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【ドラマ大奥の舞台・江戸庶民の暮らしぶり】
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江戸の“推し活”
吉宗編の悪役と言えた藤波が、まさかの再登場を果たします。
大奥から出たあと、しがない骨董屋になったという藤波。
彼は片岡仁左衛門という役者を贔屓にしており、その絵をおもむろに取り出して、周囲に勧めました。
浮世絵の一ジャンルである役者絵は、現在のブロマイドに相当します。
印刷技術が向上し、経済的にも旨みがある。人気役者を絵師が描き、パーッと印刷して売りまくったのです。
単価が抑えられているからこそ、ファンは買いまくって周囲に配ることもできる。
江戸時代の芝居見物の時点で、現在の“推し活”はほとんど完成していたように思えるほど、江戸時代はエンタメが成熟した時代なのです。
今につながる当時の推し活をいくつか例に挙げてみましょう。
・過熱するのは女客
ドラマファンが、女のファンは役者の顔ばかり見ていて筋書きをわかっていないといったぼやきを言う。
実はこれ、江戸時代以来です。
歌舞伎役者は男性であるためか、江戸時代から女性ファンが多い。役者そのものが尊い……そうなる比率は女性の方が高かったとか。
・出待ち
役者そのものが尊いならば、ステージの下でも一目でも見たくなるのは江戸時代から同じ。
役者が出てくる場所で待ち伏せし、一目だけでも見ようと大勢が待っていたそうです。
稽古場でも出待ちをする。葬送なんてあれば大勢が押しかける。
今も昔もそこは変わりません。
・グッズ「死絵」
役者絵の中でも、ファンの過熱ぶりがうかがえるものが「死絵」です。
役者を追悼する絵ですね。
絵の中には、当たり役が描かれ、死亡年月日や戒名、享年も入れる。
とはいえ、ともかく早く刷って売ることが大事ですので、戒名を捏造したものもあるとか。売れっ子絵師の弟子が描いたようなものは絵師名すら入れません。
8代目市川團十郎のものは、なんと200種類を超えていたのですから、凄まじいものがあります。
・ファッションで推しアピール
推しが着ていたものを真似たい! 推しだとわかる色やシンボルを真似たい!
これも江戸時代にもあったことでした。
役者には定紋があります。これを簪や襟にさりげなくつけると、誰を推しているかわかるのです。
もちろん好きな役者と同じ模様や、衣装を真似てもよし。
大奥や大名屋敷で働く女中にも、こうしたグッズを持つ者がいたとか。好きだとわかる者同士で通じるものがあったわけですね。
こういうコスプレで最も有名なのが、新選組の羽織かもしれません。
ダンダラ模様は『忠臣蔵』の衣装由来のもの。
そのため制定当時から「そのセンスはどういうことなんだよ……」と嫌われ、着用しない者も多かったとか。色も派手すぎました。
フィクションではずっと着られておりますが、実際には黒のシンプルなものに切り替わったそうです。
・枕営業
これが江戸時代の“推し活”です。
金持ちともなれば大手スポンサーにもなります。そしてここからは黒い話ですが、江戸時代から“枕営業”はありました。
役者を相手に見返りとして性的行為を要求することも、公然の秘密としてあったのです。
NHKドラマ『忠臣蔵狂詩曲No.5 中村仲蔵 出世階段』では、その様子が描かれたものです。
当時の芝居見物は、それはもう楽しいものでして。
お弁当を食べて、贔屓の役者に声をかけて。そして舞台が終わっても出待ちができて、グッズを見せ合ってファン同士で推しを確認できる。
そんな経済が江戸時代にはできあがっていたのですね。
海禁政策により、海外との交易は限定的であった日本ですが、国内市場のサブカルチャーは煮詰まっていました。
浮世絵だって庶民向けのサブカルだし。ファッションもそうだ。
内向きでマニアックなサブカルぶりは、実は江戸時代にはもうあった傾向といえます。
江戸時代こそ、日本人らしさが煮詰まった時代でした。
開国へ向かい、外を見出す時代へ
吉宗時代とは、日本らしさが煮詰まっただけでなく、次の段階への移行もみられます。
こんな川柳があります。
売り家と唐様で書く三代
初代がせっかく建てた家を、遊び呆けていた三台目が売りに出してしまう――そう記すために書かれた字体は中国風だ。
世襲ばかりではハングリー精神を失ってしまうことを皮肉ったものとして有名です。
別の要素も含まれています。
「唐様(からよう)」とは中国風の書体という意味で、明代の文徴明(ぶんちょうめい)や董其昌(とうきしょう)のような字体ということになります。
江戸時代にこうした中国風の字体が流行した理由はいくつかあり【小中華思想】の反映ともされています。
家光時代、中国では漢族の明朝が滅亡し、満洲族の清朝が成立。
このことで周辺諸国はアイデンティティクライシスを迎えました。
漢族こそ中華の中心であったはずなのに、もうその王朝がない。
よし、自分たちが中華のフォロワーになったるで!
