与謝野鉄幹/wikipediaより引用

明治・大正・昭和時代

与謝野鉄幹は女の敵?女学校で散々問題を起こし、与謝野晶子とも不倫から

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センバツの入場曲にも使われた「爆弾三勇士」

教育者としての鉄幹の言動はあまり伝わっていません。

亡くなる三年前に、鉄幹はもう一つ代表作を残しました。

「爆弾三勇士の歌」という物騒なタイトルの歌詞公募に応じ、一等入選を果たしたのです。

当時は「センバツ」こと選抜高等学校野球大会の入場曲にも使われたため、鉄幹も再び脚光を浴びたと思われます。

「爆弾三勇士」とは、第一次上海事変で爆弾を抱えて中国軍に突撃し、突破口を開いたという三人の兵士のことです。

第一次上海事変自体は「満州国建国の後、緊張が高まっていた中国で起きた軍事衝突&陰謀事件」といったものです。この辺のことはややこしいので、またの機会にしましょう。

晶子も「君死にたまふことなかれ」を発表して40年近く経った頃に、戦争に賛成するような歌を詠んだことがありますが、夫婦ともに世の流れには逆らえなかったのでしょうか。

まあ、戦争に対する世論も、状況に応じて賛成・反対がコロコロ変わりますので、著名人がある程度迎合するのは仕方のないことではあるのですが……若い頃からの鉄幹の行状を知っていると、何だかモヤモヤしますねえ。

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【参考】
国史大辞典
与謝野鉄幹/Wikipedia

 



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