田代幸春画『江戸火事図巻』/wikipediaより引用

江戸時代 べらぼう

『べらぼう』吉原でしばしば起きていた放火~もしも捕まれば酷い火刑が待っていた

こちらは3ページ目になります。
1ページ目から読む場合は
吉原の放火
をクリックお願いします。

 


江戸から東京になっても炎との縁は切れない

さて、放火だけでなく、それ以外にも幾度となく火災に見舞われた江戸ですが。

文久2年(1862年)、薩摩藩士がイギリス人を殺傷した【生麦事件】が勃発した際もまた、大きな危機に見舞われておりました。

イギリスが攻めてくるのではないか?

江戸っ子はそう怯えていたのです。

するとイギリスは、実行犯である薩摩藩士の捕縛を求めて鹿児島へ出向き【薩英戦争】を起こしました。

江戸っ子の懸念は当たらずとも遠からず。

自国民の殺傷に怒ったヴィクトリア女王は、江戸への攻撃を願い、計画が練られていたとされます。もしも木造家屋が艦砲射撃を受けていたら、ひとたまりもなかったことでしょう。

それから6年後の慶応四年(1868年)、江戸の伝説的な火消しである新門辰五郎は、勝海舟より恐るべき計画を持ちかけられていました。

新門辰五郎/wikipediaより引用

倒幕を目指す西軍が江戸に入ったら、市中に火を放つから、被災者を逃すための手筈を整えて欲しい――そう頼まれたのです。

勝は【ナポレオン戦争】におけるロシア・モスクワの焦土作戦を念頭に置き、このおそるべき計画を立てていました。

その結果、勝海舟と山岡鉄舟らが西郷隆盛を相手に交渉の席を設け、ついに計画は実行されずに終わったのです。

西軍と彰義隊の衝突による上野戦争は発生するものの、江戸の街全体が火災に見舞われることは回避できました。

江戸幕府の終結は、炎の包まれずに成し遂げられたのです。

とはいえ、江戸改め東京は相変わらず木造建築が密集しており、火災の宿命からは逃れられません。

大正12年(1923年)の【関東大震災】。

そして昭和20年(1945年)には【東京大空襲】。

アメリカ軍は日本家屋の特徴を再現し、火災が甚大な被害を与えると見越し、焼夷弾を東京の街に投下。

その狙いは的中し、10万人を超える死者が出たのでした。

 


舞台が江戸である以上

徳川家康が都と定め、急速な発展を遂げてきた江戸。

地震が周期的に発生することを家康が予測できたとは思えません。

人口が右肩上がりで増え、密集した結果、こうも火災が頻発することは想像できなかったことでしょう。

幕府は【火消し】を制定し、江戸っ子たちは彼らに喝采を送り、互いに助け合って、度重なる火災と奮闘してきました。

三代目歌川広重火消し出初式/wikipediaより引用

宵越しの金を持たない刹那的な生き方。

褌までレンタルに頼るものを溜め込まない生き方。

火災を防ぐためか、長らく屋台で食べていた天ぷら。

江戸の文化や精神性には“火災の影響”が色濃く根付いているのです。

「火事と喧嘩は江戸の華でぇ」

そう強がって生きてきた江戸っ子たちは、逆に、そうでもしなけりゃやってらんねぇ!という気持ちもあったのでしょう。

火災とはそれほど恐ろしいものであり、放火犯は火刑という想像を絶する目に遭うにもかかわらず、絶望して実行してしまう――それも江戸の一面です。

『べらぼう』第1回放送の冒頭から火事が起きたことに対し、視聴者からは「不吉で見たくない」といった批判もあったようです。

逆に「江戸を明るく描いて、美化している」という批判も見受けられます。

一体どう描くのが正解なのか。

舞台が江戸である以上、その暗黒の象徴である放火(火災)から始めることは、大いに意義があると思えるのです。


みんなが読んでる関連記事

明暦の大火(振袖火事)
明暦の大火(振袖火事)は日本史上最大の犠牲者 3~10万人が亡くなり城も焼失する

続きを見る

元禄の大火
三度の大火事が江戸の街を襲った「元禄の大火」すべて綱吉時代に起きていた

続きを見る

八百屋お七
愛する男に逢いたくて江戸の街に放火~美人で評判だった八百屋お七の狂愛凄まじ

続きを見る

天明の大火
市街の8割が燃えた空前の火災「天明の大火」は応仁の乱よりも被害甚大だった?

続きを見る

新門辰五郎
偉大なる親分・新門辰五郎とは? 将軍慶喜に愛された火消しと娘・芳の生涯

続きを見る

勝海舟
なぜ勝海舟は明治維新後に姿を消したのか? 最期の言葉は「コレデオシマイ」

続きを見る

文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

【参考文献】
永寿日郎『江戸の放火』(→amazon
野口武彦『江戸のヨブ』(→amazon
「歴史読本」編集部『よくわかる徳川将軍家』(→amazon
『徳川家歴史大事典』(→amazon

TOPページへ


 



-江戸時代, べらぼう
-

×