知恵内子

知恵内子/国立国会図書館蔵

江戸時代 べらぼう

『べらぼう』水樹奈々演じる知恵内子(ちえのないし)って何者?女性狂歌師の存在価値に注目

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女性の識字率が高まる江戸

『光る君へ』では、まひろが幼い少女に文字の読み書きを教える場面が出て来ました。

時代がくだるとともに、女性にも識字能力は徐々に広まってゆきます。

儒教規範のある武士では「男女七歳にして席を同じうせず」とされ、男女が揃って学ぶことはまずありません。

北東アジアでは男女が文学を語り合う場として、遊郭があったことも重要でしょう。

科挙のある国では、受験会場である貢院の近くの遊郭では、詩を詠みこなす妓女がいたものでした。

日本の吉原の女郎も、当初、最高位は技芸に秀でた者に対する尊称「太夫」で呼ばれたものです。それほど芸に長けていました。

こうした上流層や特殊な職業以外の女性の識字率はどうだったのか。

知恵内子は、それに対し一つの答えを見せてくる人物といえます。

江戸の街では男女双方が家の管理経営をこなしているからこそ、読み書き算盤を身につける。そして余裕ができれば趣味に勤しむ。

そんな日本人女性の生活向上ぶりを示しているのです。

この女性の識字率向上は、当然のことながら蔦重が手掛ける出版業とも関係があります。

彼が世を去ったあとの江戸後期、地本問屋たちは女性向きの出版物にも目をつけます。

そして遅咲きブレイクを果たしたのが、山東京伝の弟である山東京山でした。

『朧月猫の草紙』は猫を擬人化し、甘ったるい恋物語を繰り広げる作品。歌川国芳の挿絵が愛くるしく、少女小説や少女漫画の祖のような展開です。

山東京山は女性向けの作品で着実にヒットを重ねてゆきました。

流行猫の戯『道行 猫柳婬月影』文:山東京山/画:歌川国芳/wikipediaより引用

幕末に来日した外国人は、江戸近郊の女性が何気なく読書する姿を見て驚きます。

上流階級のレディならば理解できるが、この国では使用人の女性でも文字を読めるのか――そう目を丸くしたのです。

幕末期における日本の識字率は過大評価され、地域や階層による差を考慮していないとも指摘されます。

しかしそうはいっても、中流以下の女性が読み書きをできることは実に驚異的なこと。

この姿も、蔦重たちが書を以て世を耕した結果だとすれば、なんとも素晴らしいことではありませんか。

知恵内子のような女性も、実は日本文化の象徴といえるのです。

 


書を以て世を耕し、花を咲かせる

知恵内子は、確かに『光る君へ』の女性文人たちの先を生きていたと思える点がいくつもあります。

夫と共に活動し、仲間から認められていたが一つ。

そしてもう一つは彼女の没年が文化4年(1807年)であることもわかっていることです。

『光る君へ』の最終回を思い出してみましょう。

まひろこと紫式部は死の状況すら不明であるため、異例の終わり方を迎えました。『源氏物語』ほどの作者であっても、当時の女性文人はどう亡くなったのか記録が残されていません。

しかし知恵内子は、娘婿、それから孫婿のもとで暮らし、穏やかに亡くなったことがわかるのです。

字の読み書きができ、己の考えを残すようになった女性の人生がそこにはあります。

『六玉川 檮衣の玉川』喜多川歌麿/MFABostonより引用(→link

さらにもうひとつ、蔦重の蒔いた種から芽吹く花もあります。

寛政の改革】で洒落本や黄表紙が売れなくなった蔦重は、抜け目なく書物問屋の株を取得し、国学の書籍刊行も手掛けました。

こうした書物を手にして国を憂い、思想にめざめた女性たちも幕末には登場します。

安政の大獄】で獄死した梁川星巌には、同じ志を持つ妻・紅蘭がいました。儒学を学び、漢詩を詠み、国を憂いていたのです。

信濃の農家の妻であった松尾多勢子は、51歳で上洛し、尊皇攘夷思想を掲げた志士として活躍しています。

書を以て世を耕せば、女性も花開いてゆくのです。

『べらぼう』は江戸中期という大河初の時代を扱うだけでなく、登場人物の女性比率が高いドラマです。

しかも、ただそこに居るだけでなく、出番や発言する時間も長い。それは何も「ポリコレ」の配慮といったものではありません。

より正確に偏見抜きに歴史と向き合うとなれば、必然の流れと言えるのでしょう。

知恵内子は、読み書きを習得し、日本の歴史を変えてきた、そんな女性の一人。このドラマにふさわしい素晴らしい人物だと思えるのです。


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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

【参考文献】
揖斐高『江戸の文人サロン: 知識人と芸術家たち』(→amazon
沓掛良彦『大田南畝:詩は詩佛書は米庵に狂歌おれ (ミネルヴァ日本評伝選)』(→amazon
佐藤要人・藤原千恵子『図説浮世絵に見る江戸っ子の一生』(→amazon

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