『風太郎不戦日記』1巻/amazonより引用

この歴史漫画がアツい! 明治・大正・昭和時代

B29が来襲してもどこかノホホン~漫画『風太郎不戦日記』には何が描かれてる?

太平洋戦争中、戦地へ出向けなかった医学生が東京でどんな暮らしをしていたか?

当時の日記(原作)をマンガにしたのが本作『風太郎不戦日記』(→amazon)です。

原作:山田風太郎
漫画:勝田文

新型コロナウイルスにより窮屈とした日常を過ごしている皆様にとって、この一冊は、何らかの参考になるというか、気休めになるというか。

漫画ですので、子供から大人まで読みやすいことは間違いありません。

では『風太郎不戦日記』とはどんな作品か?

紹介させていただきます。

 

戦えぬ23歳 昭和20年の日記をつける

昭和20年(1945年)元旦。

23歳の医学生・山田誠也は、東京で日記を書き綴っていた。

同級生が戦地へ向かう中、病気ゆえにそうすることもなく、学び続ける日々。

後に作家になることなど思いもよらぬこの青年は、独自の観察眼と文才で、この時代を切り取り続ける――。

 

日記を漫画化していて、それでいて興味深い

本作は、オープニングの時点で「当たりだ」と直感しました。

1ページ目の最初に登場するのは初老の山田風太郎本人。

愛犬がいる書斎で、プカプカと煙草をふかしながら、頭から落ちた“フケ”を集めて

【山田風太郎】

という文字を描いています。

原作では「まえがき」に相当するシーンであり、主人公の見た目が山田風太郎の雰囲気を捉えているばかりでなく、フザけて飄々とした態度も出ていて、実に痒いところに手が届く。

漫画家・勝田文氏の取り組み方が反映された意欲作であることが伝わってきます。

さすが週刊『モーニング』に掲載されるだけあって、絵のタッチも正統派で読みやすく、子供から大人まで幅広い世代の読者に受け入れられるでしょう。

アマゾンKindle版なら一話分・約30ページの試し読みもできますので、まずはそれをオススメします(→amazon

では、本編の書評へと参りましょう。

 

戦争に慣れてしまった人々

本作の原作『戦中派不戦日記』(→amazon)は、淡々とした日記です。

それを漫画化して、どうしてこんなにも面白いのか?

もちろん原作の日記がつまらないわけではなく、漫画ならではの力を感じる本作。

舞台は昭和20年、東京の正月早朝です。

下宿先の布団で目が覚め、起き上がって眼鏡をする山田青年は、風太郎本人の若い頃に似ているだけではなく、前述のとおり飄々とした雰囲気もにじませております。

しかし、そんな山田青年と周囲の人々に、ゾッとされられたりもするのです。

アメリカ軍B-29の爆撃により、連日のように空襲を浴びていた東京。

彼ら登場人物はどこかノホホンとしていて、実際に焼かれた家々を見ても、ユーモラスな顔で「はあ」と言ってしまう。モノローグとして、山田風太郎の文才を駆使した表現が重ねてあるのも、画力を感じさせるところです。

内面が、いかにどれほど衝撃を受けていようと、こういう顔で「はあ」と嘆くしかない。戦争と空襲に慣れきった“鈍感さ”が表されています。

焼け出された家を見た時よりも、食料品の高騰に怒る下宿屋の高須夫人の方が、ピリピリしているようにすら思えてしまう。

こんな大変な状況なのに、浅草では「都々逸(どどいつ)」をやっているし、山田青年もいつもと変わらぬ様子なのです。

 

銭湯は痩せこけたお年寄りと子供ばかり

人間ってなんだろう?

戦争に慣れる、非日常を生きるってこういうこと?

そう気づくと怖いを通り越した何かすら覚えてきます。

銭湯に行けば痩せこけたお年寄りや小さな子どもばかり。青年や中年の日本人が軒並み戦争に駆り出されたのがわかります。

銭湯内の環境も劣悪でした。

タオルや体を洗う布はボロ切れだし、下駄箱や脱衣所ではすぐに盗難に遭ってしまう。

数少ない娯楽の銭湯だけに、人がそこへ集中し、お湯はドロドロで道頓堀よりも汚いとされる。

そんな細かい観察と記録から、戦争というもののもたらす日常の変貌が見えてくるのです。

 

山田の身の上は

語り手である山田青年は、どこかマイペースでつかみどころはありません。

医学生だからといって、エリートぶるつもりは微塵もない。家業だから医学校へ進んだけれど、やりたいかどうかもわからない。

確かに読書家ではある。されど医学書はそこまで読んでいない(原作では読書記録がありますが、戦時中なのにどういうことか、平時でもここまで読めるのか! と驚愕できる読書量です)。

飄々とした性格の背景として、5歳で父、14歳で母を失った山田の身の上も描かれておりました。

人力車で往診に行く姿くらいしか記憶にない父。

思い出はあるけれど、どこか儚げな母。

叔父の家で世話になっていたけれど、家出するように上京したと語られます。

今よりもずっと関係が深い下宿屋の主人・高須夫妻にもそこまで心を開いていない。ひがまれていると思ったかな? そう苦笑してしまう青年像が見えてきます。

この作品が漫画化されてしみじみとよかったと思えたのが、山田家のご両親が絵になったことです。

特に、我が子から花をもらって微笑む母の姿は印象的。

山田風太郎は母との思い出を記しています。母の死がどれほど打撃であったかも、振り返っています。

甘えることもなく、どこか距離を保つ。

そういう彼の母親の笑顔が、こうして絵になったのだから、漫画化とは偉大なものだとしみじみと思えるのです。

 

「合格できなければ首を吊るしかない」

そんな山田青年が、劣等感を抱くに至った理由もわかります。

原作のあとがきでは『不戦日記』というタイトルの自虐性が言及されています。

同級生男子であれほども大人数が戦死する年代、大正11年(1922年)生まれでありながら、出征しなかったこと。そのことが、彼に暗い影を落とし続けていました。

漫画では、山田の両親だけではなく叔父の顔も出てきます。

その叔父は、甥の山田に対して、

「召集もされず東京医専(現・東京医科大学)に合格できなければ首を吊るしかない」

と言いました。

ただ、この叔父個人が残酷という話でもない。

当時は、日本男児として生まれたからには、大日本帝国のために尽くさねば生きる価値なしと思われていた背景もあります。

昭和13年(1938年)に起きた【津山事件】の背景にも、徴兵検査で丙種合格(事実上の不合格)とされた犯人の鬱屈が背景にあったと指摘されることもあります。

召集されて戦場へ向かうか?

戦場へ向かえず、劣等感を抱えて生きていくか?

あまりに厳しい現実が、そこにはありました。

当時の歌謡曲を聞けば、その価値観がわかるというものです。

 

お気楽なようで、ひょひょうとしているようで、山田誠也にとって人生とは戦いでした。

そういう戦いを生きることは大変なことです。

山田青年と似たタイプでありながら戦争へ向かった、同い歳の水木しげるは、軍隊の上官からビンタをされまくっています。

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余談ですが、

『大いなる幻術』
・山田風太郎原作
・水木しげる原画

という短編は、ちくま文庫『野ざらし忍法帖』(→amazon)に収録されています。

こちらもamazonKindle版ですぐに読めますので、よろしければ一読どうぞ。

さて、本編へ戻りまして……。
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