいます。なんでも御半下部屋に病人が出たとかで、大奥の医者は御目見以上しか診察しないとか。

青沼は力強く、参りましょうと答え、病人のもとへ向かいます。

御半下の病人は怯えるものの、青沼はかえって脅しつけつつ、冷静に治療します。

風熱(インフルエンザ)でした。

感染を広げないようにするべく、隔離を指示して、サボンによる手洗いを推奨。

同時に部屋の湿度をあげ、体を冷やし、対症療法を進めます。

隔離、予防、治療と適切に処置してゆく青沼。

親身な治療に黒木は驚いています。

脈を取り、薬を飲ませて終わりではないのかと疑問を口に出すと、病の治すのは患者の体の力だと青沼が答えます。薬も看病も、その体の感情を減じないようにするものとのこと。

その瞬間、黒木は、自身の父を思い出しています。

父は、プラシーボを飲ませて大金をせしめる悪徳医者でした。その姿に幻滅していた黒木。父は、青沼と同じことを口にしていました。患者の体の力を助けるだけだと。

黒木には父の言葉は詭弁に聞こえ、医者は浅ましいと軽蔑していました。

青沼は、好かれたくて、ありがとうと言われたい自分も浅ましい医者だと言います。

うつむき、何かを考えてしまう黒木。

彼は悟りました。感謝を銭金に変えて求めることが浅ましいことだと。心を、誠意を、謝意を欲するだけならば浅ましくはない。

そう青沼に言うことで、彼の中にある父へのわだかまりが消えたのでしょう。医者が悪いのではない。誠意ある医者になればよいのだと。

風熱の結果、御目見以上は24名が亡くなりました。それなのに、今回は御目見以下のほうが犠牲が少ない。その報告を受けた田沼が驚いています。

これも医学を考える上で大事なことでしょう。

中世ヨーロッパの絵画では、死神が鎌を振るって王侯貴族から庶民まで殺してゆきます。

しかし病による死は不平等であり、貧しい者ほど多く亡くなります。

患者の体の力そのものが大事ならば、良いものを食べ、清潔な暮らしをしているもののほうが抵抗力がある。現在にも通じることでしょう。

田沼がその理由を尋ねると、高岳は「青沼のサボンではないか?」と差し出します。

 

新たなる青沼の教え子たち

黒木が上機嫌でオランダ文字を書いています。

青沼が褒めると、初めて字を褒められたと答える黒木。

青沼が、悪筆のたとえである「ミミズがのたくったような」と言いますが、褒めたつもりなのでしょうね。綺麗な筆記体です。

黒木は困惑しながら、自分は蘭学に向いているのかと疑問を口にします。

蘭学が嫌いなのかと尋ねられ、それでも好かれれば好意を持つのが定めだと黒木は言い出します。蘭学が自分を好きなら、好きになろうということ。照れていますね。

するとそこへ、反抗的な態度の受講希望者・伊兵衛が入ってきます。堂々と春本を広げ、青沼が驚いています。

黒木が「大奥では禁止だ」と嗜めると、「そんなこと言って没収して自分が読むのか?」とからかう伊兵衛。

するとそこへ、回復した僖助たちがやってきてお礼を言うと、続けて、家治と正室の五十宮も入ってきました。

夫妻は仲睦まじく、サボンに興味が持ったとか。

誠実な青沼は、サボンそのものが風熱から守るわけでも治すわけでもないと答え、病気予防の術はまだ見つけていないと言います。

五十宮はその誠意に感服しています。そして彼も、今日からここの教え子だとして講義の席につくのでした。

そのころ源内は猟師と共にいました。鉄砲で熊を倒し、皮を剥ぐと、皮膚の下は一面赤面疱瘡ができていました。

 

江戸後期の進歩は、西と東が混ざり合ってこそ

本作は、森下佳子さんが脚本だけあって、医学進歩の描写が盤石だと思えます。

平賀源内が本草学者ということも出てきて、ドラマ自体はSFでありながら『らんまん』にまで接続できる秀逸さです。

回想に出てきた小川笙船の取り組みも重要。その成果が、貧民救済やインフラ整備です。

黒木父のような儲け主義の医者が出てしまうほどに、医療が民衆にまで浸透した。

しかし簡単な薬でも、普及までには時間がかかるものであり、落語でおなじみの悪口に「葛根湯医」というものがあります。

誰だろうが葛根湯しか出さねえヤブ医者が!

そういう意味の言葉です。葛根湯は副作用があまりなく、適応範囲も広いので、無難っちゃ無難。今でも薬局で売られるほどには汎用性は高い。

吉宗以前の時代は、「葛根湯医」ですら、なかなか存在しません。

『麒麟がくる』の駒は、芳仁丸という汎用性が高く、安価な丸薬を販売していました。それが当時では画期的という設定でした。

戦国末の、駒ですら奇跡的になりかねない状況が変わったのが、江戸時代も折り返しを過ぎた頃のこと。それも一通り普及してしまうと、人はありがたみも忘れてしまうのでしょう。

民衆が最低限の医療へアクセスできること。そこまでが描かれ、次のステップとして、予防医学へ進みました。

手洗いをして、菌やウイルスを近づけない。衛生環境ゆえに患者が減っているのです。

「なんだ、そんなことか」と思ってしまうのは現代人だから。

西洋医学でもこの頃は手洗いの効能すら理解できておらず、「血まみれでこそ医者だろ」と言わんばかりの姿でうろつく者がいたほど。不潔な治療で、アメリカ大統領すら命を落としたこともあるほどです。

実はこの話は、人種差別も関係しています。

大統領治療の際、黒人の医者が不潔な治療が悪いのではないか?と疑念を抱き、白人の医者に進言しているのです。

それを「黒人が何を言うのだ」と一蹴したせいで最悪の結果を招いています。

命がかかっていても差別をやめられないこと。それこそが人の心の病かもしれません。

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そこを踏まえ、経験則でサボンの効能を知っていたのが青沼と師匠の耕牛なのでしょう。

今回はさわりで、登場人物の紹介になり、次回でいよいよ大きく物語も医療も動き出します。期待も高まります。

とはいえ、このドラマが凄まじいのは、希望の芽生えと絶望の予感も同時にあるところです。

一橋治済は、まるで彼岸花のよう。

真っ赤で美しいのに、毒を持ち、どこか死の翳がある。次回を楽しみに待っています。


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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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