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【江戸っ子と慶喜】
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武装解除されなければ戦争は続行
慶喜の処分を見ていくと、外部から切り離され、旧幕臣と明治政府で決められていることがわかります。
幕臣にせよ、旗本にせよ、江戸っ子にせよ、西軍には全く納得ができていない。
幕府には戦力があります。
時代遅れで軍制改革もできずあっという間に敗北。「もはや刀や槍の時代じゃねえ」と嘆く新選組隊士はフィクションでのお約束です。
しかし、これはあまりに事を単純化しすぎていて、実際の幕府軍はそこまで脆弱ではありません。ざっと例を挙げてみましょう。
◆幕府海軍
実質的に海軍は幕府のみが有していました。
抗戦を主張した栗本忠順はもちろん、勝海舟ですら「海軍があるじゃねえか!」と慶喜を罵倒したほど。榎本武揚が函館へ向かったのも、海軍兵力があればこそです。
アメリカ産のストーンウォール(甲鉄艦)を購入するまで、明治政府はどうにもなりませんでした。
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もしも徳川慶喜が戊辰戦争を戦っていたら幕府陸軍歩兵隊は活躍した?
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◆幕府陸軍
フランス式シャスポー銃を装備する幕府陸軍は、なかなかの戦力でした。
新選組にしても、実は洋式訓練を受けています。
◆武器の供給
新政府側に対しては、イギリスが【南北戦争】で余った武器を売りつけています。
東北諸藩に対しては、スネル兄弟を代表するプロイセン商人が接近、とりわけ長岡藩のガトリング砲は猛威を振るいました。
武器をいち早く購入した庄内藩も藩単位では敗北しておらず、秋田藩に攻め込み、藩主を自害寸前にまで追い詰んでいます。
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しかし、です。あらためて考えてみたい。
そもそも武力による倒幕は必要だったのか?
当時は西軍側でも慎重な意見が多かった。
一方でイギリスは、明治新政府に武器と恩を売りつけておきたい。
日本国内の理論というより、列強の市場原理が働き、明治維新では大いに流血があったと言えるのです。
江戸っ子は上野戦争を忘れない
渋沢栄一をフィクションで描く際には、ひとつの定番がありました。
渋沢本人が【戊辰戦争】に従軍しないため、従兄弟の渋沢成一郎が彰義隊を率いる様が描かれます。
彼は小栗忠順のもとへ相談に向かっており、ひとつの見せ場となります。
しかし大河ドラマ『青天を衝け』では、成一郎ではなく、甥の渋沢平九郎が戦死するまでの姿が、ラブロマンスを踏まえつつ描かれました。
そのため上野戦争は描かれなかったのです。
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個人的には、大河ドラマですら【上野戦争】を避けるのか!と唖然としたものですが、代わりに朝ドラ『らんまん』が補うとは思いもよらぬことでした。
台詞のみで語られるとはいえ、当時の江戸っ子の心境をよく再現しているのです。
上野へと向かう彰義隊士を、うっとりとした目で見送ったえい。
そして背中まで斬られて血まみれになりながら、えいの家へ転がり込んできた隼人。
まさかあのお侍が家に来るとは……。
そう驚きつつ、看病するえい。彼女は隼人の怪我が命に別状がないほど重いようにとそっと願いました。
なぜか?
もしも軽傷ならば、彼は北へと転戦してしまう。彼女にはその気持ちが理解できました。
維新後、俸禄を失った隼人は、日雇い人足として生計を立てます。
無口で酒に溺れる日々。
それでもえいは、そんな夫に心の底から惚れているとうっとりと語ります。
彼らの子の世代になると、江戸っ子には定番の自慢がありました。
「俺の親父はよォ、上野の戦で戦った。彰義隊にいたのよ!」
倉木隼人とえいの子も、両親の馴れ初めを知り、自慢の種としたことでしょう。明治時代にはそんな江戸っ子がまだいたのです。
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『らんまん』には、維新前に火消しをしていた職人・大畑義平も登場します。
実はこの火消しも、勝海舟に声をかけられていました。
開城交渉が決裂したら、【ナポレオン戦争】のモスクワに倣い、江戸を焦土作戦で焼き尽くそうと考えていたのです。
結果的に実現されなかったものの、火消しである大畑義平にも、その話は耳に入っていてもおかしくはありません。
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主人公が出入りすることになる大畑印刷所には、岩下という職人もいます。
彼は月岡芳年の師匠である歌川国芳の浮世絵を手がけたことが誇りなのだとか。
『らんまん』は、まだ江戸の風情を残した明治初期の世界観をよく再現しています。
月岡芳年『魁題百撰相』も、忘れられてはいない。
“最後の浮世絵師”という異名を取る彼は、ファンも多くおります。
谷崎潤一郎、江戸川乱歩、三島由紀夫……など、錚々たる面々が彼を礼賛。
アパレルブランドとのコラボレーションの定番でもあり、作品展もしばしば開催されます。
『魁題百撰相』を通して、人々は【上野戦争】で戦った勇姿を目にすることになるのです。
2023年、江戸川乱歩の弟子である山田風太郎原作『警視庁草紙』が連載されました。
東直輝氏作画によるこの作品は『芳幾・芳年』展とコラボを実施。単行本8巻収録の外伝『異聞・浮世絵草子』では、【上野戦争】を目に焼き付ける芳年の姿が描かれています。
150年以上を経ても、民衆の目に届くところへ蘇ってくる江戸っ子の意地、彰義隊の姿――これほどの痕跡を残した彼らの命は、どうして無駄であったといえるのでしょうか。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
家近良樹『その後の慶喜: 大正まで生きた将軍』(→amazon)
町田市立国際版画美術館監修『月岡芳年 魁題百撰相 (謎解き浮世絵叢書)』(→amazon)
家近良樹『徳川慶喜 (人物叢書)』(→amazon)
久住真也『幕末の将軍』(→amazon)
野口武彦『慶喜のカリスマ』(→amazon)
半藤一利『幕末史』(→amazon)
泉秀樹『幕末維新人物事典』(→amazon)
他