と、思い始めたのです。
地理的に最も近接していて、かつ海を隔てない朝鮮がその代表格とされ、日本も無関係ではありません。
明から亡命した朱舜水(しゅしゅんすい)は、水戸藩で迎えられました。
水戸光圀が「日本で初めてラーメンを食べた人」とされることもあるのはその影響ですね。
そして、御三家のプライド、小中華主義といった思想が高まり、後の水戸学へ繋がってゆく。
シーズン2で徳川斉昭と慶喜の父子が出てきたら、そんなことを思い出しつつ見ると興味深いかもしれません。
草莽崛起:志士が立ち上がる幕末への道
『大奥』シーズン2では、思想に目覚め、徳川幕府は軟弱だとみなす西郷隆盛たちも出てきます。
男女逆転しているのが『大奥』の世界観といえますが、この西郷隆盛が持ち合わせるマッチョイズムと女権の剥奪も、歴史的な背景があります。
権力の大きさは異なるとはいえども、明治維新とは女性の権利を剥奪し、権力と男性性を組み合わせる過程ともいえました。
江戸時代に高まる教育熱の中、男女のジェンダーに沿った教育も根付いてゆきます。
儒教的な価値観の中で、女性の役割は男性に従うことだと教える「女四書」が和訳され、普及していった。
そんな中でも自分なりに考え、学ぶ女性はおりました。幕末期には女性の志士も登場しています。
何よりも大奥が最も政治的な権力を発動したのは、幕末という動乱の時代になります。
徳川斉昭が持つ性格的な欠点を真っ先に察知し、警戒心を高めていたのも大奥。
斉昭は性的暴行事件を起こし、狩猟で捕まえた動物の死体をわざわざ見せにくるといった異常性のある行動を大奥に対し行っていました。
古典的なポピュリスト政治家のはしりともいえる人物でしょう。
勢いのよい無茶苦茶な攘夷を振り回し、幕閣に混乱をもたらした。
明治の幕臣たちは「徳川斉昭と慶喜の親子が幕府を滅ぼした」と嘆いていましたが、その危険性を真っ先に察知していたのが大奥なのです。
斉昭の子である慶喜は、大奥から警戒されていて困ったと振り返っています。
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そんな慶喜が【鳥羽・伏見の戦い】から逃げ出してきたにも関わらず、その助命嘆願に尽くしたのが大奥です。
そうした政治的闘争のみならず、マッチョイズムにも注目しましょう。
明治政府がマッチョにしなければならないと考えたのが、国の頂点に立つ天皇です。
それまでは薄化粧をして、歌を詠み、御簾の後ろにいた天皇を東京に連れてきて、軍服を着せて馬にまたがらせたのです。
天皇に仕えた女官は全廃。
大奥ももちろん廃止。
女性の権利を徹底的に排除してゆきます。
教育も良妻賢母の道のみを残し、知的好奇心を追い求めることはできぬようにしました。
鹿鳴館で踊り、夫の妾に土産物を差し出すような女性像が、明治の理想となっていったのです。
服装、教育、言葉遣いと、ありとあらゆるものに女性らしさがつきまとい、押し込められていった近代日本。
そんな中で自分らしい教育を求めた女性もいます。
津田梅子です。
彼女は『大奥』シーズン2にも出てくることでしょう。
『大奥』の世界観は男女を逆転させてパラレルワールドを描いてきたようで、現実に繋がって幕を閉じてゆきます。
6才で渡米した津田梅子が帰国後に直面した絶望~女子教育に全てを捧げて
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実は江戸時代の女性って、男女が逆転していない世界でも、なかなかワイルドでして。
例えば粋な女性は立ったまま排尿したり、家を出て役者の追っかけをしたり、夫そっちのけで推しの出待ちをした者もいます。
大いに学び、俳諧、漢詩、文章も残しました。
葛飾北斎の娘である応為は、立派な絵師です。
三行半をつきつけて、離婚することだってできました。
夫婦別姓。
墓だって別。
江戸時代にまで遡るなら、それが日本の伝統です。
近代化で西洋列強に対抗するため、日本の伝統からかけ離れたジェンダー観が明治以降に取り入れられました。
『大奥』で、のびのびと振る舞う江戸の女性たちは男女逆転したから実現していたのか、それとも実像か?
そう考えてみることも興味深いことです。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
岡本綺堂『風俗 江戸東京物語』(→amazon)
倉地克直『江戸文化をよむ』(→amazon)
日本風俗史学会『江戸期の社会実相一〇〇話』(→amazon)
大塚ひかり『ジェンダーレスの日本史-古典で知る驚きの性』(→amazon)
『新書版 性差の日本史』(→amazon)
他